第80話 蹂躙の刻
「消えろォォォォォッ!! 邪魔者ォォォォッ!!!」
エリスの絶叫と共に、空間そのものが凶器と化した。
彼女を中心に赤黒い魔力が爆発し、空間に無数の亀裂が走る。
それは回避不能の全方位攻撃、不可視の刃の嵐だった。
「ぐぅッ……! 重てぇな、クソが!」
リサは大剣を必死に振り回し、迫りくる刃を弾く。
だが、見えない斬撃はリサの防御をあざ笑うかのようにすり抜け、
頬を切り裂き、肩当てを削り取る。
「ハァ、ハァ……ッ!」
防ぐだけで精一杯。 攻撃に転じる隙がない。
エリスは一歩も動かず、ただ指先を振るうだけで二人を追い詰めている。
マガツの力を取り込んだその魔力は、底なし沼のように深く、ドス黒い。
「リサ! 闇雲に動かないで! 空間が歪んでいるわ!」
背後でエレナが叫び、風の矢を放つ。
ヒュンッ!
矢はエリスの眉間を捉えたかに見えたが、直前で空間がねじれ、
明後日の方向へ消えた。
「無駄よ」
エリスが退屈そうに指を鳴らす。
ズンッ!!
「がはッ!?」
リサの腹部に、見えないハンマーで殴られたような衝撃が走る。
空間圧縮による打撃。 リサは ボールのように吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「リサ!!」
「フフフ……どうしたの、№2。
その程度で、セラフィナ様の隣に立とうとしていたの?」
エリスがゆらりと歩み寄る。 その濁った赤い瞳には、嗜虐的な色が浮かんでいた。
「滑稽ねぇ。 ガレスもそうだったわ。
最期まで守るなんて世迷い言を吐いて……無様に死んでいった。
あなたも同じ。所詮は口だけの、無能なリーダー気取り」
エリスはリサの傷口を抉るように、言葉のナイフを突き立てる。
「……へっ」
だが、リサは口元の血を手の甲で拭い、ニヤリと笑った。
「なによ?」
「いや……テメェ、ずいぶんと余裕ぶってるけどよ。
ホントにガレスに勝てたのか?」
リサがふらりと立ち上がり、破壊された扉の方を顎でしゃくった。
「現場を見りゃ分かるぜ。アレは戦いの跡じゃねぇ。一方的な攻撃の跡だ。
真正面からやり合ったら、テメェのしょぼい魔法じゃ、あの戦斧は抜けねぇからな」
「ガレスをやったのは、お前じゃねぇな?」
リサの言葉に、エリスの眉ピクリと動く。
「図星かよ。 どうせ、ご主人様に手伝ってもらったんだろ?
お前ひとりじゃ、ガレスには勝てなかったもんなぁ!」
「……黙れ」
「悔しいか? №3!!
魂売ってマガツの力まで借りて、
それでも一人じゃ何もできねぇ半端者がッ!」
ブチィンッ。
エリスの中で、何かが切れる音がした。
「き、さまァァァァァッ!!!!」
エリスが絶叫した。 冷静さを装っていた仮面が砕け散り、
マガツの瞳が憎悪で赤く発光する。
「半端者だと!? この私が!? 思い上がるなよ雑魚がァァァッ!!」
ドオォォォォォン!!
エリスの全身から、赤黒い魔力が爆発的に噴き出した。
それはリサの挑発によって引き出された、彼女の真の力だった。
「死ね! 死ね死ね死ねッ! 肉片になれェッ!!」
エリスが腕を振るうたび、空間そのものが凶器となってリサに襲いかかる。
見えない刃の嵐。防御不能の空間断絶。
「チッ、キレたかよ!」
リサは大剣を風車のように回転させ、炎の渦で迎撃する。
「焔輪破断ッ!!」
轟音。炎と空間が衝突し、衝撃波が空間を揺るがす。
だが、エリスの力は桁違いだった。
「グゥッ……!」
リサの炎がかき消され、肩と太腿が鮮血に染まる。
押されている。
怒りで出力が上がったエリスは、
先ほどまでとは比較にならないほど速く、重い。
「ハァ、ハァ……ッ!」
リサが膝をつく。 そこへ、エリスがトドメの空間圧縮を放とうとした瞬間。
空間の空気がビリビリと震えた。
エリスが苛立ちまぎれに視線を向ける。
そこには、三本の矢をつがえ、
全身から緑色の雷光をバチバチと放つエレナの姿があった。
「風よ、雷よ……我が意に従い、敵を食らう顎となれ!」
エレナが弓を引き絞る。
矢の先端に膨大な魔力が収束し、それぞれが巨大な竜の形を成していく。
「穿ち、食らい尽くせ!
