美女たちの声
陸斗の叫びは村を吹き抜ける夜風に攫われ消え去った。
「本当にアイツってGMなのね。ここってどこよ?」
「さあ? これだけ古民家があるんだから、宿屋とかあるかもしれないわ」
柚季は叫んだまま固まっている陸斗の肩を叩く。
それでも、陸斗は振り向かなかった。
「とりあえず、宿屋を探しましょ。今日はもう暗いし。明日にも差し障るわ」
「……明日……」
陸斗がポツリと呟いた。
すると、美姫が近寄り陸斗に声を掛ける。
「どうしたのよ。確かにあの道化って奴は気になるかもだけど、それでもーー」
「大丈夫だよ。もう、大丈夫。心配させてごめん。さ、宿屋を探しに行こうか!」
美姫の言葉を途中で切り、陸斗は俯いた顔を上げた。
(そう。明日があるんだ! 今日はクエストが見つかって新しいポイント回収ができることがわかったんだ! だったら、明日も頑張らないとな!)
陸斗はどこともわからず、東の方に歩き出した。
柚季と美姫は不思議そうに顔を見合わせ、陸斗に小走りで追いかけた。
陸斗たちは結局村の中央広場から東南方向にある小さな宿屋で泊まることにした。
――カウンター。
「一部屋一泊三〇〇ウェルか……」
三人はカウンターにある料金表とにらめっこしていた。
ここで現在の所持金を確認する。
「俺は、二二〇ウェル。クエストとケルキ撃退の分だ」
「私は、二〇〇ウェル。クエストの分だけ」
「アタシはゼ〜ロ。クエストもモンスター報酬もなしで〜す」
合計金額、四二〇ウェル。
「自動的にこれは三人で一部屋ってことになるんだが……」
陸斗は現状の経済状況を考えてみて、柚季に視線を向けた。
美姫に向けなかったのはこの身長で子供に頼るようだと直感的に感じたからだ。
「別にいいんじゃない。それしか方法はないわけなんだから。でも、絶対陸斗が変なことをしないって誓えるならだけどね!」
コクコクと首を縦に勢い良く振る陸斗。そんなに俺って信用ないのか、と心の中でガクリと肩を落とす陸斗だった。
話し合いが終わり、カウンターの男に一部屋一泊を注文すると、ログウォッチに一つのタスクが開いた。
「これで精算するのか」
注文内容を確認し、下の【支払い】をタップすると、タスクが消え、部屋の番号が書かれた鍵が手に残った。
番号は二〇五と書かれている。
そして、とりあえず三人は二階に上がった。
「二〇五……二〇五……二〇五……」
呟きながら両側に並ぶ扉の番号と鍵の番号を照合していく。
そして遂に廊下の突き当たりまで来てしまった。
木製のドアに取り付けられている金属のドアノブを回し開け放った。
中はいたってシンプルな作りをしていた。土足オーケーの洋式部屋でソファもあり、シャワー室もある。
「わぁ、シャワー室よ!」
「久しぶりのシャワーね」
柚季と美姫はシャワー室を見て跳ねるように喜んだ。このデスゲームが始まって以来、食事にはありつけたが、風呂というものにはめぐり合えなかった。この仮想世界では菌類がいないため、体臭などが出るわけがない。その為、この世界でなら一生風呂に入らなくても不潔にはならないのだ。だから最初から陸斗は風呂は考えずに生きる上で大切な食糧の方に目を向けていた。
しかしそこは女子の心配りというものだろうか。いくら臭くないからといって何日も風呂に入らない生活というのが耐えられないのかもしれない。
女子たちは一目散にシャワー室に飛び込んだ。
そして陸斗は台の上に置いてある”何故か沸いているコーヒー”を手に取る。近くに備えてあったコーヒーカップを右手に、左手でコーヒーを注ぐ。いつもなら少し甘めのコーヒーにするのだが、引き出しの中を探してもシュガーどころか砂糖さえも常備されていなかったのだ。
そしてそのブラックコーヒーを一口含む。
「……苦ぇ」
これが大人の味か、と思い少しずつ飲むことにした。
陸斗はそのまま一人用のソファに深く腰を下ろした。ふぅ、と一息つくとあのことを思い出し、ログウォッチに指を走らせた。
「ノブたちにクエストのことを連絡しとかないとな」
ログウォッチのフレンド欄から【高山 信之】を呼び出し、出現したホログラムキーボードで文章を入力しようとした時――
――ガシャリ。
扉が開く音がして振り返ると、
「ねぇ、りっくんも一緒に入る~?」
何か嫌な笑みを浮かべる美姫が扉の開いた隙間から顔を出していた。当然視線は下へと落ちていくのだが、幸い(?)露出されたのは肩までだったため大丈夫だった。――一体何が大丈夫だったかは言うまでもない。
突然のことで陸斗が固まっていると、シャワー室からもう一人の声が響く。
「ちょっと、美姫ちゃん! ドアが開いてるじゃない! 陸斗に見られたらどうす――」
