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アカウントブレイク  作者: 雨音鏡
第1章 第一弾アップデート――《独弾》実装――
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クエスト:樵の頼みごと(1)

 森の中を駆け抜けて数十分が経った。

 辿りついた先は小さな泉がある所だ。ここもあの謎の樹が少なく、空から降る陽光が泉に反射して煌々と輝いている。

 全速疾走でここまで来た三人がそれぞれ息を切らしていた。


「はあ、はあ……陸斗。本当にあれが陸斗の言ってた小学校の時の転校生なの?」


 二度目の問いかけだが、陸斗は変わらず頷く。


「随分と印象が違うのね。銀髪灰眼は変わらないようだけど」


 一人早く息を整えた美姫がそう零した。

 陸斗も肩で息するのがだんだん落ち着いてきて普通に話せるまでには回復した。


「あれは本当に真樹だ。あの時から比べれば別人みたいだけど……。あの声は間違いなく真樹のものだった。それは違いない。……それに、俺のせいで真樹をあんな風に……」


 それ以上言葉が続かなかった。胸を締め付けられるような感覚が陸斗を襲い、胸元をグッと握り締める。


「別に陸斗のせいじゃないわよ! だって、陸斗は交通事故にあったんだから……しょうがないわよ……」


 最初は威勢の良い柚季の声が徐々に弱々しいものとなった。

 陸斗は自嘲的な笑みを浮かべ、柚季を慰めに入る。


「それは、俺がちゃんと準備をしてれば避けれた事故だったんだ。自業自得ってやつだよ。だから……俺が全部、悪いんだ……」


「りっくんって、本当にいじめられっ子体質なのね。何か悪いことがあったらそれは自分のせいだと思い込むところとか。それこそ傲慢なのよ!」


 美姫の言葉にハッとなって振り向く。陸斗は座り込み、美姫はそれを見下ろす形となっている。


「全部アンタが悪い? 笑わせるんじゃないわよ! そんなのはねぇ、単なる事故って言うのよ! 誰も悪くなんかないし、悪いとしても運転手の方でしょ」


 息を整えた柚季は目を丸くして美姫の言葉を聞いていた。美姫は尚も続ける。


「それに、いじめから強くなるためにいじめっ子側になるなんて、そっちの方がよっぽど弱いわよ! いじめなんてものはね、所詮自分の弱さを隠すためのクソみたいな自尊心なの! たとえ、イジメられていようとも、それに抗う方が本当に強いわ!!」


 美姫の言葉はいつも以上に荒々しく、批判的だったが、とても陸斗の心に染みていく感覚がある。それはもしかしたら、直接的には言われていないが、美姫なりの優しさがあったからかもしれない。


「だから、アンタは何も悪くない」


 美姫はそっと陸斗を抱擁した。美姫の胸に包まれるように抱かれるのは体勢上仕方のないことだ。


「――――!?」


 突然の抱擁に陸斗は目を見開く。今自分がどういう状況なのか判断が遅れたが、咄嗟に柚季の方を振り向いた。

 こういう時一番に反応を示すのが最近わかった柚季の性格だからだ。

 しかし、柚季は何も言わずにこちらを見つめるだけだった。そして周りの状況を把握し終わった陸斗に理解した感触が――


 ――ペタン。


 女の子らしい柔らかい感触を感じられず、板のような感触だな、と思った陸斗は無意識の裡うちに言葉に変わっていた。

 その時、一瞬美姫の動きが停止した。しかしそれも一瞬のことで――


「いたたたたたたたたた」


 次の瞬間、万力のように頭を締め付けられる激痛が奔った。


「だ~れ~が~、ぺったんこですって!?」


 美姫の怒りがひしひしと伝わってくる。陸斗の頭は美姫の腕と硬い胸骨に挟まれ尚も締め上げる。

 どうにかして抜けようと視線を柚季に向けるが、返ってきたのは冷たい視線と「ロ・リ・コ・ン」と口元から紡がれた罵声だけだった・




 数分後。

 美姫の力が尽き、陸斗の頭蓋は粉砕されずに開放された。

 締め付けられたことを良かったと思うか、運が悪かったと思うかは誰も知る由がない。

 締め付けられて少し頭痛のような症状になった陸斗は頭を押さえて立ち上がった。

 美姫は未だに怒りを露わにしていた。陸斗はなるべく視線を合わせないように努めるだけだ。美姫にもっと体力があればあの万力のような拷問が続いていたかと思うと恐怖を感じずにはいられなかった。

 そんな中、柚季は泉の向こう側に目を向けていた。まるで陸斗の苦痛なんてどうでもいい、とでも言うように。


「どうかしたのか、柚季?」


 ポニーテールを揺らしながら振り返った柚季は「あれ」と泉の向こう側を指差した。

 泉は半径十メートル程あり、視界を塞ぐものはない。濁り一つない澄んだ泉は淡いアクアブルーの光を放っているように見える。

 そして泉の向こう側に人影が見えた。

 陸斗は咄嗟に《開弾オープンバレット》を唱えて臨戦態勢に移った。黒い拳銃を泉の向こう側に向け、その人物に目を凝らす。

 小さな切り株に腰掛ける小柄な人物。身体はこちらに向け、泉に視線を落としているように見える。遠くからでよく見えないが、赤毛の短髪だった。

 見るからにプレイヤーとは思えないその人物に陸斗の警戒心は薄まり、上げていた拳銃を下ろす。


「向こうに行ってみましょ」


 既に歩を進めていた柚季は陸斗とすれ違いざまにそう呟いた。陸斗もそれに続こうとしたところですぐに足を止めた。まだ怒っている美姫を一緒に連れて行くためだ。こんな何が出てくるかわからない場所に小さな女の子――本当はもう大人なのだが――を置いていくわけにはいかない。


