第66話 地獄の蓋
下界での騒ぎなどどこ吹く風。
セラフィナは優雅にティーカップを傾け、
空中に浮かぶ巨大モニターを眺めていた。
画面には、制圧された中央管理室から、
アヤメたちが必死に訴える姿が映し出されている。
「……全職員へ告ぐ。
これが、セラフィナが隠蔽した真実です」
暴露される実験映像。
亡くなった少女達。
ゼノンの狂気。
セラフィナの横に控えていたエリスが、
無表情に呟いた。
「セラフィナ様。ネズミが入り込んだようです」
「ズズッ……。そうね」
セラフィナは紅茶を啜り、
退屈そうに吐息を漏らす。
「騒がしいネズミだこと」
その時だった。
巨大な扉が、
乱暴に押し開けられた。
「セラフィナ様!!」
駆け込んできたのは、
中央軍の制服を着た幹部将校だった。
彼は血相を変え、
震える指でモニターを指差した。
「あ、あれはいったいどういうことですか!?
我々は聞いていない!
総統閣下がマガツを作っていたなど……それに、あの非人道的な実験は!」
セラフィナは視線すら向けない。
カップの縁を指でなぞりながら、
独り言のように呟く。
「この茶葉、少し蒸らしすぎたかしら。
渋みが強いわ」
「無視するな!!」
幹部が激昂し、腰の拳銃を抜いた。
黒い銃口が、新世界の神へと向けられる。
「答えろ! 我々は、正義のために戦っていたはずだ!
それを貴様らは……ふざけるなッ!!」
殺気が支配する。
だが、セラフィナはふぅ、と紅茶の湯気を吹いただけだった。
「セラフィナ様」
エリスが一歩前に出ようとする。
「目障りな害虫を、処分してきましょうか?」
「いえ、放っておきなさい」
セラフィナは穏やかに微笑む。
「私の体も、だいぶ馴染んできたわ。
……こうなることは遅いか早いかだけの違いよ」
「なにを……訳の分からんことを!!」
幹部が引き金に指をかけた、その瞬間。
パチン。
セラフィナが、軽く指を鳴らした。
ゴリュッ。
湿った音が響く。
幹部の首が、
ありえない方向へねじ切れていた。
幹部の体は、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。
首から上だけが真後ろを向き、
虚ろな目が天井を見上げている。
銃が床に落ちて、乾いた音を立てた。
「……さて」
セラフィナは死体など存在しないかのように、
何食わぬ顔でエリスに向き直った。
「エリス。あなたにやってもらいたいことがあるわ」
「承知しております。『生命の間』ですね?」
「そう。この体を維持し、完全な神となるためには、
あそこのコアが必要なの。
……お願いね」
「お任せください」
エリスは深く一礼し、退室していった。
広い部屋に、セラフィナ一人と、物言わぬ死体が一つ。
彼女は残った紅茶を飲み干すと、
ふふっと楽しげに笑った。
「もう、あなたたちも用済みなの。……ご苦労様」
彼女は立ち上がり、窓の外――
眼下に広がる要塞を見下ろした。
そして、歌うように詠唱を紡ぐ。
「――目覚めなさい。深淵に眠る、飢えた子供たちよ」
彼女の指先から放たれた魔力が、
遥か地下深くまで浸透していく。
旧ユナイトアーク地下最深部。
隠し研究所。
厳重に封印されていた数百のケージ。
その電子ロックが一斉に赤く点滅し、そして――。
カシャ、カシャ、カシャ、カシャ……!!
解錠音が連鎖する。
「グルルルルル……!!」
「ギャアアアアアア!!」
鉄の扉が弾け飛び、
暗闇から無数の赤い目が光った。
何百体ものマガツが、
抑えきれない殺意と共に解き放たれる。
それらは雪崩のように通路を駆け抜け、
新鮮な肉を求めて地上へと走り出した。
地獄の蓋が、今、開かれた。
中央管理室。
「出てこい! 反乱分子ども!」
「ドアを破壊しろ! 爆破するぞ!」
放送室の外は、すでに駆けつけた武装兵たちによって、
完全に包囲されていた。
ガンッ! ガンッ!
重厚な扉が激しく叩かれ、
蝶番が悲鳴を上げている。
「さすがにこれ以上は……!」
ミカが入り口にデスクを積み上げ、
バリケードを築きながら叫ぶ。
アヤメはコンソールの前で、歯噛みした。
「放送は成功しました。
ですが……包囲されるのが早すぎる」
「どうする!? このままじゃジリ貧だよ!」
「ソラがゲートを開けるまで、ここで耐えるしか――」
アヤメが言いかけた、その時だった。
扉の向こうで、バーナーの青い炎が隙間から差し込み、
ロックを焼き切り始めた。
もうもうと立ち込める白煙の中から、
数人の重武装兵が銃を構えて突入しようとした。
「よし!もう少しだ!!」
「万事休すか……ッ!」
ミカがアヤメを庇うように立ち塞がり、
覚悟を決めたその時。
「ぎゃああああああああ!!」
突如、先頭にいた兵士が悲鳴を上げ、
見えない力に引かれるように後ろへ引きずり込まれた。
「な、なんだ!? うわああっ!?」
「やめろ、来るな! ぎゃああああっ!!」
「撃てッ! 撃てぇぇぇ!!」
廊下が、瞬時に阿鼻叫喚の地獄と化した。
硝煙の向こうに見えたのは、
突入部隊の背後から襲いかかる、異形の影。
黒い筋肉、赤い目、鋭利な爪。
マガツだ。
それも一体や二体ではない。
「な、なんでこんなところにマガツが!?」
ミカが目を見開く。
兵士たちはパニックに陥り、
アヤメたちへの攻撃どころではなくなっていた。
四方八方から湧き出る獣の群れに、
次々と食い殺されていく。
アヤメが青ざめた顔でモニターを確認する。
要塞内の至る所で、
赤い警告灯が点灯していた。
「セラフィナだわ……」
「え?」
「地下の研究区画が開いてる。
あの女……自分の秘密を知った兵士ごと、
すべてを食い尽くさせるつもりだわ!」
中央管理室の前は、血の海と化した。
だが、それはアヤメたちにとっては唯一のチャンス。
「ミカ、行きますよ。今しかない!」
「はぁ!? あの中を突っ切るの!?」
「マガツが暴れている混乱に乗じれば、牢へ行けます!
捕まっている仲間たちを解放し、戦力を確保するのです!」
アヤメは腰の拳銃を抜き、
決然とした目でミカを見た。
「ここで死ぬか、死ぬ気で生き残るか。
……選ぶ暇もありませんよ!」
「……っ、上等じゃん!」
ミカが獰猛に笑う。
彼女は閃光弾のピンを抜き、
入り口のマガツへ投げつけた。
カッ!!!
「走れぇぇッ!!」
視界を奪われ怯む獣の脇を、
二人は猛ダッシュで駆け抜けた。
悲鳴と咆哮が渦巻く回廊へ、
彼女たちは自ら飛び込んでいった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
流瑠々と申します。
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次回 反撃の声 お願いします。
流瑠々でした。