その時ばっちりと目が合ってしまった。顔と露出された肩とその少し下までが見えてしまった柚季とそれを意図せずして見てしまった陸斗。
「キャァァァァァァァァァァァ!!」
柚季の悲鳴と共に美姫はシャワー室に引きずられ、ドアをバタンと勢い良く閉じた。
現実のホテルならば、すぐさまスタッフか隣の部屋の客が飛んできたであろう柚季の悲鳴は幸い外には漏れず、誰かが部屋に乱入してくる事態にはならなかった。
「はぁ、焦ったぁ……」
別の意味で疲れた陸斗は再度ソファに腰を下ろした。もう一度キーボードに手を伸ばしたところでふと、あの光景が脳裏に浮かんだ。
しかしすぐに頭を振って思考を散らす。
「いやぁ、美姫には困ったなぁ、アハハアハハ」
打たれている文字が何の意味も成していないのを見ればどれだけ動揺しているかがわかるだろう。
□ ■ □
一方、シャワー室前の脱衣所では白いタオルに包って蹲うずくまる柚季の姿があった。
「うぅ……もうお嫁にいけないよぉ……」
世界の終わりかのように呟く柚季に美姫はポンポンと肩を叩く。
「なら、陸斗のお嫁さんになれば済む話じゃない~」
「~~ッ!?」
柚季は先程よりも顔を真っ赤にして頭から煙を噴くような騒ぎに発展していた。純情な柚季が「陸斗のお嫁さん」でどこまで想像したのか美姫はすぐに予想できた。
だからこそ、美姫はさらに追い討ちを掛けようと悪戯な笑みを浮かべてシャワー室に連れ込んだ。
□ ■ □
ノブへのメッセージを送り終え、シャワー室を背にした陸斗がソファでガラスの向こう側を眺めながらあの苦いコーヒーを啜っていた時。
『わぁ……柚季の胸って大きい!!』
『ちょっと美姫ちゃん!! 大声出さないで! また陸斗に聞こえてたらどうするの……』
突然のシャワー室からの声に口の中のコーヒーを噴いた。
「あいつ、なんつーこと口走ってんだ」
そう呟きながら陸斗はガラスの向こう側ではなく反射したシャワー室をチラ見していたのを気づいた者はこの場にいなかった。
尚も美姫の声はシャワー室から響いて陸斗の耳に届いていた。――もしくは耳を傾けていた。
『デカイだけじゃなくてすごーいやわらか~い』
『もうそんな触んないでよ~』
シャワー室から漏れ聞こえてくる女子たちの楽しげ(?)な声に陸斗は必死に理性を保とう尽力していた。当然もうコーヒーを飲みながら、ということはしない。また美姫の突然の発言で噴出しかねないからだ。
その後女子の会話は三十分続いた。
柚季と美姫が出てきたときも陸斗はドキドキすることとなった。
まず、先に出てきた美姫は白いキャミソール姿で出てきた。風呂から上がりたてで鎖骨から水滴が滴り落ちる様がとても扇情的な姿だ、と感じた。
次に出てきたのは浴衣姿の柚季だった。花柄の浴衣はここに最初からあったのか、初めて見た姿だった。こちらも風呂から上がりたてで右肩に寄せられた髪がまだ湿っている。
柚季は濡れたままの髪をタオルで拭きながらソファに座る陸斗を睨みつけた。
「な、なんでしょうか……?」
柚季に睨まれた陸斗は、もしかして声を聞いたのがバレたのか、と思い竦みながら尋ねてみた。
「……見たの……?」
「へ?」
予想外の質問に素っ頓狂な返事を返してしまった。そして柚季はもう一度尋ねた。
「だから、私の裸を見たのか、って訊いてるの!?」
「み、見てない見てない! 全然見えなかったよ! これっぽっちもちっとも見えてないよ!」
我ながら無理のある言い訳だなと思い、何か罵声が来るのかと覚悟していたが……。
「そう、ならいいわ……。……これならまだお嫁にいけるわね」
最後に柚季が何か呟いていたが陸斗は気づいていない。
隣で傍観していた美姫は満足不満足が半々といった表情をしていた。何が満足なのかは陸斗の知るところではなかった。
「じゃあさ、アタシのは見たわけ?」
納得のいく結果にならなかった美姫は自分から仕掛けにいった。当然そんな意図に陸斗が気づくわけがない。
「だから、見てないってば!」
当然陸斗が否定するのは分かっていた。予想範囲内だ。だからさらに追い詰める。
「じゃあ、もう一回見てみる?」
そう言って美姫は肩に掛かる紐を下ろそうとする。
徐々にその白い肌の面積が増えていくのをただ見ているだけの陸斗に柚季が一言。
「ロリコン変態性犯罪者!!」
「ちがぁぁぁぁぁぁぁう!!」
危ないとこで理性を取り戻した陸斗を見てスルスルと肩紐を戻す。それを見た陸斗は、またハメられたのか、と悟った。
その後も柚季は陸斗に罵詈雑言を浴びせ続けたのは明白だ。
その光景を傍観する美姫はとても満足そうに微笑んでいた。
今回はじめてのお風呂回(?)となります。
いつかキャラたちの身体データを載せてみようかと考えてます。




