第73話 戦場に響く叫び
「通さない……ッ!!」
ミラは再起し、影の巨人を疾走させた。
アトミック・イーターもまた、その咆哮に応えるように腕を広げる。
ガシィッ!!
二体の巨人が、真正面から組み合った。
四つの剛腕が互いを掴み、押し合う。
ミシミシミシッ……!! 大気が悲鳴を上げ、
足元の大地が陥没していく。
「ぬ、ぐぅ……ッ!」
ミラは歯を食いしばり、足を踏ん張る。
だが、押されている。 純粋なパワー勝負では、相手が上。
ジリ、ジリと、影の足が後退し、地面を削っていく。
「ミラ様が押し負けている!?」
「援護しろ!」
アヤメたちの銃撃、フレデリカたちの氷魔法、
そして残存する全ての砲台が火を噴いた。
ドガガガガガッ!! ドォォォォン!!
無数の着弾が、アトミック・イーターの横っ面を叩く。
ダメージは通らない。だが、視界を遮り、意識を散らすには十分だった。
巨人が鬱陶しそうに顔を背け、力が一瞬だけ緩む。
(今ッ!!)
ミラはその隙を見逃さなかった。
真正面からの力比べを捨て、相手の懐に滑り込む。
そして、その巨大な胴体に腕を回した。
「ふんぬぅぅぅッ!!!」
影の巨人がブリッジを描く。 数万トンの巨体が、宙に浮いた。
ズガァァァァァァン!!!!!
大地を揺るがす轟音。 バックドロップ。
ミラは伝説の巨獣を、脳天から地面に叩きつけたのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ」
ミラはよろめきながら起き上がる。
優雅なドレス姿のミラが、取っ組み合いの喧嘩の末にプロレス技を決めるなど。
『……こんな野蛮な戦い方、恥ずかしくて死にそうよ』
だが、感傷に浸っている暇はない。
ミラは倒れた巨獣に馬乗りになり、その顔面へ影の拳を振り上げた。
「ここで……終わらせるッ!!」
膝蹴りを叩き込み、拳を雨のように降らせる。
殴るたびに衝撃波が広がり、
緑色の体液が飛び散る。
殺す。殺す。殺す。
原型がなくなるまで殴り続ける。
だが。
ガシッ。
「――え?」
振り下ろしたミラの右腕が、空中で止まった。
アトミック・イーターの太い指が、影の腕を掴んでいた。
見下ろすミラの目に映ったのは、
殴られ続けて陥没したはずの顔面が、みるみるうちに再生していく光景だった。
そして、その裂けた口腔が、ニチャリと笑ったように歪んだ。
「う、そ……」
ブォンッ!!
世界が回転した。 アトミック・イーターは寝転がったまま、
ミラの巨体を片腕だけで軽々と持ち上げ、宙吊りにしたのだ。
それまでの猛攻が、まるで幼児のじゃれ合いだったかのように。
「こ、のぉッ……!」
ミラは空中で身をよじり、反対の手で殴りかかろうとする。
だが、それより速く、怪物はミラの頭を掴み――
ズドンッ!!!!!!
地面に叩きつけた。
「カハッ……!?」
影の中枢にいるミラ本体が、大量の血を吐き出した。
影の巨人は術者と感覚を共有する。
今の一撃は、ミラ自身の頭蓋を揺さぶり、脳震盪を起こさせるのに十分だった。
「あ、が……っ……」
視界が歪む。力が入らない。
そこへ、起き上がったアトミック・イーターが覆いかぶさってくる。
立場が逆転した。 今度はミラがマウントを取られ、
一方的に蹂躙される番だった。
無慈悲な拳が、雨のように降り注ぐ。
一撃ごとの質量が桁外れだった。 影の装甲など意味を成さない。
殴られるたびに漆黒の巨躯が陥没し、
その衝撃は内部にいるミラの全身をハンマーで叩くように粉砕していく。
「ミラ!!」
「ミラ様ァァァッ!!」
障壁から悲鳴が上がる。
見るも無惨な光景。
美しい影の巨人が、殴られるたびに形を崩し、四散していく。
そして。
トドメとばかりに、アトミック・イーターが大きく口を開けた。
狙うは、ミラの喉元。
「や、め……」
ガブッ!!!!
