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ギャラクティック・ラグナロク - アレックス、星海を駆ける

作者: Cas123
掲載日:2025/10/06

銀河を統べる高度文明種族「サーガ神族」の最高指導者ゴランの息子アレックスは、偉大な父へのプレッシャーを感じながら、戦士養成アカデミーで訓練に励む問題児。彼は最強の電磁パルスハンマー「ミョルニル」の継承者となるべく試練に挑み、自分の未熟さを痛感しながらも成長していく。

第1章 雷鳴の序章 - アースナルズ・アカデミーの日々


「アレックス! 状況を確認しろ! 単独での突進は禁止されているはずだ!」

 インカムから響く教官の怒声が、アレックスの意識を激しく揺さぶった。網膜に投影されたシミュレーション空間の景色が、一瞬ぐにゃりと歪む。眼前には敵性ドローンの残骸が煌めきながら四散し、背後からは味方であるはずの訓練機からの抗議通信が耳障りなノイズとして飛び込んでくる。

「うっせーんだよ! 結果が全てだろうが!」

 アレックスは悪態をつきながら、操縦桿を握る手に力を込めた。彼の駆る訓練用可変戦闘ポッド「スキッドブラドニル」の試作高出力モデルは、規格外のジェネレーター出力を誇る。その有り余るパワーを推進力に全振りし、敵編隊のど真ん中に単機で突っ込む。それがアレックスの、良く言えば大胆、悪く言えば無謀極まりない戦い方だった。

 今回のシミュレーションは、アステロイド宙域に潜む宇宙海賊のアジト強襲作戦。セオリーは、偵察機による情報収集の後、チームで連携して防衛網を突破し、母艦を制圧するというものだ。しかし、アレックスは偵察フェイズが終わるや否や、味方との連携を無視して単独で突撃を開始した。

「敵防衛ライン、突破! これで終わりだ!」

 眼前に迫る敵母艦と思しき大型アステロイド。その表面に設置された対空砲火が火を噴く前に、アレックスはスキッドブラドニルのエネルギーブレードを展開し、最大出力で叩き込んだ。閃光と衝撃。シミュレーション空間がホワイトアウトし、成功を確信したアレックスの口元に笑みが浮かぶ。

 だが、次の瞬間、視界が赤く染まった。

『警告。母艦構造体内部に高エネルギー反応。自爆シークエンス作動』

 無機質な合成音声が、アレックスの勝利宣言を無慈悲に打ち消す。

「なっ…!?」

 回避行動は間に合わなかった。凄まじい爆発エフェクトがアレックスの機体を包み込み、強制的にシミュレーションは終了。目の前の光景は、薄暗いシミュレーター・コクピットの現実に引き戻された。

『訓練評価:Dマイナス。作戦目標達成度:0%。協調性:マイナス評価。機体損耗率:100%。総評:無謀にして無意味。チーム全体の足を引っ張る典型例』

 冷徹な評価アナウンスが流れ、コクピットハッチがゆっくりと開く。そこには、腕を組み、額に青筋を浮かべた教官、古参兵のドワーリンが仁王立ちしていた。

「アレックス!貴様、何度言ったら分かるんだ! シミュレーションだから許されると思っているのか? 実戦なら貴様だけでなく、チーム全員が死んでいたぞ!」 「ちっ…敵は倒しただろうが」 「その結果、自爆に巻き込まれて目標達成ゼロだ! それが最高指導者ゴラン様のご子息の戦い方か!?」

『最高指導者ゴランの息子』――その言葉が、アレックスの胸に重くのしかかる。

 ここは、銀河にその名を轟かせる戦闘種族「サーガ神族」の拠点、巨大宇宙ステーション「アースナルズ」。そして、アレックスが所属するのは、そのサーガ神族の未来を担うエリート戦士を育成する「アースナルズ・アカデミー」だ。周囲の候補生たちは皆、厳しい選抜を突破してきたエリート揃い。そんな中で、アレックスは良くも悪くも特別扱いだった。

 偉大な父、ゴランの名。それは誇りであると同時に、常にアレックスの行動を縛る呪いでもあった。期待、嫉妬、侮蔑…様々な視線が、彼の背中に突き刺さる。だからこそ、アレックスは圧倒的な「力」で全てをねじ伏せようとしていた。父の名ではなく、自分自身の力で認められたい。その焦りが、彼を無謀な行動へと駆り立てていた。

「親父の名前は関係ない! 俺は俺のやり方で…」 「そのやり方が間違っていると言っているんだ! 力だけでは戦場では生き残れんぞ!」

 ドワーリン教官の言葉は正論だった。だが、今の彼には素直に受け入れることができない。アレックスは舌打ちしてコクピットを降り、足早に訓練施設を後にした。

 アカデミーのカフェテリアは、昼時の喧騒に包まれていた。様々な種族――筋骨隆々たる者、俊敏そうな者、中には機械化された身体を持つ者もいる――候補生たちが、思い思いに食事や会話を楽しんでいる。アレックスはトレーに山盛りの高カロリー食を載せ、空いている席を探した。

 すると、視界の隅に、静かに読書端末に視線を落とす一人の候補生が映った。整った顔立ちに、どこか冷めたような、それでいて全てを見透かすような理知的な瞳。アレックスの同期であり、常にトップの成績を維持する優等生、ロキソニンだ。彼の周りだけ、空気が違うように感じられる。他の候補生たちも、彼には一目置いているのか、あるいは近寄りがたいのか、距離を置いていた。

 アレックスは、わざとロキソニンの向かいの席にドスンと腰を下ろした。

「よう、優等生のロキ。今日も一人でお勉強か?」 ロキはゆっくりと顔を上げ、アレックスを一瞥した。その表情は読み取りにくい。 「…ああ、君か。今日のシミュレーションも派手にやらかしたそうじゃないか、アレックス。最高指導者の息子も形無しだな」 皮肉のこもった言葉に、アレックスの眉がピクリと動く。 「うるせえな。お前みたいに、ちまちま計算ばっかりしてる奴には分かんねえよ」 「計算は大事だよ。特に、君のように後先考えずに突っ込むタイプにはね。おかげで僕のチームは、君の単独行動が作り出した混乱を突いて、楽に目標を達成できた。感謝すべきかな?」 「なにぃ!?」 アレックスが思わず立ち上がりかけた時、カフェテリアの入り口がわずかにざわめいた。候補生たちの視線が一斉にそちらへ向かう。アレックスも、ロキも、つられるように視線を向けた。

 そこに立っていたのは、息をのむほど美しい女性だった。流れるような黒髪、優しさと知性を同時に感じさせるアメジスト色の瞳。 アカデミーの上級生であり、若くして生体エネルギー研究の第一人者として知られる、ナディアだった。彼女はサーガ神族の中でも、特に生命エネルギーの扱いに長けた「ヴァナ」の系譜に連なる存在だと言われている。

「ナディア先輩…」

 誰かが呟いた。彼女はアカデミーの多くの候補生たちの憧れの的だった。アレックスも例外ではない。その美しさだけでなく、彼女が持つ、どこか神秘的で、それでいて包み込むような優しいオーラに、彼は強く惹かれていた。

 ナディアは周囲の視線に気づいているのかいないのか、穏やかな微笑みを浮かべながらカフェテリアを進み、テイクアウト用のドリンクを注文している。

「…見惚れているのかい? アレックス」 ロキが、面白がるような口調で囁いた。 「なっ…! ばっ、馬鹿言うな!」 アレックスは慌てて視線を逸らし、トレーの上の肉塊にかじりついた。だが、その鼓動は明らかに速まっている。ロキはそんなアレックスの様子を興味深そうに観察していた。彼もまた、ナディアに視線を送ってはいたが、その瞳の奥にはアレックスとは違う、複雑な色が浮かんでいるように見えた。

 数日後、アカデミーの大講堂は多くの候補生で埋め尽くされていた。特別講義のためだ。壇上に立つのは、他ならぬナディアだった。今日のテーマは「戦闘時における生体エネルギーフィールドの応用」。専門的で難解な内容のはずだが、彼女が語り始めると、不思議と引き込まれていく。

「…生体エネルギーは、単なる生命維持の力ではありません。それは私たちの精神、感情、そして意志と深く結びついています。高度な訓練により、このエネルギーを外部に投影し、防御フィールドとして展開したり、あるいは味方の精神を高揚させ、戦闘能力を向上させることも可能です。逆に、敵の精神に干渉し、混乱や恐怖を与えることも…」

 ナディアの声は、まるで音楽のように心地よく響く。アレックスは、普段の授業では考えられないほど真剣に、彼女の話に耳を傾けていた。彼女が語る「意志の力」が、自分が追い求める「力」とは違う、もっと深い次元にあるもののように感じられた。

 講義が終わり、候補生たちが次々と退出していく中、アレックスは意を決して壇上のナディアに近づいた。何か、一言でも話したい。だが、いざ彼女を目の前にすると、言葉が出てこない。

「あ、あの、ナディア先輩!」 「はい?」 ナディアは優しく微笑み返してくれた。その笑顔に、アレックスの頭は真っ白になる。 「えっと、その、今日の講義、すごかったです! あの、エネルギーフィールドって、俺にも使えますかね!?」 自分でも何を言っているのか分からない。しどろもどろの質問に、ナディアはくすりと笑った。 「ふふ、アレックス君ね。もちろん、誰にでも可能性はあるわ。でも、大切なのは力そのものよりも、それをどう制御し、何のために使うか、という意志よ。あなたには、とても強いエネルギーを感じるわ。それを正しく導けば、きっと素晴らしい力になる」 「正しい…意志…」 アレックスがその言葉を反芻していると、横からすっと別の声が割り込んだ。 「素晴らしい講義でした、ナディア先輩。特に、精神干渉のくだりは興味深かったですね」 ロキソニンだった。彼はいつの間にかアレックスの隣に立ち、ナディアに理路整然と質問を投げかけている。そのスマートな立ち居振る舞いに、アレックスは再び劣等感を刺激された。 「ありがとう、ロキ君。あなたも熱心ね」 「ええ。力は、使い方次第で薬にも毒にもなりますから」 意味深な言葉を残し、ロキはナディアに優雅な一礼をして去っていった。

 取り残されたアレックスは、結局、ナディアに気の利いたこと一つ言えないまま、その場を後にするしかなかった。自分の不器用さが、腹立たしかった。

 さらに数日が過ぎ、アカデミーでは大規模なチーム対抗の模擬戦が開催されることになった。候補生たちはランダムにチーム分けされ、アレックスは偶然にもロキと同じチームに配属された。チームリーダーは経験豊富な上級生が務めることになったが、作戦の核となるのは間違いなくアレックスとロキの二人だった。

「おい、ロキ。足を引っ張るなよ」 「それはこちらのセリフだ、アレックス。今度こそ、勝手な行動は慎んでもらおうか」 模擬戦開始前、二人は相変わらず憎まれ口を叩き合っていた。だが、その目には、以前とは違う、かすかな信頼のようなものが宿っているのを、お互いに感じ取っていたかもしれない。

 模擬戦のフィールドは、複雑な構造物とデブリが散乱する宇宙空間。敵チームは、防御に長けた重装備の機体と、トリッキーな動きを得意とする軽装機体をバランス良く配置し、鉄壁の布陣を敷いていた。

