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海を漂う  作者: tomo
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21/28

三年16

 月曜日の予備校帰り、高屋は佐々木と並んで公園のベンチに座っていた。


 外灯が二人を照らし出し、本来これは恋人たちのためにあるとしか思えない。


 公園にひと気が全くなく高屋たちだけだったのが唯一の救いどころだ。


 こんなのは他人に見られたくない。



 高屋は学校での佐々木との会話を思い出していた。


「ピーター・パンに会わせてやる」


 唐突に佐々木が言ってきた。


「正確にはピーター・パンとフック船長の両方が来ることになると思うけど」


「何だよ、それ」


 高屋には何が言いたいのかさっぱり分からなかった。


「お前が名付けたんだろ。お前を助けてくれた人じゃなかったのか?」


「分かったのか?」


 高屋は思わず声が大きくなった。


「たまたま会ったんだ。今日の夜にあの公園に来てくれるらしい」


「誰だったんだよ? 俺の知ってる人か?」


「あのひったくりだよ、一年の時、俺たちで捕まえた。あの人がお前がボコボコにされてるのを見て助けに来てくれたんだって」



 そう聞くと高屋はがっかりした。


 正義の味方をイメージしていただけに残念だ。


「何だよ。どうせならひったくりの方じゃなくてあのおっさんの方だったら良かったのに。鶴の恩返しみたいな」


「あの時、お前は何もしなかっただろ。恩を返されるべきなのは俺だ」


「うるせえな、俺だって追いかけただろ。それで、ピーター・パンは分かったけどフック船長って何だよ? 俺はピーター・パンしか知らないぜ」


「フック船長はピーター・パンにやられた方だろ。つまりお前を襲った犯人だ」


「何でそいつらまで来るんだよ? ピーター・パンだけで十分だろ」


「だからそもそもの目的はあの三人組から話を聞くことだろ。心配しなくたって大丈夫だって。あの人がもう話をつけてくれたらしいから」


「別に心配なんかしてないって」



 高屋は佐々木が去年のことを口にするのを待っていたがどうもその様子はない。


 結局、覚悟を決めて自分から言った。


「あのさ、去年のこと覚えてるよな。あのいじめを止めに行ったこと。俺、あれが関わってるんじゃないかって思うんだけど」


「あれは関係してない」


 佐々木はあっさり言った。


 こっちは言うべきか悩んでいたのに拍子抜けだ。


「土曜日にあのいじめっ子のうちの一人に会ってきた。間違いない」


「何だよ。お前は相変わらず自分一人で進めて行くよな」


 皮肉を言っているのに佐々木にはどこ吹く風だ。


「ああ、そう言えばあの後、あの河合って人といじめっ子は元通りの友達に戻ったって言ってたな。お前は知ってるかもしれないけど」


「え、本当かよ?」


 高屋は嬉しかった。


 もう河合とは縁がないと思っているが、やはりそれでも自分のやったことは無駄じゃなかったのだとはっきりとした現実を見せられると完全にふっ切れた。


 心の中でずっと引っかかっていたものがなくなった気がした。


 しばらく待っても、誰も来る気配が無かったので、高屋は隣の佐々木に声をかけた。


「なあ。本当に来るのか?」


「さあ。俺は知らない」


 佐々木の返事はそっけなかった。


「お前が来るっていたんだろうが」


「あ、来た」


 そう言って佐々木は公園の入り口を指差した。



 公園の入り口から何人かの人影がこちらに歩いてくる。


 だが、近づいてきてはっきりと見えた人影は二人しかいなかった。


 高屋はおかしいと思った。


 来るのはひったくりと三人組の合わせて四人のはずだ。

 


「よう」と暢気な声を発しているのはひったくりだ。


 その後ろで居心地悪そうにしているのは高屋を襲ったリーダーだ。


「いや、三人とも呼んでも良かったけどさ、こいつがリーダーだっていうからこいつだけ連れてきた。三人もいたら鬱陶しいだろ」


 ひったくりが説明した。

 

「そうですね。十分ですよ」


 佐々木が答えた。

 

