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アカウントブレイク  作者: 雨音鏡
第0章プロローグ
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ジャンピングビル

 《開弾(オープンバレット)》の変形時間は約一秒にも満たないほどだ。リングの珠が輝き瞬時に銃を象る。だが、撃つ側としては十分過ぎる時間でもある。拳銃の弾速はそれぞれ違うが、どれも優に秒速三〇〇メートルを超えるものばかりだ。そして人間が弾速を超えた動きをする事は不可能である。少なくとも現在銃を背中に押し付けられている陸斗の状態では不可能だと認識している。


「……えっと、これはどういう状況なので御座いますか?」


 状況は先述した通りだ。陸斗が問いたいのは、何故今銃を背中に押し付けられている状況になっているのか、という事。


「ポイント集め」


 銃を持った声の主は女性だった。でも大人の女性ではなく、同い年の感じがした。


「……どうやったら助けてくれる?」


「無理」


 彼女の答えは淡々としていて、何とも要領を得ることができない。

 だが、分かることが一つだけあった。――彼女は恐れている。押さえ付けてる銃口が震えていたのだ。

 トリガーを引けばポイントを得る事が出来る。でも人として大事な尊厳を失う事も同時に理解してしまった。だから彼女は恐れている。目の前の人を殺す事で生き残る道を繋げるが、それは人として何かを失う事で得た道だと分かっている。


「一つ言っておくけど、それじゃ俺をキルする事は出来ないよ。現実なら心臓を撃ち抜けるかもしれないけど、これはゲームだ。ヴァーチャルの世界なんだ。君の撃つ先は、ただのデータの塊だけだ。俺を殺すには至らない」


 背中に感じる銃口が滑り落ちるように下がっていく。それを勝機と見て陸斗は、光のように速く翻った。


「――《開弾(オープンバレット)》!」


 陸斗が叫ぶと右手の人差し指に嵌めてあったリングが光を放ち、右手に収まるように収縮を始める。身体を翻す勢いに乗って、右手を振り上げる時には掌に収まった拳銃が姿を現していた。

 黒く輝くフォルムに手にしっかりと嵌るグリップ。全てが使い慣れた拳銃のようだ。

 姿を現した拳銃の銃口は彼女の眉間――ヘッドショットキルを狙っていた。


「一撃で殺すというのなら頭を狙え。それが無理なら脚でも狙って動きを封じてから狙え」


「……あっ……っ……」


 彼女の綺麗な長い黒髪が風に吹かれて靡く。声にならない悲鳴を漏らし、瞳が恐怖に満ちていた。目尻には涙も溜まっていた。


(ちっとやり過ぎたか)


 陸斗は、バツの悪そうな表情で、《閉弾(クローズバレット)》を唱えて銃を収納する。

 陸斗は最初から彼女をキルする事は考えていなかった。ただいきなりの不意打ちの仕返しとばかりに銃口を向けたのだが、少し刺激が強過ぎたようだ。

 そっと銃を下ろし身体を高層ビル郡に向けた。


「……柚季」


「へ?」


「霜月柚季! 私の名前!」


 突然の自己紹介を涙声でされたことに戸惑いながら、自分の名前も告げる。


「皐月陸斗だ。よろしく霜月さん」


 同時に右手を差し出す。握手のつもりだったのだが、柚季はそれに応じようとしない。


「……名前で呼んで」


 驚いた。それしか思いつかないほどに頭が真っ白になった。陸斗の握手に「女の子と手を繋げる!!ヤッホーい!!」などと(よこしま)な考えはない。ただ友好の証として出したのだが、それよりも女子を下の名前で呼ぶことに躊躇した。

 クラスの女子でさえ苗字で呼ぶのに初対面の女子を下の名前で呼ぶことに躊躇した。


「……………柚季さん」


「さんはいらない」


「…………………………柚季」


「良くできました」


 柚季が陸斗の手を握る。握手は出来たがいつの間にか形勢が逆転しているのはどうしてか。

 柚季の手は温かくすごく柔らかかった。でも小さくだがまだ震えているのも確かだった。

 いくら気を張ってもこの現状にはまだ納得はしていないようだ。


 ――ヴァン!! と轟音が鳴り響いた。

 音は下ーー地上から響いてきた。陸斗は急いで屋上の端まで駆け寄った。屋上の柵は錆だらけですごく脆い。あまり体重を任せることはできないが、下を見る分には十分だった。

 下には多くのプレイヤーが集まり、ある一箇所を除いて密集していた。ある一箇所というのがちょうどビルの真下に位置する所で、空洞のように空いていた。その空洞に二人のプレイヤーがいて、一人が銃を向け、その先に一人のプレイヤーが倒れている。

 すると、突然倒れているプレイヤーが光の粒子となって霧散した。その事実だけでプレイヤーが一人死んだ事が分かった。それを間近で見ていたプレイヤーは呆然として、見ている。


