第79話 歪んだ忠義の果てに
「生命の間」に残された、重苦しい沈黙。
それは、嵐が吹き荒れる直前の、張り詰めた静けさだった。
リサは大剣を構え、眼前の敵――エリスへと向ける。
隣にはエレナが立ち、風と雷の魔力を纏わせた弓を引き絞っていた。
「……行くぞ、エレナ。援護頼む」
「ええ。背中は任せて」
「フフッ……」
エリスが口元を袖で隠し、優雅に笑う。
その余裕が、リサの神経を逆撫でする。
「何がおかしい」
「いえ。滑稽だと思って。 ガレスが死に、核も奪われ、仲間も散り散り。
……絶望的な状況で、まだ勝てると思っているの?」
「勝てるさ」
リサが地を蹴った。 爆発的な加速。
大剣が唸りを上げてエリスの首を狙う。
「テメェをぶっ殺して、全部ひっくり返す!!」
「野蛮ね」
エリスは動かない。 剣が届く寸前、彼女の姿が揺らぎ――消失した。
「ッ!?」
「――遅い」
背後。 リサが反応するより早く、空間が裂ける音がした。
エリスの空間切断。不可視の刃がリサの背中を切り裂こうとする。
だが。
ヒュンッ!!
「そこよッ!」
エレナの放った矢が、正確にエリスの眉間へと飛来した。
風の探知能力を持つエレナには、空間の微細な歪みが見えている。
「チッ……」
エリスは舌打ちし、再度転移して矢を躱す。
その隙にリサが体勢を立て直し、追撃の大剣を叩き込む。
「らぁぁぁッ!!」
ドォォォン!!
床が砕け、瓦礫が舞う。 リサとエレナ、二人の連携は完璧だった。
互いの死角を埋め合うコンビネーションは、
ナンバーズの中でも随一。
だが、エリスは止まらない。
「目障りな風だこと……!」
エリスが指を振るうたび、空間がねじ切れ、真空の刃が乱れ飛ぶ。
その威力と速度は、かつてリサたちが知るエリスのものではなかった。
「ぐぅッ!?」
「きゃあッ!」
リサの頬が裂け、エレナの腕から血が飛ぶ。
見えない攻撃の雨。 防御不能の空間断絶が、嵐のように二人を襲う。
「なんだ、こいつの魔力は……!?」
リサが冷や汗を流す。 強い。強すぎる。 ただの空間魔法ではない。
その魔力の質が、どこかドス黒く、粘着質で、底知れないのだ。
「ハァ、ハァ……リサ、気をつけて!
あいつの魔力……人間のものじゃないわ!」
エレナが警告する。
「フフフ、アハハハハ!」
エリスが高笑いと共に、両手を広げた。
その背後の空間から、禍々しい赤黒いオーラが噴出する。
「終わりよ、リサ。 №2の座にあぐらをかいていた、
その首……私が貰い受ける!」
エリスの姿がかき消える。 速い。エレナの目でも追いきれない速度。
「リサ! 上よ!」
エレナの叫び。 リサは反射的に大剣を頭上へ掲げた。
ガギィィィンッ!!!
重い衝撃。 空間の刃を受け止めた大剣が、悲鳴を上げる。
至近距離で鍔迫り合いとなる二人。
「捕まえたぜ……!」
リサはニヤリと笑い、大剣の柄から手を離した。
武器を捨て、がら空きになったエリスの懐へ、拳を握りしめて飛び込む。
「なっ!?」
「まず、一発!!」
ドゴォォォォォッ!!