「それで何の用なんだよ?」


 リーダーは不貞腐れている。


「このあいだ、こいつのこと襲ったのは覚えてますよね?」


 佐々木は高屋の方へ顔を向けた。


「何でそんなことをしたのか訊きたいんです」



 思わず口を挟んでしまった。


「何でって、俺と強姦魔を間違えたからだろ」



 佐々木は顔をしかめて睨んできた。


 目は邪魔をするなと言っている。


 それを見て佐々木の中の構想を崩してしまったのに気付いた。


「え? そうなのか?」


 ひったくりは驚いた顔をしてリーダーを見た。


 リーダーは不貞腐れた顔のまま黙っている。



 佐々木はやれやれといった顔で話し出した。


「あなたの言動から俺たちはそう思っています。あなたと親しい女の人が被害に遭ったんじゃないですか?」


「おい。何とか言えよ」


 ひったくりは喋ろうとしないリーダーの肩をどんと叩いた。


 それでも口を開かない。



 佐々木は構わず続ける。


「俺たちがそう確信を持ったのは、犯人が俺たちの高校の制服を着ていて坊主頭だということで高屋が警察に疑われていると知った時です。もちろん、疑われていると言っても参考程度に話を聞かれただけですが」


「それで結局こいつに何を訊きたいんだ?」


 ひったくりが佐々木に訊く。


「俺たちも犯人を探しています。多分高屋を見つけ出したなら知ってると思いますが、うちの高校で坊主頭は高屋だけです。だからもしかしたらこの事件は俺たちが発端になってるかもしれないんです」


「何で俺たちなんだ? 今の話を聞く限りお前は関係ないだろ」


 ひったくりは首を傾げている。



 佐々木は悩んでいた。


 小林のことを言いたくないのだろう。


 しばらく考えた後に、口を開いた。


「俺の中学の時の同級生が被害に遭いました。それで自殺したんです。付き合ってたわけではないんですが、他人から見たら親しかったように見えたみたいです。だからもし彼女が被害に遭ったのが偶然じゃなければ俺も関わってるかもしれない」



「そうなのか?」


 不意にリーダーが口を開いた。



 喋らないと思っていた人間が急に喋ったものだからそこにいた誰もが言葉に詰まった。


 その中でも一番に反応したのが佐々木だった。


「はい。偶然かもしれないけど、そうじゃないって考える方が話がつながってくるんです」


「自殺したって、前にニュースとかでやってた女子高生か?」


 今度はひったくりが言った。

 

「おそらくそうです」


 佐々木は淡々と喋っている。


 感情を押し殺しているのが分かる。



 高屋はなかなか話が進まないことにもどかしさを感じた。


 さっき佐々木を怒らせてしまったが、それでも言わずにはいられない。


「回りくどいんだよ、お前は。こいつに犯人について訊きたいんだろ? そう言えばいいだろ」



 やはり佐々木は煩わしそうに言った。


「物事には順序があるだろ。俺が回りくどいんじゃなくてお前が急ぎすぎなんだよ」



 その時にリーダーが話し出した。


「俺の彼女も被害に遭ったよ。ぼろぼろになった。何とかして復讐してやろうと思ってた。それで彼女に犯人の特徴を聞いたんだ。そして君を見つけた。君は本当に犯人じゃないのか?」


「当たり前だろ。どう見たら俺が犯人になるんだよ」


 高屋は今までの話を聞いてなかったのかと腹が立った。


「ごめん。君には悪いことをしたな。あの時の俺は少し気がおかしくなってたんだと思う。本当に悪かった」


 そう言うリーダーは外見こそ襲ってきた時と同じだが雰囲気は全然違う。


 穏やかで気の優しい人に見えた。


「いや、誤解が解けたんならもういいですけど」


 高屋はそう言うしかなかった。


「犯人について何か知ってることはないですか?」


 佐々木が言う。

 

「残念だけど君たち以上に知ってることはないと思うよ。知ってるのはさっき言ってたみたいに制服と髪型ぐらいだ。力になれたらいいけどこれ以上彼女を苦しめたくないんだ。事件のことを思い出させたくないからね」


