第65話 闇を裂く告発
「おい、動くなッ!!」
突然の怒鳴り声に、三人の足が止まる。
心臓が口から飛び出しそうになる。
だが、声は彼女たちに向けられたものではなかった。
「……離して! 私は何もしていない!」
廊下の向こう。 数人の中央軍兵士が、
一人の魔法少女を取り押さえ、引きずっていくところだった。
彼女はまだ十代半ばだろう。
抵抗しようとしているが、魔力封じの手錠をかけられ、無力化されている。
「うるせぇ!反乱分子だ、牢へ放り込め!」
兵士が少女の腹を蹴り上げる。 うめき声を上げてうずくまる少女。
「ひどい……」
ミカが思わず前に出ようとする。 アヤメがその腕を強く掴んで止めた。
「……ッ」
ミカがヘルメット越しにアヤメを睨むが、
アヤメは微かに首を振った。
今ここで騒ぎを起こせば、作戦は失敗し、全員が死ぬ。
一行は息を殺し、物陰からその様子を見送るしかなかった。
兵士たちが少女を引きずり込んだ先。 そこは、牢獄エリアだった。
鉄格子の向こうには、すでに多くの人々が押し込められていた。
セラフィナの方針に異を唱えたエクリプス隊員たち。
そして、逃げ遅れた魔法少女たち。
彼らは武器を取り上げられ、
狭い檻の中で、いつ来るかわからない処分の時を待っていた。
「……こんなの、間違ってる」
ソラが震える声で呟く。
「ええ。……だから、変えるのです」
アヤメは冷徹な声で、しかし内には煮えたぎるような怒りを秘めて言った。
「今は助けられない。でも、必ず全員ここから出してみせます」
アヤメは視線を上げる。 目指すは、この支配構造の中枢――中央管理室
その表情は、かつてないほど厳しく、張り詰めている。
「……行きましょう。
セラフィナの嘘を暴き、内側から崩壊させるのです」
アヤメは、言葉を続けた。
これから下す決断の重さを、噛み締めるように。
薄暗い廊下の分岐点。
アヤメは足を止め、厳しい表情で二人に告げた。
「ここからは二手に分かれます」
アヤメが指を二本立てる。
「第一目標は告発。
中央管理室を制圧し、真実を伝えます。
そして第二目標は正面ゲートの開放。
……ですが、恐らくシステム上からの操作はロックされています」
「じゃあ、どうやって開けるの?」
「直接、正面ゲート脇にある機関室へ入り、手動レバーを引くしかありません」
アヤメの視線が、ユナイトアークの入り口方向――
地上エリアへと向けられる。
「ですが、あそこは敵の防衛ラインの最前線です。
警備の数は桁違いでしょう」
「……私が、行きます」
ソラが小さく、しかしはっきりと手を挙げた。
「ソラ? 何言ってんの!
あそこは一番敵が多い場所だよ! 一人じゃ……」
ミカが驚いて止めようとするが、ソラは首を横に振った。
「放送室の制圧には、アヤメちゃんと、
ミカの戦闘力が不可欠だよ。
……隠れて進むのなら、私が一番得意だから。」
ソラはヘルメット越しに、
自分の震える手をぎゅっと握りしめた。
「しずくちゃんたちの道を、私が開きます。
もう……誰も死なせたくないから」
その瞳に宿る光を見て、アヤメは息を呑んだ。
いつの間にか、彼女もまた戦士の顔になっていた。
「……分かりました」
アヤメはソラの肩に手を置き、
強く、痛いほどに握りしめた。
「私たちは中央管理室を占拠し、真実を暴露して敵を撹乱します。
派手に暴れて注意を引きつけますから……その隙をついてください」
アヤメの声が、わずかに震える。
「……ソラ、頼みましたよ」
「はい!」
「死ぬなよ、ソラ! 絶対だぞ!」
ミカが涙声で叫ぶ。
三人は分岐点で拳を合わせ、互いの体温を確かめ合った。
そして、もう振り返らなかった。
それぞれの戦場へと、走り出した。
ソラと別れたアヤメとミカは、
情報統制区画を目指した。
カツ、カツ、カツ……。
中央軍の兵士たちが行き交う廊下。
二人は背筋を伸ばし、堂々と歩く。
心臓が早鐘を打っているが、
それを悟られてはならない。
すれ違う兵士たちの視線。
「お疲れ様です」と軽く敬礼を交わし、
一切の隙を見せずに通り過ぎる。
背中に冷や汗が伝う感覚。
一歩踏み外せば、即座に死が待っている。
エレベーターに乗り込み、上層へ。
扉が閉まり、密室になった瞬間、
張り詰めていた空気が、わずかに緩んだ。
「ふぅー……ッ」
ミカが大きく深呼吸をする音が聞こえた。
ヘルメットのバイザー越しでも、彼女の顔色が悪いのが分かる。
「……緊張してる?」
アヤメが視線を向けずに尋ねる。
「そりゃね。……心臓が口から飛び出そう」
ミカは苦笑交じりに答え、
自分の太ももをパン! と叩いた。
「でも、ソラがあんなに頑張ってるんだ。
お姉さんぶってた私がビビってちゃ、格好つかないでしょ」
「ええ。……その意気です」
チン、と軽やかな電子音が鳴り、扉が開く。
そこは、情報統制区画への入り口。
厳重なセキュリティゲートで守られた、最後の難関だった。
「止まれ」
ゲート前に立っていた二人の重武装警備兵が、
鋭い声と共に銃を構える。
その銃口は、迷いなく二人の眉間に向けられていた。
「所属とIDを提示しろ」
アヤメは歩みを止めず、
自然な動作で懐へと手を入れた。
カードキーを取り出すフリをして、
一歩、また一歩と距離を詰める。
「特務情報班です。
緊急のデータ更新命令により参りました」
「聞いていないぞ。確認する」
警備兵の一人が疑念を抱き、インカムに手を伸ばした。
その指がスイッチに触れるか触れないか――その刹那。
「――失礼」
ズッ!
