GMの役割
陸斗の額を狙った道化の射撃は空気の破裂音だけを残して何も起こらなかった。
咄嗟に目を瞑った陸斗はてっきりヘッドショットを決められたのか、と覚悟していたが、身体のどこにも傷はないし、特に変化も起きなかったことに対して不思議そうに目を開いた。
ケルキの枝に逆さにぶら下がった道化は細身の身体を震わせて、ククククっ、と笑いを堪える姿が目に映った。
『アハハハ!! じょーだんだよ冗談。君たちはこの『マジック・オブ・バレット』の物語を進める駒だ。そんな大事な駒をこんなところで死なせるわけにはいかないからね』
嘲笑にも似た笑いを抑えると道化は自分の持つ漆黒の拳銃を突き出す。
『チナミニ、この銃はオリジナルでね。ついさっき君たちが苦労して、智謀を尽くし、ようやく倒せたケルキなのだが、知っての通り、元『撃退モード』で出現したモンスターだ。それも最弱のね』
”最弱”の部分を強調して陸斗たちの非力さを示す。
『コノ、拳銃の素材は金属よりも堅く、モンスター界最強の一種に数えられる<大老樹・グランドケルキの最堅樹皮>から作り出したこの世で最も堅く最高性能を誇る拳銃だ。君ならわかるよね、このアイテムを手に入れることがどれだけの力を持つのかを」
三日月形の穴から覗く赤い瞳が陸斗を捉える。
捕食者から睨まれたかのように背筋が凍りつく感覚が陸斗を襲う。
――知っている。そのモンスターを。かつて陸斗も一度だけ挑んだことがある。
大老樹・グランドケルキ――『マジック・オブ・バレット』の『撃退モード』でも最高難易度の『神級』に出現する超大型モンスターだ。このモンスターを倒す為にオンライン協力プレイで挑戦したのだが、五十人のプレイヤーが全滅するほどに強かった。その時、陸斗も参戦していたのだが、圧倒的すぎる力の差に絶望さえしたものだ。行動パターンは通常のケルキと似ている。単純な枝による攻撃なのだが、その規模が規格外すぎたのだ。攻撃する枝の数は百本、攻撃力は一薙ぎでHP全損必至というありえない設定だった。その中でも狙撃手の攻撃は有効なものと考えられたが狙撃スポットまで届く枝に抵抗も虚しく、HP全損の結果を辿った。しかしそれでも挑戦し続けたのは強敵に対するゲーマー魂からだろう。
陸斗は拳銃を握り込み、もう一度引き金を引き抜こうと考えたが、すぐさま思い直し力を緩めた。
「何が言いたい! 俺たちに何の用で姿を現したんだ!!」
力あらん限りに叫んだ陸斗の声は道化の顔を真顔――仮面は笑ったままだが――に変えた。
『ソウダネ、ボクがここに来た理由はGMとしての役割を果たす為だ』
「GMってんなら早く俺たちを解放しろ!!」
前からGMに会ったら言ってやろう、と思っていた言葉をぶつけた陸斗は少しばかり肩力が抜けたような気がした。
しかし、道化は声音を変えずに冷たく突き放つように告げる。
『ソレハムリダ。ボクの持っている権限で駒共を現実に帰すことはできない。まあ、あっても帰さないけどね! アハハハハッ!』
嘲笑を上げる道化に本気で引き金を引こうと思った。
徐々に笑いが収まるのを陸斗たちは真摯に待った。
『ソロソロ、本題に戻ろうか。ボクの役割は君たちにこのゲームの本当の説明をする為だ。これから三つの説明を君たちにする。因みにこの説明は一度しかしない。この説明を他の駒共に伝えるのも君たちの勝手だ。あの、ノブとかいうやつにね』
「全部お見通しってわけか」
突然出た名前に反応を示したのは二人だけだった。美姫は呆けた顔で不思議そうに光景を眺めていた。
道化は逆さでぶら下がった状態から飛び降り、岩の上に着地する。
そして、指を一本立て、
『ヒトツ、クエストについてだ。このゲームでクエストには三種類ある。先程君たちがクリアしたのは”一般クエスト”というものだ。どこにでもあるクエストで一番数が多い。そして”オンリークエスト”と呼ばれるものは名前の通り、一度しか受けることができない。そのクエストがクリアされれば、ほかに受諾しているプレイヤーはクリア条件を満たしても報酬を受け取ることはできない。その分、クリアした時の報酬は一般と比べて良いものばかりだ。最後に、”ユーザークエスト”というものはプレイヤー自らが発注するクエストだ。報酬も自分で決めることができ、内容も自由だ。これらのクエストは世界中で受けることができ、君たちの目指す殺さないポイント回収もそのクエストのどれかにある。今回はたまたまポイント報酬のクエストみたいだったね』
