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アカウントブレイク  作者: 雨音鏡
第1章 第一弾アップデート――《独弾》実装――
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クエスト:息子の病気のために(2)

 アイテム屋に入った陸斗は内装を見て驚く。

 天井から降る照明は店内全てを照らしている。

 陸斗の両脇には商品棚が並び、店の奥にあるカウンターには店主らしき人物が座っている。

 陸斗は商品棚の商品を眺めながら店の奥を目指した。

 近くまで来てわかったが、店主は男でかなりの強面だ。いくつもの戦場を駆け抜けてきた兵士の荘厳な顔立ちだ。

 その店主が眉を顰めているのはまさか俺の臭いなのか、と思ったがこの世界に菌がいないことは先日確認した通りだ。ならばどうして臭うのか。おそらくRPGによくある状態異常のようなものだろう。それならば菌がいないこの世界でも刺激臭の理由がつく。

 店主の厳しい表情はなるべく無視しようと決めて、恐る恐る尋ねた。


「あ、あの、こちらは、アイテム屋様でございまするか!?」


 テンパった口調はまともなセリフになっていなかった。

 ――まするってなんだよ……。

 言葉が通じるか不安だったが、店主の男は眉をピクリと動かし、鋭い目つきでこちらを見た。


「なんだ。何か用か。何か欲しいモンがあったんなら言え」


 見た目に違たがわない低い声音に多少怖気おじけづくが、男のセリフが終わると同時に目の前に半透明の青いウィンドウが開かれた。

 それにはいくつもの名前がスクロール式で列つらねられていた。


「これが、アイテムなのか」


 上から順にアイテムを見ていく。

 アイテムとしてあるのは、RPGなどで見かける回復アイテムや戦闘補助アイテムから日常生活でも使える品物まである。

 名前の横にあるのは値段だろうか。最初の方は今の陸斗の資金でも買える値段だったが、下に行くにつれて値段が上がり、既に手の出ないところまで来ていた。

 様々なアイテムを見ていくうちにある物に気づく。

 それの値段を見ると【50ウェル】と表示されていた。今の陸斗の資金はみんなの分を合わせて四五ウェルしかない。


「あと五ウェル足りない……」


 諦めてウィンドウを閉じようとした時、思いついた。

 その閃きを実行するためにアイテム購入ウィンドウを閉じ、アイテム屋を出た。

 相変わらず夜の村に人気ひとけはない。

 陸斗はひたすらに村の端まで走り、そのまま森へと入った。

 夜の森は昼の時よりも恐怖で満ちていた。

 月明かりがケルキを照らすとそれは悪魔のようなシルエットに変わる。

 RPGのモンスターは昼と夜で出現する奴が違うと聞く。それはこの世界でも同じのようで、雰囲気が違うことがわかる。

 森の奥に行けばまだ知らぬモンスターとのエンカウントも避けられないだろう。

 しかしそこまで行くことはない。

 陸斗の求めるものは森に入ればどこにでもあるものだからだ。

 右手の人差し指に嵌っているリングが宵闇の暗さと相まって普段の色より暗く濃く輝く。

 ――《開弾オープンバレット》

 右手のリングが宵闇の森で閃く。

 そして、右手に収まった銃を片手に、視線より少し高い位置に向けた。


「――お前だけで充分だ」



□ ■ □


 ――宿屋205号室

 昨日と同様に柚季は浴衣、美姫はキャミソール姿でシャワー室を出た。

 今日のシャワーは昨日のような美姫のイタズラはなく、静かに終わった。

 おそらく陸斗が部屋にいないからだろうと思う。美姫の今までのイタズラも陸斗と私がいる時だけだったし、美姫も悪気が――ないわけではないかも。

 あまり美姫を擁護ようごできる自信がなかったため、深く考えないようにした。

 そろそろ外にいる陸斗を呼ぼうと廊下に繋がるドアを開けると、


「陸斗、もう入っていい――っていない」


 ドアの近くに座っていると思っていた陸斗の姿がなかったのだ。

 どこか散歩に行ったのだろうか、と思い廊下を見渡すが、天井から降る明かりに映る影一つなかった。


「どうしたのよ、ゆっきー?」


 柚季の脇のところからひょこっと出てきた美姫が言う。

 なんて姿で出てるの! と言おうとしたが、幸い廊下に人はおらず、キャミソール姿の美姫を見た者はいなかった。

 以前から思っていたが、この人は他人に対する羞恥心が薄いのではないか、と。

 昨日もほとんど裸のまま陸斗の前に出ようとしていたし、他にも平気にそんなことをしていたシーンが多々あった。

 もし、ここに男がいて、キャミソール姿の美姫を見てどう思うのだろうか。陸斗は美姫のこういうところをもう理解したようで多少驚くようだがそれ以上何もない。

 美姫はいつも陸斗に積極的なアピールをしているようだけど、もしかして――。


(美姫って、陸斗のことが好き……?)


 柚季がそんな物思いに耽っていると、美姫は柚季の脇から頭を引っ込め、部屋に戻って行った。


「まあ、お腹が空いたら帰ってくるでしょ」


「そんな、家出した子供のお母さんみたいなセリフ……」


 仕方なく柚季がドアを閉めると、美姫がこちらを睨んでいた。


「いくらアタシが成人してるからって子供がいるような年齢に見えるわけ?」


 どちらかというと、家出をする方かな、とは口に出さず柚季の心の内に留めておくことにした。

 この後、柚季は陸斗に向けてダイレクトメッセージを送り、早く帰ってくるように、と伝えた。



□ ■ □



 ちょうどその頃、陸斗の用事が終わり村に着いていた。


「今日はもう遅いし明日にするかな」


 そう考えて、一度アイテム屋に向きかけていた足を宿屋に向かせた。

 宿屋に向けて一歩踏み出した時、左腕が震えた。

 すぐに左腕に視線を走らせた。ログウォッチには柚季からのダイレクトメッセージが届いていた。


【from霜月 柚季

 もうシャワー終わったから帰って来たいなら帰って来てもいいわよ】


「あはは、相変わらずの上からの物言いだな」


 しかし、よくよく考えたら柚季からのダイレクトメッセージはこれが初めてだ。

 つまり、相棒の初めてのメールであり、女の子からの初めてのメールでもある。

 こんな体験はリアルでも初めてだ。高校での女子との関わりは微ヤンキーの二人組くらいしかない。それもほとんどがカツアゲばかりだ。

 その点、柚季は思いやりがあって優しく明るい子だ。こんな世界でも必死に生きようとしながらも他人を思いやる気持ちがある本当に優しい子だ。そして――。


(あれ? なんで俺、柚季のいいとこばかり挙げてんだ? もしかして、俺、柚季のことが――)


 そこまで考えると、陸斗の顔が夜のなのに夕焼けで火照ったように紅くなった。

 今振り返ると、自分でも何コイツキモイと思ってしまったことに今頃になって気づいた。

 陸斗はその場にしばらく踞うずくまり、宿屋に帰ったのはそれから一時間後のことだ。


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