第8話 仲間なき戦列
――数日後。
リサとエリナの厳しい特訓を経て、しずくはついにリサの直属部隊へと顔を出すことになった。
《アークライト》の訓練場。
リサの直属部隊、通称《紅刃隊》が整列していた。
十数名の魔法少女と、その後ろにエクリプスが一列に並び、真剣な眼差しで前方に立つリサを見つめている。
その横に並ぶよう促され、しずくは緊張で喉を鳴らした。
リサが一歩前へ出て、鋭く声を張る。
「聞け。今日からこの部隊に新しい仲間が加わる。……真壁しずく、前へ。」
しずくは背筋を伸ばし、一歩踏み出す。
「ま、真壁しずくです……っ。まだ未熟ですが、がんばります。よろしくお願いします!」
整列した部隊の中に、ざわめきが走る。
「……白封筒……?」
「ほんとに、魔法少女に……?」
小さな声が漏れた。
リサの声が、演習場に響いた。
「静かにしろ。俺が認めた。だからこの場にいる。」
手を横に振り、鋭い視線を列に向ける。
「――アヤメ、ソラ、ミカ。前へ。」
その名を呼ばれた三人の少女が、列から一歩ずつ進み出る。
彼女たちは《紅刃隊》の中でも特に信頼を置かれたメンバーであり、しずくと共に小隊を組むことになる存在だった。
最初に一歩を踏み出したのは、黒髪の少女。
制服の襟をきっちり正し、軍靴の音を鳴らして立つ。
「三条アヤメです。しずく様の副官として、命令に従います。」
無駄のない声音は、まるで規律そのもののように冷静だった。
次に進み出たのは、亜麻色の髪を肩で切りそろえた少女。
視線を足元に落とし、声は抑えられたように静かだった。
「篠原ソラ。……よろしくお願いします……。」
それだけ告げると、彼女はわずかに肩をすくめ、必要最低限の言葉だけを残す。
最後に出てきたのは、小柄で目の大きな少女。
両手を後ろで組み、にこっと笑った。
「水無瀬ミカです! よろしくお願いしまーす!」
リサが腕を組み、全員を睨み渡す。
「以上だ。……解散!」
号令とともに列が崩れ、三人は持ち場へと戻っていった。
しずくは胸に手を当て、思い切って声を出した。
「あの……これから、よろしくお願いします!」
両手でぎゅっと握りしめた拳を開き、三人に向けて右手を差し出す。
アヤメはその手を一瞥し、冷静な瞳で告げる。
「……勘違いしないでください、しずく様。私はリサ様の命令で副官に任じられただけです。
あなたを信頼しているわけではありません。――それを忘れないでください。」
そう言って背を向ける。
ソラはわずかに目を伏せ、言葉を残さない。
ミカは小さく肩をすくめ「……まあ、そういうこと。」と呟き、
小走りに去っていった。
しずくの右手は――差し出したまま、宙に取り残された。
こうして、真壁しずくは正式に《紅刃隊》の一員として迎えられた。
だがその空気は決して温かいものではなく、むしろ張り詰めた氷のようだった。
翌日。
しずくは勇気を振り絞って食堂へ足を運んだ。
整然と並んだ長テーブル、談笑する魔法少女たちの声、金属食器が触れ合う音。
その光景の端に――アヤメ、ソラ、ミカの三人が並んで食事をしているのを見つけた。
喉が詰まるように緊張しながらも、しずくは一歩を踏み出した。
「も、もしよかったら……ごはん、一緒にどうかな……?」
か細い声が震える。
三人の視線が、同時に彼女を向いた。
最初に口を開いたのはアヤメだった。背筋を伸ばし、冷たい眼差しを向ける。
「それは――命令でしょうか?」
「え……いや、そんなつもりじゃ……。」
慌てて手を振るしずくに、アヤメは即答した。
「では、お断りいたします。」
硬い声音に、しずくの胸は小さく潰れるように沈んだ。
ソラは一瞬迷ったように視線を逸らし、
ミカは笑顔を引っ込めて黙々と食事を続ける。
結局、三人は誰も彼女を席に迎えることはなかった。
しずくは俯き、足早に食堂を後にする。
扉の影で立ち尽くしていたところに、柔らかな声が届いた。
「……気にしないで。」
振り返ると、そこにはエリナがいた。
穏やかな眼差しでしずくを見つめ、そっと言葉を重ねる。
「あの子たちも、不安なのよ。あなたが“特例”で選ばれたこと……受け入れるには、まだ時間が必要なんだと思う。」
その優しさに、しずくは小さく頷くことしかできなかった。
その夜。
居室のベッドに横たわりながら、しずくはホロ端末をぼんやりと眺めていた。
画面の中で、ニュースキャスターの声が明るく響く。
《白封筒から生まれた奇跡の魔法少女――真壁しずく》
《新たな希望が人類を救う!》
映し出されるのは、SNSで拡散される「#白の奇跡」の文字。
外の世界は、彼女を英雄のように扱っていた。
――でも、現実は。
隊内では“信用されない異物”として扱われ、仲間にすら受け入れられていない。
「……私、ここにいていいのかな……。」
呟きは誰にも届かず、白い壁に吸い込まれて消えた。
しずくは端末を胸に抱え、静かに瞼を閉じた。
そして数日後。
《紅刃隊》の一員として、しずくは初めて「連携訓練」に参加することになった。
訓練場に展開されたのは、疑似マガツの自律機体。
鋼鉄の巨体が低い唸りを上げ、赤い目をぎらつかせる。
「よし、配置につけ!」
リサが大剣を肩に担ぎ、鋭い声を響かせる。
「前衛はしずく! アヤメは援護、ソラは後衛観測、ミカは補給!
