第25話 眼前の絶望
装甲車が停車したのは、
廃墟を越えた中継地点だった。
仮設の照明が淡く灯り、
臨時の拠点で負傷者の手当と情報整理が進められていく。
「……被害状況を確認する」
部隊長の魔法少女が声を張る。
しずくたちを含む面々が、
静かに集まっていた。
「死亡確認――6名」
低く読み上げられる名前。
「ミレイ、アスカ、ジュリア……」
「セナ、リーリャ、ミナ。」
読み上げが終わると、誰もが沈黙した。
顔を伏せる者、目を閉じる者、拳を握りしめる者――
それぞれが、無言で仲間の死を受け止めていた。
「……遺体は全員、回収済みです」
一拍置いて、アヤメが前に出る。
「ナンバーズ部隊の連絡状況について――」
彼女は端末を確認しながら、報告を続けた。
「現在、連絡が取れているのは
――№7、ライラ・ブレイズ隊。そして、
№10、ギルベルト・シュトラール隊です」
「両部隊とも、現在撤退中。
……死者も確認されています」
「くっ……」
誰かが低く唸るように呻いた。
しずくも目を伏せ、歯を食いしばる。
そんな中、リサが重く口を開く。
「――カレンの部隊はどうした。被害状況は?」
アヤメがわずかに視線を逸らし、少し気まずそうに答える。
「……№10、カレン・シュナイダー隊とは……
現在、連絡が取れていません」
その報告に、場が静まり返る。
「応援に行くか……?」
誰かが呟いた声が、
撤退列車のざわめきにかき消されそうになる。
だが、リサは即座に首を振った。
「待て。今は自分たちの隊を優先させる。
撤退を継続する!」
しずくはその言葉を聞いて、
胸の奥がきゅうっと締めつけられる思いがした。
だが、何も言えなかった。
装甲車が進む中、前方の瓦礫の陰で、
何かが動いた。
「マガツ……!?」
緊張が走る中、しずくが目を凝らす。
「……違う、あれは……人、です!」
照明を当てると、
そこにはボロボロの魔法少女が、かろうじて立っていた。
血に染まり、装備は半壊している。今にも倒れそうだった。
すぐに装甲車が停止し、救助班が駆け寄る。
「大丈夫ですか!? 意識は……!」
「た、助けて……お願い、
カレン隊が……やられたの……っ」
少女は掠れた声で語る。
自分はカレン・シュナイダー隊の一員だったこと。
そして――
「信じられないくらい強いマガツに、
隊が……崩されたんです……。
今も、きっと……誰かが……!」
語尾が涙に濡れていく。
それでも、彼女は叫ぶように言った。
「お願いです!
どうか、私たちを……助けて……!」
重苦しい沈黙が拠点を覆う。
リサが前へ出る。
顔には深い苦悩が刻まれていた。
「……すまない。だが、今の俺たちには――どうすることもできない」
しずくが、驚いたように顔を向けた。
「えっ……!?」
リサは、言葉を続けた。
「このまま進めば、俺たちも潰される。だから、一度戻る。応援を呼んで、それから……」
「……そんな……」
装甲車が再び動き出す。
しずくは、うつむいたまま、拳を握りしめた。
(待ってなんかいられない……今この瞬間も、誰かが――)
そして、決意した。
「ごめんなさい……!」
ドアが開き、しずくの足音が地面を打つ。
彼女は車から飛び降りた。
「私は……行きます!
どうしても、助けたい!」
装甲車が急停車する。
「しずく! 勝手な行動は――!」
リサの怒声が響くが、止められない。
「ったく……!」
リサは苛立ちを押し殺しながら目を伏せた。
動けない自分が、歯がゆかった。
続いて、ミカとソラもドアを開ける。
「私も行くよ!」
「……ごめんなさい。私も、行きます」
リサがアヤメに目を向ける。
「アヤメ! あいつらを止めろ!!」
だがアヤメは、静かに首を横に振った。
「……申し訳ございません、リサ様!」
4人が瓦礫を駆け出す。
リサは、その背を見つめたまま、拳を握る。
(……あのバカどもが……)
一瞬立ち止まり、追うかどうか迷った。
しかし、車体の揺れとエンジン音が答えを促した。
――そのまま、撤退を続行した。
森の闇が、追手の影をかすかに隠していた。
だが、その深奥へ踏み込むごとに、
空気が変わっていく。
そこかしこに“痛みの痕跡”が残されていた。
折れた武器。
血に濡れたマントの切れ端。
そして――、根元に引っかかったままの、
少女の腕。
「しずくちゃん! こっち!」
ミカが叫ぶ。
しずくは反応するように駆け出した。
ソラとアヤメもそれに続く。
倒れた木々を跳ね、黒ずんだ地面を蹴って、
深い森の出口へと向かう。
徐々に木々がまばらになり、
風が視界を吹き抜けた。
そして――
森が開ける。
眼前には、
巨大な切り立った岩壁がそびえていた。
そのふもと。
壁を背に、追い詰められた一団の姿があった。
ボロボロの魔法少女たち。
その数は――あまりにも少なかった。
「……カレン隊……!」
しずくの声が掠れる。
見覚えのある制服。
だが血に染まり、色も形も歪んでいる。
魔法少女の一人が、
足のない仲間を服ごと引きずっていた。
もう片腕しか動かないのか、肩で息をしながら、
わずかにでも遠ざけようと必死だった。
先頭には、カレン・シュナイダーがいた。
その姿は――言葉を失うほどだった。
身体中に傷を負い、
マントは焼け焦げ、片足を引きずっている。
それでも彼女は、
剣を手に、マガツの前に立ちふさがっていた。
しずくたちは、
マガツの背後――森の闇から現れた。
眼前の絶望。
背後から来た希望。
まさに――奇跡のタイミングだった。
森の風がざわめいた。
その現場へ向かおうと、
しずくが前へ一歩踏み出す。
「待って、しずく様! これはもう無理です!
助けられません! 情報を得ただけでも、良しとしましょう!」
アヤメが手を伸ばして彼女を制止する。
声が震えている。
「だめ! 助けないと――!」
しずくの目が、震えを帯びる。
「今回ばかりは、そうはいきません!
見たでしょう、あのマガツの強さを!
しずく様が行っても、何もできません!」
ミカが割って入る。
怒りとも悲しみともつかない声で。
「じゃあ……見殺しにしろっていうのか!
私はできない!
私はしずくちゃんに命を助けられた!
しずくちゃんが助けると言うなら、私だって行く!」
アヤメが唇を噛み、顔を紅潮させて叫ぶ。
「今はそんな感情論を言ってる場合じゃない!
しずく様、お願いだから……!」
しずくが両手を広げ、
アヤメの肩をそっとつかむ。
「アヤメちゃん、私は――
目の前で助けを求めている人がいるなら、
助けたいんだ」
その声には確かな意志が宿っていた。
「しかし……」
一瞬、視線をカレン隊に落とし――
「大丈夫。必ず、助ける」
しずくが息を吸い、三人に向き直る。
「あなたたちは、参加せずに、
まずは逃走ルートの確保を!」
アヤメが喉を鳴らし、小さく頷く。
「アヤメ! 聞いたでしょ!
しずくちゃんを信じて、あたしたちにできることをするの!」
ミカもソラも、強く頷く。
アヤメが覚悟を決めたように吐息をつく。
「くっ……了解!」
三人はその場を固め、影のように動き出そうとする。
しずくは一瞬立ち止まり、
深く息をつき、そして――
走り出した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
流瑠々と申します。
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次回 緋ノ盾 お願いします。
流瑠々でした。




