表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アカウントブレイク  作者: 雨音鏡
第1章 第一弾アップデート――《独弾》実装――
11/82

食料確保!

 陸斗たちが動き出したのは翌日のことだった。

 二人の襲撃にあった日、ビルとビルの間の路地に逃げ込んだ陸斗と柚季は、そこで一夜を明かした。

 そして寝起きも壮絶なものだった。

 微かに差し込む朝日の中で腹の虫が鳴いたのだ。


「な、何? 何があったの!?」


 慌てて飛び起きた柚季は周囲を見渡す。

 まだ暗い路地には柚季と陸斗以外に人影はなかった。

 隣に陸斗がいて、半笑いで顔の前で手刀を切る仕草をしていた。


「すまん。さっきのは俺の腹の音だわ」


「へ?」


 陸斗の言っている意味をすぐに理解できずにいた柚季は小首を傾げた。


「いやさあ、ゲームにログインしてから食事なんてしてなかったから、お腹空いちゃって」


「もう、びっくりさせないでよねっ! ……確かに、もう三日目だもんね」


 このゲームに入ってからというものの、二回の戦闘を経て、やっとの思いでこの比較的安全地帯に来ることができたのだ。

 緊張が解けて、今まで感じていたはずの空腹感が今更になって来たのだろう。


「食事するにしてもどうやって探すのよ。外はまだ何人かプレイヤーがいるんじゃないの?」


 迂闊に外を出れば、先日のように襲撃に逢うかもしれない。柚季はそれを危惧していた。


「この路地を通りながら進めば外に出ずに行けるかもしれない。こんな細い路地なら前と後ろだけ警戒してれば襲撃に逢うことも減るはずだ」


 陸斗の指す先は二人がやって来た方向とは逆の方向で、この場より少し暗くなる路地だった。

 よいしょ、と立ち上がった陸斗は、腕を伸ばしたり、肩を回したり、屈伸などをして軽く準備運動をすると、


「二日目のショッピングモールで見つけたけど、食料品売り場の食べ物はたぶん腐ってなかったと思う。だから、ほかの場所にもそういう所があるはずだ」


 同じく立ち上がった柚季も軽く準備運動をする。


「私は陸斗を信じるわ」


 朝日がゆっくりと路地にいる二人を照らし出した。


□ ■ □


 二人が赴いたのは古ぼけた商店街通りだった。

 路地を通りながら辿りついたのが商店街の魚屋の裏路地だったのだ。


「生魚……はないよなぁ」


 陸斗が魚屋に置かれている新鮮そうな(たい)を見ながら呟いた。


「刺身でなら食べれるんじゃない?」


 横から柚季が顔を出して言った。

 他にも、刺身になるような魚も置かれている。


「刺身程度なら私でも捌けるわよ。器具だって、あそこに揃ってるみたいだし」


 柚季が指差す方向は、店内の調理台らしき所だった。確かに、包丁も置かれている。

 ちなみに、陸斗は料理は苦手である。簡単な玉子焼きなどは作れるが、残念ながら魚を捌くスキルは持ち合わせていない。


「いや、魚を捌いてくれるのは嬉しいんだけど……もっと、こう……」


 漠然としたイメージをジェスチャーで柚季に訴えかける。

 何を言いたいのかわかった柚季は訝しそうに尋ねてみる。


「もしかして、肉とか食べたいの?」


「そうそれ!」


「肉だって、精肉店に行けば生の状態よ」


「あ……そっか」


 まさかの事実にショックを受けた陸斗は項垂うなだれるように地面に(ひざま)いた。

 他に何かないか、と周りの店を見渡す。

 シャッターの閉まった弁当屋、窓の割れた呉服店、望みの消えた精肉店、ドアの開いたままのパン屋、店内の物が溢れ出ている質屋、店の前の棚が壊れている八百屋。


「パン屋!!」


 危うく見逃しそうになったことで少し冷や汗が背筋を通った。

 跪いた体勢をクラウチングスタートに切り替えて、石畳の商店街の道路を横切って行った。


「……私が料理するって言ってるのに……」


 ぼそりと呟いた柚季の言葉は陸斗に届いたのだろうか。


「どうしたんだよ、柚季! もう入るぞ!」


 答えは、否。

 既にパン屋のドアをくぐろうとしていた。

