第45話 朱に染まる朝
しずくは、白光隊といつも通りに訓練を行っていた。
朝日の差し込む訓練場、身体が軽く跳ね、
整った動作が繰り返される。
それは――「いつも通りの日常」であった。
しかし、その日常は――確実に、崩れ始めていた。
「しずく様!!」
背後から、鋭い声が飛んだ。
振り返ると、
アンナが真っ直ぐに駆け寄っている。
その顔には焦燥と――言い知れぬ恐怖の色。
息を整える間もなく、アンナは何かをしずくに耳打ちした。
言葉にならない衝撃が、
しずくの心に直接叩きつけられる。
隣にいたカレンの顔色も、目に見えて変わった。
空気がひやりと冷え、
訓練場にあったはずの日常が
音もなく崩れていくのをしずくは感じた。
(まさか……そんな、まさか……)
しずくの内心が、声をあげずに叫んだ。
そして、足が自然と動いた――
走り出した。
向かった先は――イザベラの部屋だった。
扉の前には、いつもより多くの人影が集まっていた。
「ちょっと! どいてください!!」
声が割れ、人の壁が押し広げられる。
しずくは人混みをかき分け、
その中心へと突き進んだ。
そして――目の前に広がった光景に、
思わず息を呑んだ。
赤い。鮮やかな、あまりにも生々しい赤。
その中央に――
イザベラが、血まみれで倒れていた。
白い肌に、血が滲んでいた。
その姿は、無言の悲鳴のように
――訓練場から続いた「いつも通りの朝」に、
断絶を突きつけていた。
「イザベラッ!」
リサの声が飛んだ。
彼女は必死にイザベラを抱きかかえ、
何度も必死に呼びかけていた。
「エレナッ、早くしろ!」
リサの声が震えた。
「わかってる!」
エレナが低く返し、手を振ると、
他の魔法少女たちが一斉に術式を展開した。
そのうちの一人――顔を青ざめさせた少女が、
イザベラの顔を見つめ、息を呑んだ。
「これは……」
言葉が途切れ、視線が虚ろになる。
「エレナ様、これは……もう……」
その言葉を、リサが鋭く遮った。
「うるさい! マルセラが来るまで、続けろ!」
リサが命じ、額に手をあてたまま、
必死に治療を続ける。
部屋の端で、ギルベルトが、何かを察したように帽子を深く被り直した。
その仕草に、祈るような緊張が混ざる。
そして、静かに、だが確信をもって宣言した。
「ユナイトアークの警戒レベルを最大に引き上げろ! 緊急事態だ!」
その声が、廊下に重く響いた。
「私が警備網を書き換える!」
「現場にナンバーズおよび幹部以外、立ち入りを禁止しろ!
「はっ!」
部下たちが即座に応じた。
ギルベルトは部下を引き連れ、部屋を出て行った。
しずくは右目を細め、魔素の反応を探るためゆっくり視線を動かした。
だが、確認できるはずの魔素反応が――何も映っていなかった。
口元が震え、胸が凍りついた。
「イザベラッ、しっかりしろッ!」
リサの叫びが、焦りと絶望を含んで響いた。
「もう、無駄よ。」
誰かが、静かに呟いた。
扉が開き――長い廊下の暗がり。
その先から、一人の影がゆっくりと現れた。
白衣を優雅に纏い、すらりと長い脚を一歩前に出した。
その姿は――マルセラ・クルスだった。
「……マルセラ……」
リサが呟いた。
マルセラは冷ややかに微笑んだ。
「もう……死んでるわ」
その言葉は、現実の刃のように、
部屋にいた全員の胸に深く突き刺さった。
「くそっ!」
リサが拳を床に叩きつけた。
その瞬間、扉が開き、ミラがシズ、アメリーを伴って入ってきた。
三人の足取りは揃って静かだったが、
彼女は速度を緩めず、
イザベラの倒れた位置に目を向けた。
ミラの表情には怒りと緊張が共存していた。
その次に部屋に入ってきたのは――
セラフィナ・クレスト。
その隣には、エリス。そしてクラウディア。
三人ともが、イザベラの倒れた姿を見て、
息を飲むように立ち止まった。
「こ、これは……」
エリスの声が震えた。
「イザベラ様……。」
セラフィナは静かに周囲を見渡し、
近くにいたエクリプス隊員に声をかけた。
「いったい、何があったんですか?」
エクリプスの隊員は肩を震わせながら説明を始めた。
「私が、夜巡回に来たときは……異状はありませんでした。
イザベラ様がどこかに出かけられたのも、確認しております。
その後、朝の巡回で――
いつも部屋から出られる時間になっても出てこられませんでしたので、
おかしいと思い、部屋をノックしました。
ですが、返事がなく……その時、リサ様がいらしたので状況を説明し、
部屋に入ったところ、このような状態に……」
セラフィナはその説明を聞きながら、静かに短く言った。
「……計画的な犯行ですね」
リサが怒声を吐いた。
「イザベラが、やられたんだぞ。普通の相手じゃない!」
エリスもまた、憤りと冷静さを混ぜて言葉を続けた。
「たしかに、イザベラさんも優秀な魔法少女でしたし
――相当な相手でしょう」
クラウディアが一歩前に出て、セラフィナの横に寄る。
その声は低く、しかし確かな指示力を帯びていた。
「セラフィナ様、ギルベルトからの報告です。
ユナイトアーク及び関連施設の出入口を、すべて封鎖したとのことです。
外部の人間をすべて調べ上げる――という指示です」
彼女の言葉に、場内の緊張が一段と高まる。
セラフィナは少し頷き、静かに応じた。
「さすがギルベルトさん。対応が早いですね」
その声には、感嘆の響きとともに、陰りも含まれていた。
だが、それと同時にリサが強く声を張り上げる。
「外部の人間だけじゃダメだ!
これは内部の仕業に決まっている!
じゃなきゃ、イザベラが油断してこういう目に遭うわけが――!」
マルセラはイザベラの亡骸にひざをつき、
白衣の袖を丁寧にまくり上げると、静かに手を添えた。
その手つきは冷静で、どこか儀式めいていた。
首元に触れた瞬間、
彼女の口元がかすかに歪んだ。
「首に……一太刀。即死ね」
周囲がざわつく中、マルセラは静かに言葉を継ぐ。
「驚いたわ。イザベラ相手にこんなことを……」
「そうね……ナンバーズくらいの能力が無いとできない芸当ね」
ゆっくりと立ち上がったマルセラが、
鋭い眼差しを周囲に向ける。
その冷たい視線が――ナンバーズたちを、ひとりひとり舐めるように見渡した。
空気が、一瞬で張り詰める。
まるで、誰もが疑われているかのように――。
リサが拳を握り直し、声を震わせる。
「そうだ、その可能性がある! 全員を調べるべきだ!」
セラフィナは静かに、しかし確固たる声で応えた。
「おっしゃる通りです。
私たちのリーダーであるイザベラ様を、このような目に遭わせた者には、
然るべき罪を償っていただきます。
絶対に、逃してはいけません!」
その場にいる全員が、静かに、
そして確かに――誓っていた。
「逃してはならない」その言葉の重さが、
胸に突き刺さるようだった。
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流瑠々と申します。
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次回 コウモリの導き お願いします