「そうですよね。その方がいい。今日は高屋の誤解が解けただけで十分です。ありがとうございました」


 佐々木は立ち上がって頭を下げた。


「おい。ちょっと待てよ。これで手がかりは全くなくなったことになるんだぞ。どうするんだよ?」


「今のところはもうこれ以上どうしようもないだろ。この人にこれ以上訊くことが出来ないのはお前も分かるだろ」


「いや、それは分かってるけどさ」


「だったらもういいだろ。これ以上ここで食い下がるべきじゃない」



 高屋が佐々木と言い合っていると、ひったくりがぽつりと呟いた。


「何で犯人は制服を着ていたんだろうな?」



 佐々木と顔を見合わせる。


 制服の話題は前に学校で佐々木と話した。


「それは犯人がこの子に罪を着せたかったからじゃないですか? 実際僕はそれでこの子を襲っちゃったし」


 申し訳なさそうな顔でリーダーが言った。

 

「それはないと思うぜ。俺は元ひったくりだから分かるけど、犯罪をしようって人間はそういう小細工は最小限に留めたいもんなんだ。高校の制服なんてそう手に入るものじゃないし、すぐに足がついちまう。普通なら大量販売されてる無地のものを使うよ。しかも坊主頭なんて意地でも隠すべきだろ」



 ひったくりの意見は佐々木が言っていたことと似ている。


 この人はどう考えているのか知りたくなった。


「そうじゃなきゃ、どうしてだと思うんですか?」


「俺は犯人はそんなことだけで濡れ衣を着せられると思うほどのよっぽどの馬鹿か、もしくは捕まることを覚悟してるぐらい自暴自棄になってるかのどっちかだと思う。こんなに同じようなところで何回も犯罪を繰り返して逃げ切れるはずがないだろ」


「俺はその両方だと思います」


 佐々木が口を開いた。


「犯人は二人組です。一人は自暴自棄になるほど俺のことを恨んでる奴、もう一人はそいつに乗せられて制服を着て坊主頭を晒すほど馬鹿な奴じゃないかって思います」


 高屋は、あれっと思った。


「何でお前に恨みのある奴なんだよ? 犯人は俺の姿を真似してるんじゃないのか?」


「はっきりとした確信はないけど、やっぱり俺もお前を犯人に仕立てることが最終目標じゃない気がするんだよ。お前に化けたのはたまたまお前が真似しやすい外見だったからでそれ自体が目的じゃないと思う。お前が犯人じゃないことぐらい調べればすぐに分かることだし、犯人がそれに気付いてないはずがない」


「なるほどな。いい線ついてると思うぜ。確かにお前に化けるのは難しいもんな」


 ひったくりが頷く。



 ひったくりの言うとおり佐々木には目立った特徴はなく、一見しただけで覚えられるはずがない。


「だったら俺に化けたのはどういう意味があったんだ?」


「俺を周りから追い詰めていくためだと思う。最初の標的はお前だった。冤罪であっても犯人扱いされれば社会的ダメージを受けるのは避けられない。男じゃ強姦事件の被害者になれないからそういう手段をとったんだと思う。その後に小林が被害に遭った」


「俺はまだ分かるけど、小林ってやっぱりおかしくないか? お前も一年の時以来、会ってなかったんだろ?」


「犯人は強姦という手段を使ったんだ。だから俺と親しいうちの学校以外の女を探さなきゃいけなかった。それでたどり着いたのが小林だったんだと思う」


「だけど、何で犯人はお前と小林の関係を知ってたんだよ? と言うか何でうちの学校以外なんだ?」


「両方とも同じ理由だよ。犯人はうちの学校の関係者だからだ」


「ちょっと待て」


 ひったくりが言った。


「何でお前らの学校の関係者って分かるんだよ?」



「制服だ。そうだ、制服だよ」


 高屋は佐々木が言っていたことを思い出した。


「一般人が制服を手に入れるのは難しい。つまり比較的簡単に手に入れられるのは学校関係者だ。それで学校関係者ならうちの生徒を襲うとばれる可能性がある。だから違う高校の生徒を探す必要があったんだ」



