オンリークエスト:巨大蜘蛛退治(3)
その後、陸斗たちは様々な準備に追われ、気がついた時には既に夜となっていた。
資金調達の為、森へ出向いた、その帰りのことだ。
「かなり集まったわね」
ログウォッチの所持金欄を見ながら呟く美姫。
「そうだな。今回は相手の行動パターンを把握してたから被ダメージを最小限に抑えることができた」
今回の戦闘でポーションの類は使わず、自然回復に頼っていた部分もあったため、効率はそれほど良くない。
しかしこんなところでポーションに資金を使うのもまた、資金調達の効率が悪くなる。ポーションも何かと高価な代物である。
「この資金を使ってアイテムを買うんだよね?」
「ああ、その予定だ」
確認をとるように柚季は陸斗に尋ねる。
陸斗もそれに即答し、ログウォッチに視線を落とす。
ログウォッチの所持金欄には今までにないほどの桁の金額が表示されている。プラス、モンスターのドロップアイテムも大量にあり、これらを売ればそれなりの金額になる。
「でさ、このお金で何を買うんだっけ?」
惚けたように訊く美姫に陸斗はあからさまに嘆息を吐く。
「はあ……酒場でも言っただろ。この資金で<火炎玉>を買うんだよ」
「ああ、そうだったそうだった。でもさ、いつそんなもの知ったのさ?」
わざとらしい笑みを浮かべる美姫に陸斗は訝しげな視線を向ける。しかし美姫の質問にある「いつ知ったのか」には言っていなかったので素直に答えることにする。
「何度かアイテムショップに行ってるうちにいつか使えそうなアイテムをピックアップしておいたんだよ。で、今回はその中で<火炎玉>を使う場面があるだろうから、仕入れておくのさ」
グランドシリーズの共通特性として『下級モンスターの従属』というものがある。
今回で言うと、"グランドタランチュラ"の下級モンスターである"タランチュラ"が出てくる可能性がある。その対策としてアイテムによる迎撃を考えたのだ。
以前の戦闘で分かった通り、銃による攻撃は集団で襲って来るタランチュラにはあまり効果がなかった。
その点、<火炎玉>であれば、ある程度の範囲に攻撃することができ、持続時間もあるため時間稼ぎに使用することができる。
まだ実際に使ったわけではないが、説明欄を見た限りだと、そのような文面が書かれていた。
村に着いたのはそれから小一時間ほど後のことだ。
まず、アイテムショップに寄り、今日のモンスターのドロップアイテムの売却に行く。
その際、美姫は店の中に入らず、外で待機していた。
陸斗たちはドロップアイテムを売り、また資金を得た。
しかしこの日、アイテムを買うことはせず、資金だけをいただき、アイテムショップを後にした。
その後はいつもの宿屋に行き、早めに就寝した。
――六月一日
午前五時。既にみんなは起きていた。
昨日、早めに寝たこともあって、しっかりと睡眠をとることができたからだ。
今は今日のクエストに必要な物の確認と朝の準備体操をするなりして時間を潰していた。
「弾の充填は完了。アイテムもあとはショップで買えばオッケー。二人とも準備はいいか?」
顕現させていた拳銃を《閉弾》を唱え収納し、準備体操をしている二人に声を掛けた。
「こっちは準備体操終わったからいいよー」
腰を下ろし、片足を伸ばす体操をしていた美姫が返事する。
「私も準備は済んだよ」
上体を仰け反らせて、伸びをしていた柚季がすっきりとした顔で美姫に続き返事する。
「よし。ならまずは、朝飯食いに行くか」
「腹が減っては戦はできぬってやつね」
「これが最期の晩餐にならなきゃいいけどね」
「不吉なこと言うな!」
朝からこんなテンションであれば大丈夫だろう、と思いながら、陸斗たちは朝食を食べに酒場へ向かった。
それからはダラダラとお喋りをしながら朝食を食べ、アイテムショップで<火炎玉>を買った後、ノブとの待ち合わせ場所に向かった。
「こんなことなら最初から森に資金集めに行った方が良かったんじゃないの?」
頬をぷくりと膨らませ、口を尖らせて言う美姫。
美姫は今まで食事がなかった日について怒っている。
「まあ、今まで森に行くのは最小限にしようとしてたからな。危険は少ないほどいい。今回は資金はなかったら死ぬようなことだったから踏ん切りがついたんだけども」
資金がなくてクエストで死ぬのと森で多少のリスクを冒してでも資金を集めるのでは、後者を選ぶのが普通だろう。
しかし今回のことでわかった通り、この付近のモンスターならば負けることは無いと確信できた。そのことだけでも森へ行った甲斐があったというものだ。
「だから、クエストをクリアできたらまた資金調達に森に行こうな」
「陸斗、それって死亡フラグってやつじゃないの……?」
何気なく言った言葉が柚季に指摘されて徐々に意識し始めていた。
「い、いや、そ、そんなの気持ちの問題だろ! 大丈夫だって! 俺たちは勝ってまたここに戻ってくるさ!」
「また……」
もしかして本当に俺死ぬんじゃ……? などと本気で考え始めた陸斗はもう何も口にすまいと心に決めた。
「アンタが不吉なこと言ってどうすんのよ!」
「うっ……」
最後に美姫が止とどめを刺した所で、ノブは待ち合わせ場所にやって来た。
「よっ! お前ら早かったな」
「ああ、ノブ。おはよう」
「おう、おはよう。何や元気そうやな」
げんなりとしている陸斗を見て「元気そう」というノブはきっと感性がおかしいのだろう。
「おはようございます、ノブ」
「……おはよう、ございます……」
柚季、美姫と順番に朝の挨拶を交わしていく。美姫の方はまだ慣れていないのか、少し遠慮がちな挨拶だ。
「おはよう、柚季ちゃん、美姫ちゃん」
人当たりの良い笑顔で接する遥。
「おはようございます、みなさん」
それに続いて賢二も挨拶をする。
一通り挨拶を終えると、本題へと移行した。
「ほんじゃ、お前らにリングを託すからな」
ノブの手の中にパーティ全員分の《通弾》が握り締められている。
通常であれば、他人に譲渡することのないものだが、陸斗とノブの信頼関係があれば、その点の融通が通るのかもしれない。
「はい。確かに受取りました。きっとお返しします」
「おう! 必ずリング返しに帰ってこいよな!」
「はい!!」
陸斗は勢い良く返事する。それは生きて帰ってくると誓う宣言の言葉としての意味も含んでいた。
受け取ったリングを大事にポケットに入れ、陸斗たちはノブたちと分かれて、アイテムショップへ足を向けた。
少し歩いてから振り返ると、ノブたちは陸斗たちを見送るつもりで、いつまでも立っていた。
そして、振り返った陸斗に気づいたのか、ノブは親指をグッと突き立てる。あれがノブなりの激励なのかもしれない。
ノブの意図を汲み取って陸斗も同じように親指を突き立てる。
互いに無言の激励を交わすと、陸斗たちは村を出発した。
次話から本格的なクエストの攻略となります。第一章最後のイベントとなるのでお楽しみください。




