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白の魔法少女  作者: 流瑠々


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第5話 偽りの希望




 しずくは、うつむいたまま瞬きをした。

 霞んだ視界の中、床の模様がじわりと揺れている。



 顔を上げる気力も出せずにいると――

 その視界の端に、ゆっくりと二つの影が差し込んできた。

 



 「……お疲れ様。」



 落ち着いた声。背に大きな弓を負った女性が、柔らかく笑みを浮かべた。




 「自己紹介がまだだったわね。私はエリナ。魔法少女部隊所属――弓術と結界が得意よ。」


 


 その隣に立つのは、鋭い瞳をした剣士のような少女。



 腰には長剣、腕を組み、不機嫌そうに口を開く。



 「リサだ。剣を振るう魔法少女だ。……まあ、よろしくってやつだな。」




 


 しずくは思わず体を起こした。



 「えっと、よろしくって、、、?」



 エリナが真っ直ぐに答えた。



 「あなたは、魔法少女として私たちと戦うことになったの。」


 


 「……わ、私が? 魔法少女? そんなの無理です……!」



 しずくの声は震えていた。


 


 「無理も何も、もう決定事項だ。」



 リサが冷たく言い放つ。



 「白封筒だろうが関係ねえ。上がそう決めた。お前はもう“戦力”だ。」




 その言葉が胸に突き刺さり、しずくは息を詰めた。


 


 「……安心して。」



 エリナが一歩近づき、しずくの肩に手を置いた。



 「私達が戦い方を教えるわ。だから――怖がらないで。」


 


 リサがため息をつき、扉を押し開けた。



「さあ、行くぞ。魔法少女の基地で、仲間が待ってる。」


 


 しずくの足は重く、現実を拒むように震えていた。



 それでも、二人に導かれるように病室を後にした。

 


 退院の日。



 病棟の玄関を出た瞬間、しずくは息を呑んだ。



 閃光が、矢継ぎ早に彼女を打った。



 カメラのフラッシュ。

 


 マイクの森。



 そして――無数の声。


 


 「“白封筒”から生まれた奇跡の魔法少女! しずくさんです!」



 「新たな希望の象徴だ!」



 「これで人類は救われる!」



 記者たちの声が、津波のように押し寄せた。

 スマートホロ端末が空に浮かび、彼女を撮影し続ける。

 SNSにはすでにタグが踊っていた。

 ―― #白の奇跡

 ―― #未来を繋ぐ少女




 


 その言葉に、しずくの胸は締め付けられた。



 奇跡? 希望?



 ――私は、守れなかった。


 



 脳裏に、アオイの笑顔が浮かぶ。

 「白封筒組の中で、第六小隊が最強だって、証明してやろうぜ」



 ……その言葉の直後、顔の半分を吹き飛ばされて死んだ。


 


 次に、ナギの声が蘇る。


 「必ず、生きて戻る。それだけ。」



 ……その誓いも、頭を撃ち抜かれて途切れた。



 フラッシュが一際強く光り、しずくは目を細めた。



 瞼の裏に広がる赤と白の残像が、血と瓦礫の光景と重なり合う。



 吐き気が込み上げた。



 「笑って! もっと笑顔を!」



 「希望を、見せてください!」



 誰かの声が、刃物のように刺さった。




 しずくは、唇を震わせ、言葉を絞り出そうとした。



 だが――声にならなかった。



 しずくの足が止まる。喉が詰まり、呼吸ができない。



 その横で、エリナがすぐさま腕を広げた。



 「どいてください! 彼女に近づかないで!」



 鋭い声に記者たちが一瞬ひるむ。



 続いて、リサが苛立ち混じりに叫んだ。



 「どけってんだ! 邪魔だ、下がれ!」



 二人が人垣を押し分け、しずくを車へと導いた。



 フラッシュの嵐の中、彼女はただ俯きながら車内へ滑り込む。



 ドアが閉まり、ようやく喧騒が遠のいた。



 リサは大きくため息をつき、シートに身体を投げ出した。



 「ったく……めんどくさいやつらだ」


 

