カフェでお泊り
驚きの真実に数分の間、硬直していた陸斗と柚季は落ちつきを取り戻し平静になった。
二人の視線は美姫に注がれ、何かソワソワとしている様子だ。
「二十三歳って……その身長は?」
訊いたのは陸斗だ。
「身長は小学校の時からあまり伸びてないわね~」
美姫は顎に手を当てていつから身長が止まったのか思い出そうとしていた。
「じゃ、じゃあ、その服装は何なのよ?」
次に柚季が美姫の服装を見て問うた。
「ん、この服はただ、男を騙しやすくするために敢えて小学生の服装っぽくしてるだけよ」
そう言ってその騙された男の方をチラリと見やった。しかし当の陸斗は素知らぬ顔で目を逸らす。
「じゃあ、本当に二十三歳なんだ……」
感嘆を含んだ呟きが柚季の口から零れた。
真実とわかった今でも彼らの常識がありえない、と告げていたからだ。本当に小学生ほどの身長で成人を迎える人がいるなんて彼らの常識には入っていなかった。
しかし、その身長のおかげで美姫ならではの作戦を思いつき、男性限定のポイント稼ぎをやってのけたのだ。彼女が性に対する経験を活かし、男性にどんなことをすれば騙すことができるかを熟知している彼女だけの作戦だった。
しかし、その作戦が裏目に出てしまった。
ヤジマという、リアルの方で美姫と面識のある男と最悪の再開を果たしてしまい、美姫の命が狙われてしまう結果となった。
その時、ちょうど陸斗たちがいたからその場は凌げたが、美姫は突然狂気に身を任せてヤジマのHPをゼロにしてしまった。
ヤジマを殺した時に美姫の肩に浮かんだ数字は赤く、七と示していた。それがこの世界から唯一の脱出方法となるポイントだと気づくと、何か恐ろしいもののような気がして恐怖を覚えた。
陸斗の言うプレイヤーを殺さないポイント回収方法がもし、見つからなかった場合は美姫と同じように他人を犠牲にしてでも生きなければならない。
この世に自分の命より大切なものなんてないのだから。
その際、陸斗の人を殺したくない理由を聞いておきたかったのだ。自分はいざとなれば人を殺すことに多少の躊躇いはあるが、覚悟はある。
そして陸斗の過去を聞いたのだが、かなり長い過去が尾を引いていることがわかった。
同時にその境遇をかわいそうとも思い、とりあえず陸斗が人を殺したくない理由は理解できた。
ならば、次にすることは本当にプレイヤーキルせずに脱出する方法があるのか探し出すことだ。
陸斗の小さな発見により発案されたものだが、本当にあるのか疑わしいところだ。
「それじゃあ、まずはこの都市から出てみよう。このゲームには森も海もあるみたいだからさ。とりあえずこの都市から出れば、自分たちが殺される心配はなくなるはずだ。じゃあ、出発――は無理だな」
咄嗟に見やったガラス窓にはオレンジ色の陽の光を反射して間もなく夜を告げようとしていた。
「今日はここで寝泊まりするしかないようね」
店内を見回ってきた美姫がそう言い放った。
柚季も同じく外を見つめ、しぶしぶ承諾した。
陸斗は一旦外に出て、敵の襲撃が来ないか確かめに行く。そして、あることに気づいた。
「美姫の《独弾》でこの周辺のプレイヤーを見つけることはできないか?」
店内で布団を見つけて奥の方に持ち込んでいた美姫が陸斗に言われて振り向く。
「ん、まあ、アタシの《査弾》ならできなくはないけど」
「すまんな。どうも目で確認しただけじゃ、不安だったから」
「別にいいわよ。アタシの《査弾》はこの為にあるんだから。……ふふ。ちょっと嬉しいかも」
「何がおかしいんだ?」
「なーんでもなーい」
陸斗は意味が分からず、首を傾げる。
