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アカウントブレイク  作者: 雨音鏡
第1章 第一弾アップデート――《独弾》実装――
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復活

 オンリークエスト――いつか道化ジョーカーの言っていたクエストの種類だ。何人でも受諾はできるが、最終的に報酬を受け取ることができるのは一人のみ、というもの。


「こんなところにあるなんて……」


 正直、あの時道化ジョーカーの言っていたことは記憶の奥底に沈んでいたと言えるほど忘れていた。

 しかしいざ、それを目の前にすると、何か特別な感情が沸き起こるのかと聞かれてもそういうことでもない。

 ただ無感情に、無造作に、受諾をタップする。

 クエストの受諾が完了すると、村長は話を続けた。


「実はな、最近隣町のフロントグリップからの定期商人がこの村に来ぬようになったのじゃ。この村に住まう者はその定期商人から日常の必需品を買うのだが……。その定期商人がここ一週間ほど訪れていないのじゃ」


「それじゃあ、村人たちの生活はどうなっているの……?」


 今まで遇然あった村人にそのような雰囲気はあまり感じられなかった。

 それはゲームシステム上でそのような仕草が実装されていなかったからかもしれないが、ほとんどの村人は不満があるようには――。


「定期商人さんが来ないからイルルのための薬が……」


 柚季の思考を遮ったクロアの言葉で事態の深刻さを悟った。

 本来ならば手に入っていたはずの薬が定期商人の中断によって自分たちのような外部の人間――この場合、NPCとプレイヤーではなく、村の外からやって来た人を指す――に報酬を与える代わりに薬の調達をしてもらうことになってしまった。それも、決して家計に優しいものではない。

 いつもであれば定期商人から買えば得られるものが、外部の人間に頼らなければならないのだから、それなりの報酬を準備しなくてはならない。

 しかしそれもゲームシナリオ上での話と割り切ってしまえばここまで考えたりしなかっただろうに。ここまでリアリティがあると感情移入せざるを得ない。


「その定期商人が来ぬようになったのはこの村と隣町を結ぶ洞窟に問題があるからなんじゃ。以前も話したが、都市の方で蔓延したウイルスはその周辺の生態系にも影響を与えておる。その為、凶悪な魔物となって定期商人を襲っておるのだ」