 作戦開始。リーダーである上級生の指示に従い、チームは慎重に前進する。しかし、敵の巧妙な罠と連携攻撃に阻まれ、徐々に劣勢に追い込まれていく。

「くそっ、埒が明かない!」 アレックスが苛立ちを募らせたその時、ロキから通信が入った。 「アレックス、聞こえるか? …少し、賭けに出ないか?」 「賭けだと?」 「ああ。僕が敵のセンサー網に一時的なブラインドを作り出す。その一瞬を突いて、君があの防御の硬い連中を突破するんだ。時間は数秒しかない。できるか?」 ロキの提案は、無謀とも言える一点突破作戦だった。だが、それはアレックスのパワーを最大限に活かすための、彼ならではの戦術眼に基づいたものだった。 「…面白い。やってやるさ!」 アレックスの闘争心に火が付いた。リーダーの上級生は反対したが、他に打つ手もない状況だった。

「…3、2、1、今だ!」

 ロキの合図と共に、アレックスはスキッドブラドニルのリミッターを解除し、全エネルギーを推進力に変換した。凄まじい加速Gが全身を襲う。敵のセンサーが一瞬だけ機能不全に陥った隙を突き、アレックスは文字通り「雷」のような速度で敵陣中央へと突貫した。

「うおおおおおっ!!」

 エネルギーブレードを最大出力で振り抜く。敵の重装甲機が、まるで紙のように切り裂かれた。アレックスが敵陣に風穴を開けた瞬間、ロキと他のチームメンバーがその突破口からなだれ込み、混乱した敵を次々と撃破していく。

 結果は、圧倒的な勝利だった。

 模擬戦が終わり、コクピットから降り立ったアレックスとロキは、互いに顔を見合わせた。 「…やるじゃないか、アレックス。少しは見直したよ」 ロキが、珍しく素直な言葉を口にした。 「へっ、お前こそな。あのハッキングがなけりゃ、どうなってたか」 アレックスも、ぶっきらぼうながらロキの功績を認めた。二人の間に、確かに何かが通い合った瞬間だった。それはまだ脆く、形のないものだったが、友情と呼べるものの始まりかもしれなかった。

 模擬戦での活躍が認められたのか、数日後、アレックスは最高指導者である父、ゴランの執務室に呼び出された。アースナルズの中枢、司令塔の最上階にあるその部屋は、豪華でありながらも、どこか人を寄せ付けない威圧感を放っていた。

 巨大なデスクの後ろで、ゴランは静かに窓の外――広大な宇宙空間と、眼下に広がるアースナルズの機能ブロック――を眺めていた。歴戦の勇士であることを示す顔の傷跡、鋭い隻眼(もう片方の目は高度な義眼に置換されている)、そして全身から発せられる揺るぎない指導者のオーラ。アレックスは、父の前に立つといつも、自分がひどく矮小な存在に感じられた。

「…来たか、アレックス」 ゴランはゆっくりと振り返り、息子を見据えた。その視線は厳しく、感情を読み取ることは難しい。 「はい、父上」 「先日の模擬戦、報告は受けている。ロキという候補生との連携、見事だったそうだな」 「…はい」 意外な言葉だった。父が自分の戦いを褒めるなど、滅多にないことだ。 「だがな、アレックス」 ゴランの声のトーンが、わずかに低くなる。 「お前の戦い方は、あまりにも危うい。力に振り回され、感情に流されやすい。それは、真の戦士とは言えん」 やはり、手厳しい評価だった。アレックスは唇を噛みしめる。 「俺は、父上とは違うやり方で…」 「黙って聞け」 ゴランはアレックスの言葉を遮った。 「お前には、サーガ神族の中でも特別な血が流れている。それは、時に強大な力をもたらすが、同時に大きな責任も伴うのだ」 ゴランは立ち上がり、部屋の中央にある円筒形のカプセルへと歩み寄った。カプセルの中には、鈍い金属光沢を放つ、巨大なウォーハンマーが収められていた。シンプルでありながら、尋常ならざる存在感を放っている。 「これは…?」 「ミョルニル。我らサーガ神族に古くから伝わる、伝説の決戦兵器だ。選ばれた者しか扱うことができず、その一撃は星をも砕くと言われている」 アレックスは、ミョルニルから目が離せなくなった。そのハンマーが持つ圧倒的な力、その波動のようなものを、肌で感じ取っているかのようだ。 「俺が、これを…?」 「お前はその継承者候補の一人だ、アレックス。その潜在能力は、歴代の中でも突出しているやもしれん」 ゴランの言葉に、アレックスの心臓が高鳴る。父に認められた。それだけでなく、伝説の兵器の継承者候補だと…? しかし、ゴランは厳しい表情を崩さなかった。 「だが、今のままのお前に、ミョルニルを扱う資格はない。力に溺れ、己を見失うだけだろう。真の強さとは何か、お前はまだ理解していない」 ゴランはアレックスに背を向け、再び窓の外に視線を移した。 「ミョルニルを手にしたいのならば、まず己を知り、己を律することを学べ。今のままでは、お前はミョルニルに認められん。…下がってよい」 それは、期待であると同時に、突き放すような言葉だった。アレックスは、込み上げてくる反発心と、心の奥底で燃え始めた新たな決意がないまぜになった複雑な感情を抱えながら、執務室を後にした。

 その夜、アレックスはアカデミーの自室の窓から、星々が輝く広大な宇宙空間を眺めていた。アースナルズの巨大な構造体が、星々の光を遮りながらゆっくりと回転している。

 父の言葉が、脳裏で繰り返される。「今のままのお前に、ミョルニルを扱う資格はない」。悔しさがこみ上げる。だが同時に、あのミョルニルの圧倒的な存在感が、アレックスの心を捉えて離さなかった。

(見てろよ、親父…俺は必ず、ミョルニルを手に入れてみせる。そして、あんたにも、他の誰にも認められる、真の戦士になってやる…!)

 星々の彼方から、まだ見ぬ脅威が迫っていることなど、アレックスは知る由もなかった。今はただ、胸に宿った決意と、伝説のハンマーへの憧憬だけが、彼の心を強く支配していた。

 アースナルズ・アカデミーでの日々は、まだ始まったばかり。若き日の「雷」が、その真の力を覚醒させるのは、もう少し先のことである。


第2章 ファースト・コンタクト - 氷の巨人の影

 アレックスが父ゴランからミョルニルの存在を告げられて以来、数週間が過ぎた。あの日以来、アレックスの訓練への取り組み方は明らかに変わった。以前のような、ただ闇雲に力を誇示するような無謀さは影を潜め、ドワーリン教官の指導にも真剣に耳を傾けるようになった。もちろん、根っこの部分にある負けん気の強さや、時折見せる奔放さは変わらないが、彼の中で何かが確実に変わり始めていた。特に、ロキソニンとの模擬戦で見せた連携は、他の候補生たちにも驚きを与え、アレックスを見る目を少し変えさせた。彼自身も、ロキソニンの冷静な判断力とトリッキーな才能を認めざるを得ず、以前のようなあからさまな敵対心は薄れていた。それでも、心のどこかでは、あの掴みどころのない優等生に対するライバル意識と、わずかな嫉妬が燻り続けていたが。

 そして、憧れのナディア先輩。彼女の言葉、「大切なのは力そのものよりも、それをどう制御し、何のために使うか、という意志よ」が、アレックスの中で反響し続けていた。彼女に認められたい、その一心もまた、アレックスの成長を促す原動力となっていた。時折、アカデミー内で彼女の姿を見かけると、相変わらず胸は高鳴り、不器用に声をかけることしかできない自分に歯がゆさを感じるのだったが。

 アースナルズは、今日も変わらぬ威容を宇宙空間に誇示していた。巨大なリング状の居住区、星々の光を受けて鈍く輝くドック群、そして中央に聳える司令塔。サーガ神族の永年の繁栄と、高度な科学技術の結晶であるこの宇宙ステーションは、盤石な平和の象徴のように思えた。少なくとも、アレックスにとってはそうだった。

 その日、アースナルズの中枢、司令塔の最高司令部ブリッジは、けたたましいアラート音と、緊迫した空気で満たされていた。ブリッジ中央のホログラムディスプレイには、アースナルズの勢力圏を示す星図が映し出され、その外縁部、第7セクターを示す一点が激しく点滅していた。

「状況を報告しろ!」

 最高指導者ゴランの鋭い声が、ブリッジに響き渡る。普段の威厳に満ちた姿はそのままに、その隻眼にはただならぬ光が宿っていた。

「はっ! 第7セクター、辺境有人惑星ミズガルズ近傍宙域にて、正体不明の大規模艦隊を確認! 所属不明、識別信号応答なし!」

 オペレーターの一人が、緊張した面持ちで報告する。ミズガルズは、サーガ神族の直接統治下にはないものの、古くから交流のある、まだ発展途上の人類が住む惑星だ。資源的には乏しく、戦略的な価値も低いとされていたが、それ故にこれまで大きな紛争に巻き込まれることもなかったはずだ。

「正体不明だと? 周辺の警戒部隊は何をしていた!」 「それが…ミズガルズに駐留していた小規模な監視ステーションからの定時連絡が途絶。現在、応答ありません!」 「なんだと…?」

 ゴランの傍らに控えていた、情報分析部門の長であるミーサルが、険しい表情で進言する。 「ゴラン様、これは単なる偶発的な遭遇とは思えません。監視ステーションが沈黙したとなると、敵性存在である可能性が極めて高いかと」 「敵性存在…まさか、奴らか?」

 ゴランの脳裏に、古くからサーガ神族の脅威として語り継がれてきた存在の名が浮かぶ。辺境宇宙の暗がりに潜み、氷のように冷徹で、破壊と略奪を繰り返すと言われる戦闘種族――「ヨトゥン」。巨人族とも呼ばれる彼らは、サーガ神族とは異なる進化の系統樹を辿った、謎多き異星種族だ。近年、その活動は沈静化していたはずだったが…。

「ヨトゥンの可能性は否定できません。彼らがミズガルズのような辺境惑星を狙う理由は不明ですが…」 「理由などどうでもいい。放置すれば、いずれアースナルズにも牙を剥くかもしれん。…偵察部隊を編成しろ。威力斥候も兼ねる。敵の正体、戦力、そして意図を探るのだ」

 ゴランの決断は早かった。ブリッジに緊張が走る。誰を派遣するのか。実戦経験豊富なベテランか、それとも…。

「…アレックスを呼べ」

 ゴランの口から出た名前に、周囲の側近たちがわずかにどよめいた。最高指導者の息子とはいえ、アレックスはまだアカデミーの候補生。実戦経験はない。 「ゴラン様、しかし…」 「異論は認めん。あやつには、いずれサーガ神族を背負って立つ覚悟が必要だ。そして…この任務には、彼の力が必要になるやもしれん」

 ゴランの脳裏には、ミョルニルの存在があった。まだ覚醒には至らぬものの、アレックスの持つ潜在的なエネルギーは計り知れない。そして、それは単なる威力だけではない、何か特別なものを含んでいるように、ゴランには感じられた。

「アレックスと共に、ロキソニン、そしてナディアも加えろ。若手中心の部隊とするが、護衛としてベテランも数名つける。指揮は…バルドルに任せる」

 バルドルは、アカデミーの教官の一人であり、ゴランが信頼を置く若き勇士だった。

 任務命令は、直ちにアレックスたちに伝えられた。アカデミーの一室に呼び出されたアレックス、ロキソニン、そしてナディアは、バルドル教官から作戦概要の説明を受けた。

「…以上が、今回の任務だ。辺境惑星ミズガルズ宙域に展開中の所属不明艦隊の偵察、可能であれば接触し、その正体と意図を探る。ただし、敵性存在である可能性も高いため、威力斥候も兼ねる。危険な任務であることは覚悟しておけ」

 バルドルは冷静に告げたが、その言葉の重みは三人にも伝わっていた。特にアレックスにとっては、これが初めての実戦となる。

(実戦…!)

