ゲーム説明
青い空。どこまでも遠く、どこまでも澄んだ青い空。
少年は仰向けの状態でそんな感想を抱いた。
「ここがヴァーチャルなんて信じられないな……」
陸斗がヴァーチャル世界に来るのはこれが初めてというわけではない。『撃退モード』でもヴァーチャル世界を堪能していた。ただ新しいモードで新しい気持ちになったことで少し物思いに耽っていただけだ。
現実では、このゲームを始めたのは高校に入りたての時で、それまで遊びにお金を使ってなかったこともあり、大量に課金につぎ込んだ。具体的にはほぼ毎日のゲーセン通いや店内大会に出場したりした。一年経った今では優勝経験もいくつか持つほど上達したものだ。
再びの物思いを振り払い、腕を振り下ろし、反動で上体を起こす。
少し強めの風が前髪を攫うように吹き抜ける。
目の前には、崩れかけの高層ビル郡と地平線まで伸びる大海が広がっていた。
そして現在陸斗がログインした場所は、その高層ビルの一つである屋上だ。
ログインからこんな辺境に送られるとは陸斗も想像できなかった。
「まあ、新しいモードでいろんなとこで抜けてる部分があるんだろうな」
とりあえず、このログイン先辺境バグについては不問とした。
突然、左腕が音ともに震えた。それに目を向ける。
左手首には腕時計型のログウォッチが装着されていた。ログウォッチには現在時刻とログが記録されている。
【皐月陸斗さんがログインしました】
「ってこれ本名じゃん!!」
もちろん、本当のアカウントの名前はこれではなく、『ムーンランド』という、自分の名前を英語にしたちょっと痛々しい名前だ。このアカウントを作ったのは高校一年生の時だった。少し遅れた中二病だと考えたい。
ログウォッチは尚も記録をつけていく。どれもログインを記録していく類のものだ。日本人の名前が流れるように通り過ぎながら途中で外人の名前も入っていた。
ログウォッチには最大で最新の十件のログを記録していくようだ。
時刻は五時一三分とデジタル表示されていた。この時間でログインしている人がいるという事は、同じ学生なのか、同じくメンテナンスが夕方まで遅延していたのだろう。
ログの記録が進んでもこのビルの屋上にログインしてくる人影はいなかった。
「やっぱり俺だけなのか」
落胆したように肩を落とす。だが、バグが発生したのであればそれを運営に報告するのがプレイヤーの義務である。別にこのバグが良いバグというわけでもないから攻略ウェブページに載せる必要もない。
ログウォッチを操作して運営へ報告する手段を探していると、ある事に気づいた。
「リザインボタンがない……」
こういう長時間になるゲームには、途中でゲーム終了する為のリザインボタンが存在するはずなのである。しかし自分の周りに他にメニューが出ると思えるモノは存在しない。であれば、このログウォッチにプレイに関するメニューが搭載されているはずである。ログウォッチの画面を穴があくほど見るがそれらしいものはなかった。
「おいおい、このバグはないだろ」
そしてメンテナンスの係員が隣にいて忘れていたが、このモードの遊び方や終了方法を一切知らない。メールでも細かい事は書かれていなかった。
「まあ、他のプレイヤーに聞けば分かるな」
まさか俺みたいなマヌケな事をしている奴はいないよな、と他人に期待をする。
とりあえず動かないことにはゲームが始まらない。そう思い立ち上がると、またしてもある事に気づく。『撃退モード』ではいつも右太腿に掛けてあったホルスターがない――銃がないのだ。
「――ちょっと待て! このバグはありえない。バグというより他のゲームになるレベルだよ!?」
この『マジック・オブ・バレット』のゲーム概要は、「荒廃した都市で蔓延したウイルスによって、人間の消えた後の建物に棲まう未確認生物を"射撃"していくゲーム」だ。『射撃』という言葉があるということは少なからず銃や砲撃関連の装備があるはずなのだ。それどころか剣も存在しない。つまりは今のパラメータで言うと、攻撃力の欄がゼロを示しているのだ。
そして身の回りを確認していく内に見つけたのが、右手の人差し指に嵌めてあるリングだ。リングの中央には、小さな珠のような物がくっついている。それを太陽に翳すように掌を上に向けた。
珠は淡いコバルトブルーを反射して、珠の真ん中にシルエットを映し出した。銃弾のようなシルエットが一つ映っている。このリングの使い方も分からず眺め、いくつかの行動を起こした。リングを触る。腕を振る。念じる。
そのどれも変化は訪れなかった。
「これも、バグなのか……」
これを期にこのモードはもう遊ばないと固く心に誓った。
だが、このゲームを終了させなければ次が訪れる事はない。
静けさが屋上を支配していると、下から次々と声が響いてくる。
「おい! このゲームはどうやって始まるんだよ!」
「知んねえよ! それより早くログアウトさせてくれ!」
「どうやって銃使うの〜」
陸斗と違い無事(?)下でログインできたプレイヤー達が空に向かって叫んでいたようだ。
運営がこのゲームを監視していると見込んで、その監視元が空にあると思って叫んでいるのだ。
その声は当然陸斗にも聞こえており、少し安堵した。
「俺以外にも同じバグが起こってるのか」
それでもビルの屋上にログインしているプレイヤーはいないだろうが。
下のプレイヤーに合流しようと階段に向かうその時。
「な、なんなんだ!?」
腕が軽く痺れた。発信源はログウォッチからだ。ログインを表示する時の音とは格段に違う振動が腕を大きく振るわせた。
下からも、おっ!? ひゃっ!? ぬわっ!? などと悲鳴のような声が響いてきた。
ログウォッチにはさっきまで表示してあった、最新の十件が消えて一つのログが浮上している。
【運営より。このゲームの遊び方。タップして下さい。】
文字が赤く表示されて他のログとは違う事を示していた。そしてそのログをタップすると画面が広がり、あっという間に五十センチ四方のホログラムが完成した。そこには文章と絵が書かれていてそれを黙って読む。
【※このゲームのプレイヤーは現実の身体とリンクしています。
このゲームでは自分の銃でポイントを稼ぎ、合計一二〇ポイントでゲームクリアとなります。
このポイントは、プレイヤーキル等で稼ぐ事ができます。
銃は右手のリングに収納されています。銃の形状などは他プレイヤーと多少違う点が御座いますが、初期威力は大差ありません。
銃を顕現させる時は《開弾》と唱えて下さい。収納の時は《閉弾》と唱えて下さい。
収納状態の銃は一分に一発弾丸が回復します。
現在全プレイヤーは《通弾》のみですが、後日抽選を行い《独弾》を百種+二αを用意します。
《独弾》は《通弾》よりも威力・能力が格段に上昇しております。ですが、《独弾》は弾の自動回復が五分に一発になりますのでご注意下さい。
抽選の日時と方法は後日、ログで通知します。
是非、ゲームクリアを目指して下さい。】
一通り文面を読み終えた陸斗は、考えるように座り込んだ。
「つまり、このゲームをクリアするには《独弾》が必須というわけだな。そして、さっきのログインラッシュで総プレイヤーは一万人ってとこか。一人一二〇ポイントということは、実質助かるのは八〇人ちょいくらいか。だが、誰がこんな事を始めたんだ?」
陸斗は既にゲームの死が現実の死に直結している事を忘れて、生き残る事前提で考えを進めていた。
そのため、背後から忍び寄る殺気に気づくのが一瞬遅れた。