「それで、定期商人が洞窟を通れずこの村を訪れることができない……?」


 もしこのクエストを受けていなかったら、このまま定期商人を来ることはなく、村の壊滅に繋がっていたのかもしれない。

 ふと、そんな事が脳裏を過ぎった。

 嫌な予感を払うように頭を振る。


「わかりました。私たちがその魔物を倒しましょう! 村人たちの為にも」


 自分の意志を確かなものにするために声を張り上げ、真っ直ぐに村長を見つめる。

 村長は大仰に頷き、ふと何かを思い出したように振り返る。そしてしっかりとした足取りで壁際の棚に手を伸ばす。

 すると、村長の手に三本の瓶が握られ、中身を確かめた後、それを柚季に手渡す。


「これは……」


 天井から差し込む微かな光に翳かざしながら瓶の中の液体を覗き込む。

 瓶の中で揺れる液体は薄紫色をしていて、どこか毒々しい色合いをしている。

 それは先ほどクエストの報酬でもらった<毒消し瓶>と同じものだった。


「ワシ等にはこの程度の手伝いしかできぬが、どうか、よろしく頼みます」


 村長は腰を曲げ、深々と頭を下げた。それは錬金術師としての頼みではなく、村の長としての声音を秘めているように思えた。

 柚季もその意志をしかと受け止め、返答する。


「はい! 任せてください!」



□ ■ □



 ――宿屋。陸斗が療養中の部屋。

 美姫が最後となる回復ポーションを陸斗に飲ませたところで扉は開かれた。


「美姫ちゃん、<毒消し瓶>持ってきたよ!」


「遅ーーーーい!!!」


 柚季の言葉と同時に放たれた美姫の怒号が部屋中に響く。

 美姫の怒号に圧倒された柚季は一歩足を引いてしまった。

 しかしその後に紡がれるはずの美姫の言葉が部屋に響くことはなかった。


「……早く、陸斗に<毒消し瓶>を上げなさいよ」


「う、うん。わかった」


 美姫に言われて柚季はそそくさとポケットに入れておいた<毒消し瓶>を取り出す。

 薄紫色の液体が入った瓶の蓋を開ける。中から花の香りがするのは<ドクマリー>の匂いだろうか。

 柚季はそれをそっと陸斗の口元に近づける。


「陸斗、これを飲んで」


 陸斗は呻き声を漏らしながら少しずつ口を開く。僅かに開いた口の隙間に柚季は瓶の口をそっと付ける。

 柚季が瓶を傾けると、少しずつ陸斗の口内の薄紫色の液体が流れ込む。

 すると、陸斗の顔色が苦悶の表情から柔らかくなっていくのが見て取れた。

 荒くなっていた息も整い、陸斗の頭上に浮かんでいたHPバーも減少が止まっている。紫色のアイコンも消えていた。

 ようやく、陸斗の毒が消えたのを確認すると、柚季と美姫はホッと息を吐いた。


「……良かったァ、毒が治って……」


 安堵とともに気が抜けたのか柚季は近くのイスに座り込んだ。

 陸斗は寝かされた布団から起き上がり、柚季と美姫の方を向く。


「……ごめん、迷惑かけて。……ありがとう」


 二人は一瞬キョトンとした顔を見せたが、すぐに笑みに変わった。


「何言ってるのよ。……私たち仲間なんだから、当然じゃない」


「もう、アタシたちすっごく心配したんだからね」


「はは……すんません……」


 再び、三人で笑えた。そのことがとても嬉しくて、ほんの少し見せた仲間の表情の曇りを捉えることができなかった。



 ひとしきり笑いあったところで柚季が提案した。


「今日は、もう寝ましょ。陸斗だって減った体力回復しなきゃだろうし」


「そうね。やることは明日に持ち越して今日はもう休もう。ン〜、疲れた〜」


 美姫は陸斗の残りのベッドスペースに寝転んだ。


「って俺の隣で寝るのか!? まあ、ちゃんと元の位置に戻りますけどね。――ってかもう寝てるし」


 陸斗が自嘲していた間に美姫はうつ伏せのまま布団も被らずに寝息を立てていた。


「今日は陸斗がベッドで寝てもいいわよ。私は元の陸斗の位置で寝るから。でも、美姫ちゃんに手を出したらダメだからね!」


「わ、わかってるよ。でも、いいのか、柚季は? ソファはあんまり寝心地とか良くないぞ?」


「一晩くらいは我慢できるわ。いいから、陸斗も早く寝なさい」


「そっか。んじゃ、ありがたくベッドを使わせてもらうよ。おやすみ」


「おやすみなさい」


 陸斗は隣で無防備に寝ている美姫に布団を被せてから、少し離れた位置で就寝した。

 柚季は部屋の隅っこに鎮座しているクローゼットからタオルケットを取り出し、それを持ってソファに腰掛ける。


「ホントだ、あんまり寝心地良くなさそう……」


 垂直とは言わないが、背もたれがほとんど傾いていないため、寝るには少し不十分なソファである。

 タオルケットを自分に巻き付けて、なんとかして寝やすい体勢を作り、就寝の準備をする。




 みんなが寝静まって少しした頃、柚季はなかなか寝れずに水を飲みに立った。

 棚の下に設置してある冷蔵庫の中から水の入った瓶を取り出す。


「冷たっ」


 よく冷えきった瓶は柚季の手を痛いほどに冷やしていった。

 瓶の蓋を開けて、それを自分の口に付ける。

 唇に伝わる冷たさに少しの心地良さを感じながらそれをグイッと呷る。

 川の上流を流れる清水のような水が喉を潤し、気持ちの良い清涼感に包まれる。

 ホッと一息吐くと、飲み終わった瓶を棚に置き、またソファに戻る。

 そこでふと、先刻自分の言った言葉を思い出した。


「……仲間、か……」


 その言葉に微かな疑問を覚えながら柚季は薄いタオルケットに包まれ、一晩だけのソファでの就寝に着いた。


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