 アレックスの心臓が、興奮と不安で激しく波打つのを感じた。シミュレーションとは違う、本物の戦場。死と隣り合わせの空間。だが、恐怖よりも、自分の力を試したい、父に認められたい、そして…ナディアの前で格好悪い姿は見せられない、という思いが勝っていた。

「はい! お任せください!」 アレックスは、力強く返事をした。

 一方、ロキソニンは表情を変えず、静かにバルドルの言葉を聞いていた。彼の頭脳は、すでに与えられた情報から敵の可能性、考えうる戦術、そして自分たちが取るべき行動を高速で分析しているようだった。その冷静さが、アレックスには少し癪に障る。

 ナディアは、心配そうな表情を隠せずにいた。 「バルドル教官、私たちのような候補生だけで、本当に大丈夫なのでしょうか…?」 「ナディア、君の能力はすでに実戦レベルにあると判断されている。それに、君の生体エネルギー制御能力は、この任務において重要な鍵となるかもしれない。…心配するな。私が必ず君たちを守る」 バルドルの力強い言葉に、ナディアは少しだけ表情を和らげた。それでも、アレックスとロキソニンを交互に見るその瞳には、不安の色が残っていた。

「よし、各自、準備にかかれ! 出撃は1時間後だ!」

 バルドルの号令と共に、三人はそれぞれの持ち場へと急いだ。

 アースナルズの巨大な発進デッキには、最新鋭の可変戦闘ポッド「スキッドブラドニール」のカスタム機が並んでいた。アレックス機は、第1章で乗っていた試作高出力モデルをさらに改修し、実戦仕様としたものだ。ロキソニン機は電子戦能力とステルス性を強化した特別仕様。ナディア機は、支援能力を最大限に発揮できるよう、特殊なエネルギーフィールド発生装置や医療ポッドへのアクセス機能が追加されている。

 各々が機体に乗り込み、システムチェックを開始する。コクピットを満たす独特の機械油と電子機器の匂い。インカムを通して聞こえる仲間や管制官の声。シミュレーターとは違う、本物の戦場へ向かうという実感が、アレックスの背筋を緊張させた。

「アレックス、準備はいいか?」 インカムから、バルドル教官の声が聞こえる。 「はい! いつでも行けます!」 「ロキソニン、ナディアも続け!」

 カウントダウンが始まり、発進デッキの床がゆっくりと開いていく。眼下に広がるのは、吸い込まれそうなほどの暗黒と、無数の星々がきらめく広大な宇宙空間。

「全機、発進!」

 バルドル機を先頭に、アレックスたちの部隊はアースナルズを発ち、漆黒の宇宙へと飛び出した。加速する機体。あっという間にアースナルズの巨体が後方へと遠ざかっていく。

「これより、ワープシークエンスに入る! 目標、第7セクター、ミズガルズ宙域!」

 ワープエンジンが起動し、周囲の空間が歪む。強烈な加速感と共に、景色が一瞬で流れ去り、彼らは亜空間へと突入した。目標宙域までは、数時間の航行となる。束の間の静寂。アレックスは、操縦桿を握りしめながら、これから起こるであろう未知の遭遇に備え、心を落ち着けようと努めた。

 数時間のワープ航行を経て、アレックスたちの部隊は通常空間へと復帰した。目の前に広がるのは、青く美しい惑星ミズガルズと、その周囲に広がる静かな宇宙空間…のはずだった。

「これは…!?」

 アレックスは息を飲んだ。ミズガルズの衛星軌道上には、異様な形状をした艦船が多数展開していたのだ。氷の結晶を思わせる鋭角的なデザイン、有機的な曲線と無機的な金属装甲が歪に融合したような船体。そして何よりも、それらの艦船から放たれる、禍々しく冷たいエネルギーの波動。

「間違いない…ヨトゥンだ!」

 バルドルが苦々しげに呟く。伝説の戦闘種族が、今、現実に目の前にいる。

「全機、警戒態勢! アレックス、ロキソニン、前に出ろ! ナディアは後方支援に徹しろ!」

 バルドルの指示に従い、部隊は戦闘態勢をとる。アレックスとロキソニンが前に出て、バルドルと他の護衛機が左右を固め、ナディアがその後方に位置する。

 ヨトゥンの艦隊は、まるで巨大な氷山のように、静かに宇宙空間に浮かんでいた。その一部の艦船から、小型の機体が多数発進してくるのが見えた。それは、サーガ神族の戦闘ポッドとは全く異なる形状をしていた。骨と金属が融合したような、グロテスクなデザイン。まるで、悪夢から抜け出してきたかのような異形の戦闘兵器、サイバネティック・ビーストだ。

「来るぞ! 各機、散開!」

 バルドルの号令と共に、戦闘が開始された。アレックスは、高鳴る鼓動を抑えながら、スロットルを全開にした。

(これが…実戦…!)

 シミュレーションとは違う。一撃が、即、死に繋がる。恐怖がないわけではない。だが、それ以上に、アレックスの全身をアドレナリンが駆け巡っていた。

「うおおおおっ!」

 雄叫びと共に、アレックスは一番近くにいた敵機に突撃した。エネルギーブレードが閃き、異形の機体を両断する。手応えはあった。シミュレーションと同じように、敵を倒せる。その事実に、アレックスは一瞬、慢心しそうになった。

「アレックス! 油断するな! 敵はまだ多数いる!」

 バルドルの叱咤が飛ぶ。そうだ、まだ始まったばかりだ。アレックスは気を引き締め、次々と襲い来る敵機に応戦する。持ち前のパワーと反射神経で、数機の敵を撃破することに成功した。

 しかし、ヨトゥンの兵器は、アレックスの想像以上に厄介だった。敵機の一部が、青白い光線を放ってくる。それは、機体の表面に付着すると瞬時に凍結を引き起こし、動きを鈍らせる氷結兵器だった。

「くそっ、なんだこれは!?」

 アレックス機の翼の一部が凍りつき、機動性が著しく低下する。さらに、別の敵機が、まるで生き物のように蠢く触手のようなものを伸ばし、アレックス機に絡みついてきた。

「鬱陶しい!」

 パワーに任せて引きちぎろうとするが、敵は連携して襲いかかってくる。シミュレーションでは経験したことのない、未知の兵器と戦術。アレックスは徐々に焦りを募らせていった。

「数が多すぎる! このままじゃジリ貧だ!」 「アレックス、突出するな! フォーメーションを維持しろ!」

 バルドルの制止も聞かず、アレックスは敵の母艦と思しき大型艦に狙いを定めた。 (あいつを叩けば、状況を変えられるはずだ!)

 それは、かつてシミュレーションで失敗した時と同じ、危険な思考だった。

「俺に続け!」

 アレックスは命令を無視し、単機で敵艦隊の中心部へと突っ込んでいく。

「馬鹿者! 戻れ、アレックス!」

 バルドルの悲痛な叫びが響く。だが、アレックスはもう止まらない。敵の集中砲火を紙一重でかわしながら、大型艦へと肉薄する。

(あと少し…!)

 しかし、それはヨトゥンの罠だった。アレックスが大型艦の懐に飛び込んだ瞬間、周囲の敵機が一斉に特殊なエネルギーフィールドを展開。 アレックス機は完全に包囲され、身動きが取れなくなってしまったのだ。

「しまった…!」

 まるで、蜘蛛の巣に捕らえられた蝶だった。周囲から無数の敵機が殺到し、集中攻撃を開始する。機体のシールドが悲鳴を上げ、装甲が剥がれ落ちていく。警告音がけたたましく鳴り響き、コクピットが激しく揺れる。

(ここまで、なのか…? 親父…ナディア…)

 死の恐怖が、アレックスの全身を支配した。初めて味わう、絶対的な絶望感。

 その時だった。

「…まだ諦めるな、アレックス!」

インカムから、冷静だが力強いロキソニンの声が聞こえた。 「今から、奴らのシステムに介入する。数秒だけだが、動きを止めてみせる!」

 ロキソニンは、驚異的な速度でキーボードを叩き、敵のシステムへハッキングを仕掛けていた。彼の指先から放たれるコマンドが、ヨトゥンのネットワークの脆弱性を突き、一時的なシステムダウンを引き起こす。

 アレックスを包囲していた敵機の動きが、一瞬だけフリーズした。

「今よ!」

 それと同時に、ナディアの声が響く。彼女は全神経を集中させ、自身の生体エネルギーを高めていた。そのエネルギーが、淡い黄金色の波動となって広がり、味方の機体を包み込む。アレックス機の損傷したシールドが、一時的に輝きを取り戻し、強化された。さらに、その波動は味方パイロットたちの精神にも作用し、恐怖を和らげ、闘志を呼び覚ます。

「アレックス! 行けえええっ!」

 バルドルと護衛機たちが、決死の援護射撃でアレックスへの攻撃を逸らす。

「うおおおおおおっ!!」

 仲間たちの声に突き動かされ、アレックスは最後の力を振り絞った。強化されたシールドで敵の攻撃を弾き返し、フリーズが解けて動き出す寸前の敵機の間隙を縫って、全速で包囲網から離脱する。

「全機、撤退! この宙域から離脱するぞ!」

 バルドルが撤退命令を出す。ヨトゥン艦隊の一部は撃破したものの、敵の戦力は依然として強大であり、これ以上の戦闘は危険すぎると判断したのだ。アレックスたちは、損傷した機体を引きずるようにして、戦場を後にした。

 命からがらアースナルズへと帰還したアレックスたちは、医療ベイへと直行した。幸い、重傷者はいなかったが、皆、初めての実戦、それもヨトゥンという強大な敵との遭遇に、心身ともに疲弊しきっていた。

 アレックスは、治療ポッドの中で自分の無力さを噛み締めていた。結局、自分は何もできなかった。それどころか、命令を無視してチームを危機に陥れた。助けられたのは、ロキソニンの機転と、ナディアの力、そしてバルドル教官たちの援護があったからだ。

(俺は、なんて無力なんだ…)

 模擬戦での小さな成功で、少しだけ自信を取り戻しかけていた心が、粉々に打ち砕かれた気分だった。

 治療が終わり、アレックスが医療ベイのベッドで呆然としていると、そっとナディアが近づいてきた。 「…アレックス君、大丈夫?」 彼女の優しい声に、アレックスは顔を上げられなかった。 「…ナディア先輩…俺…」 「いいのよ。初めての実戦で、相手はあのヨトゥンだったんだもの。誰もあなたを責めたりしないわ」 ナディアはそう言うと、アレックスの腕に残っていた軽い火傷の跡に、そっと手をかざした。彼女の手のひらから、温かく柔らかなエネルギーが流れ込み、痛みが和らいでいく。 「それに、あなたは最後まで諦めなかった。だから、私たちはあなたを助けることができたのよ」 「…ナディア先輩…」 アレックスは、ようやく顔を上げた。そこには、包み込むような優しい笑顔のナディアがいた。彼女の言葉と、その温かいエネルギーに、アレックスのささくれだった心は少しずつ癒されていく。二人の間に、言葉はなくとも、確かな絆のようなものが芽生え始めていた。

 その様子を、少し離れた場所から、ロキソニンが静かに見ていた。彼の表情は読み取れない。だが、その理知的な瞳の奥に、アレックスとナディアに向けられた、嫉妬とも羨望ともつかない、複雑な感情の揺らめきが見て取れた。