次に、指を二本立て、
『フタツ、この世界の通貨とアイテムについてだ。この世界の通貨――ウェルは君たちが生きる上で大切なものとなるだろう。ウェルは実体化しないから支払いの時はそのログウォッチの操作でやってくれ。パーティ内であればウェルの移動は可能となっている。何か欲しいものがあるときはパーティ内で貸し借りするといい。次にアイテムは、君たちの知っている通り、<ケルキの若樹皮>のようにクエスト関連のアイテムから装備品にいたるまでさまざまだ。装備品を買うときはウェルを使う。駒たちがログインした『ローグリップシティ』にあるものはウェルを消費しないから安心しな。あそこは文明的にも治安的にも衰退しているから自由にしてもらっていいけどね』
最後に、指を三本立て、
『ミッツ……は、君のことだ』
話の指針が陸斗に向いたことに柚季と美姫は振り向いた。
『キミノ、《独弾》についてだが。君のシークレットナンバーである《権破》はさまざまなところで他の《独弾》と違うことがある。通常五分で回復する弾は《権破》に限って一日に三発だけだ。時間帯は正午にリセットされる。だから、使い時は慎重に選びたまえ。そして、君はまだ《権破》の正確な効果を理解していないようだから説明してあげよう。君はなぜ《権破》がシークレットとされているかわかるかい? それはね、他の《独弾》と違いシステムに直接干渉する特別なものだからだ。君の《権破》は対象のデータを強制削除するものだ。駒共に使えば駒のコアデータに直接干渉し、無条件に死を告げるものとなる。オブジェクトに使えば、そのオブジェクトデータを破壊し、この世界からその存在を消す。そしてモンスターには使うなよ。そのモンスターのデータを破壊することは、ダメージで倒すという過程を飛ばすから報酬も手に入らない。一見して最強のように見えるその《独弾》にも弱点があることを君は早めに気づいたほうがいい』
長々とした説明にようやく我に帰った陸斗は気になる単語目掛けて道化に問い質す。
「弱点ってなんだよ! 教えろよ! 俺は生き残るんだ、誰も殺さずに、少しでも多くの人たちをこのゲームから解放するために! ……柚季も美姫も、みんなを助けたいんだ!! だから少しでも俺は情報が欲しい。不確定要素を残したくない。だから――」
声を荒げる陸斗に道化は深く、深く嘆息を吐いた。
『ハア、君はなんて脆弱な存在なんだ。少し不安をちらつかせるだけでこんなにも脆く、弱くなるなんて……。教えろ、と言われてボクが素直に教えると思うのかい?』
奥歯を噛み締める陸斗を哀れむように見下ろす道化。これまでの時間でわかった道化の性格といえば、人を騙すのが得意なやつというくらいだ。そんなやつが簡単に駒と呼ぶようなやつに教えるわけがない。普通に考えればすぐに思いつくことだ。平静の陸斗であればもっと早くに気づくはずだ。しかし、そんなこともわからなくなっているということは道化の言うとおり、不安を煽られて心が脆くなり、壊れかけているからかもしれない。
『モウ暗い。明日への英気を養う為にも今日は休みたまえ。……あっ、そうだ。言い忘れていたよ。次回アップデートの更新は七月七日だ。この情報も誰かにリークしてもらってもかまわないよ』
「おい、待て! 次回ってどういうことだよ! ちゃんと説明を――」
陸斗の言葉を遮るように道化はおもむろに右手を上げる。
『サヨウナラ、まだ死ぬんじゃないぞ』
道化の言葉と共に、パチン、と指を鳴らす。
□ ■ □
三人の視界は真っ白に染まり、一瞬にして景色が変わった。
「ここは……?」
そう呟いたのは美姫だ。樹だらけの森から打って変わり、周りには小民家などが並ぶ――村のようなところだった。
「本当にアイツってGMだったのね……」
次に呟いたのは柚季だ。こんなことができるのはGMしかいないというのは三人が実感している。しかし、ただ一人は違う感慨を抱いていた。
おもむろに陸斗は一歩前に出て、スゥと空気を吸い込む。
「――ジョーカァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
陸斗は声のあらん限りを出し尽くし、村中にその声を響かせた。
今話は説明回となりましたが、納得していいただけたでしょうか?
説明下手ですみません。不十分なところがありましたらご連絡していただけると嬉しいです。