 隣でエリナが、しずくの肩にそっと手を置く。



 「大丈夫? 顔、真っ青よ」



 しずくは小さく頷くだけだった。



 胸の奥では――“奇跡”“希望”と叫ぶ声が、針のように突き刺さっていた。



 装甲車の窓から見えたのは、鋼鉄と光で築かれた巨大要塞だった。




 聖域要塞アークライト――



 人類の最終防衛ラインにして、魔法少女たちの拠点。




 空へと伸びる塔群を、透明な魔素障壁が覆い、



 地上には重火器を備えた車両が列をなし、



 空中には魔素エンジンで浮遊するプラットフォームが警戒飛行を続けていた。




 ――まるで、要塞そのものが呼吸しているようだった。



 エクリプスの訓練基地から、何度もその姿を見上げていた。



 映像でも、訓練資料でも、名前は耳にたこができるほど聞いてきた。



 けれど、こうして実際に“中”へ足を踏み入れるのは、初めてだった。



 空気の重さが、まるで違う気がした。

 


 「ここが……」



 しずくが思わず呟くと、隣のリサが短く答えた。



 「そうだ。人類の最後の砦だ。」


 


 車が停まり、玄関ホールの扉が開いた。



 白い大理石の床、天井には魔素灯が整然と並び、光が冷たく反射する。



 その中央で待っていたのは、制服姿の女性だった。



 明るい笑顔を浮かべ、元気な声でしずくに頭を下げる。




 「ようこそ、《アークライト》へ! 私が案内を担当します!」


 


 リサが小さく頷き、しずくの背を押した。



 「じゃあな。」




 エリナも柔らかく微笑み、手を振った。



 「後でまた会いましょう。安心して」


 

 二人が去り、案内人が軽やかな足取りで歩き出す。



 「では、お部屋までご案内しますね」




 広い廊下を歩く。



 その両脇には、制服姿の魔法少女たちが数人、談笑したり資料を抱えて行き来していた。



 彼女たちは一瞬しずくを見て、すぐにひそひそと小声を交わす。


 


 「あれが……白封筒の?」



 「奇跡とか言われてるけどさ……」



 「ただ運が良かっただけじゃないの?」



 しずくは耳を塞ぎたかった。



 だが、その声は皮膚の下まで染み込むように聞こえてきた。




 足取りが、重くなる。



 「こちらがしずくさんのお部屋です。」



 案内人の女性が、廊下の一番奥にある扉を開けた。



 カチリと静かな音が響き、光の粒子が自動で灯る。



 部屋は、整然としていた。



 白い壁、シンプルなベッド、机と小さな本棚。



 窓の外には、要塞都市を覆う魔素障壁が青白く揺らめいている。


 


 「しばらくはこちらでお休みください。生活に必要なものは一通り揃っています。」



 案内人は笑顔でそう告げ、軽く頭を下げて去っていった。


 

 扉が閉まると、外のざわめきは嘘のように消えた。



 残ったのは、無機質な静けさと、自分の呼吸だけ。



 しずくは部屋の真ん中で立ち尽くした。



 さっき耳にした「ただ運が良かっただけじゃないの?」という言葉が、何度も頭の中で反響する。


 


 「……ここが、私の居場所?」



 ベッドの縁に腰を下ろすと、体が重力に引きずられるように沈んでいく。

 手を見つめる。震えは止まっていた。



 ――でも、胸の奥のざわめきは消えなかった。


 

 目を閉じれば、アオイの笑顔が、ナギの声が、セレスの誓いが、



 血に染まった光景と一緒に蘇る。



 胸の奥には、報道で飾られた「奇跡」という言葉と、



 廊下で聞いた「運が良かっただけ」という嘲笑が、針のように突き刺さっていた。



 どちらも真実ではない。



 けれど――どちらも、彼女を縛る鎖のように重かった。



 静まり返った部屋の中で、しずくはひとり、薄暗い窓を見上げた。



 外では魔素障壁が青く揺らぎ、人類最後の砦を包んでいる。




 「……私は、本当にここにいていいの?」




 その小さな呟きは、誰にも届かない。

 ただ白い壁に吸い込まれ、消えていった。



 ――その夜、しずくは眠れなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


流瑠々と申します。


しずくの過去の苦悩と葛藤、前に進むことはできるのか、そのような回でございました。



もし少しでも「続きが気になる」と思っていただけましたら、


ブックマークや評価で応援していただけると、いただけると。。。




それではまた次回。


流瑠々でした

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