 初めての実戦は、アレックスに多くの教訓と、新たな課題、そして複雑な感情を残した。氷の巨人ヨトゥンの影は、確実にアースナルズへと迫りつつあった。そして、若者たちの運命もまた、大きく動き出そうとしていた。

第3章 亀裂 - 友情と嫉妬の狭間で

 あのミズガルズ宙域での初陣は、アレックスの心に深い爪痕を残した。自分の未熟さ、無力さ、そして何よりも、仲間を危険に晒してしまったという後悔。ナディアの優しい言葉と介抱に心は救われたものの、同時に、ロキソニンの冷静な判断力と能力を目の当たりにしたことで、彼に対する複雑な感情――ライバル意識と、認めざるを得ない実力への嫉妬――は、むしろ増幅されていた。

「もっと、強くならなければ…!」

 アレックスは、まるで何かに取り憑かれたかのように訓練に没頭し始めた。アカデミーの訓練施設に籠もり、シミュレーターでの戦闘訓練、実機での機動訓練、そして基礎的な体力トレーニングに至るまで、自分を限界まで追い込む日々が続いた。目的はただ一つ、父ゴランに認められ、伝説の決戦兵器「ミョルニル」を手にすること。そして、二度と仲間を危険に晒さず、自分の力で守り抜けるだけの強さを得ることだった。

「アレックス、少し無茶をしすぎではないか? 休息も訓練のうちだぞ」

 ドワーリン教官が心配そうに声をかけるが、アレックスは耳を貸さない。以前の、ただがむしゃらにパワーを振り回すだけの訓練とは違う。彼は、ミズガルズでの戦闘データや、ロキソニンの動きを徹底的に分析し、より効率的なエネルギー制御、精密な機体操作、そして戦術的な思考を身につけようと努力していた。だが、その根底にあるのは、焦りにも似た渇望だった。

 ナディアもまた、アレックスの様子を案じていた。アカデミーの研究棟で顔を合わせるたびに、彼の目の下に濃くなる隈や、張り詰めた空気に気づいていた。 「アレックス君、あまり根を詰めすぎないで。あなたの力は、焦って引き出すようなものじゃないはずよ」 彼女の言葉は、いつもアレックスの心を穏やかにする力を持っていたが、今の彼にはその言葉さえもどかしく感じられた。 「ありがとう、ナディア先輩。でも、俺は…強くならなきゃいけないんだ」

 強くなければ、ミョルニルは手に入らない。強くなければ、また同じ過ちを繰り返す。強くなければ、ロキソニンに勝てない。そして、強くなければ、ナディアを守れない――。アレックスの中で、様々な思いが渦巻き、彼を駆り立てていた。

 そんなある日、アレックスは再び父、ゴランに呼び出された。最高司令官の執務室。そこには、以前と同じように、威厳に満ちた父の姿があった。 「…父上、お呼びでしょうか」 「うむ。アレックス、お前の最近の訓練ぶりは聞いている。以前とは見違えるほど、真剣に取り組んでいるようだな」 珍しく、ゴランの声にはわずかながら評価する響きがあった。アレックスの胸に、小さな期待が膨らむ。 「だが、本当の強さとは、訓練施設の中だけで培われるものではない」 ゴランは、デスクの上に置かれたデータパッドをアレックスに差し出した。 「…これは?」 「新たな任務だ。お前一人で行ってもらう」

 データパッドに表示されたのは、アースナルズの勢力圏内にある、エネルギー資源惑星「ムスペル」に関する情報だった。ムスペルは、地表のほとんどが高温のマグマに覆われた灼熱の惑星だが、その地下にはサーガ神族にとって重要な高純度エネルギー資源「スルト・クリスタル」が豊富に埋蔵されている。アースナルズはその惑星に、資源採掘とエネルギー変換を行う全自動プラントを設置していた。 「ムスペルの第3採掘プラントで、原因不明のエネルギー異常が発生し、機能が停止した。これより、お前は単身ムスペルへ赴き、原因を調査、可能であればプラントを復旧させよ」 「俺…一人で、ですか?」 アレックスは驚いた。ムスペルは環境が過酷なだけでなく、エネルギー異常の原因が不明となれば、危険が伴う可能性が高い。 「そうだ。これは、単なるトラブルシューティングではない。お前にとっての『試練』だと思え」 ゴランの隻眼が、アレックスを鋭く見据える。 「ミョルニルを継承する者は、圧倒的な力だけでなく、いかなる状況下でも冷静に判断し、独力で道を切り開く知恵と精神力が求められる。この任務は、お前にその資質があるかを見極めるためのものだ」 父の言葉は、アレックスの闘争心に再び火をつけた。これはチャンスだ。この任務を成功させれば、ミョルニルに近づける。 「…分かりました。必ず、やり遂げてみせます」 アレックスは、決意を込めて答えた。ゴランは、そんな息子を静かに見つめていた。その表情の奥に、期待と、そして一抹の不安が隠されているのを、アレックスは知る由もなかった。

 一方、ロキソニンは、アカデミーの情報分析部門で、その類稀なる才能を発揮し始めていた。ミズガルズでの一件以降、彼のハッキング能力と情報分析能力は高く評価され、いくつかの特殊任務を任されるようになっていたのだ。彼は、複雑なデータの中から真実を見つけ出し、敵の意図を読み解くことに、ある種の愉悦を感じていた。

 しかし、その活躍とは裏腹に、彼の内面では黒い感情が渦巻いていた。アースナルズ、そしてサーガ神族の体制に対する不満。それは、彼の出自に関わる、根深いコンプレックスから来ていた。彼は、純粋なサーガ神族ではなく、かつて敵対した種族の血を引いているという噂があった(真偽は定かではないが、彼自身はその可能性を強く意識していた)。そのことが、彼を常に疎外感と猜疑心に苛ませていた。自分は、どれだけ努力しても、アレックスのような『正統な血筋』には敵わないのではないか、と。

 そして、ナディアへの想い。彼女の美しさ、知性、そして優しさ。彼女に認められたい、手に入れたいという欲求は、日増しに強くなっていた。だが、彼女の心は明らかにアレックスに向かっているように見える。アレックスがナディアと親しげに話しているのを見るたびに、ロキソニンの心には、焼け付くような嫉妬の炎が燃え上がった。

(なぜ、あいつばかりが…ゴランの息子というだけで、ナディアの心まで手に入れようというのか…許せない…)

 そんな彼の心の隙間に、ある存在が忍び寄っていた。情報部の端末を介して、彼はアースナルズ外部の、暗号化されたネットワークにアクセスしていた。相手は、ヨトゥンの情報工作員、あるいは協力者と思われる存在だった。

『…ムスペルの第3プラントに関する情報、感謝する。これで、あの忌々しいアレックスに、借りを返すことができるだろう』 画面に表示されたテキストメッセージに、ロキソニンは冷たい笑みを浮かべた。 『礼には及ばない。目的は同じはずだ。アースナルズの現体制…いや、ゴランの支配を終わらせること。そして、新たな秩序を築くこと…』 『そのためには、アレックスは邪魔な存在だ。奴さえいなくなれば…』 『ああ、そうだ。彼には、ムスペルの灼熱地獄で、己の無力さを思い知ってもらうとしよう…』

 ロキソニンは、アレックスが単独でムスペルへ向かうという情報を掴んでいた。そして、プラントのエネルギー異常が、ヨトゥンによる破壊工作であることも。彼は、その情報をアレックスには知らせず、むしろヨトゥン側にアレックスの動向に関する情報をリークしていたのだ。アレックスへの嫉妬と憎悪が、彼を裏切りへと駆り立てていた。

 アレックスは、専用にカスタマイズされた耐熱仕様のスキッドブラドニールに乗り込み、灼熱の惑星ムスペルへと向かっていた。ワープアウトすると、眼前に広がるのは、赤黒いマグマの海に覆われた、地獄のような光景だった。大気は超高温のガスで満たされ、強力な電磁嵐が絶えず吹き荒れている。

「ここが、ムスペル…」

 コクピット内の温度制御システムがフル稼働しているにも関わらず、じりじりと熱気が伝わってくるようだ。アレックスは機体を慎重に操り、目標である第3採掘プラントへと降下していく。

 プラントは、巨大な火山カルデラの中に建設されていた。周囲のマグマの熱を利用してスルト・クリスタルを精製し、エネルギーに変換する巨大な施設だ。しかし、今はその活動を完全に停止し、不気味な静寂に包まれている。

 アレックスは機体をプラントの着陸ポートに着け、耐熱防護服に身を包んで外部へと出た。むせ返るような熱気と硫黄の匂い。足元の金属製の床でさえ、焼け付くように熱い。

「…エネルギー供給が完全に停止しているのか?」

 プラント内部へと進むと、予備電源で最低限の照明が灯っているものの、主要なシステムは全てダウンしていた。制御室へと向かい、コンソールを操作するが、深刻なシステムエラーが発生しており、原因を特定できない。

(これは、単なる故障じゃない…何者かによる破壊工作か?)

 ミズガルズでの戦闘が、アレックスの脳裏をよぎる。ヨトゥン…奴らが関わっている可能性も否定できない。アレックスは警戒レベルを最大に引き上げ、慎重にプラント内部の調査を進めた。エネルギーコアのある最深部へと向かう通路を進んでいた、その時だった。

 突然、背後で通路の隔壁が轟音と共に閉鎖された。退路が断たれる。同時に、前方から複数の気配が迫ってくるのを感じた。

「待ち伏せか!」

 アレックスは即座に戦闘態勢をとった。通路の奥から現れたのは、やはりヨトゥンの兵士だった。それも、ミズガルズで遭遇したような雑兵ではない。全身を特殊な耐熱装甲で覆い、強力なエネルギー兵器を装備した、明らかに精鋭と思われる部隊だった。

(罠だったのか…!)

 アレックスはエネルギーライフルを発射するが、敵の装甲はいとも簡単にそれを弾き返す。逆に、敵が放ったプラズマ弾がアレックスの防護服を掠め、強烈な熱と衝撃が走る。

「くそっ!」

 アレックスはライフルを捨て、エネルギーブレードを展開して接近戦を挑む。狭い通路での乱戦。アレックスは持ち前のパワーと反射神経で応戦するが、敵は数で勝り、連携も巧みだった。じりじりと追い詰められていく。

(まずい…このままでは…!)

 逃げ場はない。敵の数は減らない。防護服のエネルギーも消耗していく。アレックスの脳裏に、再び「死」の予感がよぎった。

 その頃、アースナルズの司令部では、ムスペルからのアレックスの定時連絡が途絶えたことで、緊張が高まっていた。ゴランはブリッジで、ムスペルからの微弱なセンサー情報を凝視していた。そこには、複数のヨトゥン兵と思われるエネルギー反応が映し出されていた。

「やはり、罠だったか…」 ゴランは苦々しげに呟いた。

 そこへ、ナディアが血相を変えて駆け込んできた。 「ゴラン様! アレックス君が…アレックス君が危険です! ムスペルでヨトゥンと交戦していると…!」 アカデミーの研究施設にいたナディアも、独自の情報網でアレックスの危機を察知したのだ。 「すぐに救援部隊を!」 ナディアは懇願するようにゴランに詰め寄った。しかし、ゴランは首を横に振った。 「ならん」 「な…なぜです!? このままではアレックス君が!」 「これは、あやつ自身が乗り越えねばならん試練だと言ったはずだ。それに、今から救援部隊を送っても間に合わん。むしろ、二次被害を出すだけだ」 ゴランの判断は、最高指導者として、そして軍の司令官としては、冷静かつ合理的だった。だが、ナディアには到底受け入れられない。 「そんな…! アレックス君を見殺しにするというのですか!?」 「見殺しにはせん。あやつの力を信じている」 ゴランの言葉は、しかし、今のナディアには届かなかった。アレックスを失うかもしれないという恐怖が、彼女の心を支配していた。

(私が…私が行かなければ!)