「ほら、早く行こうぜ美姫」


 なるべく怒らせないようにと、いつもの口調で誘ってみたが。腕を組んでいかにも怒ってますオーラを発している美姫は、フン、と鼻を鳴らすと陸斗とは目を合わせず先を行ってしまった。まあいっか、と思い直した陸斗は美姫の後ろからついて行く形で同じく歩き出した。




 泉の形に沿うようにして向こう岸に辿り着いた陸斗たちはある人物に出会った。

 その人物はまず、とても小さかった。もしかしたら美姫よりも小さいかもしれない。

 それほど小さいその人物は向こうから見た通り、小さな切り株に座り、赤い短髪で赤い髭を生やす老人だった。

 陸斗たちが近づいても老人は振り返ることなく、泉をじっと見つめている。


「あ、あの……」


 とりあえず試しに話しかけてみようと陸斗が先陣を切った。

 老人の耳がピクリと反応したように見えた。切り株に座ったまま話しかけてきた陸斗に身体の向きを変える。


「おお、旅のお方かね。ちょいと儂の頼みを聞いてもらえんか?」


 老人が言い終わると久しぶりの感覚が音と共に振動となって左腕を振るわせた。振動につられて陸斗はログウォッチに視線を落とした。連鎖的に柚季と美姫も覗き見る形でログウォッチの文面に注視する。


【クエスト:樵きこりの頼みごと

 依頼者:樵のガロウ

 内容:〈ケルキの若樹皮〉の入手

 報酬:1ポイント・200ウェル

 備考:報酬は1人1度きりのみ。

 受諾or拒否】


 一通り文面を読み終わった陸斗は悟った。

 ――これが、もう一つのポイント回収方法なんだ……!!

 すかさず『受諾』をタップする。そして覗き見ていた二人も同じく悟ったようで目を丸くしていた。

 『受諾』すると、老人――もといガロウは再び話し出した。


「おお、ありがたい!  実はな、この泉に斧を落としてもうて樵としての仕事ができんのじゃ。じゃからお主に〈ケルキの若樹皮〉を採ってきてもらいたいんじゃよ。ケルキはこの森のどこにでもおるから探しておくれ。ちなみに左枝が弱点じゃよ」


 ガロウはそれだけ言うとクルリと回ってまた泉の方に向き直った。話はこれっきりのようだ。

 気づくと柚季も同じクエストを受諾していた。先程と全く同じセリフを聞きながら。


「美姫はクエスト受けなくてもいいのか?」


 ここでまとめて受けておくとまた採りに行く手間が省けるから、という意味で訊いたのだが、どうやら美姫は違ったらしい。


「いや、いいわ。アンタたちがアタシと同じポイントになるまで待っといてあげる。でも、ちゃんとアンタたちの手伝いはしてあげるわ」


「ありがとな。早く美姫に追いつけるようにがんばるよ」


 ここまで素直に話せるようになったことに美姫の怒りは薄れたのだな、と思い少し安堵する。

 そうこうしている裡にクエストの受諾を終えた柚季が帰ってきた。


「な~に話してるの~?」


 なんだか嬉しそうにしている柚季を不思議に思ったが、それもすぐに納得できた。


「クエストがんばろうって話してたのさ」


 陸斗がそう言うと柚季は力強く頷いた。




 陸斗たちは再び謎の樹――もといケルキの森に戻ってきた。

 そして不意に美姫が疑問を呟いた。


「アタシたち斧どころか刃物さえ持ってないんだけど、どうやって樹皮を切り出すわけ?」


 その時、陸斗の動きがピタリと止まった。


「あのケルキって光沢が出るほどツルツルなんでしょ? だったら手で剥いだりすることもできないじゃない」


 言葉に詰まった陸斗はとりあえず自分の覚えているケルキの情報をまとめた。

 ケルキ――「マジック・オブ・バレット」の撃退モードで出没する初級モンスターだ。設定では、元は山に植えられていた針葉樹だったらしい。しかし都市で蔓延したウイルスによって山の植物にも感染していった。その中の一つがケルキだ。ウイルスの影響で針葉樹の細胞が突然変異し、樹皮は鋼鉄のように堅く、枝は生き物のように動く植物型生物として変化した。

 ケルキの性質としては常に東を向くことと、攻撃性があるということだ。しかし基本的に自ら動くことはなく、ある敵意を感じるとその動く枝を伸ばし、敵を排除するというものだ。


「ガロウさんが言ってた通りに左枝が弱点なら銃で折ればいいんじゃないかな」


 その柚季の提案に美姫は一足早く拳銃を顕現させていた。

 陽の光はすでに南中を過ぎて数時間が経ったところだった。樹の影は少し傾き、木の葉がざわめく音が周りに響く中、美姫の拳銃が目の前のケルキに銃口を向ける。


「待って、美姫! まだ左が――」


 陸斗の制止よりも速く美姫の拳銃が発砲音を轟かせた。

 銃弾は見事に陸斗たちから見て左の枝を撃ち抜いた。


「よっしゃ!」


 ガッツポーズをとる美姫の隣で陸斗は戦慄にも似た恐怖が胸中に広がったのを感じた。

 撃ち抜かれた折れ枝が地面に落ちる。そして上を見上げる――


 ――突如、上空から黒く細い枝が陸斗たちを襲った。



ついに陸斗の目指すもう一つのポイント回収方法が発見されました!

次回、ケルキを攻略していきます。


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