三年3
昼休み明けの授業は体育だった。
部活も引退して勉強漬けになった高屋にとってはちょうどいいリフレッシュの時間だった。
着替えを済ませ、グラウンドに行くと既に体育委員がサッカーボールを体育倉庫から持って来てくれていた。
授業が始まるまでは少し時間があるので好きにボールを蹴っていてよかった。
前のソフトボールの方がよっぽど楽しかったが、サッカーもサッカーで悪くない。
高屋はスポーツなら何でも得意だ。
専門種目でなくても人並み以上にはこなせる。
高屋はゴールに向かってボールを蹴っていたが、一緒に出てきた佐々木は面倒くさそうに階段に腰掛けたままだった。
佐々木も運動神経は悪くはないが、球技はあまり得意ではないみたいだ。
興味がないと言っていたので真剣に取り組んだことがないのだろう。
球技は小さい頃の積み重ねが一番大事だ。
それがなければ、例え運動神経が良くてもなかなかこなせるものではない。
授業が始まり、男子、女子がそれぞれ二チームに分けられた。
佐々木とは別のチームだったが、藤崎と同じチームだったのはラッキーだ。
藤崎は中学までサッカーをしていて、このクラスの中では断トツで上手かった。
だからほとんどの場合、藤崎のチームが勝っていた。
高屋は例え体育の授業でも負けるのがいやなのだ。
まずは男子のチーム同士の試合だ。
高屋のチームがビブスを着ることになった。
そして高屋はフォワードに配置された。
体育の授業なので、そこまできっちりとフォーメーションを決めたりはしないが、藤崎がFW、MF、DFぐらいは決めようと言って振り分けられた。
試合が始まるとほとんど団子状態でボールを奪い合った。
その中でもやはり藤崎は別格で鮮やかに試合を捌く。
目立ちたがってプレーするのではなくまんべんなくパスを散らし、みんながボールを触れるようにしていた。
十分ほどが経過した時、右サイドのセンターライン手前で藤崎が右足で切り返し相手をかわした。
そのまま左足でループスルーパスを高屋に送った。
見事に相手ディフェンダーの頭上を越えて、バックスピンのかかったボールは必要以上に転がることもなく、高屋は完全に抜け出した。
もらったと思い、ボールを足の甲でトラップし、ゴール目がけて一直線に走る。
しかし、キーパーと一対一になりシュート体勢に入ろうとした時、横からボールを蹴り出された。
蹴り出したのは佐々木だった。
「くそ、相変わらず脚は速いな」
「相変わらず脚も遅いな」
佐々木の息は乱れていた。
言い方に腹が立ったので、「相変わらず体力はないな」と言ってやった。
「いや、その前に脚もってなんだよ。他に何があるんだよ」
「自分で考えろよ」
そう言い残し佐々木は元のポジションに戻っていった。
佐々木の言いたいことは分かっていた。
どうせ、頭の回転、とか言いたいのだろう。
でも、それは佐々木が分かっていないだけなのだ。
キャッチャーはピッチャーの状態から相手選手の得意、不得意なコースや前の打席の配球、次の打席に向けての配球など一瞬で様々なことを考えている。
リードには自信がある自分の頭の回転は悪くない。
とりわけ野球においては、例え佐々木が野球をしていたとしても負ける気はしなかった。
しかし、それを何度言っても佐々木は聞く耳を持たなかった。
結局、試合は高屋のチームが一対〇で勝った。
藤崎がペナルティエリアの少し外のやや左よりの位置から、相手のクリアミスで高く上がったボールを体を左に倒しながら右足のダイレクトボレーで打ち込んだ。
放たれたボールはバーを叩き、ほぼ鉛直方向に落ちて、地面に跳ね返り、ゴールネットを空へ向けて突き上げた。
すごいと思うしかなかった。
「何だよ、今の」「すげえ」とみんなで藤崎を囲む。
「いや、たまたまだよ。もう一度やれって言われても絶対無理だよ。人生最高のゴールだったな」
