オンリークエスト:巨大蜘蛛退治(2)
一通り話し終えた三人は、酒場を出発し、クエストに必要な準備に取り掛かった。
準備と言ってもポーション等だけでは足りない。それ以外にも戦闘に必要なアイテムを受け取りに行くのだ。
そしてそれが陸斗の考えている秘策の一つでもある。
まず、三人が訪れたのは噴水広場だ。
早朝にも関わらず、噴水広場には多くのプレイヤーがいた。
その一人ひとりの目的は分からないが、村の外へアイテム回収に出たり、クエストに出発する時はこの噴水広場に一度来るという暗黙のうちに出来上がった習慣がプレイヤーの行動に刻まれつつあった。
陸斗たちもそれを頼りに友人である人を探しに来ていた。ちなみにその人には先にダイレクトメッセージを送っておき、噴水広場で待ち合わせるようにしてある。
「……あっ! いたいた」
陸斗が人ごみの中から見つけた待ち人に聞こえるようにそれなりの大きな声を出した。。
「ん? ……おっ! 陸斗やんか!」
相手の方――ノブもこちらに気づいたように声を返した。
二つのグループは噴水広場の中央で会うことができた。
「今日はどうしたんや? DMではなんやクエストで協力して欲しい、っちゅうことやったけども」
ノブに連絡したのは大方先程言った通りだ。
陸斗も朝のご挨拶などは飛ばしていこうと考えていたこともあり、スムーズに話題に移ることができた。
「はい。実は今、俺たちのやってるクエストが連続して起こる系統でして。その最後のクエストにノブたちの協力が必要なんです」
少しばかり説明不足があったが、理由付けとしてはそれなりに纏まった、と陸斗は思った。
「それは、俺たちがお前らのクエストを協力してクリアするってことか?」
「いえ、それは大丈夫なんです」
予想と違った返答にノブは一瞬眉間に皺を寄せた。
「じゃあ、俺たちは何を協力すりゃあいいんや?」
自分の予想は当たらないんだろう、と悟ったノブはストレートに訊くことにした。
陸斗の方もノブに意地悪をするつもりはなく、ノブのストレートな問い掛けに答える。
「実は、《通弾》を貸して頂きたいのです」
今度こそノブは思考がフリーズする程の意外感に襲われた。
ノブが陸斗の言葉を理解するのにたっぷり十秒ほど掛かった。それでも、納得した顔をすることはなく、陸斗に問い返す。
「ちょっと待ってくれ。なんで、《通弾》を貸すっちゅう話になっとんのや!?」
ノブの振り出しに戻る問い掛けに、陸斗は内心でため息をつく。
「ですから、クエスト攻略のためにノブたちの《通弾》が必要なんです。ノブもこのデスゲームになる前の『マジック・オブ・バレット』をやっていたのなら知っていますよね? グランドシリーズのことを」
陸斗の答えと新たな問い掛けにノブは一瞬たじろいだ。それはノブが『マジック・オブ・バレット』経験者ということではなく、グランドシリーズという名前に反応したのだ。
「待ってくれ。それは初耳や! いや、グランドシリーズのことは知っとる。それよりも、クエストにグランドシリーズが関係しとるのは初耳やぞ!」
「できれば、話さずに終わらせたかったんですが」
陸斗は残念そうな声音で話し出す。
「ご存知の通り、グランドシリーズは大人数での戦闘がセオリーです。しかし、今回はその大人数が無理と判断したので、こうしてノブたちに《通弾》の貸与をお願いしに来たんです」
「どうして今回は大人数が無理なんや? 俺たちならお前らに協力したっていいって言っとんのに」
「確かにその申し出は嬉しいです。ですが、今回はクエスト――グランドシリーズの出現する場所が問題なんです」
「場所?」
ノブは困ったような顔で鸚鵡おうむ返しに問い返した。