 軽く嘆息を吐きながらパン屋へと足を運んだ。


 内装は普通のパン屋とさほど変わらない。

 いくつもの棚や台の上に山程のパンが陳列されている。

 種類も豊富で有名なものから変わり種まで様々だ。

 その中から柚季は好みのものや珍しいものを物色していく。


「ほれ、ビニール」


 顔を上げると、そこには透明のビニール袋を差し出す陸斗がいた。


「あ、ありがと」


「おう」


 礼を言うと、すぐにまた自分のパンを物色しに帰っていった。


(やけに気が利いてるじゃない)


 柚季はトングでパンを三つビニールに入れた。


 数十分後。

 二人はパン屋から出てきた。

 柚季の手にはパンが三つ入ったビニールを一つ。

 陸斗の手にはいくつ入っているかわからないほど、詰め込まれた大小様々なパンが入っているビニールを二つ持っていた。


「そんなに持ってて大丈夫なの?」


 自分の持っている袋と見比べて陸斗に尋ねた。自分より重たい荷物になっているのは明白だ。


「いやなに。次の食料がいつ手に入るかわからんから一応、な」


 それにしても、このまま歩いて行くには不憫過ぎる。途中で襲撃にでも遭えばパンが邪魔になり、襲撃に対応出来なくなるだろう。

 そうなれば元も子もない。


 すると陸斗はビニール袋の口をキツく締めて、ポケットから紐を取り出す。そしてその紐でビニール袋の口を縛る。余った紐をズボンのベルトを通す穴に(くく)り付けた。


「こうしたら、大丈夫だろ? まあ、今は応急的に付けてるけど、いつかはリュックとかに入れるようにすれば、動きやすいし荷物も持っていくことができるようになるよ」


「はあ……、アンタも実は頭が良かったのかしらね」


 陸斗のアイデアに柚季は呆れ半分感心半分で見つめていた。


「実は、ってヒドいだろ。こう見えても学力はそんなに悪くなかったぞ」


「学力は関係ないでしょ。こういうのってサバイバル能力みたいなもんじゃない」


 そう言いながら柚季も陸斗に倣って、ビニール袋を紐で括り、腰に付けた。

 確かにこれならば、両手は空くし、突然の襲撃にも対応できる。しかしあまりに過度な運動は制限されるだろう。いくら紐で括ってあると言っても、所詮は紐である。振り回したりすればち切れるし、解けることもあるだろう。


「慎重に行けば大丈夫よね」


 軽くジャンプしてみたりして丈夫さを確認する柚季。

 隣ではクロワッサンを頬張る陸斗が幸せそうな顔をしていた。


「うめ〜超うめ〜。生きててよかった〜」


 陸斗のあまりに嬉しそうな顔を見ていると、柚季も腹の虫が鳴いた。


「ほら、柚季も食えよ。腐ってないからさ」


 自分の袋から大きなメロンパンを取り出すと柚季に差し出した。


「え、いいよいいよ。私も持ってるから」


 腰に付けた袋から自分のパンを取り出そうとしていると、陸斗はメロンパンを柚季の口に放り込んだ。


「いいんだよ。柚季は二個しか持ってないんだから。ここは俺の奢りってことで」


 ニッ、と笑う陸斗。柚季は無言で頷き、口に放り込まれたメロンパンを受け取る。

 そして一口齧る。

 サクッとクッキーのような食感が焼きたてであることを示してくる。

 中の生地もフワフワの食感だ。


「……おいしい」


「だろ? だろ? これ超美味いよな!」


 まるで自分の作った物のように話す陸斗。

 柚季はフッと思わず笑ってしまう顔を大きなメロンパンで隠そうとする。しかし齧った部分の目のところだけは隠せていなかった。


□ ■ □


 食料を得た二人は商店街通りを抜けた。

 大きな道路の端を移動している二人は黒い服を着ているせいもあってかあまり目立っていない。


 ふと、以前から気になっていた疑問を抱いた柚季は陸斗に尋ねた。


「ねえ、陸斗。前から思ってたんだけど、現実の私たちの体ってどうなってるのかしら?」


 陸斗は歩調を少し緩めて柚季に合わせた。


「まだ、生きてると思うよ。もし死んでいるならゲームも違う理由でログアウトしてるはずさ。もう三日経ってるのにそれがないってことは、俺たちの体は誰かによって保護されてると思う」


