シルバー・グレー(4)
その翌日、真樹は時間ギリギリに学校へやって来た。
真樹が教室に入ってきた時、どこか気遣わせな視線をクラスメイトから向けられながら席に着いた。
その真樹はというと――
「はあ、危なかったー。おはよう、皐月君」
あっけらかんとして陸斗に挨拶をした。
陸斗は慌てて小説を閉じ、真樹に向き直る。
「お、おう、おはよう」
他人から挨拶されたのはいつぶりだろうか、と考えたが、すぐに諦めた。遠い過去まで遡る必要があったからだ。
そのあと、佐藤先生が教室にやって来ていつものように朝礼を始めた。
「ねぇねぇ、皐月君」
佐藤先生の話を適当に流していると、隣から声が掛かる。
一番後ろの席のため佐藤先生には声は聞こえていない。
陸斗も声の音量を抑えて真樹に返した。
「なんだよ?」
「今日ね、昼休みに学校を案内してよ」
「僕なんかでいいのか? 他にもいるだろ……」
陸斗は基本昼休みだろうが五分休みだろうが小説を読んで過ごしている。
そ れを今更変えるつもりはない。だから遠まわしに断ったのだが。
「僕は皐月君とがいいんだ。……それにちょっと皐月君と話してみたいと思ってたしね」
この会話だけを聞けば、何かしら誤解を生むかもしれないと思われる発言に驚く。
しかしここまで言われて断るのもなんだが気が引けるものだ。
「まあ、いいよ。昼休みな」
一日くらいいいか、と思い直して陸斗は学校を案内することにした。
――十二時五十分。給食終了後。
今日はいつもより早く給食を食べ終わった。いや、食べなければならなかった。
なぜなら正面で給食を十分で食べ終わり、陸斗をキラキラと瞳を輝かせて学校案内を待ちわびる真樹がいたからだ。
陸斗が食べ終わるや否や真樹は立ち上がり、
「皐月君、さあ行こう!」
「お、おい待てって」
強引に陸斗の腕を引き、教室から立ち去る。
後ろからは奇異な視線を感じながら。
――二階、図書室前。
「んで、ここが図書室。昼休みにしか開いてないから気をつけろよ」
真樹はうんうん、と頷き図書室の中を伺いみる。
「ここで本を借りるんだよね。陸斗もここで本を借りてるの?」
「まあ、ここで借りる時もあるけど、家から持ってくることが多いな……って、もう名前呼びかよ。いいけどさ」
いつの間にそこまで距離が近づいたんだ、と思いながら次の場所へと真樹に促す。
「それよりさ、ちょっと話しよーよ」
お前から学校案内してくれって言ったんだろ、と心の中でぼやきながら足を止めた。
「まず、その頬の傷どうしたの?」
うっ、と言葉に詰まったが、それを悟られないように平然とした表情で答えた。
「いや、なんでもないよ。階段から転んだだけだから」
我ながらありきたりな言い訳だな〜、と思いながら真樹から視線を逸らした。
「本当は殴られたんだよね。僕のために」
殴られたとは誰から聞いたのか、と一瞬考え込んだが、あの場面を見たのはクラスメイトのほとんどだ。誰かが教えたのだろう。
「バ、バカ、お前のためとかじゃねーよ。あれは、ちょっと、古賀にカチンと来ただけだ」
「それでも僕は嬉しいよ。今までそんな人いなかったから」
「前の学校でも同じようなことがあったのか?」
直球すぎた、と思い、撤回しようと口を開きかけたが真樹に先を越されてしまった。
「うん。前の学校でも、混血児って言われてたんだ。だから、あの時も――」
「――もう大丈夫だ! これからはずっと、僕がいるから。もうあんな思いはさせないよ」
真樹の言葉を遮り肩をガシッと掴んだ。
咄嗟に言った言葉に陸斗は徐々に頬を赤らめることとなった。
真樹は仄かに微笑み、
「やっぱり、陸斗は優しいな。これからもずっと一緒にいてね」
こいつは天然なのか? と思えるくらい恥ずかしいセリフを平然と言ってのけたのだ。
言ったのは真樹なのに聞く側の陸斗が赤面する羽目になった。
「な、なあ、まさ、真樹の家族ってどんな人なんだ?」
案外人を名前で呼ぶのは恥ずかしいな、と思いながらありきたりな質問を投げかける。
普段、人の家事情なんか気にもしない陸斗だが、このままでは陸斗の赤面だけで終わってしまいかねない、そう思うと何かしら反撃したくなるものだ。
