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アカウントブレイク  作者: 雨音鏡
第1章 第一弾アップデート――《独弾》実装――
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聞き込み調査

 ――五月三十日。


 陸斗たちの部屋に窓から朝日が差し込んだ。微妙に開いているカーテンから朝日が零れ、ソファで寝ていた陸斗の左頬を照らす。


「うっ……」


 一瞬目をぎゅっと瞑ると、ゆっくり目を開けた。

 今日も今日とてソファでの就寝を余儀なくされた陸斗は、立ち上がり大きく伸びをする。

 ふと、カーテンの方に目をやる。


「少し、開いてたのか」


 思えば昨日は、ノブの部屋でかなり遅くまで話し込んでいたような気がする。

 結局、美姫の眠気が限界になり、お開きとなった。その時には既に日付が変わった時間だった。

 元からテルクの影響もあったわけだから眠ってしまうのは仕方がない。

 帰りも陸斗が美姫を背負って行くのだが、やはりその時もノブはすかさず「ロリコンやなぁ」と呟いた。しかしあえてそこは無視することにした。これ以上続けるとまた厄介なことになると予感したからだ。

 それからは美姫を部屋まで運び、そのままベッドに寝かせた。

 そしていつも通り、柚季はベッドで、陸斗はソファで、という配置が完了し夢へと誘われた。

 おそらくその時、カーテンをちゃんと閉めていなかったのだろう。

 陸斗はひとまず眠気を取り除くために台の上にあるコーヒーを飲むことにした。

 最近になってこのコーヒーの味にも慣れてきて、美味しいと思うようになってきたのだ。

 コーヒーカップを片手に振り返り、柚季たちの寝ているベッドを見やる。

 そこにはいつもの光景があった。寝相の悪い柚季が隣の美姫の領域まで侵入し、美姫が寝かせた位置から少しも動いていない構図がそこにあった。


「なぜ、こうも普段と違うことになるのか……」


 普段の柚季はきっちりとした生真面目そうなイメージがあり、美姫は一言で言うなら天真爛漫なイメージだ。

 それが、寝ると逆転したようになるのだから不思議だ。

 陸斗はそんなことを考えながら飲み終わったコーヒーカップを台に置き、朝日の零れるカーテンへと向かった。

 カーテンとは反対側に今もすやすやと寝ている美少女二人がいるが、そこは心を鬼にしてカーテンを勢いよく開け放った。


「さあ、朝だぞ! 起きろー!」


 こうして今日も同じ朝が始まるのだった。二人の不平不満を聞きながら。



□ ■ □



 朝食も摂らず――元から食糧が無いだけだが――宿屋を出発した。

 昨日柚季と話し合ったように村の住人などに聞き込みをすることになった。

 美姫は昨日あれだけ酒を飲んでいた為、二日酔いなどが心配されたが、そんなことはなく、普通にしているところ見る限り、単に酒に強いのかこの世界ではアルコール類が身体に影響がないのかのどちらかだ。

 しかしその思考はすぐに打ち消した。


(今はそんなこと考えてる場合じゃねえな)


 軽く(かぶり)を振って柚季たちに向き直る。


「じゃあ、ここからは三手に分かれて情報収集しよう。固まって動くよりは効率がいいはずだ。一時間後、噴水広場に集まってくれ」


「分かったわ。私はこの辺りの民家に聞いてみる」


「アタシは、向こうの酒場付近のプレイヤーにでも聞いてみる」


「美姫、テルクは飲むなよ」


 一応、陸斗は美姫に対して釘を打つことにした。やはり昨日あった事を思い出すと、あまり美姫に酒を飲ませない方がいいのではないか、と感じざるを得ない。


(それに、女の一人酒なんてかわいそうすぎる)


 これだけは口に出さないように心の裡で吐露する。


「分かってるわよっ。……まず、アタシお金ほとんどないし……」


 後半が声のトーンを落として呟かれたが、なんとか聞こえた。

 存外、哀しい理由で美姫のテルクは回避されたが、お金があったならば飲んでいたのだろうか。やめておこう、これ以上考え続けると美姫がただの"酒好きの独身女性"という印象が付いてしまいそうだ。

 陸斗の思考から美姫と酒の関係を隅っこの方に追いやった。


「俺は、アイテム屋の近辺の人に聞いてみるよ。何かあったらメッセージを飛ばしてくれ」


「分かったわ」


「はいよー」


 二人の返事を合図に三人は別々の方向に足を向けた。



□ ■ □



 美姫は不貞腐れた表情で酒場付近にやって来た。しかしこれは美姫がそう思ってるだけで、実際には周囲の人々が美姫の表情の変化に気づいた者はいない。


(りっくんってば、アタシのことをなんだと思ってるのよっ! あれじゃ、ただの"酒癖の悪い女"みたいじゃないの!)


