第31話 ナンバーズ №10
扉が、重く軋みを上げて開かれた。
その先には、天井から吊るされた魔素灯が、淡い光を広げている。
大理石の床には照明が反射し、しずくの足音が静かに響いた。
中央に鎮座する巨大な円卓。
すでに一人、金髪の少女が腰掛けていた。
穏やかな笑みを浮かべ、手招きする――エレナだった。
「しずくちゃん、今日の会議に出るんでしょ? リサから聞いたわ」
その声は、静寂に包まれた部屋へ明るく届く。
しずくは一礼し、はっきりと返す。
「はい。よろしくお願いします」
その瞬間、再び扉がゆっくりと開いた。
軋む音が空気を切り裂き、次々と影が姿を現す。
ナンバーズたち。
彼女らの視線が、円卓を囲む空気を震わせた。
ライラ・ブレイズ。
いつもなら快活な笑みを浮かべる彼女も、今日は拳を強く握りしめていた。
その後ろからは足取りを引きずりながら、カレンが姿を現す。
「しずく。会議中は、私の隣に立っていてほしい」
その声は低く、だが揺るぎない意志を秘めていた。
直後、室内に堂々たる気配が満ちる。
白銀の装束を纏ったセラフィナ。
蒼氷の騎士・クラウディア。
黒耀の魔導士・エリス。
その三人が、無言のまま歩み寄ってきた。
クラウディアが鋭い眼差しでしずくを見やり、眉をわずかにひそめる。
しずくは自然と一歩下がり、視線を落とした。
だが隣のカレンが、そっと守るように手を添える。
「……あとは、ミラだけか」
低く呟いたのはギルベルトだった。
「もう、いますよ」
静かな声が返る。
円卓のひとつ――空席だった椅子の背後に影が差し、やがて女性が姿を現した。
ミラ・ヴェイル。
その姿に、しずくの胸が跳ね上がる。
室内に漂う無言の圧力が、しずくの鼓動を直接叩く。
全員が、揃った。
セラフィナがゆっくりと場を見渡す。
青白い灯りがその髪を照らし、神聖さと威厳を帯びていた。
「それでは――十星会議を始めます」
その一言が、静寂を凍らせた。
円卓を囲む十人の中で、白銀の装束を纏ったセラフィナ・クレストが穏やかに口を開いた。
「本日、イザベラ・クロムウェル総監は所用のため欠席です。
まずは、先の掃討戦――お疲れさまでした。
新型マガツの出現により、大きな損害が出たと報告を受けています。
まずは、各部隊の状況を教えてください」
最初に立ち上がったのは、赤髪をなびかせたリサ・ヴァレンタイン。
「俺らの隊は、戦死者6名。」
低く落ち着いた声が、会議室に響いた。
続いて、青髪のライラ・ブレイズが立ち上がる。
「私たちは……8名を失いました」
いつもの豪快な笑みはなく、深い陰がその表情を覆っていた。
次に立ったのは、軍律を体現するギルベルト・シュトラール。
「我が部隊は、戦死者1名」
その簡潔な報告に、空気が一瞬、重く沈んだ。
最後に、ライラが再び立ち上がる。
「……私の部隊は、戦死24名、生存6名です」
その瞬間、円卓の面々の表情がわずかに揺れた。
「なるほど。かしこまりました」
セラフィナが静かに頷くと、全員に向けて祈りの言葉を捧げた。
「命を賭して戦った彼女たちに、祝福を。
その犠牲が、未来を照らす光であることを願って――」
そして話題は次へと移る。
「次に、新型マガツに関する情報をお願いします」
一つ一つ、冷静に事実が明かされていく。
リサの一撃による撃退。
ライラの結界展開による後退戦。
ギルベルトの即時指揮による撤退行動――。
しずくは、そのすべてを黙って受け止めていた。
セラフィナが、静かに口を開く。
「皆さんがこれほど苦戦するとは……。
この新たな脅威に対し、私たちは戦い方そのものを見直す必要があるでしょう。」
重苦しい空気が会場を包む。
この新型マガツは、従来の個体とは本質的に異なる――。
それは「涯骸」と命名された。
「さて、カレンの部隊の再編制について。
予備部隊と新たなエクリプス候補を――」
その時、カレンが静かに手を挙げ、セラフィナの言葉を遮った。
「セラフィナ様、少しお時間をください」
会議室の視線が、カレンへと集まる。
エリスが反射的に口を開きかけるが、セラフィナが鋭い視線で制した。
「……どうぞ、カレン」
その一言にうながされ、カレンは深く息を吸った。
「私……この度の戦いで、自分の至らなさを痛感しました。
多くの命が、私の判断の遅れで失われました。本当に……申し訳ありません」
声は震えていた。
だが、言葉には深く静かな覚悟が込められていた。
「やはり、私は……
先代セレス様のようにはなれなかった」
重い沈黙が落ちる。
セラフィナが、優しく応じた。
「カレン。そんなことはありません。
あなたが歩んできた努力を、ここにいる全員が知っています。
あなたを責める者など、誰一人おりません」
しかし、カレンは小さく首を振った。
「……いえ。
私は“何者でもない”と、改めて思い知らされました。
だからこそ、自分の責任に、私自身が向き合うべきだと」
クラウディアが驚いたように声を上げる。
「まさか、カレン……」
カレンは静かに顔を上げ、しずくの方を一瞥しながら宣言する。
「私、カレン・シュナイダーは――
ナンバーズ№10を、退任いたします」
その言葉を皮切りに、会議室が揺れた。
「まじかよ……」
ライラが思わず声を漏らす。
エレナは言葉を失い、動きを止めた。
ナンバーズたちが顔を見合わせ、動揺を隠せない。
ただひとり、リサ・ヴァレンタインだけが目を閉じ、静かに息を吐いていた。
その落ち着きが、かえって場の緊張を際立たせていた。
セラフィナが、声を低くして口を開く。
「……カレン。冷静になって。
あなたが抜けるのは、我々にとって計り知れない損失です。
一時の感情で結論を出すべきではありません」
カレンは、しっかりとした声で返す。
「いいえ。もう決めました」
セラフィナは顎に手を添え、数秒間の沈黙。
やがて、少しだけ表情を曇らせながら言葉を続けた。
「……本当に、揺るがないのですね。
あなた自身が、ここで退くことを正しいと信じているのなら――」
カレンは小さく頷き、迷いなく答える。
「はい。それが、私の選んだ責任の形です」
セラフィナは目を伏せ、一瞬だけ静寂が落ちる。
そして、再び顔を上げ、視線を全員に向けた。
「ならば……№10の後任を、早急に決めねばなりませんね」
ライラが即座に反応する。
「なら、うちのアイリスがいいよ。」
ギルベルトが重々しく言葉を挟む。
「順当にいけば、我が部隊のエリオットが適任だ。
戦闘・指揮の両面で申し分ない」
カレンが再び立ち上がり、場を静める。
「皆さん。
すでに私の中で、後任は決まっています」
その瞬間、空気が変わった。
一斉に、ナンバーズたちの視線がカレンに集まる。
カレンは迷いなく、きっぱりと口にした。
「真壁しずくです」
――円卓の灯りが、しずくを照らした。
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次回 決意 お願いします。
流瑠々でした。




