皇国貨幣今昔物語
経済的にも技術的にも進歩している〈アルトデステニア皇国〉において、市場に流通している貨幣は大半が硬貨である。
紙幣は高額取引にのみ使用され、一部の紙幣には同額の貨幣も存在する。
なぜそのような複雑な貨幣制度を敷いているのか。
それは皇国が多種多様な種族の生きる国であり、貨幣とは国家の経済の根底を成す機構だからである。
貨幣とは、国内外に於いて発行する国家の信用を後ろ盾として、商取引を円滑に行うための道具だ。発行国の力がそのまま貨幣の信用度となり、力となる。
そして貨幣の信用とは、商取引に用いる財としての資格を有しているか。その一点である。
皇国において硬貨が貨幣の大半を占める理由は、信用を確保するためだ。
なぜ紙幣では駄目なのか。
それは、日常的に、様々な種族が用いる道具としての強度が不足しているためだった。
もっとも人口の多い混血種の中にさえ、強固な爪や鱗を保つ人々がいる。そんな人々が紙幣を使ったらどうなるか、子どもでも分かることだ。
さらにいえば、一部の精霊種などは精神状態に体温が左右される。
激怒した途端に耐熱処理をされていない服が燃え上がるなど、喧嘩の場ではよく見られる光景だ。
他にも亡霊など、実体に対する干渉が困難な種族も珍しくない。
だが、彼らは皇国を構成する国民であり、皇王のもと等しい権利を保証されている。ならば、彼らであっても問題なく使用できる貨幣が必要となる。
皇国造幣局は、国内の様々な研究機関と共同で魔法金属を用いた硬貨を開発した。
それらの貨幣は高い耐熱性、耐食性を持ち、強度も十分以上で、亡霊系種族であっても簡単に触ることができた。今でも開発は続いているが、これらの努力で皇国の民は皇国貨幣を使うことができている。
それはあらゆる種族の平等を実現する上で、不可欠なことだった。
また、そうして作られた高強度の貨幣は、国外取引でも高い信用を得る。
製造に高い技術力が必要なため偽造が困難なため、自国貨幣よりも皇国貨幣のほうが信用される国さえも存在しているほどだ。
硬貨の絵柄は大抵の場合は星龍の紋章だが、皇王によっては妃の顔や花を用いる者もいた。基本的に五〇年程度で入れ替わる皇国貨幣だが、そのすべては皇都の造幣局博物館に収蔵され、公開されている。
皇王レクティファールの御代で鋳造された硬貨には皇妃に送られた花が刻まれており、精緻な意匠であるため美術的価値さえ付与された。やがて大陸中に広まるこの硬貨は、いつしか皇王の愛の証と呼ばれるようになり、何故か夫婦円満のお守りとされたりもするが、皇妃本人たちの反応は多種多様だった。
得意気な顔をする者。
恥ずかしがり、すぐに流通を止めるよう叫ぶ者。
その硬貨でいくつ菓子が買えるのか計算するもの。
密かに一枚手に入れ、大切に保管する者。
郷里の家族に送る者。
ともかく、様々な反応があり、騒がしかった。
その騒がしさを思いながら、博物館の硝子箱に収められた貨幣を眺めるのも、休日の楽しみ方としては面白いものではないだろうか。
――――――統一歴二一一四年 皇国の経済 第四章 皇国の貨幣より