アヤメが踏み込んだ。
人間離れした速度ではない。
だが、極限まで練り上げられた「不意打ち」の一撃。
右側の警備兵の喉元へ、鋭い掌底が突き刺さる。
「ごふっ……!?」
声帯を潰され、声が出せなくなったところを、
即座にミカが動いた。
「おりゃあッ!!」
もう一人の警備兵が反応して引き金を引くより早く、
ミカは懐へ飛び込み、全体重を乗せたボディブローを叩き込む。
防弾チョッキの上からでも内臓を揺らす衝撃。
くの字に折れ曲がった相手の首を抱え込み、
音もなく締め落とした。
「……ふぅ。クリア」
ドサッ、ドサッ。
二人の兵士が音もなく崩れ落ちる。
彼女たちは手早く兵士を引きずり、物陰に隠した。
奪ったIDカードをリーダーに通すと、
ゲートが電子音と共に開かれた。
「……行きますよ、ミカ」
「いつでも!」
二人は呼吸を合わせ、
重厚な扉を一気に押し開けた。
「動くなッ!!」
ミカが銃を構えて飛び込む。
室内にいた数名のオペレーターたちは、
突然の侵入者に悲鳴を上げる間もなく、
手を挙げて凍りついた。
「抵抗するな! 壁際に並べ!」
ミカが威嚇しながら全員を拘束していく。
その隙に、アヤメはメインコンソールへと飛びついた。
「確保完了! アヤメ!」
「よし!」
アヤメは震える手で、
ギルベルトから託されたUSBメモリをスロットに差し込んだ。
キーボードを叩く指が、
残像が見えるほどの速度で走る。
「セキュリティ突破……システム掌握。
回線、ジャックします!
全館のモニター、およびスピーカーへ強制出力!」
画面上のプログレスバーが満タンになる。
アヤメはマイクを鷲掴みにすると、
エンターキーを拳で叩き込んだ。
「――聞いてください、ユナイトアークの皆さん!」
アヤメの声が、施設中の廊下、食堂、執務室、
そして全ての個室に響き渡った。
同時に、あらゆるスクリーン、ホログラム、携帯端末が、
強制的に切り替わる。
映し出されたのは、地獄の記録だった。
薄暗い地下施設。
培養液で満たされたカプセルの中に浮かぶ、
亡くなっている魔法少女たちの姿。
皮膚がただれ、骨格が歪み、
見るも無惨な姿の「マガツ」へと変貌させられていく実験体の写真。
さらに、その傍らで実験データを満足げに見つめ、
ワイングラスを傾けるゼノン・レイブン総統の姿。
「これが、あなたたちが命を懸けて守ろうとしている
組織の裏側です!」
アヤメの悲痛な叫びが、
スピーカーを通して要塞全体を揺さぶる。
「セラフィナ・クレストは、これら全ての実験を
魔法少女の仕業だと発表しました。
ですが見てください!
これは総統も関与していた、組織ぐるみの計画だったのです!」
「彼女は魔法少女達に罪をなすりつけ、
真実を闇に葬ろうとしています!
目を覚ましてください!
私たちが戦うべき本当の敵は――」
施設内が騒然となる。
「おい、なんだこれは……」
「嘘だろ……総統閣下が、マガツを作っていたのか?」
廊下で足を止めた兵士たちが、
モニターを食い入るように見つめる。
彼らの瞳から、戦意が急速に抜け落ちていく。
「俺たちは、なんのために戦ったんだ……?」
「あいつらは……人間だったのか?」
銃を下ろす者。
その場に座り込む者。
嘔吐する者。
彼らが信じ、縋っていた正義という名の土台が、
ガラガラと音を立てて崩れ去ろうとしていた。
その動揺の波は、要塞の隅々まで伝播し、
やがて取り返しのつかないうねりとなって広がっていく。
だが、アヤメたちはまだ知らなかった。
この告発さえもあざ笑う、真の悪夢が
玉座で微笑んでいたことを。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
流瑠々と申します。
もし「続きが気になる」と思っていただけましたら、
ブックマークや評価で応援していただけると、がんばれます。
次回 地獄の蓋 お願いします。
流瑠々でした。




