第59話 再会の三光
しずく達は廊下を駆けていた。
「おーい! こっちだ!」
通路の向こうから、聞き覚えのあるがした。
「リサさん!」
しずくたちが駆け寄ると、
そこには大剣を担いだリサと、
彼女が率いる紅刀隊、白光隊
クラウディアの隊の氷冠騎士団のメンバーたちが集まっていた。
「遅ぇぞ! 心配させやがって!」
リサがしずくの無事を確認し、
安堵の表情を見せる。
その後ろで、アンナを支えるミラとリリアも合流した。
「よし、これで数は揃ったな。強行突破で出口へ向かうぞ! ついてこい!」
リサが先頭に立ち、
大所帯となった集団が走り出す。
目指すはマガツ領域側のゲート。
そこさえ抜ければ、ひとまずは外へ出られる。
だが、兵士達もそれを読んでいた。
正面の長い直線通路。
そこに展開していたのは、
重厚な盾を構えた歩兵部隊と
――肩に巨大な筒を担いだ兵士。
「――前方、高熱源反応!」
リリアが叫ぶ。
「ロケットランチャーだ! 撃ってくるぞ!」
「なっ……!?」
躊躇いなどない。兵士が引き金を引く。
轟音と共に、オレンジ色の炎を纏った弾頭が、
一直線にこちらへ迫る。
狭い通路。避ければ後ろの仲間が吹き飛ぶ。
「危ないッ!!」
しずくは考えるよりも先に、体が動いていた。
リサの前に飛び出し、
盾を構えて魔力を展開する。
「白盾!!」
直撃。
凄まじい爆風と衝撃がしずくの腕を、
全身を襲う。
熱波が頬を焼く。
盾が弾かれる。
爆発の衝撃で天井が崩落し、
巨大な瓦礫の雨が降り注いだ。
ガラガラガラガラ――ッ!!
土煙が充満し、視界が奪われる。
数秒の後。
通路は完全に、瓦礫の山によって塞がれていた。
「ゴホッ、ゴホッ……」
しずくは粉塵の中で身を起こす。
右足に鋭い痛みが走る。
瓦礫の破片が突き刺さったのか、
制服が裂け、血が滲んでいた。
「しずく! しずく、無事か!!」
瓦礫の壁の向こう側から、リサの焦った声が聞こえる。
「リサさん……! は、はい、大丈夫です……!」
「今助ける! そこを動くな!」
「ダメです!!」
しずくは叫んだ。
瓦礫の向こう側、多数の足音が迫ってきているのが聞こえる。
さっきの中央軍だ。
「そっちに敵が来てます!
ここで立ち止まったら、みんな巻き込まれちゃいます!」
「私は大丈夫ですから!
別のルートから脱出します!
だからリサさんは、みんなを連れて先に逃げてください!」
しずくの決死の訴えに、リサが沈黙する。
彼女には分かるのだ。
ここで瓦礫を撤去していたら、全滅すると。
「……くそッ! 分かった!」
リサが壁をドン、と叩く音がした。
「必ず来いよ! 絶対に見捨てねぇからな!
落ち合う場所は――あの廃墟だ!」
「え?」
「掃討戦の時、アヤメと三人で話した、
あの廃墟だよ! 覚えてるな!」
しずくの脳裏に、夕焼けに染まる廃墟の埃のかぶった写真立てが思い浮かぶ。
あの日、三人で話をした場所。
「……はい! 分かります!」
「待ってるからな! 死ぬんじゃねぇぞ!!」
「はい!!」
遠ざかるリサたちの足音。
しずくはそれを聞いて、ホッと息を吐いた。
「……っ、痛っ」
安心した途端、右足の激痛が増した。
足を引きずりながら、
瓦礫の山を背にして反対側へと歩き出す。
「あそこだ! 爆発があったぞ!」
「生存者を確認しろ! 殺せ!」
廊下の奥から、
無慈悲な兵士たちの声が近づいてくる。
「まずい……隠れないと……」
しずくは脂汗を流しながら、
引きずる右足を庇い、
近くにあった資材倉庫の扉を押し開けた。
中は薄暗く、埃っぽい。
彼女は奥のロッカーの隙間に滑り込み、
呼吸を殺して身を縮めた。
ドクン、ドクン、ドクン……
心臓の音が、耳元で鐘のように鳴り響く。
痛む足を押さえ、ただ祈る。
カツ、カツ、カツ……。
軍靴の音が近づいてくる。
一つじゃない。複数だ。
(お願い、通り過ぎて……)
足音が、扉の前で止まる。
「……この部屋は?」
男の声。
「資材置き場だ。鍵はかかってないが……」
ドアノブがガチャリと回される音。
しずくの喉が引きつる。
「……いや、足跡はあっちへ向かっている。
先へ急ぐぞ」
「了解」
カツ、カツ、カツ、カツ……。
足音が遠ざかっていく。
気配が、完全に廊下の奥へと消えていった。
「……ふぅ」
しずくは、堰き止めていた息を細く吐き出した。
全身の力が抜け、ロッカーに背中を預ける。
(よかった……バレなかった……)
助かった。
そう思って、張り詰めていた緊張を解いた、
その瞬間だった。
バンッ!!
突如、ロッカーの扉が乱暴に開け放たれた。
廊下の光が差し込み、
しずくの隠れていた場所を無慈悲に照らし出す。
「……」
立っていたのは、
一人のエクリプス兵士。
フルフェイスのヘルメット。表情は見えない。
だが、その手にしたアサルトライフルの銃口は、
迷いなくしずくの心臓を捉えていた。
(嘘……気配なんて、なかったのに……!)