隣では美姫が左手のエメラルドグリーンのリングをそっと触り、その感触を確かめる。
そして顕現の言葉を発する。
「――《査弾》」
ピカッとリングと同じ色のエメラルドグリーンが短く発光した。
右隣でその光景を目にした陸斗は眩さに目を細める。
やがて、光は収縮し、美姫の手に黒い鉄のフレームの拳銃と五発の弾丸が詰められているマガジンが握られていた。
マガジンを右手で持ち、左手で拳銃のマガジンリリースボタンを押す。カチャリと音を立ててグリップの下からマガジンが顔を出す。そのまま地面に惹きつけられるように落下していく。美姫はあえてそのマガジンを拾おうとしない。
カン、とフローリングにマガジンが落ちると、マガジンは突然光に包まれ、光の粒子に分解され、あっけなく霧散する。
マガジンには落下などの衝撃を与えると、光粒となって自分の元のリングに戻る仕組みらしい。
そして空になったマガジンケースに右手に握る《査弾》のマガジンを挿入する。
カチャリ、と音が鳴ったのを確認すると、美姫は銃口を下に向けた。
そして無造作に引かれた引き金により撃鉄が弾を撃ち出す。
綺麗な木目のフローリングに痛々しい銃痕を残し、銃声の余韻が静かに消え去った。
その時、美姫の中では自分を中心にエコーロケーションが広がっていた。この店内から周囲の建物に至るまで。範囲は直経約五〇〇メートル程度だが、それだけでも周囲の敵の数がわかると、心の準備もできるし、逆に襲撃を仕掛けることもできる。
エコーロケーションを終えた美姫が結果を報告する。
「周囲の建物に敵の反応はないわ。どうやら、ここらへんにいるのはアタシたちだけみたいね。念の為にブラインドを閉めておこう」
「そうだな。美姫は右側のブラインドから閉めてくれ」
「あいさー」
緩い敬礼をして、陸斗から言われたとおりに美姫は店の右端っこからブラインドを下げ始めた。
陸斗も同じく、店の左端からブラインドを下ろし始める。
そして全てのブラインドを下ろし終わった頃に店の奥から柚季の声がした。
「布団の準備できたよー」
その声を聞くと、陸斗と美姫は店の奥へと歩き出す。
ブラインドを下ろしたことで店内は早くも夜を迎えたように暗くなっている。
テーブルや椅子に注意しながら、カウンターの奥――従業員の入る部屋に足を踏み入れた。
部屋の中は蛍光灯の明かりで隅々まで見渡せるほどだった。
六畳ほどの小さな部屋だが、物はあまりなく、部屋の奥に据えられている衣装タンスだけだ。
陸斗はそのまま視線を下に移し、不思議に思った。
「なんで布団が二つなんだ? 三人だから布団は三つ必要だろ。……まさか、柚季、俺といっ――」
「違―――う!! これは単に布団が二つしかなかったからなの! もう陸斗に布団はやらない!陸斗は店の椅子にでも寝てなさい!!」
柚季は赤面で陸斗にそう言い放ってそっぽ向いた。
「ご、ごめんよ。冗談だってば。ただ、ショッピングモールの時のことを思い出しただけだよ」
「ああぁぁぁぁ!!! それ以上思い出すなぁぁぁ!!!」
柚季は胸を隠すようにして、りんごのように赤く頬を紅潮させた。
「一体アンタたちに何があったのよ……」
この中で一人、冷静にツッコミを入れるのはその現場を見ていなかった美姫だけだった。
翌日――五月二十七日。
ついに陸斗は店のフローリングの方で一人夜を過ごすこととなった。椅子を四脚繋げて簡易的なベッドを作り、柚季のお情けによって渡されたタオルケットで夜の寒さを凌いだ。
陸斗が起きたのは突然の腹への激痛からだ。
「グハッ」
重い瞼を開けると、小さな少女が陸斗の腹の上にのしかかっていた。