「じゃあ、病院とかに送られて昏睡状態みたいな状態なのかしら?」


 柚季の推測は陸斗に首を横に振らせるだけだった。


「病院に送られているならとっくにこのゲームから出られてるはずだよ。そうじゃなくて、その……」


 言いづらく口ごもる陸斗。それを察した柚季が口ずさんだ。


「……誘拐……?」


 それは柚季にも心当たりがあった。柚季の入ったゲームセンターにも青い制服に身を包んだメンテナンス係員が二人いたのだ。


「で、でも、警察とかが捜してるんじゃ……」


「俺たちの捜索届は既に警察に一万の単位で送られてるだろう。これだけ多くの行方不明者がいるんだ。警察だって全力捜査を打ち込んでるだろうさ」


「それでもまだ見つかってないってことは……」


 柚季の背中を悪寒が奔った。それを示すように陸斗が言葉にする。


「俺たちは、もう、日本にいないのかも、しれない」


 とんでもない極論かもしれないが、一万人を収容するような施設をすぐに用意できるものではない。

 それならば、海外などに船で逃亡しているのなら日本の警察も手を出す事ができない。


「じゃあ、私たちはもう……」


 出られない、という言葉を無理矢理呑みこんだ。言ってしまったらそれが本当になりそうだったから。

 それでもまだ希望を失いたくはなかった。


「でも、わからない。俺たちを誘拐して、海外まで逃亡する理由が」


「身代金を要求するんじゃないの?」


 ドラマなどである誘拐は大抵、犯人から関係者などに身代金を要求するものが多かった。

 しかしまたしても陸斗の首を横に振らせるだけに終わってしまった。


「海外に逃亡してまで日本に身代金を要求するとは思えない。そんなことをしたらせっかく逃げた場所がバレてしまうからね」


「じゃあ、どうして私たちを誘拐したのかしら……」


 柚季は指を顎に当てて考える素振りを見せる。陸斗も同じように考えたがしばらくして諦めたように脱力した。


「だあぁ! もうわかんねぇよ!! 今のところはポイント集めるしか方法はないんだ。なんとかしてポイントを回収しに行かないと」


 陸斗は歩調を速めていった。それに続くように柚季は軽く駆け足気味で陸斗に追いついた。

 ――その時、小さな女の子のすすり泣くような声が陸斗の耳に届いた。

 そして足を止めて声のした方向を見やる。そこは薄暗い路地裏へと続いていた。


「どうしたの、陸斗?」


 急に立ち止まった陸斗を追い越した柚季が振り向いた。

 陸斗はずっと奥の路地裏を見つめている。

 何事かと柚季も路地裏を見つめる。しかしそこにはどこまでも続く暗黒空間が広がっているだけだった。


「……女の子の声だ。泣いてる。助けに行こう」


「え? ちょ、ちょっと待ってよ」


 柚季の制止を気にも留めず路地裏へ歩き出した。

 仕方なく柚季もそれに追随していく。

 路地に入ると肌寒い風が奥から吹き抜けていった。

 柚季は身体をブルッとさせたが、前にいる陸斗はどうもないように突き進んでいく。

 路地を半分ほど来た所で突然陸斗が立ち止まった。

 それに気づかず歩いていた柚季は陸斗の背中に激突する。


「あいたっ」


 ぶつけた鼻を擦りながら陸斗に文句を言おうとしたが、前方を見て得心がいった。

 路地の壁を背にしてうずくまる少女の姿。

 ピンクのTシャツにデニム生地のミニスカートの姿でうずくまる少女は確かに泣いているように声を漏らしている。


「ほら、やっぱり女の子だよ」


今話は「援交少女(2)」と同じ時間軸の話となります。美姫と出会う陸斗と柚季の話です。食料調達の話で始まったので今話のサブタイトルがこんなになってしまいました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