――しずくの号令で動け!」
しずくは深く息を吸い、皆を振り返った。
「お、お願いします……!」
「リサ様の命令ですから、従います。」
アヤメが一歩前に出て、無機質な声音で告げる。
「ですが――私はこの配置が正しいとは思いません。」
ソラは唇を結んだまま俯き、静かに頷くだけだった。
その沈黙自体が「同意」を示すようで、しずくの胸を冷やす。
一方、ミカは笑顔を浮かべたまま肩をすくめる。
「ま、リサ様がそう言うなら従うけどさー。
でも、しずくちゃんに背中預けるのは、正直ちょっとコワいかなー?」
軽い調子の言葉なのに、その裏の拒絶が鋭く刺さる。
三人三様の態度に、しずくは息を詰めた。
――やっぱり、信じてもらえてない。
「動け!」
リサの号令で模擬戦が始まった。
疑似マガツが咆哮を上げ、鋭い触手を振り下ろす。
しずくは咄嗟に右手を掲げた。
「っ、来ないで!」
うっすらと魔素が手のひらに集まる。
――いける、守れる……!
だがその瞬間、ソラの援護展開がわずかに遅れた。
小さく呻く声とともに、魔素の膜が中途半端に張られる。
触手が結界を叩き割り、ミカが後方で声を上げた。
「わっ、やっぱり崩れたじゃん! これ、致命的だよー!」
――これは、一度ひかないと!
焦るしずくは声を張り上げる。
「ミカちゃん! 下がってください!」
「ここは――私が前に出るべきです!」
アヤメが冷たい声で割り込む。
統制の取れない動き。
しずくは必死に前へ出ようとするが、援護は来ない。
触手が横薙ぎに振るわれ、しずくの体が吹き飛んだ。
地面を転がり、肺から空気が絞り出される。
「……っ!」
必死に立ち上がると、アヤメが舌打ちしていた。
「やはり……合うはずがない。」
「それまで!! 訓練終了!」
リサの一喝が響いた。
【評価:失敗。統制喪失。致死率92%】
冷たい判定AIの声が、訓練場に重苦しい響きを残した。
アヤメは息を整え、敬語で冷淡に結論を述べる。
「やはりしずく様の指示では危険です。部隊の維持を第一に考えるなら――再検討が妥当です。」
ソラは視線を逸らし、小さく震える声で呟いた。
「……やっぱり、怖いよ。」
ミカは明るい調子を崩さず、けれど突き放すように笑った。
「ね? 最初からこうなるって分かってたでしょ。」
しずくは拳を握りしめ、唇を噛み切りそうになる。
悔しさと無力感で胸が詰まり、涙が今にもこぼれそうだった。
――でも、言い返す言葉が出てこない。
その様子を遠くから見ていたリサは、大きく息を吐いた。
「……ふぅ。さて、どうするか――見ものだな。」
リサの赤い瞳が、まっすぐしずくを射抜く。
その眼差しには怒りも失望もなく、ただ一つ――“試す”ような光が宿っていた。
――試練は、まだ始まったばかりだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
流瑠々と申します。
しずくは組織の一員として馴染むことができるのか
次回初任務 お楽しみに
もし少しでも「続きが気になる」と思っていただけましたら、
ブックマークや評価で応援していただけるとありがたいでし。
それではまた次回。
流瑠々でした。




