第43話 デートをしましょう
ミラの昨夜の話を聞き、
しずくは呆然と立っていた。
「そんなことが……」
その声には、震えが混じっていた。
ミラがゆっくりと顔を上げた。
「えぇ。私の失態よ。まさか、私がいる場で殺されるなんて――」
冷静な言葉だった。
「でも、これで分かったことがあるわ」
ミラは淡々と続けた。
「裏切り者は――非常にスキルの高い者、
もしくは組織的な力を持つ者、どちらかね」
その言葉に、しずくは視線を合わせる。
「行動に、一切の無駄がない」
ミラの声が、静かに、しかし重く響いた。
「あなたも、油断しないで」
「はい、わかりました」
しずくは小さく頷いた。
――その後。
魔法少女管理局にて、緊急集会が開かれた。
議題は、今朝発見された焼死体についてだった。
ナンバーズが集まり、
詳細な報告がなされたが――
結論はひとつ。
死体の身元は不明。
所属記録も照合不能、
身体も完全に炭化しており、
もはや識別は不可能だった。
イザベラ・クロムウェルの判断により、
この件は極秘事項として処理されることが決定された。
外部への発表は戦闘中の事故という建前に留められ、
魔法少女管理局内部だけで扱われる――
それが、組織として下した決定だった。
混乱を避けるためとはいえ、
全てがあまりにも早く、
静かに幕を引かれていく。
その様子に、
しずくは得体の知れない不安を覚えた。
――会議のあと。
イザベラの部屋にて。
重厚な扉が閉じられると、
部屋の中にはわずかな紙のめくれる音だけが残る。
「……そういうことか」
低く、静かな声が響いた。
イザベラが手元の報告書を閉じる。
ミラは少しだけ視線を落とし、
肩をすくめるように言った。
「えぇ……本当に申し訳なかったわ。
私がもっと注意していれば、こんなことには……」
「責めるつもりはないよ」
イザベラの返答は淡々としていた。
けれどその表情には、
明らかに焦燥と緊張がにじんでいた。
「こちらの想定を、敵が上回っていた。……それだけの話だ」
しばらく沈黙が流れる。
イザベラは深く息を吸って、言葉を続けた。
「……ただ、一つ気になるのは、ヘーゲル卿が最後に言ったというあの言葉だ」
「“マガツはお前たちが思っているような化け物じゃない。敵を見誤るな”……。」
ミラが静かに復唱する。
まるで、何度もその言葉を思い返していたかのように。
「彼は何を知っていたのか。なぜ、殺されたのか」
「――えぇ」
ミラの頷きは、重たく、迷いを含んでいた。
「少なくとも、マガツの背後に何かがいる。
……いや、最初から何者かが動いていたと考えるべきかもしれないわね」
イザベラの表情が険しくなる。
「……となると、敵はマガツだけじゃない。内部からの情報漏洩。
行動の正確さと、あの殺し方。偶然じゃ説明がつかない」
しずくが黙って二人の会話を聞いていたが、
ついに口を開く。
「じゃあ……本当に、裏切り者が――」
「いるかもしれない。考えたくはないが、可能性は否定できない」
イザベラの目が、厳しく光った。
「ナンバーズの中にすら、な」
部屋の空気が、一瞬で冷たくなった。
「私の方でも、調べてみる。マガツの出自、経緯、それから組織内の動き。
……必ず、何かが見えてくるはずだ」
彼女の声には、明確な決意があった。
「……わかりました」
しずくが、静かに答える。
その声は小さかったが、
確かに芯のある響きを持っていた。
イザベラがゆるやかに頷く。
そして椅子の背にもたれながら、
わずかに口角を上げて言った。
「さて、この件はこのくらいにしようか。
――今から、セラフィナが部屋に来るんだ」
「セラフィナさん……ですか?」
しずくが名を口にした瞬間、
胸の奥が少しだけ跳ねた。
一方で、ミラの表情は明らかに曇っていた。
目を細め、軽く顔をしかめている。
そんな様子を見たイザベラが、くすりと笑った。
「ふふっ。ミラは、セラフィナとは合わないからな」
「そうなんですか?」
驚いたようにしずくが尋ねると、ミラは小さく鼻を鳴らした。
「あんな聖女様、嫌いに決まってるでしょ」
そのとき――
「――失礼します」
低く澄んだ声が、扉越しに響いた。
ノブが回り、白銀の髪と純白の法衣を身にまとった女性が姿を現す。
セラフィナ・クレスト。
優美な立ち居振る舞いと清廉な気配を纏った彼女は、部屋に一礼して入ってきた。
「あら、しずくさん。……もしかして、わたくし、お邪魔でしたか?」
柔らかな笑みをたたえながら、セラフィナがしずくに問いかける。
だが、しずくが返事をする前に――
すでに、ミラの姿はなかった。
椅子に残された影が、ふっと揺れたかと思うと、
廊下の暗がりへと溶けていった。
(ミラさん……いつの間に?)
しずくは思わず、その場で呟いた。
「いや、大丈夫だ」
イザベラが軽く肩をすくめて言う。
セラフィナが頷き、やがて彼女とイザベラは、
淡々と業務の話に移っていった。
書類が交わされ、報告と確認が続いていく。
しずくは静かに席を外そうとし、軽く頭を下げた。
「では、私はこれで……」
その背を、静かな声が呼び止めた。
「――しずくさん、待ってください」
「は、はい……!?」
思わず足を止め、振り返る。
セラフィナの表情は、先ほどまでとは打って変わり、どこか真剣だった。
「……少し、お話ししたいことがあるんです。外でお待ちいただけますか?」
戸惑いながらも、しずくは頷いた。
「わ、わかりました」
部屋を出て、廊下に立つ。
しんとした空気の中、
何もすることもなく、ただ黙って待った。
やがて――
扉が静かに開かれた。
「お待たせしました」
セラフィナが現れる。
その顔は、どこか覚悟を決めたような、
凛とした気配をまとっていた。
「い、いえ。それで……用って、なんでしょうか?」
しずくが恐る恐る訊ねたその瞬間――
セラフィナはまっすぐ彼女を見つめ、言葉を紡いだ。
「しずくさん……」
ひと呼吸の間に、空気が変わる。
「――デートをしましょう」
しずくの思考が、音を立てて止まった。
「……えっ?」
まるで空気ごと凍りついたような沈黙の中、
廊下にはしずくの鼓動だけが静かに響いていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます
流瑠々と申します。
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次回 セラフィナ・クレスト お願いします




