村長の御業
突然宿屋を飛び出した柚季の行く先は、村長邸だった。
柚季は左ポケットに入っている<ドクマリーの葉>を確認すると、ノックもなしに村長の家に上がり込む。どこぞのRPGゲームの勇者のように。
開くと、簡素な部屋が視界いっぱいに広がる。
村長邸にあまり物が無いことは既に知っていた。
長大な机が一台あって、それを来訪者と挟むようにして三人は居る。右から少年クロア、真ん中に村長、左端に少女ミールが来訪者を迎える。
そして、柚季は右回りで少年クロアの元へ歩く。無垢な笑顔を振りまく少年クロアを一瞬見つめて、話し掛けた。
「ねぇ、クロア君。クエストクリアして来たよ」
クロアからクエストに通じる会話を導く為に簡潔に纏めた柚季の言葉は、想定通りの方向に傾いた。
「あ、お姉さん! <ドクマリーの葉>を持って来てくれたの?」
「うん。ここに」
そう言って柚季は左ポケットに入っている黄緑色の葉を取り出す。
「わあ、これだよコレ! ありがとう、お姉さん!」
クロアの小さな手が柚季から黄緑色の葉を受け取る。それを嬉しそうに眺めていると、少年はふと気づいたように呟く。
「あ、そうだ。忘れるところだったよ。お礼をしなきゃね」
そして少年はポケットの中をガサゴソと探り、一つの小袋を取り出した。
中に入っている数枚の硬貨のようなものが擦れる音が微かに響く。
それを机に置くと、クロアは<ドクマリーの葉>を手に後ろへ振り返る。
「おじいちゃん、お姉さんが<ドクマリーの葉>を持って来てくれたよ!」
老人は細い目を少年に向けた後、その後ろの柚季に視線を移す。
「おお、有り難い! どうもうちの孫の頼みを聞いて下さったようで。――クロア、もうお礼はしたのか?」
「まだだよ。お姉さんの採って来てくれた<ドクマリーの葉>を使っておじいちゃんの錬金術で何か作って欲しいんだ」
老人はしばし熟考した後、柚季に目を向ける。
「そこのお嬢さんはそれで良いのか?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
突然話を振られて戸惑いながら返事をする。
「分かりました。では、『錬金室』へ来てください。そこでお礼の品をお渡しします」
そう言って老人は奥の部屋に入って行った。
クロアもその後を追うようにして小走りで奥の部屋に入って行く。
今部屋の中にいるのは柚季と少女ミールだけだ。おそらく少女の方は柚季の受けたクエストに関係ないため、ここでの待機が役割なのだろうと悟り、柚季は奥の部屋――錬金室へ足を踏み入れた。
□ ■ □
宿屋で陸斗の看病をしていた美姫は本日三本目となる回復ポーションを陸斗に飲ませていた。
「あと、二本……。ゆっきー間に合うかしら……」
柚季が突然部屋から出て行ってからかれこれ一時間が経つ。
あれから柚季から連絡等はなく、ただ目の前で毒に苦しむ仲間の体力が減少する光景が繰り返されるだけだった。
ベッドに横たわる陸斗は呻き声を漏らしながら決死に毒と戦っていた。
「りっくん……」
自分はこんなにも近くにいるのに、ただ回復ポーションを飲ませることしかできないことが次第に焦燥を駆り立てる。
柚季は何か陸斗を救うための方法を思いついたような表情をしていたが、それだって時間の問題だ。
陸斗の体力が尽きるのが先か。
柚季が到着するのが先か。
(ゆっきー、早く、早く……!!)
普段、彼女は神など信じたりしないが、この時ばかりは祈らずにいられなかった。
□ ■ □
錬金室――村長の錬金術に関する研究や開発、実験を行う特別な部屋。
秘密保持のためなのか、壁には窓一つない。
せめての飾りかのように設置されている天窓が微かに部屋に光を取り入れている。
そして薄暗い部屋の中央に映る二つの影。
柚季はこの異質な空間に不安を覚えながらも歩を進めた。
部屋の中央に近づくほど目に見える物は薄暗い中でも輪郭を帯びてくる。
先ほどのリビングにあったものほどではないが、横長の机が一台、二つの影の前に設置してある。
壁沿いには棚が並び、その上には歪な壺のようなものから細かな瓶などが陳列されている。
先ほどのリビングと打って変わって、物の多様さに驚きながらもなんとか村長とクロアのいる部屋の中央まで来た。
「では、これより我が錬金術をお見せしよう」
「僕は助手だよ〜」
なんだか二人に温度差があるように見えるのはこの際度外視しておこう。
老人は壁沿いの棚から壺と瓶を二本取り出し、横長の机に戻ってきた。
下部が異様に大きく、上部の口にあたるところが細い壺を机の中央に置く。
「クロア、<ドクマリーの葉>をくれ」
「はい、おじいちゃん」
村長の要望にクロアは先ほど柚季が渡した<ドクマリーの葉>を手渡す。
そして受け取った葉を細かく千切りながら壺の中に入れていく。
全て千切り終わると、次に瓶を取り出した。村長は瓶を軽く振って中身の液体を確かめると、葉を入れた壺の中に注ぐ。
ちょうどその時、天窓から村長に光が降り注いだ。
どこか神々しく見えるその光景に柚希は目を奪われた。
村長はこの時を待っていたかのように細められていた目をカッと見開く。
壺の細い口を親指で押さえながら持ち上げる村長。すると、上下に大きく振りだす。
チャポンチャポンと壺の中から液体の音が響く。
たっぷり三回振ると、もう一つの瓶を取り出した。
その透明な瓶は中身がなく、ただの空瓶だった。
村長は細い壺の口と空瓶の口を合わせる。
そして慎重に壺の中の液体を瓶の方に移し替える。
空瓶に入っていく液体は薄紫色をしていて、回復ポーションと似たようなものだと悟った。
完成した瓶を助手のクロアが持ってくる。
「はい、お姉さん。これ上げる。僕のお願いを聞いてくれたお礼」
クロアは年相応の笑みを浮かべ、柚季に薄紫色の液体が入った瓶を手渡す。
「ありがとう。……これで、陸斗が助かるわ……」
柚季も笑みを返し、クロアから瓶を受け取る。
すると、柚季の左腕が音と共に震えた。
「うわっ!」
突然鳴る音の方に視線を落とす。
そこにはログウォッチがクエストクリアの旨を伝えるタグが開かれていた。
柚季は密かに安堵の息を漏らした。
画面の右上には先ほどクロアから受け取った五十ウェルも加算されている。
クエストは終了し、報酬の<毒消し瓶>も受け取ったので、陸斗のもとに戻ろうとした時、
「お待ちくだされ、お嬢さん! 孫の頼みを聞いてもらって言いづらいのですが……」
ためらいの混じった村長の声音が部屋を出ようとしていた柚季を留まらせた。
「えっ?」
完全に不意を突かれた柚季は変な裏声が出てしまった。
しかしそんなことも気にならないほどに衝撃的なことが起きていた。
柚季の視線は自然とログウォッチに吸い寄せられた。
【オンリークエスト:巨大蜘蛛退治
依頼者:村長ハリンジ
内容:”グランドタランチュラ”討伐
報酬:3ポイント・1000ウェル・防弾衣
備考:報酬は1人のみ・<毒消し瓶>三つを支給
受諾or拒否】
「……オンリークエスト……」