入った時に誰よりも驚いた顔をしていたから、それは嘘ではないのだろう。
周りで見ていた女子もきゃあきゃあ黄色い声援を送っていた。
男子の試合が終わり女子の試合が始まった。
ビブスを返してから戻ると退屈そうに佐々木が一人で立っていた。
「お前ももっと真面目にやれよ」
「結構真面目にやったけどな」
「サッカーなんて脚が速けりゃ何とでもなるだろ。もっと頑張れよ」
「その頑張ってない俺にお前は止められたのか」
佐々木がからかうように笑った。
「いいんだって、俺はあれで。体力がないのはお前も知ってるだろ。お前みたいにはしゃいだら五分で死んじゃうって」
「まあ、そうだろうな。それよりさっきの藤崎の歓声聞いたか? 何でサッカー出来る奴ってああももてるんだろうな?」
「いや、あれは凄かっただろ。素人の俺が見ても難しいのが分かる」
「そうじゃなくて全般的な話だよ。絶対、野球部よりサッカー部の方がもてるんだよ」
「そりゃ、サッカーの方がおしゃれなんだろ。野球なんて帽子かぶったら誰が誰だかわかんなくなるからな」
「お前はどこの年寄りなんだよ。顔見りゃすぐに分かるだろ」
「俺からしたら全員、一緒の顔だ」
高屋は、はあとため息をついた。
これ以上言っても無駄だ。
「でも、あいつの顔ぐらいは覚えとけよ。今、大学生の今年のドラ一候補の……」
「はいはい。あのリーグ本塁打記録を塗り替えそうな人だろ。何回同じ話してるんだよ。いやでも覚えたって」
「今から注目してると絶対、後で自慢できるからな」
その人は十年に一人の逸材と言われていた。
毎年、その肩書を持つ選手が出てくるのだが、その人は本当の意味でそうだ。
野球界では既に有名だが、一般的にはまだ知られていない。
とにかくセンスがずば抜けているのだ。
ショートをこなす鮮やかな守備もそうだが、何と言ってもバッティングが素晴らしい。
決して体格に恵まれているとは言えないがミートのうまさでそれをカバーしている。
バットで一定のリズムを刻み、大きく足を上げ、一直線にボールに向かってバットが振り下ろす。
そしてそのバットで打たれたボールは美しい放物線を描き、いつまでも落ちてくることがないのではないかと思うほど高々と上がる。
そのバッティングに憧れ、高屋も元々はバットを止めて構えていたが、バットでタイミングをとるようになった。
そのまましばらく女子の試合を見ていた。
やはりスポーツは見るよりやるものだ。
見ていて楽しいのは野球だけだと再確認して、退屈だった。
「なあ」と佐々木が呼びかけてきた。
「本当にお前が襲われたことと、強姦事件は関係がないのかな?」
「お前がそう言ったんだろ」
「そうなんだけどさ。可能性はなくはないよな?」
「何だよ? 急にどうしたんだよ?」
佐々木は少し恥ずかしそうに言った。
「いや、何か、それぐらいドラマチックなことって起きないのかなって」
「犯人が俺に罪を着せようとして、それを俺たちが捕まえるみたいな?」
「簡単に言えばそういうことかな」
高屋はへへっと笑った。
「そうなったら楽しそうだな。でもそんなことを言い出すなんてお前らしくないな。何かあったのか?」
「いや、お前がさっき言ってただろ。俺たちで何か出来るのもこれで最後かもって。どうせだったら何かでかいことしたいって思っただけだよ」
「じゃあ、早速、今日にもあの公園に行くか?」
「だから、それとこれとは話が別だって。もう少し待ってからだ」
「そんなことしてたら後手後手に回るぞ」
「それは仕方ない。今はリスクを冒すタイミングじゃない。ほっといても、直にお前が襲われた理由ははっきりするだろ」
「何かすっきりしないな」
そして、体育が終わり教室に引き上げた。
またこれから二コマも授業があると思うと憂鬱になった。