 ナディアの脳裏に、アレックスの顔が浮かぶ。彼の不器用な笑顔、訓練に打ち込む真剣な眼差し、そして、自分に向けられる真っ直ぐな想い。

「…申し訳ありません、ゴラン様」

 ナディアは、ゴランに深々と頭を下げると、踵を返し、ブリッジを飛び出した。 「ナディア! 待て!」 ゴランの制止の声も聞かず、ナディアは発進デッキへと全力で走った。彼女専用のスキッドブラドニルに飛び乗り、管制官の許可も待たずに、単機でアースナルズを発進した。目標は、灼熱の惑星ムスペル。愛する人を救うために。

 ムスペルのプラント内部。アレックスは、満身創痍だった。防護服は破れ、身体のあちこちに火傷を負っている。エネルギーブレードを杖代わりに、かろうじて立っているのがやっとだった。周囲には、倒したヨトゥン兵が数体転がっているが、まだ3体の敵が健在で、じりじりと包囲網を狭めてきていた。

(もう…だめか…)

 意識が遠のきかけた、その時。どこからか、自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。

『アレックス君!』

(ナディア…先輩…?)

 幻聴かと思った。だが、その声は確かに、アレックスの心に直接響いてきた。それは、ナディアが持つ特殊な生体エネルギー感応能力によるものだった。彼女は、ワープアウトし、ムスペルの灼熱大気を突き進みながら、必死にアレックスへと呼びかけていたのだ。

『しっかりして! 私が、必ず助けに行くから!』

 ナディアの声、彼女の想いが、アレックスの心の奥底に眠っていた何かを揺り動かした。それは、父ゴランから受け継いだ特別な血、そして、彼自身がまだ気づいていない、ミョルニルと繋がる可能性の欠片。

「う…うおおおおおおっ!!」

 アレックスの身体から、青白いスパークがほとばしった。それは、スキッドブラドニールのエネルギーや、防護服の機能ではない。アレックス自身の内側から溢れ出す、純粋なエネルギーの奔流だった。まるで、雷鳴が轟くように、周囲の空間が震える。

 迫りくるヨトゥン兵たちが、その尋常ならざるエネルギーに怯んだように動きを止めた。アレックスは、無意識のうちに右手を突き出していた。その手に、まるで、あの巨大なウォーハンマー「ミョルニル」を握っているかのような感覚があった。

 突き出した手から、凄まじい電撃が迸る。それは、プラントの照明を遥かに凌駕する眩い閃光となり、雷となって通路を疾走し、残っていた3体のヨトゥン兵を直撃した。

 轟音と衝撃。ヨトゥン兵たちは、その強力なエネルギーによって装甲ごと吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて動かなくなった。

「はぁ…はぁ…」

 アレックスは、その場に膝をついた。今の現象が何だったのか、自分でも理解できていない。ただ、全身のエネルギーを使い果たしたような、強烈な虚脱感に襲われていた。

 そこへ、通路の奥から、耐熱防護服に身を包んだナディアが駆け込んできた。 「アレックス君!」 「ナディア…先輩…なんで…」 「よかった…無事だったのね…!」 ナディアはアレックスに駆け寄り、彼の傷ついた身体を抱きしめた。アレックスは、彼女の温もりと、必死に自分を案じてくれるその想いに、ただ涙が溢れるのを止められなかった。

 アースナルズへの帰還後、アレックスは医療ベイで治療を受けながら、ムスペルでの出来事を反芻していた。あの最後の力は何だったのか。そして、なぜヨトゥンは自分の任務先を知っていたのか。情報が漏れていたのではないか?

 アレックスの脳裏に、一人の人物の顔が浮かんだ。ロキソニンだ。彼ならば、情報部の立場を利用して、自分の任務情報を得ることも、外部にリークすることも可能かもしれない。ミズガルズでの一件以来、彼の態度はどこかよそよそしく、時には敵意すら感じられた。

 疑惑は、確信へと変わっていった。

 治療を終えたアレックスは、アカデミーの情報分析室へと向かった。そこには、複雑なホログラムディスプレイを前に、何事もなかったかのように作業をしているロキソニンの姿があった。

「ロキソニン!」 アレックスは、怒りを抑えながら声をかけた。ロキソニンはゆっくりと振り返る。その表情は、いつも通り読みにくい。 「やあ、アレックス。無事だったようだね、ムスペルから。大変だっただろう?」 しらじらしいその言葉に、アレックスの怒りは頂点に達した。 「お前が…やったのか?」 「…何のことかな?」 「とぼけるな! 俺の任務情報、ヨトゥンに流したのはお前だろう!?」 アレックスは、ロキソニンの胸ぐらを掴み上げた。ロキソニンは、抵抗もせず、冷たい視線をアレックスに向ける。 「…証拠でもあるのかい?」 「証拠だと!? 俺が死にかけたんだぞ! お前のせいで!」 「さあね。君が勝手に罠にはまっただけじゃないのか? それとも、最高指導者の息子でも、単独任務は荷が重かったかな?」 挑発的な言葉。その瞳の奥には、隠しきれない憎悪と嘲りの色が浮かんでいた。 「貴様…!」 アレックスは、拳を振り上げた。だが、その拳は空中で止まった。殴ったところで、何も解決しない。そして、かつて確かに存在したはずの、彼との友情の欠片が、それを躊躇させたのかもしれない。

「…もう、お前とは終わりだ」

 アレックスは、ロキソニンの胸ぐらを掴んでいた手を離し、吐き捨てるように言った。 「ああ、そうみたいだね」 ロキソニンも、静かに答えた。その声には、何の感情もこもっていないように聞こえた。

 二人の間にあった、脆く、複雑な友情は、この瞬間、完全に砕け散った。亀裂は決定的となり、もはや修復は不可能だった。

 近くの通路の角から、ナディアがその光景を悲痛な表情で見つめていた。アレックスとロキソニン、二人の間で、彼女の心もまた、深く傷ついていた。運命の歯車は、容赦なく回り始めていた。ラグナロクへと続く、避けられぬ対立の序章が、今、幕を開けたのだ。


第4章 偽りの貌 - ロキソニンの陰謀とミョルニルの覚醒

 アレックスとロキソニンの決別は、アースナルズ・アカデミーの候補生たちの間にも、さざ波のように広がった。かつては反発し合いながらも、どこか奇妙な絆で結ばれているように見えた二人が、今や互いに目も合わせようとしない。その変化は、周囲の者たちにも、アースナルズ全体を覆い始めた不穏な空気と無関係ではないように感じられた。

 ムスペルでの一件、そしてアレックスがヨトゥンの罠にはまったという事実は、アースナルズ内部に「内通者」の存在を強く疑わせるきっかけとなった。最高司令部だけでなく、アカデミーや一般居住区にまで、その疑心暗鬼は静かに、しかし確実に浸透し始めていた。誰が敵に通じているのか? 疑いの目は、時にあらぬ方向へと向けられ、かつての仲間同士が互いを疑うような、陰鬱な雰囲気が漂い始めていた。

 この状況を、ロキソニンは冷静に、そして巧みに利用していた。彼は情報分析官としての立場を最大限に活用し、意図的に断片的な情報や偽の証拠をリークすることで、自身への疑いを巧みにかわし続けた。彼は、ゴラン体制に不満を持つ一部の保守派閥や、過去に失脚した人物の関係者などに疑いの矛先が向かうよう、巧妙に情報を操作していたのだ。表向きは、内通者捜しに協力する有能な若手分析官。しかしその裏では、自らの陰謀を着々と進めていた。

「疑心暗鬼は、最も効果的な武器だ。互いを信じられなくなった組織ほど、脆いものはないからね…」

情報部の自室で、ロキソニンは薄暗い照明の中、一人呟いていた。彼の冷徹な瞳は、ホログラムディスプレイに映し出された複雑なデータ列ではなく、その向こう側にある未来――自らが支配する未来――を見据えているようだった。

ロキソニンの暗躍は、アースナルズ内部だけにとどまらなかった。彼は、厳重なセキュリティをかいくぐり、再びヨトゥンの指揮官と密かにコンタクトを取っていた。相手は、ヨトゥンの中でも特に冷酷で知られ、「氷の将軍」の異名を持つスリュムという名の指揮官だった。

『…アースナルズの防衛システムの詳細データ、確かに受け取った。これで、我々の計画は大きく前進するだろう』 スリュムからの通信メッセージが、ロキソニンの端末に表示される。それは、アースナルズのシールド発生装置の配置、エネルギー供給ルート、そして緊急時のバックアップシステムに至るまで、最高機密に属する情報だった。 『礼には及ばん。だが、我々の“契約”を忘れるなよ、スリュム将軍』 ロキソニンは、返信するテキストに要求を込めた。 『ラグナロクの後…戦いが終わった暁には、ミズガルズを含む第7セクターの支配権は、私に譲渡される。それが、この情報を提供した対価だ』 しばしの沈黙の後、スリュムからの返信があった。 『よかろう。我々ヨトゥンは、アースナルズそのものを滅ぼし、そのエネルギー資源を奪うことが目的だ。辺境の惑星など、くれてやる。ただし…貴様が最後まで“役に立てば”の話だがな』 その言葉には、あからさまな侮蔑と、利用価値がなくなればいつでも切り捨てるという冷酷な響きが含まれていた。ロキソニンは、それを承知の上で、歪んだ笑みを浮かべた。 (せいぜい利用させてもらうさ、巨人どもめ。最終的に笑うのは、この私だ…)

彼の野心は、単なるアースナルズへの復讐やアレックスへの嫉妬だけではなかった。それは、サーガ神族もヨトゥンをも手玉に取り、自らが新たな支配者として君臨するという、狂気に満ちたものへと変貌していたのだ。そのために、彼はどんな手段をも厭わない覚悟だった。

一方、アレックスは、ロキソニンへの怒りと疑念を抱えながらも、以前のような自暴自棄な訓練からは脱却していた。ムスペルでの一件、特にナディアの決死の救援と、自分の中から溢れ出した未知の力は、彼に大きな変化をもたらしていた。力とは何か、守るべきものとは何か。彼は、その答えを必死に模索し始めていた。

そんなアレックスを、ナディアは常に傍らで支え続けた。彼女は、アレックスの抱える苦悩や葛藤を理解し、優しく受け止めた。二人は、アカデミーの訓練の合間や、アースナルズの静かな展望デッキなどで、共に過ごす時間を増やしていった。

「…俺、まだ怖いんだ。また、自分のせいで誰かを危険な目に合わせるんじゃないかって…」 ある夜、星々が輝く宇宙を眺めながら、アレックスは素直な気持ちを吐露した。 「アレックス君…」 ナディアは、そっとアレックスの手に自分の手を重ねた。 「あなたは一人じゃないわ。私たちがいる。それに、あなたはムスペルで、確かに何かを掴みかけたはずよ。あの力は、ただの暴力じゃない。あなたの強い意志と…誰かを守りたいという想いが、形になったものだと思う」 ナディアの言葉は、アレックスの心に温かく染み渡った。彼女の存在が、彼にとってどれほど大きな支えになっているか、アレックスは改めて感じていた。 「ナディア先輩…ありがとう」 アレックスは、重ねられたナディアの手を、そっと握り返した。二人の間に流れる空気は、以前よりもずっと親密で、穏やかなものになっていた。互いの想いは、もはや言葉にしなくとも、痛いほど伝わっていた。

