第61話 あの青い空へ
四人は、マガツ領域をひた走った。
日は完全に沈み、
空はドス黒い紫色に染まっている。
いつマガツが襲ってきてもおかしくない死の世界。
だが、奇跡的に遭遇はなかった。
前方に、朽ち果てたビルのシルエットが浮かび上がる。
かつて掃討戦の時、
リサとアヤメとしずくの三人で話した、
あの廃墟だ。
「……おーい! こっちだ!」
リサが、しずくたちの姿を見つけ、
瓦礫の山から駆け下りてくる。
「リサさん!」
「よかった……無事だったか!」
リサは安堵の表情で駆け寄るが、
しずくたちが担いでいる黒い塊を見て、
その顔色が凍りついた。
「おい……嘘だろ……?」
「リサさん! ライラさんが危ないんです!
すぐに医療班を!」
アヤメの悲痛な叫びに、リサが弾かれたように動き出す。
「こっちだ! 奥に救護テントがある!急げ!!」
リサの先導で、廃ビルの1階、
かつてエントランスだった広い空間へと運び込まれる。
そこにはビニールシートや布で仕切られた簡易的なテントが立ち並び、
負傷した魔法少女が横たわっていた。
鼻をつく消毒液と、鉄錆のような血の臭い。
「マルセラ! 急患だ! こいつを頼む!!」
リサが一番奥のテントの幕を乱暴に開ける。
「騒がしいわね!こっちは手一杯なのよ!」
白衣を血で汚したマルセラが怒鳴り返すが、
担架に乗せられたライラを見た瞬間、
その表情が厳しく引き締まった。
「……ここへ寝かせて」
しずくたちは慎重に、
ライラを簡易ベッドへと移す。
その体は炭のように黒く変色し、
皮膚はひび割れ、ピクリとも動かない。
「……っ」
マルセラは即座に診断魔術を展開する。
緑色の光がライラの全身を包むが、
その輝きは弱々しい。
テントの外には、
騒ぎを聞きつけたギルベルト、ミラ、
そしてライラの部隊である蒼炎拳団のメンバーたちが集まってきていた。
誰もが息を殺し、テントの隙間から中の様子を窺っている。
数分後。
マルセラの緑色の光が、ふっ、と消えた。
「……先生?」
リサが縋るように問う。
マルセラは深く息を吐き、リサの方を向いた。
そして、誰にもわからないように、わずかに首を横に振った。
(……もう、助からない)
その目はそう告げていた。 心臓が完全に焼き切れている。
肉体の炭化も深部まで達している。
今の魔術をもってしても、崩れゆく命を繋ぎ止めることは不可能だった。
「……そん、な……」
リサが拳を握りしめ、唇を噛み切る。
しずくも、その意味を悟り、膝から崩れ落ちそうになるのをソラに支えられた。
「……わたしにできるのは、苦痛を取り除いて、意識を呼び戻すことくらいよ」
マルセラが静かに告げ、最後の魔力をライラの額へと注ぎ込む。
「……ん、ぁ……」
「気がついた! ライラ!」
リサがベッドの脇に膝をつき、呼びかける。
ライラがゆっくりと、重い瞼を持ち上げた。
その瞳は白く濁り、もう焦点は合っていない。
「あれ……ここは……?」
「ライラさん! 分かりますか!」
「隊長!」
テントの外から、副官アイリスをはじめとする部下たちが雪崩れ込んでくる。
「……リサ、か? それに……みんな……」
ライラが、力なく口元を緩めた。
そこへ、ギルベルトが静かに歩み寄り、片膝をついてライラの顔を覗き込んだ。
「ライラ。……よくやった」
「ギルベルト……?」
「君のおかげで、想定の何倍も犠牲者が少なかった。……ありがとう」
ギルベルトは、震える声で告げた。
「君の隊の犠牲者は、ゼロだったよ」
それは、優しい嘘だったかもしれない。
だが、今のライラにとって、それは何よりの朗報だった。
「そうか……。ゼロ、か……。うん……よかった……」
ライラは安堵したように息を吐く。
その瞬間、しずくの右目が見た。
ライラの体内で輝いていた最後の魔素が、フッと揺らぎ、消えかかっているのを。
「……ライラ」
ミラが声をかける。
「ミラ……?」
「……体は、痛くない?」
「うん……大丈夫……。なんだか、フワフワして……平気だよ」
「そう……」
ミラは顔を背け、テントの壁を向いた。
その華奢な肩が、小刻みに震えている。
その横で、シズが何も言わず、
支えるようにそっと彼女の肩に手を添えていた。
「……あなたがいた日々、うるさくてたまったもんじゃなかったわよ。
……でも。……退屈は、しなかったわ」
「へへ……。そりゃあ、どうも……」
ミラが壁に向かって泣いているのを感じ取ったのか、
ライラは困ったように笑い、そして誰かを探すように名を呼んだ。
「……アイリス。……いる?」
「はい……。 ここにいますよ、ライラさん……。」
蒼炎拳団の副官、アイリスが泣きながら駆け寄り、
ライラのもう片方の手を握りしめる。
「アイリス。……申し訳ないけど、今日から隊を頼むね。
……私、ちょっとダメみたいだから……」
「ライラさん……! そんなこと言わないでください!
嫌です、隊長はあなたしか……!」
「頼んだよ……。あんたなら、できる……」
テントの中ですすり泣く声が響く。 ライラの視界が、急速に暗くなっていく。
「……しずくちゃん」
「はい」
「助けてくれて、ありがとうね」
ライラは、見えない目でしずくの方を向いた。
「あんな寂しい地下で……あんな気持ち悪いガラス野郎と一緒になんて、
御免だったからさ……。 みんなのそばで……よかった……」
「ライラさん……ッ!」
しずくの目から、涙が溢れ出す。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーーーーー……。
マルセラの魔道モニターが、無機質な警告音を鳴らし始めた。
「……っ! 心拍低下! 魔素反応消失します!」
マルセラが指示を飛ばす。
「魔力供給を続けて!」
「ライラさん! ライラさん!!」
「隊長ッ!!」
呼びかける仲間たちの声。 泣き叫ぶ声。 温かい手の感触。
だが、ライラの意識は、それらからゆっくりと切り離されていく。
ふわりと、体が軽くなる。
(あーあ……。騒がしい連中だなぁ……)
思考が、遠くへ、遠くへ。 暗い夜空の向こう。
かつて子供のころに見た、あの青い空へと溶けていくようだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
流瑠々と申します。
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次回 №7ライラ・ブレイズ お願いします。
流瑠々でした。




