第95話 黒翼の降臨
玉座の間は、凄惨な戦場と化していた。
「――ッ! ガハッ……!」
しずくが床を転がる。 瑠璃の大鎌が、
しずくの盾を掠め、肩口の肉を抉り取る。
速い。重い。 そして何より、先ほどの抵抗が嘘のように、
その攻撃には一切の迷いがない。
「殺ス……対象……抹殺……」
瑠璃は完全に制御を取り戻していた。
いや、取り戻されたのだ。
セラフィナの強制介入によって、姉の心は再び闇の底へと沈められてしまった。
「はぁ、はぁ……ッ」
しずくは膝をつき、血走った目で姉を見上げる。
勝てるのか。 姉の魂を信じて、もう一度呼びかける隙などあるのか。
その攻防を、玉座から冷ややかに見下ろす視線があった。
(……気に食わないわね)
セラフィナは、微かに眉を寄せていた。
今の瑠璃の反応。
魔素のみを取り除き、記憶など無いはず。
それなのに、なぜ泣いた? なぜ攻撃を止めた?
(私の支配にバグがあるというの?
……いいえ、ありえない。私の計算は完璧よ)
だとしたら、何か。 愛だの魂だの、
そんな非科学的な不確定要素が、私の絶対支配を凌駕したというのか。
(……不愉快だわ)
少しでもリスクは排除すべきだ。 瑠璃が再びバグを起こし、
万が一にも私が傷つけられるようなことがあってはならない。
私は神になるのだから。 傷一つない、完璧な存在でなければならない。
「……もう、遊びの時間は終わりよ」
セラフィナが玉座から立ち上がる。
その瞬間、部屋の空気が凍りついたように重くなった。
「え……?」
しずくが戦慄し、視線を向ける。
セラフィナが、ゆっくりと階段を降りてくる。
その背後から立ち上る魔力は、瑠璃やセレスの比ではない。
底なしの絶望。 世界そのものを塗りつぶすような、圧倒的な闇。
「私の手で、確実に殺してあげるわ。 姉妹仲良く、塵一つ残さず消えなさい」
「そん、な……」
しずくの顔色が蒼白になる。
無理だ。
暴走した瑠璃を止めるだけでも限界なのに、
ここでセラフィナまで参戦してくるなんて。 勝てるわけがない。
(終わり……なの?)
しずくの心が折れそうになった、その時だった。
コツ……コツ……。
静寂を切り裂く、硬質な音が響いた。
戦場の喧騒には似つかわしくない、優雅で、リズムの整ったハイヒールの足音。
「あら、もう終わりなの?」
凛とした、大人の女性の声。
「私とも遊んでくれないのかしら?」
「――ッ!?」
セラフィナの足が止まる。
しずくが、瑠璃が、同時に音のした方角――入り口の回廊へと視線を向ける。
そこには、一人の女性が立っていた。
漆黒のドレスに身を包み、
長い黒髪をかき上げ、口元には不敵な笑みを浮かべた、魔性の美女。
その姿を見た瞬間、しずくの喉が震えた。
「マ、マルセラ……さん!?」
かつて最恐の名のもとに大暴れした魔法少女。
引退後は医療班長として多くの魔法少女を支えてきた――マルセラ・クルス。
今はもう戦場を退き、医師として皆を守っていたはず。
引退していたはずの彼女が、なぜここに。
「しずくちゃん。 ……随分と、大変そうね」
マルセラは戦場の惨状を見ても眉一つ動かさず、カツカツと歩み寄ってくる。
その体から放たれるプレッシャーは、
セラフィナの闇を押し返すほどに鋭く、強大だった。
「マルセラさん……どうして……」
「後輩のピンチに来ない先輩が、どこにいるのよ」
マルセラはウィンクしてみせると、
暴走状態の瑠璃へと視線を移した。 その瞳が一瞬、悲しげに細められる。
「……瑠璃」
かつての仲間。 才色兼備で、誰よりも真っ直ぐだった少女。
その変わり果てた姿に、マルセラは静かに目を閉じた。
「……しずくちゃん」
「は、はい!」
「瑠璃は、あなたに任せるわ」
マルセラは、しずくの目を見て力強く告げた。