「りっくん早く起きてー! 朝だよー! 今日も一日がんばろう!!」
「うう……起きるから美姫どいてくれ」
しかし美姫はチッチッチッ、と指を振って腹の上から降りようとしない。
「ここはあえて、アタシを上に乗せたまま起き上がってみようよ」
「んなことできるかー!! ……あ、できた」
フローリングにドスンと響く音を立てて美姫は背中から落ちた。いや、落とされただろうか。
「もうちょっと優しく起きなさいよ。……もうりっくんの上には乗らないようにしよう」
「その方が賢明だぜ」
お互い笑い合い、やっと目が覚めた。
「ご飯だよー」
柚季の声が聞こえ、二人は店のカウンターの方に歩き出した。
「おはよう、ゆっきー。ご飯があったの?」
美姫が挨拶したのに続いて陸斗も柚季の方を向く。
「柚季おはよう。ってか、柚季にもあだ名付いたのかよ」
「おはよう、美姫ちゃん、ロリコン。ご飯って言っても置いてあった非常食と昨日のパンだけよ」
「おい、そこ。しれっと俺の名前を蔑称で呼ぶんじゃねえよ」
「あら、今日の朝は随分とお楽しみだったようじゃない。小さな子供を自分の上に跨らせて堕とすなんて」
「意味が変わってるからな! 堕とすじゃなくて落ちただからな! 床に! それに美姫が勝手に俺の上に乗っかかってきただけなんだからな!!」
そこまでを早口でまくし立てると、既に柚季と美姫はカウンターの椅子に座って非常食とパンを食べ始めていた。
相変わらずのスルー力である。
仕方なく陸斗も柚季の隣に座り、パンを掴んで口に放り入れた。
みんなが朝食を食べ終え、出発の準備を始めだした。
柚季と美姫は店の奥の方で布団の片付けをし、陸斗はベッド代わりにしていた四脚の椅子を元の位置に戻して、ブラインドも上げ始める。
ブラインドを上げると、向かいのビルのガラスに反射して入ってくる朝日がフローリングに差し込んでくる。
全部のブラインドを上げ終わった頃に、店の奥から二人が準備を終えてやって来た。
「二人ともおかえり。……って、柚季その髪型はどうしたんだ?」
店の奥から帰ってきた柚季はもじもじとしながら美姫の後ろに立っている。
アップで纏まとめ、青いリボンで結ゆえられた髪はいわゆるポニーテールと言うやつだ。
「今時、黒髪ロングストレートなんて芸がないのよ。まだ若いんだからもっと遊ばなきゃ」
子供が若いって、とはあえて口に出さない。言ってしまえば更なる仕返しが来ることは容易に想像がついてしまうからだ。
陸斗の周りにいる女性は誰も強い人ばかりだなぁ、とある意味すごい境遇だなと感慨深くなってしまう。
そしてまだ美姫の後ろにいる柚季はもじもじ、そわそわとしている。
「陸斗、どう……?」
「どう、って言われても……。すごく、似合ってると思うよ」
言ってて陸斗も何故か焦ってしまう。今まで柚季のことを詳しく見ていなかったため、改めて柚季が美人であることを自覚させられてしまう。
いざ、そう自覚してしまうと上手く柚季の顔を直視出来なくなる。
それをニヤニヤと眺めるのが美姫の密かな楽しみとなっていくのを知らずに。
一通り収まって三人はカフェ店から出た。
東から入る朝日を反射する向かいのビルを見やって北を向く。
「周囲に敵の反応はないわ」
美姫の《査弾》による報告を聞き、陸斗は頷く。
「じゃあ、行こう。新たな土地へ」
三人は同時に一歩を踏み出した。
自分としては本来予定していたところまで書けなかったのが心残りみたいな感じです。
無理矢理今話に詰め込んでもよかったのですが、前の話に続いて8000字超えは読者様には疲れるだろうと思い、ここで止めました。
次話は明日か明後日中にでも投稿する予定です。