陸斗は意外と負けず嫌いである。
「僕の……家族……」
真樹は少し俯き、そう呟いた。
「言いたくないなら言わなくてもいいんだぞ? 僕が個人的に興味があっただけだから」
無理強いしてまで相手の家事情を聞く気はない。ただ心の中ではそれを勝ちと判定するだけだ。
それを悟ったのか真樹は話し出した。
「うん、話すよ。……僕のお母さんはイギリス人と日本人とのハーフなんだ。僕の祖父がイギリス人で留学生の祖母がイギリスに行った時にあったみたい。それで二人が結ばれて僕のお母さんが産まれたんだ。その後、お母さんは日本に来て育ったらしい。日本の環境が良かったんだろうね。それで、日本人のお父さんとハーフのお母さんが仕事で知り合って、そのまま結ばれて僕が産まれたんだ。今では家で専業主婦やってるよ」
「じゃあ、真樹の血にはイギリス人の血が混じってるんだ。カッコイイじゃん」
「へ?」
素っ頓狂な声を上げた真樹は驚いたという表情をしていた。
「どうして、そう思うんだい?」
「だって、イギリス人ってカッコイイイメージあるじゃん。それが真樹にもあるんだったら、将来すごくカッコ良くなりそうだろ」
先程からカッコイイカッコイイと連発されてとうとう真樹も顔を赤らめた。
それをニヤリと、口元を吊り上げたのは陸斗だった。陸斗は赤面している真樹に更なる追い討ちを仕掛ける。
「真樹の銀髪って綺麗で、なんだか宝石みたいだよな。カッコイイ。それにその灰色の瞳も銀髪と似合ってて超カッコイイ」
いつの間にか目の前から真樹の姿が消えていた。視線を下に移すと、踞って赤面を必死に隠そうとする真樹がいた。
すると、上目遣いで真樹が顔を上げた。
「陸斗って、イジワル」
「なっ、ごめんって。ちょっとした仕返しのつもりだったんだ。許してくれよ」
真樹はムスっとした表情で立ち上がる。どうやらさっきので不機嫌になったようだ。でも、少し嬉しそう。
陸斗としては勝ちを誇るのだが、真樹をこのまま拗ねされておくわけにもいかないのだ。
「えっと……真樹のお父さんは何をやってる人なんだ?」
少々顔を引き攣らせているが、陸斗は話を転換する方向へと舵を取った。
「むー……僕のお父さんはSGA社のゲーム開発部部長なんだ。SGA社はわかるよね?」
「ん?あ、ああ。知ってるよ」
その会社のことはゲームをしない陸斗でも知っている。
SGA社とは、Social Gear Activity社のことだ。この会社はアーケードゲームを基本としたゲーム会社で、世界でもトップの人気を誇る有名ゲームメーカーである。
毎日のようにニュースに取り上げられるほどの人気で、現在はゲームと現実の区別がつかないほど迫力のあるガンアクションのアーケードゲームを製作中らしい。それに対する注目度は高く、ネットでもさまざまな議論を交わされているほどだ。
「……僕はお父さんに誇りを持ってる」
真樹は少し微笑んでそう呟いた。
「すごいな、真樹は。僕はお父さんに一度も尊敬なんてしたことないや。お父さんはフツーのサラリーマンで残業なんてほとんど毎日さ。週末だってどこに連れてってくれるわけでもなく、だらだらしてるばっかりだよ。だからそのゲーム会社で働いてる真樹のお父さんが羨ましいよ」
「……ありがと」
「バ、バカ!またそうやって……」
真樹のそういうところが苦手な陸斗はまたしても赤面してしまう。
一日にここまで表情にバラエティがあるのは久しぶりのことではないか、とそう思うぐらい今日は赤面の連続だった。
その後、昼休み終了のチャイムが鳴り、二人は教室へと戻った。
それから二人はいつも一緒にいるようになった。その間、甲斐がちょっかいを出すことはなかった。
二人が一緒にいることで真樹に対するいじめがなくなったのだ。
いつも一緒と言っても下校の時は違う方向に帰る。
この生活が一ヶ月続いた六月のある日。
――陸斗は交通事故に遭った。
「シルバー・グレー」も遂に次話で完結です。
これまで長らくお付き合いありがとうございました。
次話の内にゲームの方に戻りますのでよろしくお願いします。