 心の裡だけで一人愚痴っていた。

 酒場周辺は雑然としていて村人(NPC)とプレイヤーが入り乱れている。一見して皆普通の人間のように見える。

 そんな人混みを掻き分けながら美姫は誰に聞こうか迷っていた。

 この聞き込みというのは誰にでも――村人などのNPCは除く――聞けばいいというものではない。できるだけ上級者や探索をしている人に聞くのが好ましい。

 しかしそうは言っても現状では美姫たちのパーティがこのゲームの最前線にいるようなものだ。それ以上の人がここにいるとも限らない。

 だから、美姫は周囲のプレイヤーの会話に聞き耳を立てていた。話している内容を聞くだけでも多少は判別がつくだろう、と考えたからだ。

 すると、気になる会話が耳に入り込んできた。


「<サーフフラワー>が手に入ったよ」


「おお、随分早かったな。俺の方も<ミニタランチュラの繭>が手に入った。じゃ、早速売却金額を調べに行こうか」


 二人の男性はアイテム屋の方向を向こうとしていた。遅れず美姫は男性二人の前に飛び出る。

 その時、男性たちは少し仰け反るほど驚いていた。


「お、女の子!?」


「それに小さい!?」


 それぞれ言葉は違うが同じような驚きを見せていた。

 美姫は走って振り乱れた茶髪がまだ空中を漂っている中、顔をバッと上げる。


「あの、お兄さんたちはここら辺の植物アイテムに詳しいですか?」


 美姫の表情は成人して陸斗たちに見せるものとは違い、現実の時の少女のフリをする『援交少女』モードだった。

 男たちは、なんでこんな少女がゲームの中に? という疑問が浮かぶ間もなく、美姫の質問に無言で頷く。

 美姫は男たちが頷いたのを確認すると、質問を続ける。


「<ドクマリーの葉>って、どこにあるか知ってます?」


 上手い具合に上目遣いで尋ねる美姫は、これぞ一番可愛く魅せるポーズとばかりに男たちを見つめる。

 男たちは美姫の読み通り口元が緩み、完全に美姫に見惚れていた。

 そして、先程<サーフフラワー>について話していた七分袖のTシャツを着た男性が口を開いた。


「<ドクマリーの葉>って……この前コウさんが見つけたやつじゃないでしたっけ?」


 コウと呼ばれた男は、あっ! と何か思い出したかのように顔を上げた。


「アレか! ……確か、<ドクマリー>は森の大岩の近くにあったよ」


「そうそう。あの白い花だろ。花弁が六枚あったのを覚えてるよ」


 男二人は次々と情報を口にする。おそらく聞くのが男だったりしたらここまで聞けなかっただろうな、とか考えながら頭の中で情報を整理していた。


「ありがとうございました!」


 美姫は礼を言って男二人の会話を切った。

 こういう時に会話をタイミング良く切ることが大切であることを援交していた時に悟っていた。あまり長々と話し続けると、「立ち話もなんだから、どこか入ろうか」などという言葉が最後あたりに襲ってくるのだ。現実ではそれでもいいと思っていた時もあったが、実際そういいものでもなかった。連れてかれるところは大抵ホテルばかりだし、その後の話なんて全然違うことを話し出す始末だ。

 だから、美姫は独学で最も良いタイミングで会話を切るスキルを身につけたのだ。

 そして切る時も止められないように忙しそうな雰囲気を出しながら去っていくのが最も逃げやすい方法だと心得ている。


「あっ、まだ話すことが――」


「すみません、わたし急いでいるので、失礼します!」


 相手の言葉も聞かずに、再度礼を言って足早に――ほとんどダッシュ気味だが――その場から離れた。



 かれこれ五分ほど走ったところで人混みを抜け、後ろを振り返った。

 人混みの中からあの二人の男が来る様子はなかった。この人混みの中だ、逃げ切るのはそう難しくはない。

 男たちが来ないことを確認し安堵すると、『援交少女』モードを解いた。


(やっぱり、男って簡単よね〜)


 久しぶりにやった『援交少女』モードは腕が(にぶ)ったかと思ったが、案外上手く行ったことに多少喜びを感じていた。

 そして美姫は次の情報を求めて、少女を装いながら探し始めた。



□ ■ □



 一方、柚季はスタート地点からそれほど動くことなく、近くの民家を訪ね回った。

 久しぶりの単独行動に多少の不安はあるが、ここにプレイヤーキルの心配はしなくてもいいだろう。

 この場にいるのは『誰も殺さず、ポイントを集めたい』を求めてやって来ている人たちばかりだ。

 柚季はまず手始めに近くにいたオレンジ色の髪の女性に話しかけた。


「あの、<ドクマリーの葉>について教えて欲しいのですけれど……」


 ここで遅れて気づいたことがある。

 この世界のNPCに対して普通に話しかけて会話ができるのだろうか、という疑問があることに気づいたのだ。

 しかしその疑問はすぐに払拭された。


「<ドクマリー>を探しているのね。<ドクマリー>は毒消しの効果があるのよ。そのままでは植物自体に毒があるから、浄化しなくてはいけないのよ」


 NPCは機械的に設定された言葉を並べていく。その証拠に柚季の本当に聞きたいことが伝わっておらず、<ドクマリー>の違う情報が話されていた。

 折角だから、ということでその情報について掘り下げることにした。


「その浄化というのはどうやってするのですか?」


 NPCは一泊置いて説明を続けた。


「……浄化は錬金術師の力が必要なの。それで、確か村長さんが錬金術師を少し身に付けてるって言ってたわね。そういえば、村長さんには二人のお孫さんがいて、最近は<ドクマリーの葉>を探してるって言ってたかしら。一体何に使うのかしらね……」


 オレンジ髪のNPCは最後ににっこりと微笑み、平常時の表情に戻った。


「えっ、それだけなの?場所とか特徴教えてくれないの!?」


 半ば驚き気味に疑問をぶつけるが、NPCの方はこれ以上話しかけても同じ言葉が返されるだろう、と悟り、聞き込みを断念した。

 柚季はオレンジ髪のNPCに小さく礼をして、その場を立ち去った。

 NPCは柚季の礼を気にもせず、気前の良い笑顔を浮かべるだけだった。

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