 ひったくりが佐々木の方を見る。


 佐々木は、「そういうことです。小林との関係を知っていたのもうちの学校関係者だったら知っててもおかしくはない。高屋が面白がっていろんな人に言ってましたから」と返事をした。



「そんなに面白がって言ったわけじゃないんだけどな」


 高屋はぼそぼそっと言い訳をしてしまった。



「だから犯人はお前を狙ってるってことか。それでいて犯人は学校の関係者。そこまで分かってたら誰か一人ぐらい思い浮かばねえのかよ?」


 ひったくりが訊く。


「それが全く。俺って知らないところで結構嫌われてるらしいんですよ」


 佐々木は残念そうに首を振った。


「じゃあ、せめてそれだけでも警察に言ったらどうだ?」


 リーダーが言う。


「いや、警察だって学校関係者が怪しいってことぐらいは分かってるだろうし、俺に恨みのある奴を探してくださいなんて言っても意味がないと思うんです」


「確かに警察がそんなこと知るわけないもんな」


 ひったくりが愉快そうに言った。


「だけどもうそんなに時間がないっていうのも事実です」


 佐々木が呟いた。


「え?」


 高屋は佐々木の顔を見る。


 深刻な顔をしていた。


「土曜日、由利が誰かに追いかけられたそうなんです。由利を襲うというのは犯人はもうばれても構わないと思っているはずです。最終局面を迎えたということなんです」


 佐々木は顔を伏せて言った。


「由利っていうのはお前の彼女か? そう言えば由利って言ってたっけ」


 ひったくりが回想するような顔になった。


「だったら尚更警察に行くべきだろ? 無駄かもしれないけど何もしないよりかはましじゃないのか?」


 リーダーが強く佐々木に勧めた。


「警察は実際に何かないと動いてくれないですよ。由利が追いかけられたっていうのも実際に相手を見たわけじゃない。錯覚だったかもしれない」


「じゃあどうするんだよ? お前の言うとおりだったとしたら、相手はなりふり構わず由利を襲いに来るぞ。黙って見てるのかよ?」


 佐々木がほっておくはずがないと分かってはいたが、はっきりとそう言ってほしかった。


「黙って見てるわけがないだろ。でも、どうしようもないのはお前にも分かるだろ」



「なあ」


 ひったくりが呼びかけてきた。


「お前らは犯人のことをどう思ってるんだ?」


「何が言いたいんです?」


 佐々木が怒ったように少し声が大きくなった。


「お前に恨みがある奴って言っただろ。もしそいつがお前のせいで死ぬほど苦しんでいたとしたらどうするんだ? お前の方が悪いってことはないのか?」


「そんなわけないでしょ」


 真っ先にリーダーが言った。


「関係ない人間を襲った奴の方が悪いに決まってる」


「そうだって。こいつの方が悪いなんてありえねえよ」


 高屋も続く。



 高屋たちとは違い、佐々木は長く息を吐いて心を落ち着かせてから話し出した。


「言いたいことは分かります。犯人は犯人なりの正義を持って行動しているかもしれないってことですよね」


「さすがに物わかりがいいな」


 ひったくりは嬉しそうだ。


「俺も元犯罪者だから犯人の方に感情移入しちゃうんだよ。俺の勘だけど犯人は自分が悪いなんてこれっぽっちも思ってないと思うぜ」


「仮に俺が悪で犯人が正義だったとしてもいいんです。俺はただ犯人を許せないし、由利が襲われるのなら何が何でも止めたい。それに自分のせいで事件が起きているのならその理由を知りたいんです」


「そうだよ。別にどっちが正義とかそんなのはどうでもいいんだって。仮に佐々木が悪かったとしても他の被害者から見ればそんなの関係ないでしょ。そいつが自分が正義だって思ってるならそれは絶対間違ってる」



「そうか」


 ひったくりは満足したように頷く。


「じゃあ俺たちがここにいても、もう役に立つことはないな」


 ひったくりが背を向けた。


 そして、リーダーの背中を叩き、「ほら、帰るぞ」と言って去って行った。



 公園には高屋と佐々木の二人だけが残された。

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