表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白の魔法少女  作者: 流瑠々


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/36

第28話 黒翼の魔女

白い天井が、揺れていた。


ゆっくりと、ぼんやりと――まるで夢の続きを見ているかのように。


 


(……この景色、見覚えがある)


セレスさん。ソラ。ナギ。みんな……。


遠い記憶の断片が、薄ぼんやりと浮かび上がる。


 


「カレンさん……!!」


 


反射的に声が漏れた。


身を起こそうとした瞬間、身体中に繋がれた無数のコードが引っ張られ、激しく電子音が鳴り響く。


 


“ピーピーッ エラー――”


 


「っ……く……!」


 


体中の筋肉が軋み、関節が悲鳴を上げた。

その音を聞きつけて、廊下の奥から複数の足音が駆け寄ってくる。


 


ガチャリ、と扉が開く。


 


白衣を纏った看護スタッフたちが、慌ただしく病室へ駆け込んできた。


 


「意識が戻ったんですね! 本当によかった」


 


一人がコードを手際よく扱い、モニターの数値を確認する。

別の者が点滴と注射器を準備しながら、手順を口にした。


 


しずくは、かすれた声で問いかける。


 


「……カレンさんは……?」


 


看護師の一人が、穏やかに頷いた。


 


「カレン様はご無事です。

 一命を取り留め、現在は回復中ですよ」


 


しずくは、小さく息をついた。


 


「……よかった……」


 


「あなたが目を覚ましたと知ったら、きっとすぐに会いに来ると思います。

担当の先生も呼んできますね。」


 


その後――。


病室に入ってきたのは、リサとエレナだった。

先に口を開いたのは、エレナだ。


 


「もう大丈夫なの? ……本当に、心配したんだから」


 


しずくは微笑んで頷いた。


 


「はい……ありがとうございます。なんとか、大丈夫です」


 


そのやりとりを聞いたリサが、無言のまま近づいてくる。


そして――軽く拳骨が、しずくの額に落ちた。


 


「う、いた……」


 


だが、その拳には怒りよりも、安堵の震えが宿っていた。


リサは深く息をつき、しずくの手をそっと握る。


 


「命令に背いたことは、褒められるもんじゃない……」


 


しずくが思わず目を伏せると、リサは小さく笑った。


 


「……でも、よくやった。カレンを救い出したな」


 


しずくが驚いたように顔を上げると、隣でエレナが肩をすくめるように笑った。


 


「リサったら、すごい心配してたのよ。

 “俺のせいだー、俺のせいだー”って、うろうろしてばっかりで」


 


「お、おい! 変なこと言うなエレナ!」


 


「ふふっ。だって、ほんとのことでしょ?」


 


三人の間に、ふっと温かい空気が流れる。


しずくも、ようやく少しだけ笑みを返した。


 


そんな空気の中で、エレナが手にしていた花束を差し出した。


 


「はい、これ。少しは気分、明るくなるでしょ?」


 


その香りは、優しく、どこか懐かしい匂いがした。


 


ベッド脇の花瓶を見つめたエレナが、ふと呟く。


 


「……この花、ちょっと萎れてるわね。取り替えてもいい?」


 


しずくが頷くと、エレナは手際よく新しい花を活け直した。


 


「うん、これで少しは華やかになったわね」


 


水を注ぎながら、しずくはそっと問いかける。


 


「この最初にあった花……もともと、誰が?」


 


リサが腕を組み、どこか懐かしそうに答えた。


 


「カレン隊の魔法少女たちだよ。


 おまえが運ばれてすぐのころ、入れ替わり立ち替わり、あいつらが見舞いに来てた。

 みんな、血だらけのまんまだったな」


 


リサは、どこか遠くを見つめるように目を細めた。


 


「あいつらも犠牲は出たが……全滅はしなかった。

 カレンも重傷だったが、生きて戻ってきた。

 ……おまえに感謝してたよ、皆がな」


 


新しい花々が、白い病室の静けさの中で、風に揺れていた。


しずくは、しばらく何も言わずにその揺れを見つめていた。


 


腕に、じくりとした痛みが走った。


しずくは顔をしかめながら、そっと視線を落とす。


 


ギプスで固められた右腕――。


あのとき、マガツの拳に打ち砕かれたその痛みが、今もまだ確かにそこにあった。


 


(……これが、あの戦いの代償)


 


不意に、脳裏にあの一瞬がよみがえる。


マガツの殺気、鋭い拳、砕ける骨――。

全身を貫いた絶望と、それでも守り抜いた意志。


 


「しずくちゃん」


 


不意に声がして、しずくは顔を上げた。


エレナが椅子に腰かけながら、少しだけ真剣な眼差しを向けていた。


 


