第77話 蒼き刃の誓い
クラウディアの放った氷結魔法により、
広場の一角は完全な静寂に包まれていた。
「救護班! 今のうちに引き上げるぞ!」
「急げ! ミラ様とシズを確保しろ!」
城壁から降りてきた氷冠騎士団が、
凍りついたマガツの合間を縫って駆けつける。
傷だらけのシズと、意識のないミラは慎重に担架に乗せられ、
城壁の上へと引き上げられた。
「……よかった」
シズは城壁の上で、ミラの無事な寝顔を確認すると、
安堵で気を失うように眠りについた。
それを医療班に任せ、フレデリカは震える足で、
ふらりと歩み寄ってきた主の元へ向かった。
「……クラウディア、様……」
フレデリカの声が震えている。
目の前には、右腕を失い、
代わりに透き通るような氷の義手を装着した、かつての隊長。
その瞳には、以前の虚ろな影はなく、鋭い光が宿っていた。
「……フレデリカ」
クラウディアは静かに名を呼ぶと、
泣き出しそうな副官の体を、
残った左腕と冷たい氷の右腕で、優しく抱きしめた。
「ッ……! クラウディア様……ッ!!」
フレデリカの瞳から、堪えきれずに涙が溢れ出す。
かつて彼女を殴り、罵倒してまで呼び戻そうとした主が、
今こうして帰ってきたのだ。
「……すまなかったな、フレデリカ」
クラウディアは、フレデリカの震える背中をポンポンと叩いた。
「お前に言われて……目が覚めたよ」
彼女は自嘲気味に笑った。
「私は……一番信頼していたあの方に裏切られ、絶望していた。 だが……その絶望にかまけて、私はお前たちという家族を裏切り、奴と同じことをしてしまった」
部下を見捨てて塞ぎ込んでいた自分。
あの日、フレデリカの拳と言葉がなければ、
自分は一生あのテントで腐っていただろう。
「いえ……! いいんです、戻ってきてくださったなら……それだけで……!」
フレデリカが子供のようにしゃくりあげる。
クラウディアは彼女の体を離し、その両肩を掴んで真っ直ぐに見つめた。
「フレデリカ。……泣くな」
「は、はい……」
「君なら、大丈夫だ」
クラウディアは力強く告げた。
「私の不在の間、君は見事に隊をまとめ、前線を支えきった。
君なら……これからも氷冠騎士団を率いていける」
「え……?」
「この防衛線は君に託す。……このまま、人類を守り抜け」
それは、事実上の隊長権限の委譲だった。 フレデリカがハッとして顔を上げる。
「クラウディア様、まさか……一体どこへ?」
「……」
クラウディアの顔つきが変わる。
穏やかな上官の顔から、冷徹な氷の女王の顔へ。
「私は……行くところがある」
彼女の視線は、遥か頭上。
すべての元凶が待つ、ユナイトアーク最上階へと向けられていた。
「クラウディア!」
そこへ、前線指揮を執っていたギルベルトが歩み寄ってきた。
「遅いぞ。待ちくたびれた」
「ギルベルトか。……フン、遅れてすまない」
クラウディアは悪態をつきながらも、懐かしそうに盟友を見た。
「安心してくれ。私だけじゃない。……あの人も、戦場へ帰ってきているぞ」
「なに?」
ギルベルトが眉を跳ね上げる。
その言葉が誰を指すのか、彼女にはすぐに分かったようだ。
「そうか……あの人も、腹を括ったか」
ギルベルトは満足げに頷き、そしてクラウディアの氷の義手を見た。
「……行くのか。あいつの元へ」
「ああ」
クラウディアは頷き、氷の拳を握りしめた。
そこから発せられる冷気は、周囲の空気をピキピキと凍らせるほどに鋭い。
「ここの指揮は任せるぞ、ギルベルト、フレデリカ。
私は……『落とし前』をつけてくる」
彼女の瞳に、静かだが激しい怒りの炎が灯る。
「人類を裏切り、私の誇りを踏みにじった罪……。
皆の代わりに私が執行してくる」
「……分かった」
ギルベルトは何も止めなかった。 ただ、短く、強く告げた。
「任せろ。ここは一匹たりとも通さん。 ……頼んだぞ、クラウディア」
「ああ。吉報を待て」
クラウディアはマントを翻し、
兵士たちが開けた道を通って要塞内部へと歩き出した。
その背中は、かつてないほど大きく、そして決意に満ちていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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次回 因縁の激突 お願いします。
流瑠々でした。