「今回のクエストは森の奥にある洞窟なんです。柚季、クエストの画面を見せてくれ」
「わかったわ」
そう言って柚季はログウォッチの画面に指を走らせた。
そして柚季は周りに人がいないことを確認し、一メートル四方の画面に拡大させる。
陸斗、柚季、美姫、ノブ、遙、賢二はその画面を囲むように移動した。
「何よこの報酬金額……」
呟いたのは遙だ。必死に見間違いだろうと、目を見開いて報酬欄を見つめる。
「それに、他の報酬も今までのクエストより良い物だよ……!」
次に賢二が呟く。二人とも報酬欄から目が離せないでいるようだ。
しかし一人だけ別の欄を見て驚愕していた。
「……グランドタランチュラ、か……」
難しい顔をしたノブがクエストの内容欄を見つめながら呟いた。そして真剣な眼差しを陸斗に向けて、問うた。
「真面目に、俺らが現地で協力せんで勝てるんか?」
ノブの眼差しに陸斗は一瞬背筋が強ばったが、外からは分からない範囲で抑えた。
「秘策があります」
「そうか。ならええ」
陸斗の答えにノブは即座に肯定の言葉を返した。
「え? いいんですか?」
「いいんですかって、お前が頼んどるんじゃろうが」
「いや、それはそうなんですが……」
はっきり言ってこんなにあっさりと行くとは思っていなかった陸斗は、少しばかり面食らったように戸惑っていた。
両隣の柚季と美姫も同じように驚いた、といった表情で固まっている。
ノブの両隣の遙と賢二はしょうがないなあ、といった諦観とも言える目でノブを見ていた。
「遙と賢二もそれでええか」
ノブの問い掛けとも言い難い言葉に二人はクスッと笑みを浮かべた。
「いいわよ。ってかそれってもう決定事項なんじゃん」
「うん。僕ので良ければ喜んで力を貸すよ」
三人は快く了解してくれた。
そのことにほんの少しホッとする。もし、断られていたらなどと考えていなかったため、本当に引き受け てくれたことに感謝している。
「あ、そうだった」
突然何か思い出したように陸斗が呟く。
「《通弾》の貸与料金と言いますか……。ノブたちにはクエスト報酬金額の三割を支払います」
「え!? そ、そんなに貰えるんか! ……俺ら、ただリングを貸しただけなのにな……」
「そ、そうですよ! それじゃ陸斗さんたちの取り分が減ってしまいますよ」
「ウチらもほとんど何もしてないのに報酬だけ貰うのもなんか居心地悪いし……なあ?」
三人が同様に遠慮の姿勢を見せた。遠慮というか、本当に居心地が悪そうにしていたため、こちらもそこまで言い張ることができなかった。
「別にいいんじゃないかしら? アナタたちのお陰で陸斗の秘策の一つが完成するわけだし。それでクエストをクリアできたんならそれぐらいの報酬はあると思うわよ」
砕けた口調で美姫は、報酬は相当なものだと説明する。
すると、ノブたちは顔を見合わせ、互いに頷き合った。
「それなら、有り難く……」
「頂きますか……」
遙、賢二の順で乗り気の雰囲気を漂わせ頷く。
「しかし、まだ割に合わんから、俺らに協力出来ることならどんどん言えや」
最後にノブの言葉でパーティ全体の答えとして締め括られた。
「ありがとうございます。では、《通弾》は明日、またこの広場にて受け取ることにしましょう」
簡単な謝辞を述べ、明日の予定を立てていく。
「今日じゃなくてええんか?」
ノブが訊くのも当然だった。たった今、交渉したばかりでてっきり直ぐに貸すものだと思っていたノブを 含めたパーティ全員は唖然する。
「はい。時間も秘策の内なんで」
最後に意味ありげな笑みを浮かべ、陸斗たちはその場を去った。
そして最後まで陸斗たちの真意を探ることができなかったノブたちはただひたすら無言で陸斗たちの背中を見送った。