しかし、その穏やかな時間の中にも、ロキソニンの影は常に付きまとっていた。彼が裏切り者であるという確信は揺るがない。だが、決定的な証拠がない以上、アレックスは公に彼を告発することもできない。そして、ナディアが、かつての友人であったロキソニンの変化に心を痛めていることも、アレックスは知っていた。この歪んだ三角関係は、彼らの心に複雑な影を落とし続けていた。

アレックスの内面的な成長と、彼が垣間見せた未知の力の片鱗を、ゴランは見逃していなかった。彼は、アースナルズに迫る危機を肌で感じ取り、ミョルニルの覚醒を急ぐ必要があると判断していた。

再び、アレックスは父の執務室に呼び出された。 「アレックスよ。お前はムスペルでの試練を、不完全ながらも乗り越えた。そして、ミョルニルに繋がる力の兆候も見せた」 ゴランは、静かに切り出した。 「今こそ、最後の試練を受ける時だ。ミョルニルがお前を真の主と認めるか、その資格を問うための儀式を行う」 「最後の…試練…」 アレックスは、ゴクリと唾を飲んだ。 「これからお前には、精神感応装置を使い、深層意識の世界へとダイブしてもらう。そこはお前の内なる宇宙。自身の弱さ、恐怖、そして願望が具現化する世界だ。そこで、ミョルニルの意志そのものと対峙し、己の覚悟を示すのだ」 それは、単なる戦闘能力のテストではない。精神的な強さ、意志の力が問われる、最も過酷な試練だった。失敗すれば、精神が崩壊する危険性すらあるという。 「…やります」 アレックスは、迷わず答えた。今の自分なら、乗り越えられるはずだ。いや、乗り越えなければならない。アースナルズを、ナディアを、そして父を守るために。 「うむ。覚悟は決まっているようだな」 ゴランは、厳粛な面持ちで頷いた。 「儀式は、アースナルズ最深部にある『英霊の間』で行う。そこは、ミョルニルのエネルギーと最も強く共鳴する場所だ」

英霊の間。そこは、歴代のサーガ神族の英雄たちが祀られ、そしてミョルニルが安置されている神聖な場所だった。薄暗いドーム状の広間の中央には、あの巨大なウォーハンマー、ミョルニルが、静かに、しかし圧倒的な存在感を放って鎮座していた。周囲の壁には、英雄たちの功績を称えるレリーフが刻まれ、厳かな雰囲気を醸し出している。

アレックスは、白い儀式用のスーツに身を包み、精神感応装置のヘッドギアを装着した。ゴラン、そして特別に立ち会いを許されたナディアが見守る中、アレックスはミョルニルの前に立ち、深く息を吸い込んだ。

「…始めろ」 ゴランの合図と共に、装置が起動する。アレックスの意識は、急速に現実世界から引き離され、光の奔流の中へと飲み込まれていった。

目を開けると、そこは無限に広がる暗闇だった。足元もおぼつかない、不安定な空間。アレックスは、一人、その闇の中に立っていた。 (ここが…俺の深層意識…?)

すると、闇の中から、声が聞こえてきた。それは、かつてシミュレーションで失敗した時の、ドワーリン教官の叱責の声。ミズガルズで命令無視を咎めるバルドル教官の声。そして、ムスペルで自分を見捨てようとした(とアレックスが感じた)父、ゴランの声。過去の失敗やトラウマが、次々とアレックスを責め立てる。

『お前は無力だ!』『お前には何も守れない!』『お前にはミョルニルを持つ資格などない!』

負の感情が、黒い霧のようにアレックスに纏わりつき、心を蝕もうとする。 (違う…俺は…!) アレックスは必死に抵抗しようとするが、霧はますます濃くなるばかりだ。

その時、霧の中から、別の姿が現れた。それは、ロキソニンだった。しかし、その表情は憎悪と嘲りに満ち、歪んでいる。 『やあ、アレックス。まだそんな所で足踏みしているのかい? 君は結局、何も変われない。僕に勝つことも、ナディアを手に入れることもできないのさ!』 ロキソニンの幻影が、アレックスの心を最も深く抉る言葉を投げかける。怒りと憎しみが、アレックスの中で激しく燃え上がった。 「黙れ! ロキソニン!」 アレックスは、幻影に向かって拳を振り上げた。だが、拳は空しく霧を掻き分けるだけだ。怒りに我を忘れそうになった、その時。

闇の中に、一筋の温かい光が差し込んだ。ナディアの声が聞こえる。 『アレックス君…負けないで…あなたの強さは、怒りや憎しみじゃないはずよ…』

ナディアの幻影が現れ、優しく微笑みかける。彼女の存在が、アレックスを闇から引き戻す錨となる。 (そうだ…俺が戦う理由は…憎しみじゃない…守るためだ…!)

アレックスは、心の目を閉じた。そして、自分にとって本当に大切なものを、守りたいと願う存在を、強く、強く念じた。ナディア、父ゴラン、ドワーリン教官、バルドル教官、そしてアースナルズで暮らす全ての人々…。

すると、アレックスの身体から、再び青白い光が溢れ出した。それは、ムスペルで放ったものよりも、遥かに強く、眩い光だった。負の感情の黒い霧が、その光によって浄化され、消え去っていく。ロキソニンの幻影も、苦悶の表情を浮かべながら霧散した。

暗闇が晴れ、アレックスの前に、光り輝く存在が現れた。それは、ミョルニルそのものの意志、エネルギーの化身だった。それは言葉を発しない。だが、その存在は、アレックスに問いかけていた。『お前に、この力を振るう覚悟はあるか?』と。

アレックスは、迷わず答えた。 「ある! 俺はこの力で、大切な全てを守る! そのためなら、どんな困難にも立ち向かう!」

その瞬間、ミョルニルの化身は、眩い光と共にアレックスの身体へと流れ込んだ。アレックスの全身を、雷のような凄まじいエネルギーが駆け巡る。それは、破壊的な力であると同時に、生命の息吹にも似た、温かく力強いエネルギーだった。

現実世界の英霊の間でも、変化が起きていた。安置されていたミョルニルが、激しい電光を放ちながら宙に浮き上がり、アレックスの手へと吸い寄せられるように飛んでいく。アレックスがその柄を握りしめた瞬間、彼の身体を包んでいた儀式用スーツは光に変わり、新たな姿へと変貌した。

それは、ミョルニルの力を体現するかのような、青と銀を基調とした流線形のパワードスーツだった。全身に関節やエネルギーラインに沿って稲妻のような文様が走り、背中にはエネルギー翼のようなものが形成されている。アレックスの髪は逆立ち、瞳は雷光を宿したかのように鋭く輝いていた。

「おお…!」 ゴランが、感嘆の声を漏らす。ナディアは、涙を流しながらその光景を見つめていた。

アレックスは、生まれ変わった自分自身と、手に馴染むミョルニルの確かな重みを感じていた。全身に力がみなぎり、まるで宇宙そのものと一体化したような感覚。彼は、もはや単なる候補生アレックスではない。ミョルニルに選ばれた、真の戦士。

「これからは…俺を『ライトニング・ロード』と呼んでくれ!」

アレックスは、高らかに宣言した。雷の力を宿し、アースナルズを守護する者として、彼はついに覚醒したのだ。

アレックスがミョルニルを覚醒させた、まさにその時。

アースナルズの情報分析室で、ロキソニンは最後の仕上げに取り掛かっていた。彼の指が、驚異的な速度でコンソールを操作する。複雑なコードが次々と打ち込まれ、それはアースナルズの中枢コンピュータシステムの深層部へと侵入していく。

彼が長期間にわたって潜ませていた、強力な自己増殖型コンピュータウイルス。それは、特定のトリガーコードによって起動し、アースナルズのあらゆるシステムを内部から破壊するようにプログラムされていた。

「…時は、満ちた」

ロキソニンは、覚醒したアレックスのエネルギー反応を感知していた。それは計算外だったが、もはや計画を止めるつもりはなかった。むしろ、アレックスが覚醒したこの瞬間こそ、最も効果的だと判断したのかもしれない。

最後のエンターキーが押される。

ウイルスが、解き放たれた。

アースナルズ全域に、甲高いアラート音が鳴り響いた。英霊の間でアレックスの覚醒を喜んでいたゴランやナディアの表情が、一瞬で凍りつく。ブリッジや各部署から、パニックに近い報告が次々とゴランの元へ届き始める。

「ゴラン様! 防衛シールド、原因不明の機能停止!」 「通信網、完全にダウン! 外部との連絡が取れません!」 「エネルギー供給システムに異常発生! 各所で停電が!」 「メインコンピュータへのアクセス不能! 未知のウイルスによる汚染を確認!」

アースナルズは、かつてない危機に瀕していた。外部からの攻撃ではない。内部からの、最も卑劣な裏切りによって、その心臓部を破壊されようとしていたのだ。ステーション全体が、無防備な状態を晒け出す。

ロキソニンは、混乱に陥るアースナルズの状況を、自室のモニターで冷ややかに見つめていた。彼の顔には、満足げな、そして狂気を帯びた笑みが浮かんでいた。

ラグナロクの本当の始まりは、巨人族の襲来ではなかった。それは、たった一人の裏切り者の手によって、今、引き起こされたのだ。


第5章 星々の激突 - アースナルズ防衛戦

アレックスがミョルニルを手にし、『ライトニング・ロード』として覚醒した歓喜は、しかし、一瞬にして絶望的な混乱に塗り替えられた。アースナルズ全域に鳴り響く甲高いアラート音。英霊の間の厳かな照明が明滅し、緊急用の赤色灯が回転を始める。ゴランの持つ通信端末には、ブリッジや各セクションから、矢継ぎ早にパニックに満ちた報告が叩きつけられていた。

「シールド消失!」「通信網ダウン!」「エネルギー供給異常!」――それは、アースナルズという巨大な生命体の神経系と循環器系が、同時に、内部から破壊されたことを意味していた。鉄壁を誇った宇宙ステーションは、今や宇宙の脅威に対して、完全に無防備な状態を晒していた。

「ロキソニン…貴様…!」

ゴランは、歯噛みしながら裏切り者の名を呟いた。息子アレックスの覚醒という希望の光が灯ったまさにその瞬間に、最も卑劣な形で仕掛けられた破滅への序曲。それは、計算され尽くした悪意の表れだった。

そして、その混乱と絶望を待っていたかのように、アースナルズを取り囲む宇宙空間に、突如として無数の巨大な影が出現した。空間歪曲フィールドが解け、ワープアウトしてきたのは、氷の結晶を思わせる異様な形状をした、ヨトゥン(巨人族)の大艦隊だった。その数、ミズガルズで遭遇した偵察部隊とは比較にならない規模だ。旗艦と思しき、山脈のような超巨大母艦を中心に、無数の巡洋艦、駆逐艦、そしておびただしい数の異形な戦闘兵器が、アースナルズへと殺到する。

まるで、傷口に群がるハイエナのように。あるいは、死肉を漁る禿鷹のように。ヨトゥンは、アースナルズが最も弱った瞬間を狙い澄まし、総攻撃を開始したのだ。

「総員、第一級戦闘態勢! 動かせる全ての戦力で迎撃せよ! アースナルズを死守するのだ!」

ゴランの檄が、かろうじて生き残っている緊急回線を通じて、ステーション全域に響き渡る。だが、シールドも失い、統制された指揮系統も麻痺状態にある中で、どれだけの抵抗ができるというのか。多くのサーガ神族の民が、絶望的な状況を悟り始めていた。