【原田京介さんがキルされました】


 その中の一人のプレイヤーが声を上げるまでは。



「逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」



 硬直状態から復帰した大勢が、蜘蛛の子を散らすが如く我先にと駆けていく。

 その頃、陸斗は胸の奥から湧き起こる不快感を拭えずにいた。

 やがてその不快感がこみ上げてきて、吐き出した。

 汚物が出てきたわけではなく、空気と口内に溜まっていた唾が排出された。

 袖口で口元を拭い、振り返って柚季の元に駆け寄る。

 柚季は銃声に怯えて縮こまっていた。

 その柚季の手を掴む。またしても女の子の手を掴んだことで緊張したが、事態はそんな暇を与えられていなかった。


「逃げよう、柚季!」


「へ? ちょっ! 待っ―――!?」


 柚季の返事を待たずに、陸斗は柚季を引っ張って走り出した。走る先は隣のビル。


「ここから先って……」


 ご名答。柚季の顔がまたしても恐怖に染まる。


「――跳ぶよッ!!」


 柵を蹴り飛ばし左足で踏み切った。

 隣のビルとの間は三メートルほどだ。平均的な走り幅跳びなら行ける距離ではある。


「キャァァァァァァアァァァァアァァ!!」


 隣で柚季の悲鳴を聴きながら次々とビルを飛び越えていく。

 その日、ビルを翔ける二人のプレイヤーの噂が極一部で広まった。



 ビルを越えること三〇分。

 様々なビルを越えたが、陸斗に息切れはなかった。

 でも隣の柚季はゼェゼェと息を切らしていた。何故だろう。


「アンタが私を振り回すからでしょ!!」


「ビルを飛び越えただけだろ」


「そうね! 普通はビルを十も飛び越えたりしないけどね!」


 数えてはいなかったがそんなに跳んでいたのか、と感慨深くなる陸斗。

 乱れた髪を指で梳く柚季。


「もう精神的に疲れたわ」


「俺は楽しかったけどな。またや」


「やらないわよ!!」


 陸斗の言葉を柚季が鬼の形相でぶった切った。

 楽しいのに、と呟きながら陸斗は空を見やった。既に夕日が沈むところで、東から夜闇が迫っていた。


「今日はもう休んだ方がいいな」


「そうね。で、何処で休むわけ?」


 髪を梳き直した柚季が辺りを見回す。幸いなことに今二人がいる建物の屋上は、ショッピングモールの屋上だった。


「このモールの何処かに寝具用品店があるかもしれないからそこでベッドを探そう」


「そうね、あとシャワーがあればいいけど……」


 ショッピングモールにシャワー施設があるとは聞いたことがないけどな、と柚季に聞こえない音量で呟いた。

 思ったより柚季は相当混乱しているようだ。これは早く休ませなくては。

 そんな使命感に駆られながら陸斗と柚季は、ショッピングモール内に入った。


 屋上に通じる階段は暗く、非常灯が灯っているだけだ。数歩遅れて陸斗の後ろに柚季がついて来る。

 このショッピングモールは四階建てで、最上階には家具・寝具が揃えられている。三階には衣類など。二階には子供用品やおもちゃ屋。一階には食料品売り場がある。

 四階の寝具で今日は休もうと決まった二人は、自分が寝るベッドを物色していた。

 荒廃した都市だが、物はそのままになっている。


「おっ! これいいな」


 陸斗が目をつけたベッドは、幅が二メートル近くある大きなベッドだった。

 思わずそれにダイブする陸斗。そして反発する力が返ってくる。軽く浮いた事でますます興奮した陸斗は、ベッドをトランポリンのように跳ねまわった。


「ちょっと、陸斗! 遊ばないの!」


 柚季が怒号を発し、突然のことで陸斗は着地の体勢を崩した。足を滑らせて後ろに頭から落ちる。


「――痛っ!?」


「あーもう、何やってんの」


 柚季が呆れたようにため息を吐いた。そして柚季はさっきまで陸斗のトランポリンとなっていたベッドに近寄る。


「えっと……それ俺が選んだベッドなんですけど……」


 陸斗の力のない反論は柚季に聞き取られなかった。


「今日は、怖いから、アンタの隣で、寝るわよ……」


 歯切れ悪く言った言葉だったが、確かに、陸斗の隣で寝る、と言っていた。


「えっ!? それって……」


「勘違いしないでよねッ!! き、今日だけだからッ!!」


 そう言って柚季はこちらに背を向けて布団にくるまった。

 陸斗はこの状況をどうすればいいか分からず、とりあえず同じベッドに入った。

 他のベッドを探そうとも考えたが、他のベッドが思いもよらず遠かった。もしもの時のために柚季を助けるには遠かったのだ。

 陸斗は広々としたベッドの隅に身体を寄せて、目を瞑った。


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