嫌な音が響き渡った。
巨大な顎が、影の巨人の首元に食らいつき、そのまま強引に引きちぎる。
「キヤアアアアアアアアアアア!!!!」
ミラの絶叫。 影は術者と感覚を共有する。
彼女は今、自身の喉が生きたまま噛み砕かれる激痛に襲われていた。
怪物は首を大きく振ると、食らいついた影の肉を、強引に引きちぎった。
ブチブチと何かが千切れる音と共に、巨人の首の左半分が消失する。
そして――あろうことか、怪物はその口に含んだ黒い塊を、
ごくりと喉奥へ嚥下した。
ミラの魔力を、魂の一部を、食らった。
満足げな咆哮。
用済みとばかりに、アトミック・イーターはボロボロになった影の巨人を掴み上げ、ゴミでも捨てるかのように地面へと投げ捨てた。
「ミラ……ッ」
ギルベルトが声を詰まらせる。
シズとアメリーは、顔面蒼白で震え、声すら出せない。
目の前には、圧倒的な勝者として君臨する巨人の悪魔。
防衛線最強の戦力が、完膚なきまでに敗北した瞬間だった。
その頃、ユナイトアーク内部・臨時医療室。
「はぁっ、はぁっ……! ガーゼ! 止血止め、急いで!」
「次! こちらの搬送をお願いします!」
アンナは、血と消毒液の臭いが充満するテントの中で、必死に手を動かしていた。
戦場での力は弱くとも、自分にもできることがあるはずだと、
志願して治療班に加わっていたのだ。
続々と上から運ばれてくる負傷兵たち。
食いちぎられた手足、焼け焦げた皮膚。 戦況が悪化しているのは明らかだった。
その時、救護兵たちの会話が、アンナの耳に入り込んだ。
「……おい、見たか。あれ……」
「ああ……あのミラ様が……」
「ミラ様が、やられそうだ……」
「なに!? まずいぞ、あの方が崩れたら前線は……」
アンナの手が止まった。 包帯が手から滑り落ちる。
(……え?)
お姉ちゃんが あの無敵のお姉ちゃんが、やられる?
「お姉ちゃん!」
アンナの頭が真っ白になった。 思考よりも先に、体が動いていた。
「あっ、おい君!!」
制止する看護兵の声を振り切り、アンナはテントを飛び出した。
目指すは、爆音と悲鳴が轟く、城壁の上。
「おい! 君、待ちなさい!」
廊下ですれ違うエクリプス隊員たちが声をかけるが、アンナの耳には届かない。
心臓が破裂しそうなほど脈打ち、息が切れる。 それでも足は止まらなかった。
上層への階段前。 警備に当たっていたエクリプスの兵士が、立ちはだかった。
「おい、その子を止めろ!!」
「君! ここから先は最前線だ! 危ない、駄目だ!」
兵士たちが銃を構え、壁となって道を塞ぐ。
普通の少女なら、ここで足がすくむはずだった。
だが、今のアンナの瞳には、姉と同じ金色の炎が宿っていた。
「――そこをどきなさい!!」
アンナが叫んだ。 その凛とした声、射抜くような眼光。
兵士たちは一瞬、目の前の小柄な少女の背後に、
あの冷徹なミラの幻影を見た気がして、たじろいだ。
「え……ッ?」
その一瞬の隙を突き、アンナは兵士たちの脇をすり抜け、階段を駆け上がった。
「あ、おいッ!?」
もう誰にも止められない。
アンナは重い鉄扉を押し開け、外の世界へと飛び出した。
そこは、地獄だった。
「撃てぇぇぇッ!!」
「ギャアアアアッ!!」
鼓膜をつんざく爆音。
頭上を飛び交う魔術の光弾と、降り注ぐ銃弾の雨。
視界を埋め尽くすマガツの波。 そして、鼻をつく濃厚な鉄錆と肉の焼ける臭い。
「っ……ぅ……」
これが、戦場。 足が震える。胃液がせり上がってくる。
こんな恐ろしい場所に、お姉ちゃんはずっと立っていたのか。
「はぁ、はぁ……どこ……お姉ちゃん……」
アンナは恐怖をねじ伏せ、硝煙の中を走り出した。
「……アンナ!?」
戦場で指揮を執っていたリリアが、場違いな少女の姿に気づき、血相を変えた。
「おい! ミカ! アヤメ! アンナだ! アンナを止めろ!! 死ぬぞ!!」
「はぁ!? なんでここに!」
「ミカ、追いますよ!」
アヤメとミカが前線を離れ、全速力で追いかける。
「アンナ! 戻れ! 危ない!!」
「ダメだ! 行くなァッ!!」
背後からの制止も、今のアンナには届かない。
彼女はひたすらに走り、城壁の最前線、縁へとたどり着いた。
そして、見てしまった。
眼下の荒野。 瓦礫の山に投げ出された、ボロボロの影の巨人を。
「……ッ!!」
アンナは手すりに身を乗り出し、喉が裂けんばかりに叫んだ。
「お姉ちゃぁぁぁぁぁぁんッ!!!」
その悲痛な叫びが、轟音渦巻く戦場に響いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
流瑠々と申します。
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次回 血塗れの誓い お願いします。
流瑠々でした。