しかし、その絶望の闇を切り裂く一条の光があった。英霊の間から、青白い稲妻を纏った一体の戦闘ポッドが、ミョルニルを携えて、猛烈な勢いで宇宙空間へと飛び出していったのだ。

「行かせろ!」

管制室の制止を振り切り、アレックスは覚醒したばかりのライトニング・ロードとして、真っ先に戦場へと躍り出た。彼の新たなパワードスーツは、ミョルニルのエネルギーと共鳴し、周囲に絶えず電光を放っている。

「うおおおおおっ!! アースナルズは、俺が守る!!」

アレックスはミョルニルを構え、迫り来るヨトゥンの先遣隊――無数のサイバネティック・ビースト――へと突貫した。敵機が放つ氷結ビームやプラズマ弾を、スーツが発生させる電磁フィールドで弾き返し、あるいは最小限の動きで回避する。その動きは、以前のアレックスとは比較にならないほど洗練され、力強く、そして速かった。

ミョルニルが一閃されるたびに、稲妻がほとばしり、複数の敵機を同時に貫き、破壊していく。さらにアレックスは、ミョルニルをブーメランのように投擲した。意思を持つかのように、ミョルニルは敵編隊の中を駆け巡り、次々と敵機を粉砕し、そして寸分違わずアレックスの手元へと戻ってくる。

「す…すごい…!」 「ライトニング・ロード…アレックス様だ!」

アースナルズの各所で、戦闘の推移を見守っていた人々が、アレックスの超人的な戦いぶりに息を飲み、希望を見出し始めていた。彼の放つ雷光は、アースナルズを覆う絶望の暗雲を打ち払う、希望の光そのものに見えた。アレックス自身も、ミョルニルとの一体感、全身にみなぎる力強いエネルギーを感じながら、かつてない高揚感と共に戦っていた。これは、単なる破壊の力ではない。守るための力なのだと、彼は確信していた。

しかし、アレックス一人の奮戦だけでは、大局を覆すには至らない。ヨトゥンの攻撃は、波状攻撃となってアースナルズ全域に及んでいた。巨大母艦から放たれる艦砲射撃が、ステーションの外壁を容赦なく打ち砕き、内部へと侵入路を作り出す。そこから、巨人族の兵士や、より大型の戦闘兵器が次々と降下し、ステーション内部での白兵戦が開始された。

アカデミー区画、居住区、工業ブロック…至る所で、サーガ神族の兵士や自警団、そして武器を手にした市民たちが、必死の抵抗を続けていた。銃撃音、爆発音、悲鳴が入り乱れ、かつて平和の象徴だったアースナルズは、地獄の戦場へと変貌していた。

「みんな、しっかり! 私が援護します!」

ナディアもまた、自身の支援用スキッドブラドニルを駆り、激戦区へと駆けつけていた。彼女の機体から放たれる穏やかな黄金色のエネルギー波は、直接的な破壊力こそないものの、この絶望的な戦いにおいて、かけがえのない役割を果たしていた。

彼女のエネルギー波は、ヨトゥンが得意とするサイバネティック兵器の制御システムに干渉し、一時的に機能を麻痺させることができる。異形の獣たちが突然動きを止め、その隙にサーガ神族の兵士たちが反撃する。さらに、そのエネルギーは味方の精神と肉体に作用し、傷の治癒を早め、恐怖心を和らげ、士気を高める効果もあった。

「ナディア先輩! 助かります!」 「ありがとう、ナディア様!」

各地で孤立し、絶望しかけていた兵士たちが、ナディアの支援によって息を吹き返し、再び武器を取る。彼女は、まさに戦場の女神だった。

そんな中、ナディアはアレックスと合流した。二人は、ステーション外壁に開いた巨大な穴から侵入しようとする敵の大部隊を食い止めるため、背中合わせで戦うことになった。

「アレックス君! 無事だったのね!」 「ナディア先輩こそ! 無茶しないでください!」

会話は短く、しかし互いの無事を確かめ合った二人の間には、言葉以上の強い信頼が流れていた。アレックスがミョルニルで前方の敵を薙ぎ払い、ナディアが後方や側面から迫る敵の動きを止め、味方を支援する。雷光と黄金の光が交錯し、二人の連携は驚異的な戦闘力を生み出していた。

「先輩! 右翼から来る大型のやつを!」 「分かったわ! アレックス君は正面に集中して!」

まるで、長年共に戦ってきたかのように、二人の呼吸はぴったりと合っていた。アレックスは、ナディアが傍にいてくれるだけで、力が何倍にも増幅されるような感覚を覚えていた。ナディアもまた、ライトニング・ロードとして覚醒し、力強く戦うアレックスの姿に、誇らしさと、そして深い愛情を感じていた。この地獄のような戦場にあって、互いの存在だけが、確かな支えだった。

だが、その希望に満ちた共闘にも、忌まわしい影が差し込んだ。突如、アレックスとナディアの間に、高速で飛来する機影があった。それは、紛れもなくサーガ神族のスキッドブラドニルの形状をしていた。

「援軍か!?」

アレックスがそう思った瞬間、その機体はナディア機に向けてプラズマキャノンを発射した。

「危ない!」

アレックスは咄嗟にミョルニルを盾にしてナディア機を庇う。プラズマ弾はミョルニルに弾かれたが、その衝撃でアレックス機は体勢を崩した。

「誰だ!? 味方を攻撃するなんて!」

アレックスが叫ぶと、そのスキッドブラドニールはゆっくりとこちらに向き直り、コクピットの通信回線が開かれた。モニターに映し出されたのは、歪んだ笑みを浮かべる、ロキソニンの顔だった。

「久しぶりだな、アレックス。それに、ナディアも」 「ロキソニン! やはり貴様かっ!」 アレックスの怒りが爆発する。 「なぜだ! なぜこんなことをする!? お前もサーガ神族だろうが!」 「サーガ神族? ふん、そんなものに、もはや何の価値がある?」 ロキソニンは嘲るように言った。 「僕は、より大きなものを見ることにしたのさ。旧い秩序は滅び、新たな支配者が生まれる。僕は、その勝者についただけだよ」

ロキソニンの機体は、次の瞬間、形態を変化させ始めた。ホログラム投影とナノマシンによる擬態。それは、まるでヨトゥンのサイバネティック・ビーストのような、禍々しく黒い異形の姿へと変貌した。

「僕の新しい力だ。君のミョルニルと、どちらが上か、試してみようじゃないか!」

ロキソニンは、変貌した機体から、予測不能な軌道を描くエネルギー弾を乱射し、アレックスに襲いかかった。それだけでなく、彼は残存するアースナルズのネットワークに侵入し、アレックス機のセンサーを妨害したり、周囲の味方機に誤情報を流して同士討ちを誘発させたりと、卑劣なハッキング攻撃を仕掛けてくる。

「くそっ! 卑怯な!」

アレックスは、怒りと悲しみに打ち震えながら、かつての友と刃を交えなければならなかった。ライトニング・ロードとしての力は圧倒的だが、ロキソニンのトリッキーな戦術とハッキング能力は、それ以上に厄介だった。正面からの力押しだけでは、彼を捉えることができない。

「アレックス君! 気をつけて!」 ナディアも支援しようとするが、ロキソニンは彼女の能力を熟知しており、巧みにその効果範囲外から攻撃を仕掛けてくる。戦いは、泥沼の様相を呈し始めていた。

一方、アースナルズの最高司令部ブリッジでは、ゴランが苦渋の決断を下していた。戦況は、刻一刻と悪化している。ステーションの損害は甚大で、防衛ラインは各所で突破されつつあった。

「…もはや、これしかあるまい」

ゴランは、ブリッジの戦略マップを睨みつけながら呟いた。彼の視線の先には、アースナルズの軌道上に設置された、最終戦略兵器「グングニール」のアイコンがあった。グングニールは、惑星の地殻さえ貫通すると言われる超長距離・超高威力のエネルギー砲であり、その発射には膨大なエネルギーと、複雑な最終認証プロセスが必要だった。

「グングニールを起動する! 目標、敵旗艦!」 「し、しかしゴラン様! グングニールの発射には、多大なエネルギーが必要です! 現在の供給状況では、ステーション全体の機能を一時的に停止させる危険性が…!」 「構わん! このままでは、いずれにせよ全て失う! 一撃で敵の頭を叩き潰すのだ!」

さらに、グングニールの最終認証プロセスは、自動化されておらず、現地での手動操作が必要だった。そして、その起動シークエンス中は、完全に無防備になるという欠点があった。

「俺が行く」

ゴランは、司令官の座から立ち上がり、傍らに置かれていた旧式の戦闘ポッド用のヘルメットを手に取った。それは、彼が若い頃、前線で戦っていた時に使っていたものだった。 「ゴラン様!? ご自ら!?」 「グングニールを守り、確実に起動させる。それが、今の俺にできる唯一のことだ」

ゴランは、バルドル教官を含む、信頼できる数名のベテラン兵士だけを伴い、ブリッジを後にした。彼の表情には、悲壮な決意が浮かんでいた。

グングニールが設置された軌道上のステーションへと向かう途中、ゴランたちは、凄惨な戦場を目の当たりにした。破壊された味方の機体、宇宙空間に漂う残骸、そして、勇敢に戦いながらも力尽きていく兵士たちの姿。

その中には、アレックスやロキソニンと共にアカデミーで教鞭をとっていた、バルドル教官の機体もあった。彼は、避難する民間人を守るために、多数の敵機を相手に奮戦し、壮絶な最期を遂げたのだ。

「バルドル…すまぬ…」

 ゴランは、戦友の死を悼みながらも、足を止めることはなかった。犠牲はあまりにも大きい。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。未来を、次の世代へと繋ぐために。

ゴランたちがグングニールステーションに到着した時、そこはすでにヨトゥンの集中攻撃を受けていた。ゴランは自ら戦闘ポッドに乗り込み、旧式とは思えぬ巧みな操縦技術で敵機を撃墜しながら、起動コンソールへと向かう。

「グングニール、エネルギー充填開始! 発射シーケンス、起動!」

ゴランの声が、緊迫したステーションに響く。グングールの巨大な砲身が、ゆっくりと敵旗艦へと向けられていく。だが、それを阻止しようと、ヨトゥンの攻撃はさらに激しさを増した。ゴランを守っていたベテラン兵士たちが、次々と被弾し、散っていく。

アースナルズは、文字通り、陥落寸前だった。希望の光は、風前の灯火となっていた。

絶望的な戦況の中、アレックスとナディアは、互いを励まし合いながら、必死に戦い続けていた。アレックスは、父ゴランがグングニールを起動しようとしていること、そして多くの仲間たちが犠牲になっていることを、断片的な情報から察知していた。

「俺が…俺がやらなければ…!」

ライトニング・ロードとしての責任感、守るべき人々への想い、そして裏切り者ロキソニンへの怒り。様々な感情が、アレックスの中で激しく渦巻いていた。

「アレックス君…」 ナディアが、そっとアレックスに呼びかける。その声には、不安だけでなく、強い覚悟が宿っていた。 「最後まで、一緒に戦いましょう。どんなに絶望的でも、希望を捨ててはいけないわ」 「…ああ、そうだな。ナディア先輩」