足音を殺して戻ってきたのだ。
完全に、裏をかかれた。
しずくはそばにある石に手を伸ばそうとする。
でも、遅い。
引き金に指がかかっているのが見える。
(み、見つかった……殺される……!)
死の恐怖で、思考が真っ白になる。
終わった。そう観念して、目を閉じかけた時。
スッ。
兵士が、構えていた銃を下げた。
「――え?」
しずくが呆気にとられる。
発砲音の代わりに聞こえてきたのは、
くぐもった、
けれどどこか懐かしい少女の声だった。
「……やっと見つけましたよ、しずくちゃん。」
「……えっ?」
兵士は銃を床に置くと、
ゆっくりとヘルメットに手をかけた。
プシュッ。
ロックが外れ、ヘルメットが取り外される。
現れたのは、汗で額に張り付いた、亜麻色の髪。
肩のあたりで綺麗に切り揃えられたその髪が、
ふわりと揺れた。
「ソラ……ちゃん?」
しずくの声が震える。
そこにいたのは、篠原ソラ。
リサ隊のエクリプスであり、
しずくと苦楽を共にした仲間が、
そこに立っていた。
「……嫌な予感がしたんです。
放送の内容も、軍の動きも、全部おかしいって」
ソラは静かに、けれど芯のある声で言った。
「だから、紛れ込みました。
もししずくちゃんたちが狙われているなら
……きっと、助けが必要になると思って」
「紛れ込んだって……危険すぎるよ!」
「……以前の私なら、怖くてできなかったと思います」
ソラが少しだけはにかむように、小さく笑った。
「でも、リサさんやミカ……。
それに、先を行くしずくちゃんやアヤメちゃんの背中を見てきましたから。
……私も、少しは強くなれたみたいです」
彼女はそう言うと、
手際よく救急キットを取り出し、
しずくの足元に膝をついた。
「応急処置をします。痛いですけど、我慢してくださいね」
「……うん。ありがとう」
かつて守られる側だと思っていた少女が、
今はこんなにも頼もしい。
絶望的な逃避行の中で、
しずくは久々に温かい希望に触れた気がした。
ソラは包帯を巻き終えると、
耳元のインカムに手を添えた。
「あ、私。……うん、見つけたわ。……そう、そこ」
彼女は短く、しかし確信に満ちた声で告げる。
「分かった。待ってる」
ソラが通話を切った、その直後だった。
ダダダダダッ!!
廊下の奥から、
慌ただしい駆け足が聞こえてくる。
軍靴の重い響き。
けれど、そのリズムには聞き覚えがあった。
全力疾走の、必死な足音。
バンッ!!
部屋の扉が乱暴に開かれた。
「……ッ!」
入ってきたのは、二人のエクリプス兵士。
フルフェイスのヘルメットで顔は見えない。
銃を携行している立ち姿からは、
敵か味方か判別がつかない。
けれど。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」
先頭の兵士は、
部屋の隅に座り込むしずくの姿を捉えた瞬間、
銃を放り出した。
プシュッ。
震える手でロックを外し、
ヘルメットを脱ぎ捨てる。
現れたのは、涙でぐしゃぐしゃになった顔。
艶やかな黒髪が乱れているのも構わず、
彼女は叫んだ。
「しずく様ぁぁぁッ!!」
「アヤメちゃん……!」
そして、もう一人。
後ろにいた兵士もヘルメットを外す。
明るい髪をショートボブにした、
活発そうな少女。
「しずくちゃん! 無事でよかったぁ……!」
「ミカちゃん!」
かつてリサの部隊で、
しずくと共に汗を流した三人。
アヤメ、ミカ、そしてソラ。
懐かしい顔ぶれが、
この地獄のような場所で再び揃った。
「しずく様、申し訳ありません……! お側にいられず、こんな怪我を……!」
アヤメがしずくの足元に崩れ落ち、
しがみついて泣く。
「ううん、来てくれてありがとう。アヤメちゃんも、無事でよかった……」
しずくはアヤメの背中を撫で、
ミカとソラにも頷きかける。
「三人とも、どうして……?」
「アヤメから連絡があったんだよ!」
ミカが涙を拭いながら言う。
「しずく様が危ない、力を貸してくれって!
当たり前じゃんか、私たちはずっと仲間だよ!」
「軍の命令なんてクソ食らえです」
アヤメが顔を上げ、強い瞳で言った。
「私たちは、しずく様のエクリプスですから」
その言葉に、しずくの胸が熱くなる。
もう、一人じゃない。
「……行こう。みんなでここを脱出するよ」
「はい!」
三人が頷き、
しずくをサポートして立ち上がらせる。
部屋を出て、非常階段へ向かおうとした、
その時だった。
ふと、足元の床から微かな熱気を感じた。
(……熱?)
しずくの脳裏に、あの爆発音と、炎の少女の笑顔がフラッシュバックする。
『あとは、頼んだよ』
「……待って」
しずくが足を止める。
「しずく様?」
「……下へ行く。」
しずくは、階段の下――
地下へと続く暗闇を指差した。
「えっ!? でも下って……さっき爆発があった旧ユナイトアークの地下?」
ミカが驚く。
「ライラさんが……そこにいるの」
しずくの声には、譲れない決意が宿っていた。
「彼女が身を挺して、バケモノたちを食い止めてくれたから、
私たちは逃げられた。……置いてはいけない」
三人は顔を見合わせ、
そして力強く頷いた。
「分かりました。行きましょう」
ソラが銃を構え直す。
四人は逆走し、
熱気の残る地下階段を駆け下りた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
流瑠々と申します。
もし「続きが気になる」と思っていただけましたら、
ブックマークや評価で応援していただけると、がんばれます。
次回 犠牲の背中 お願いします。
流瑠々でした。