「あの状態の瑠璃を止められるのは、私じゃない。
……魂の奥底で繋がっている、妹のあなただけよ」
「で、でも……! セラフィナが……!」
「そっちの駄々っ子は」
マルセラが、クルリと向き直る。
その視線の先には、不快そうに顔を歪めるセラフィナがいた。
「私が引き受けるわ」
「あら、これはこれは先生」
セラフィナが冷ややかな笑みを浮かべる。
「とっくに引退して、大人しく負傷者の手当てでもしているかと思っていましたが……。 本日は、どのようなご用件でしょうか?」
かつての師と、弟子。 しかしそこには、温かい再会の空気など微塵もない。
「用件? 決まっているじゃない」
マルセラが扇子を開き、口元を隠す。
「教え子がすこーし、おいた、をしたって聞いたのよ。
神様気取りで世界を壊して、友達をお人形にして……。
あまりにも行儀が悪いから、私が責任を持ってお灸をすえてやろうかと思ってね」
「フフフ……お灸、ですか」
セラフィナが肩をすくめる。
「先生、あなたは確かに強かった。
『黒翼の魔女』……全盛期のあなたの魔法は、美しく、芸術的でしたわ」
セラフィナの目が、侮蔑の色に変わる。
「でも、それは過去の話。 もうあなたは老いた。弱くなった。
今の私は、マガツの力を取り込み、全盛期のあなたすら遥かに凌駕している」
セラフィナの背後から、禍々しい闇のオーラが噴き出し、玉座の間を震わせる。
「今のあなたは、私の敵ですらないわ。 見てごらんなさい、そのシワ。
衰えた魔力。……まるで、あの時の美しさがない」
だが、マルセラは動じなかった。 むしろ、憐れむようにフッと笑った。
「……分かっていないわねぇ、セラフィナ」
「なんですって?」
「老いること、衰えること。 傷つき、悩み、それでも足掻くこと。
……人間だからこそ、それは美しいのよ」
マルセラが、黒い翼を大きく広げる。
「永遠の若さ?完璧な力? そんなものを求めて、
心を捨てた今のあなたは……ちっとも美しくないわ」
「――――ッ!!」
セラフィナの表情が凍りついた。
図星だったのか、あるいは自尊心を傷つけられたのか。
彼女の美しい顔が、般若のように醜く歪む。
「……美しくない、ですって?」
「ええ。ただの醜い怪物よ」
ブチィンッ。 セラフィナの中で、何かが切れた。
「……殺す」
セラフィナの手元に、圧縮された闇の球体が生成される。
「老害が……!身の程をわきまえなさい!
その減らず口ごと、消し炭にしてあげるわ!!」
「フンッ」
マルセラもまた、魔力を解放する。
その背後の空間から、無数の黒い羽――魔力刃が出現し、旋回を始める。
「終わらせてあげるわ、先生ッ!!」
セラフィナが叫び、闇を放つ。
「いいえ」
マルセラが不敵に笑い、迎撃の構えを取る。
「――教育の時間よ!!」
ドオォォォォォォォォン!!!!!
黒と黒。 師と弟子。
二つの強大な魔力が正面から激突し、玉座の間が光と闇に包まれた。
その衝撃波の中で、しずくは叫んだ。
「マルセラさんッ!!」
「行きなさい、しずく!!」
爆風の中、マルセラの声が届く。
「瑠璃を救ってあげて!……信じているわよ!」
「……ッ、はい!!」
しずくは頷き、前を向いた。 もう、邪魔者はいない。
背中は最強の師が守ってくれている。
「お姉ちゃんッ!!」
しずくは盾を構え、再び瑠璃へと向き直った。 今度こそ、決着をつけるために。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
流瑠々と申します。
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次回 最強の二人 お願いします。
流瑠々でした。