アレックスは、ミョルニルを強く握りしめた。まだ、終わりじゃない。自分たちがいる限り、アースナルズは、サーガ神族の未来は、まだ終わらない。

だが、彼らの前に立ちはだかる現実は、あまりにも過酷だった。星々の煌めきさえも掻き消すほどの、絶望的な戦いの嵐が、アースナルズを飲み込もうとしていた。


第6章 ラグナロク - 終末の光と再生の誓い

アースナルズの命運は、風前の灯火だった。ステーション内部では未だ激しい戦闘が続き、宇宙空間ではヨトゥンの圧倒的な物量がサーガ神族の残存戦力を蹂躙していた。その絶望的な戦況の中、一条の閃光が宇宙を切り裂いた。ゴランが命を賭して起動した最終戦略兵器、グングニールが火を噴いたのだ。

凄まじいエネルギー奔流が、寸分の狂いもなくヨトゥンの旗艦、スリュム将軍が座乗する超巨大母艦を直撃した。轟音と共に巨大な爆発が起こり、旗艦は眩い光に包まれながら、その醜悪な巨体を宇宙空間に四散させた。ヨトゥン艦隊の指揮系統は完全に麻痺し、一時的にその動きが止まる。

「やった…! ゴラン様が…!」 ブリッジや前線で戦う兵士たちの間に、一瞬だけ歓喜の声が上がった。

しかし、その歓喜は長くは続かなかった。旗艦の爆発の閃光の中から、突如として巨大な影が躍り出たのだ。それは、狼のような頭部を持ち、全身が黒曜石のような装甲と、禍々しい生体組織で覆われた、巨大な四足歩行の機動兵器だった。ヨトゥンが生み出した最終決戦用生体兵器「フェンリル」。その俊敏性は巨体からは想像もつかないほど高く、口からはあらゆるものを溶解させる強酸性のブレスを吐き出した。

フェンリルは、グングニル起動シーケンスを終え、エネルギーを消耗しきっていたゴランの旧式戦闘ポッドに狙いを定め、奇襲をかけた。 「父上!」 アレックスの悲痛な叫びが響く。ゴランは、最後の力を振り絞って応戦しようとしたが、フェンリルの鋭い爪がコクピットを貫いた。

「アレックス…未来を…託す…」

それが、ゴランの最後の言葉だった。彼の戦闘ポッドは、フェンリルを巻き込みながら、大爆発を起こした。サーガ神族の偉大な指導者は、アースナルズに一矢報いるという最後の役目を果たし、壮絶な最期を遂げたのだ。ゴランとフェンリルの爆発は、まるで終末を告げる弔いの花火のように、戦場に悲しい光を放った。

指揮官と旗艦を同時に失い、ヨトゥン艦隊は混乱の極みにあった。このまま撤退するかと思われた、その時。アースナルズの残骸の影から、さらに巨大な、信じられないほどの存在が出現した。

それは、まるで宇宙空間そのものを飲み込むかのように巨大な、蛇。金属と生体組織が融合したような鱗に覆われた、途方もなく長い胴体を持つ、超巨大宇宙戦艦「ヨルムンガンド」。その全長は、アースナルズの直径をも超えるほどだ。その巨大な顎が開かれ、アースナルズの残骸を丸ごと飲み込もうとしているかのようだった。ヨトゥンが、万が一のために用意していた、最後の切り札。文明を喰らい、星々を滅ぼすと言われる、終末の蛇。

ヨルムンガンドの出現は、かろうじて戦意を保っていたサーガ神族の兵士たちに、完全な絶望をもたらした。もはや、抵抗する術はない。アースナルズの、そしてサーガ神族の終焉が、目前に迫っていた。

「…父上の…犠牲を…無駄にはしない…!」

しかし、アレックスは諦めていなかった。父の最期、そして眼前に迫る絶望的な脅威を前に、彼の全身から、これまでにないほどの凄まじい雷のエネルギーが溢れ出す。ライトニング・ロードとしての力が、彼の悲しみと怒り、そして守るべきものへの決意に呼応し、極限まで高まっていた。

「ナディア先輩! みんなを頼みます!」 アレックスは、ナディアに後を託すと、ミョルニルを強く握りしめ、単機でヨルムンガンドへと向かっていった。その姿は、あまりにも小さく、無謀に見えた。

「アレックス君!」 ナディアの悲痛な叫びが、もはやアレックスには届かない。

アレックスは、ミョルニルに全エネルギーを集中させた。彼の身体とパワードスーツが、眩いばかりの雷光に包まれる。 「ミョルニルよ! 俺に力を貸せ! この一撃に、全てを懸ける!!」

ライトニング・ロードの全身全霊を込めた一撃。ミョルニルから放たれた極大の雷撃は、宇宙を引き裂く光の槍となり、ヨルムンガンドの巨大な頭部へと突き刺さった。

ギャアアアアアアアッ!

ヨルムンガンドが、断末魔のような咆哮を上げた。雷撃は、その分厚い装甲を貫通し、内部の中枢システムを破壊したのだ。巨大な蛇の動きが止まり、その巨体はゆっくりと崩壊を始めていく。

やった…! アレックスは、勝利を確信した。だが、その瞬間、崩壊するヨルムンガンドの体表から、無数の微細な針のようなものが射出され、アレックスの機体に降り注いだ。それは、ヨトゥンの最終兵器、自己増殖し標的の細胞組織を内部から破壊するナノマシン兵器――猛毒だった。

「ぐ…あ…っ!?」

アレックスの全身を、激しい痛みが襲う。パワードスーツの装甲を透過したナノマシンが、彼の体内に侵入し、細胞を蝕んでいく。視界が霞み、意識が急速に遠のいていく。ライトニング・ロードの輝きが、急速に失われていった。

「アレックス君!」

ナディアは、宇宙空間を漂う、動かなくなったアレックス機を発見し、必死に駆け寄った。コクピットを開けると、そこには、全身から生気を失い、ぐったりとしたアレックスの姿があった。ナノマシン兵器による汚染を示す、黒い紋様が彼の皮膚に浮かび上がっている。もはや、虫の息だった。

「…死なせない…絶対に…!」

ナディアは、迷わなかった。彼女はアレックスの身体にそっと手を触れると、自らの生命エネルギーの全てを、彼に注ぎ込み始めた。彼女の漆黒の髪は輝きを失い、白髪へと変わり、若々しかった肌には皺が刻まれていく。それは、彼女自身の命を削る行為だった。

黄金色の温かいエネルギーが、アレックスの身体へと流れ込んでいく。ナノマシンの活動が抑制され、破壊された細胞が修復されていく。アレックスの呼吸が、わずかに戻ってきた。しかし、その代償として、ナディアは深い消耗状態に陥り、その場に崩れ落ちそうになる。

「…ナディア…先輩…?」

かろうじて意識を取り戻したアレックスが、変わり果てたナディアの姿を見て、愕然とする。彼女が、自分の命を救うために何をしたのかを悟り、言葉を失った。

その時、二人の前に、ゆっくりと一体の機影が近づいてきた。黒く禍々しい、ロキソニンの機体だった。ヨトゥン艦隊は壊滅状態となり、彼の野望は潰えた。残されたのは、歪んだ憎悪と、最後の標的であるアレックスだけだった。

「…まだ生きていたのか、アレックス。しぶとい奴だ」 ロキソニンの声には、もはや何の感情も感じられなかった。ただ、虚無と憎悪だけが漂っている。 「だが、それもここまでだ。君も、その女も、ここで消えろ!」

ロキソニンは、最後の力を振り絞り、アレックスに襲いかかった。アレックスもまた、ナディアから与えられた命を無駄にしないために、満身創痍の身体を引きずりながら、ミョルニルを構えた。

ライトニング・ロードと、裏切り者ロキソニンの最後の戦い。それは、力と力のぶつかり合いというよりも、互いの信念と感情が激しく交錯する、悲しい戦いだった。

アレックスは、ロキソニンの動きを見切っていた。憎しみに囚われた彼の攻撃は、かつての怜悧さを失っていた。アレックスは、ミョルニルの力で彼の攻撃を受け止め、そして、渾身の一撃を叩き込んだ。

ロキソニンの機体は大きく損傷し、戦闘能力を失った。アレックスは、ミョルニルを振り上げ、とどめを刺そうとする。だが、その瞬間、ロキソニンの素顔――かつての友の顔――が脳裏をよぎり、その動きを止めた。

「…なぜ、こんなことになったんだ…ロキソニン…」 アレックスの声は、怒りよりも、深い悲しみに満ちていた。 ロキソニンは、何も答えなかった。ただ、虚ろな目でアレックスを見つめ返すだけだった。やがて、彼は自嘲するような笑みを浮かべると、損傷した機体をゆっくりと後退させた。 「…さらばだ、アレックス…」 そう言い残し、ロキソニンの機体は、宇宙の深淵へと、自ら姿を消していった。彼がどこへ向かったのか、生きているのか死んでいるのか、誰にも分からなかった。

戦いは、終わった。ヨトゥン艦隊は壊滅し、ヨルムンガンドも崩壊した。しかし、その代償はあまりにも大きかった。サーガ神族の拠点アースナルズは、見る影もなく破壊され、巨大な宇宙の残骸と化していた。ゴランをはじめ、数えきれないほどの命が失われた。

生き残ったのは、アレックス、深い眠りについたナディア、そして、アースナルズの各所で奇跡的に生き延びた、わずかな数の若者たち――アカデミーの候補生や、若い技術者たち――だけだった。彼らは、小型の救命艇や損傷した機体に乗り、呆然と、崩壊した故郷を見つめていた。

宇宙空間に漂う残骸の中で、アレックスは、眠るナディアを抱きしめていた。失われたものの大きさ、背負うことになった重責に、打ちひしがれそうになる。それでも、腕の中に感じるナディアの確かな温もりが、彼を繋ぎ止めていた。

「…終わりじゃない…ここから、始めなければ…」

数日後、生き残った若者たちは、アースナルズの残骸の中から、一つの希望を見つけ出した。それは、ゴランが万が一のために、司令塔の最深部に厳重に保管していた、手のひらサイズのクリスタル・コアだった。それには、「生命の種子シード・オブ・ライフ」と名付けられ、サーガ神族の全ての知識、文化、歴史、そして多様な遺伝子情報が記録されていた。ゴランは、最悪の事態を想定し、未来への希望をこのコアに託していたのだ。

アレックスは、そのコアを手に取り、集まった仲間たちを見渡した。皆、若く、経験も浅い。だが、その瞳には、絶望だけではない、未来を見据える強い光が宿っていた。

「俺たちは、全てを失った。故郷も、多くの仲間も…」 アレックスの声は、まだ弱々しかったが、決意に満ちていた。 「だが、俺たちには未来がある。この『生命の種子』がある限り、サーガ神族は終わらない。ここから、新しい歴史を始めるんだ」

アレックスは、隣で彼を支える、少しずつ回復してきたナディアを見た。彼女もまた、力強く頷き返す。

「行くぞ! 新たな故郷を…俺たちの、新しいアースナルズを創るために!」

生き残ったわずかな者たちを乗せた小型の宇宙船団が、ゆっくりとアースナルズの残骸を後にする。彼らの前途は、果てしなく遠く、困難に満ちているだろう。だが、その船団は、確かに未来へと向かって進み始めた。

ラグナロク――終末の戦いは終わった。しかし、それは完全な終わりではない。破壊の中から、新たな創世が始まろうとしていた。宇宙の片隅で、彼らの小さな船団に、夜明けの光のような、微かな希望の光が差し込んでいた。


『了』



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