リサの渾身の右フックが、エリスの顔面を捉えた。
魔力障壁ごと殴り飛ばす、会心の一撃。
「がぁッ!?」
エリスが吹き飛び、壁に激突する。
その衝撃で、彼女が常に目元を覆っていた白い目隠しの布が千切れ飛び、
舞い落ちた。
「へっ、いいザマだ。 そのすましたツラ、拝んでやろうじゃねぇか」
リサが拳を鳴らし、土煙の向こうを睨む。
だが、そこから響いてきたのは、
うめき声ではなく、低く、狂ったような笑い声だった。
「……ククッ、フフフフフ……」
エリスがゆらりと立ち上がる。 長い銀髪が乱れ、顔を覆っている。
彼女が顔を上げた。 その素顔を見た瞬間、
リサとエレナの背筋に氷のような戦慄が走った。
「な……んだ、それは……」
美しい顔立ち。 だが、そこに嵌め込まれていたのは、人間の瞳ではなかった。
白目はドス黒く濁り、瞳孔は爬虫類のように縦に裂け、
鮮血のように赤く発光している。
それは紛れもなく、人類の敵――マガツの瞳だった。
「お前……まさか……」
「綺麗でしょう?」
エリスはうっとりと自分の頬を撫でた。
「素晴らしい力よ。魔力が尽きることがない。
恐怖も感じない。 ……セラフィナ様が、私に下さったのよ」
「セラフィナから、マガツの力を貰っただと……?」
リサが愕然とする。 魔法少女にとって、マガツとは憎むべき敵であり、
人間の尊厳を奪う存在だ。 それを自ら受け入れるなど、魂を売るに等しい。
「堕ちたか、エリス。 魔法少女としての誇りまで捨てたのかよ!」
リサの罵倒に、エリスの表情がピクリと反応した。
「誇り……?」
ギギ、と首を傾げる。 次の瞬間、彼女の顔が怒りで醜く歪んだ。
「誇りがなんだッ! そんなもので
……あの方の隣にいられるとでも思うのかッ!!」
エリスが絶叫した。 それまでの冷徹な仮面が砕け散り、
内側に渦巻いていたドス黒い感情が溢れ出す。
「私は……私が一番、あの方を愛していた!
誰よりも忠実に! 誰よりも長く!
あの方のために手を汚してきた! なのに……!!」
エリスの赤い瞳が、リサを射抜く。
そこにあるのは、純粋な殺意と、焼け焦げるほどの嫉妬。
「どうして貴様が№2なんだッ!!!」
「は……?」
あまりの剣幕に、リサがたじろぐ。
「私は№3……。 どれだけ尽くしても、どれだけ強くなっても!
序列の上では、貴様があの方に近い!
それが……それがずっと、許せなかった!!」
エリスの周囲の空間が、彼女の感情に呼応してバリバリとひび割れていく。
「セラフィナ様の隣に立つのは、私であるべきだ!
貴様じゃない!あの目障りなクラウディアでもない! 私だけだッ!!」
それは、歪んだ忠誠心と、独占欲の成れの果てだった。
彼女が人間を辞めてまでマガツの力を求めた理由。
それは世界のためでも正義のためでもない。
ただ、セラフィナの隣にいる邪魔者を排除し、自分が唯一無二の存在になるため。
「ふざけるな……」
リサが低く唸る。
「そんな……そんなくだらねぇ理由で……!
裏切ったのか! 魂を売ったのかよッ!!」
「くだらないだと……?
貴様に……貴様ごときに私の愛が分かってたまるかァァァッ!!」
エリスが髪を振り乱し、狂乱の叫びを上げる。
「殺してやる……殺してやるッ! ずっと殺したいと思っていた!
今日この時を待っていたのよ!
貴様を肉片に変えて、その汚い席から引きずり下ろす時をねぇッ!!」
ドオォォォォォン!!
エリスの全身から、赤黒い触手のような魔力が爆発的に膨れ上がった。
それは空間を侵食し、
リサとエレナを飲み込もうとする死の世界となって広がる。
もはや、そこには冷徹なエリスはいない。
嫉妬に狂い、愛に溺れた、哀れな怪物がいるだけだった。
「来るぞエレナ! 構えろ!」
「ええ! ……狂ってるわ、あいつ!」
リサが大剣を構え直す。
対話は不可能。 分かり合うことなど永遠にない。 あるのは、殺し合いだけだ。
「消えろォォォォォッ!! 邪魔者ォォォォッ!!!」
エリスの絶叫と共に、空間全てが凶器となって二人に襲いかかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
流瑠々と申します。
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次回 蹂躙の刻 お願いします。
流瑠々でした。