「もしかしたら、戦い方を見直した方がいいんじゃないかしら」


 


「戦い方……ですか?」


 


「ええ。今回のマガツの件、私も一通り聞いたけど……

 今後のことを考えると、ただ受けるだけじゃ、身が持たないと思うの」


 


エレナの声は、決して否定ではなかった。

ただ、心から心配している、そんな響きがあった。


 


「……はい。考えてみます」


 


しずくが頷くと、エレナはふっと微笑んだ。


 


その横で、リサがふいに立ち上がる。


 


「……とにかく、今はしっかり休め。

 話はそれからだ」


 


そのまま、くるりと背を向ける。


 


「俺らもそろそろ行くからよ」


 


リサが扉に向かって歩き出すと、その向こうから、ひそひそと小さな声が聞こえてきた。


 


「ちょ、押さないでってば……見えないでしょ、ミカ!」


「だって、もうすぐ出てくるんだってば!」


「こっちも狭いのよ、ちょっと!」


 


病室の扉が開かれるや否や――


 


「うわっ!!」


「きゃっ!」


「うえぇっ!」


 


アヤメ、ミカ、ソラの三人が、見事なまでに雪崩れ込んできた。


 


「な、なにしてるんですか!?」


 


「しずく様あああああああ!!」


 


アヤメの泣き声が、病室の空気を震わせる。

ミカとソラも、ほとんど転がるように飛び込んでくる。


 


「生きてた……ほんとに生きててよかった……!」


「もーっ、心配かけさせないでよっ!」


 


三人がしずくの手を取って、泣きじゃくる。


 


「……みんな、ごめんね。ありがとう」


 


しずくは、少し照れたように笑って言った。


 


アヤメは涙を拭う暇もなく、しずくの手を両手で包み込む。


 


「生きてて……本当に、よかった……!」


 


ぽろぽろとこぼれる涙が、しずくの手の甲を濡らしていく。


その震える手を見つめながら、しずくは優しく微笑んだ。


 


「ありがとう、アヤメちゃん……」


 


その言葉を聞いた途端、アヤメは勢いよく顔を上げた。


 


「――しずく様!」


 


涙の跡を残したまま、まっすぐに立ち上がる。


 


「腕が使えない間は、私がすべてお世話いたします!」


 


「ちょ、ちょっと待って、それは私がやるってば!」


 


ミカがすかさず横から割り込み、ソラも慌てて名乗り出る。


 


「わ、わたしだって、何かできるはずです!」


 


三人は同時にしずくの周りに集まり、顔を突き合わせる。


 


「朝ごはんの用意は私が!」


「いや、洗濯物は私がやるから!」


「掃除なら任せてください!」


 


わぁわぁと賑やかに言い合う声が病室に響いた。


しずくは苦笑しながら、小さく首をすくめる。


 


「みんな……気持ちは嬉しいけど……。」


 


その横で、リサが額に手を当てて叫んだ。


 


「お前ら、少しは落ち着け! ここは病室だっての!!」


 


ピシッと静まり返る三人。


 


――次の瞬間、クスクスと笑いがこぼれた。


病室には、ようやく平和な空気が戻っていた。


病室の空気が落ち着きを取り戻すと、リサがふと立ち上がった。


 


「……さてと。そろそろ行くか。あいつが来る前にな」


 


「え? あいつって……誰ですか?」


 


しずくの問いに、リサは面倒くさそうに肩をすくめた。


 


「魔女だよ、魔女」


 


その言葉を合図にするかのように、病室の扉が音もなく開いた。


 


「ふふっ、ずいぶんと懐かしい呼び名ね。リサ」


 


すらりと長い足を前に出しながら、白衣を着た一人の女性が現れた。

年齢不詳の妖艶な美貌。

整いすぎた顔立ちに、知性の光を宿した鋭い瞳。

その佇まいは、まさに“魔女”の名にふさわしい存在感だった。


 


「……出たな、魔女め」


 


リサが呆れたように言うと、女性はくすりと笑った。


 


「寂しかったわよ、リサ。最近ずいぶんご無沙汰じゃない?

あんなに子どもみたいだったあなたが、今じゃすっかり立派な大人になって……」


 


リサは小さく舌打ちしながらも、少しだけ眉をひそめる。


 


「そーゆーあんたは……年取らなすぎじゃないか?