――奥義・嵐雷・三龍咆哮ッ!!!」
ヒュンッ!!!
放たれた三本の矢は、空中で巨大な三体の雷龍へと変貌した。
咆哮を上げ、うねりながら別々の軌道を描き、エリスへと殺到する。
「チッ……小賢しい!」
エリスが腕を交差させ、空間障壁を展開する。
だが、エレナの狙いは単純な直線攻撃ではなかった。
「ガアアアアッ!!」
一体目の龍が障壁に激突し、爆散して強烈な光と煙幕を撒き散らす。
視界が奪われる。
「目くらましのつもり? 甘いわよ!」
エリスは空間感知で、煙の中から迫る二体目の気配を捉えた。
右から、低い軌道で足を狙ってきている。
「そこッ!」
エリスが手刀を振るう。 二体目の雷龍は、エリスに届く直前で空間ごと弾かれ、
明後日の方向へと逸れていった。
「フン、こんなもの……バレバレよ!」
エリスが嘲笑う。 所詮は弓矢。軌道さえ読めば、当たる道理はない。
だが。
「……上よ」
エレナが静かに呟いた。
「ッ!?」
エリスが気づいた時には、遅かった。
爆煙の上空、死角の真上から、最大出力を溜め込んだ三体目の雷龍が、
その顎を大きく開いて落下していたのだ。
「しまッ――」
ドガァァァァァンッ!!!!!
防御が間に合わない。 雷龍がエリスの背中に直撃し、雷光が迸る。
「ぐ、あァァァァァッ!!?」
エリスは壁に激突し、ずるりと崩れ落ちた。
その肩口は黒く焼け焦げ、頬からは鮮血が流れている明確にダメージを負い、
膝をついたのだ。
エレナは深い息を吐きながら、油断なく次の矢をつがえる。
低く、地を這うような声が響いた。
「き、さまァァァァァァッ……!!」
エリスがゆらりと立ち上がる。 その顔は、痛みと屈辱で鬼のように歪んでいた。
自分が……あの方の隣に立つべきこの私が、
格下の弓使いごときに傷を負わされた。
「よくも……よくも私の体に傷をォォォッ!!」
エリスの赤い瞳が、リサから外れ、完全にエレナ一点に固定された。
純粋な殺意の矛先が変わる。
「……いいわ。まずはあなたから処理してあげる」
シュンッ!
エリスの姿がかき消えた。
「しまッ、空間転移だ!」
エレナが反応するより早く、彼女の目の前の空間が裂けた。
「――遅い」
「ッ!?」
至近距離に現れたエリス。 エレナは咄嗟に防御魔法を展開しようとする。
だが、エリスは魔法を使わなかった。
彼女はマガツの力で強化された脚力で踏み込み、エレナの懐へ潜り込むと――
ドゴォォォォッ!!
強化された拳を、エレナの腹部に叩き込んだ。
「が、はッ……!?」
魔法使いとは思えない、重すぎる打撃。
エレナの体がくの字に折れ、肺の中の空気が強制的に吐き出される。
「エレナッ!!」
リサが叫ぶ。
「フンッ!」
エリスはそのまま、よろめくエレナの髪を掴み、壁に向かって投げ飛ばした。
ズガァァン!!
「きゃあぁぁっ!!」
壁に激突し、崩れ落ちるエレナ。
「どうしたの? 自慢の魔法結界で避けてごらんなさいよ!」
エリスが嗜虐的な笑みを浮かべ、倒れたエレナの顔面を靴底で踏みつける。
「ぐぅ、うぅ……ッ」
「弱い! リサも、ガレスも、アンタも! 弱いから、私に踏みにじられるのよ!」
エリスがさらに力を込め、エレナの悲鳴が上がる。
圧倒的な力の差。 絶望的な状況が、二人を追い詰めていく。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
流瑠々と申します。
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次回 守るために お願いします。
流瑠々でした。