俺が入隊した頃から見た目まったく変わってねえぞ。

むしろ……若返ってるまであるんじゃねぇか?」


 


その言葉に女性は口元に手を当てて、小さく笑う。


 


「それは褒め言葉として受け取っておくわ。

美容と健康は、魔術と科学の融合よ」


 


そのやりとりを横目に、エレナがそっとしずくに耳打ちする。


 


「……私、この人、苦手なの。なんかこう……全部見透かされてる感じで」


 


すると――


 


「エレナ。そんな冷たいこと言わないでよ。

昔はあんなに……ベッドで愛し合った仲じゃない?」


 


エレナの顔が一瞬で赤く染まる。


 


「な、なんで聞こえてるんですか!? っていうか、なにその言い方!!」


 


その一言に、部屋中がしんと静まり返った。


リサ、しずく、アヤメ、ミカ――みな同時にエレナを見る。


 


「エレナ……そっちの趣味があったなんて……」


「エレナ様……なるほど、深い……」


「まぁ……愛にはいろんな形がありますから……」


 


「ち、ちがっ……違いますからっ!!

治療しただけです! 変な誤解を招くようなこと言わないでください、先生っ!」


 


エレナが思わず叫ぶ。


 


「ふふ、冗談よ。けど……」


 


視線がすっとエレナの身体に走る。


 


「太った? 前より右脚に重心が寄ってるわね。

姿勢の微妙な崩れ、腰の軸のズレ……それに、4キロは増えてるかしら」


 


「な、なんでそんなの分かるんですか!!」


 


「視診よ。私の目にかかれば、脂肪の付き方だって透けて見えるわ」


 


辛辣な分析に、エレナは顔を真っ赤にしてうめくように項垂れた。


 


「……ほんっと、変わってない……この人……」


 


そんな彼女の姿を横目に、しずくが思わずリサに問いかける。


 


「あの……この方はいったい…?」


 


リサは腕を組み、小さく息を吐いた。


 


「――この人は、マルセラ・クルス。

かつて“黒翼の魔女”って呼ばれてた、元・魔法少女だ」


 


「えっ……!?」


 


「俺がまだ新兵だった頃、すでに第一線で活躍してた。

一騎当千って言葉が似合うような、化け物じみた強さだったな。


戦いに明け暮れて、誰よりも仲間想いで、なのにすぐ引退して、

いつの間にか軍医になってた。


あれだけ暴れ者だったのに、それが今じゃ、医療と魔術の融合とかいう訳の分からん分野を確立して、医学の重鎮になってる。……まぁ、すげぇ人だ。」


 


しずくが思わず目を見張ると、マルセラはにこやかに肩をすくめた。


 


「もう、昔のことよ。

今はこうして、傷ついた子たちを癒すのが、私の“戦場”ってだけ」


 


その言葉に、どこか寂しげな微笑みが混じっていた。


 


「でも……戦場の風は忘れてないわ。

だから、今のあなたを見て、すぐに分かった」


 


彼女の視線が、改めてしずくに向けられる。


 


「真壁しずく――今回の治療対象は、あなたね。

さて、診させてもらうわよ」


 


その声には、確かに戦士の名残があった。


 


マルセラは指先を軽く動かすと、淡い紫の魔素がその手元に集まり、

しずくの身体を包み込むように広がっていく。


 


「診察を始めるわ。抵抗しないで、体の力を抜いて」


 


しずくがこくりと頷いた瞬間、微かな温かさが肌に触れた。


 


「……なるほど。体格、筋肉密度、魔素循環量、反応速度……

ああ、やっぱり。盾とは少し相性が悪いわね」


 


「……そうなんですか?」


 


「ええ。あなたの身体は“受ける”より“受け流す”に向いている構造。

重厚な盾で正面から受けきるより、

動きながら魔素を拡散していくスタイルのほうが合ってる」


 


マルセラは、まるで職人が宝石を鑑定するかのように、

真剣な眼差しでしずくを見つめた。


 


「それと――精神の傷。これは深いわね。

表に出していないけれど、たぶんあの戦いで、相当なものを背負った」


 


しずくの胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。


 


「……それでも、立ち上がろうとしてる。えらい子ね。」


 


マルセラの声は、どこか甘く、それでいて強く響く。


 


「身体、そして心ごと、私に委ねなさい。三日で動けるようにしてみせる。

全身の魔素循環を再構築してあげるわ。」


 


「えっ……心ごとって……?」


 


「……お楽しみはこれからよ。」


 


そのとき、リサがぽつりと呟いた。


 


「ご愁傷様……」


 


しずくは、思わずごくりと息を呑んだ。


 


「……え、えっ……な、なにが始まるんですか……!?」


 


マルセラの瞳が妖しく輝いた。


 


「さあ、始めましょうか。“再生”の儀式を」


しずくにはこれからなにが始まるのか、皆目見当もつかなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


流瑠々と申します。


もし「続きが気になる」と思っていただけましたら、




ブックマークや評価で応援していただけると、がんばれます。


次回  朝の光 お願いします。



流瑠々でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