第24話 紅嶺絶葬
戦場に、悲鳴が戻った。
逃げ遅れた数人のエクリプスたちが、
マガツの動き出しと同時に吹き飛ばされる。
一人は胸を貫かれ、もう一人は首を斬られ、
最後の一人は踏み潰された。
その様子を、誰も止めることができなかった。
ほんの一瞬だった。
殺戮が“流れ作業”のように繰り返されるのを、
ただ見ているしかなかった。
「……っく、くそ……!」
歯を食いしばったリサが、
叫ぶように振り返った。
「――しずく!」
しずくは目を見開いた。
「お前の力が必要だ!!」
その声に、しずくは反応するよりも早く、
駆け出していた。
「はいっ!」
リサのもとへと向かう途中、
しずくの脳裏を“死”の光景がよぎる。
瓦礫の隙間に落ちた遺体、血に染まったマント。
だが、リサの背が見えたとき、
そんなものはすべて霧散した。
「しずく。俺はこれから、
一発ぶちかます。……準備に少し時間がいる」
リサはそう言うと、静かに目を閉じ、
呼吸を整え始めた。
肩の上下がゆっくりと止まり、
赤い大剣の根元に光が集まり始める。
「――その間、頼んだぞ」
「わかりました!」
しずくは頷く。
「絶対守ります!」
盾を構え、マガツと向き合う。
その瞬間、背筋が凍りついた。
目の前に立つ“死”。
理屈ではない。
呼吸が浅くなり、体が動かない。
胸の奥で、何かが軋む。
(――だめ……怖い……)
硬直したまま、一歩も動けない。
盾を握る手が汗で滑りそうになる。
そのとき。
「しずく……。」
リサの声が届いた。
呼吸の音に混じる、彼女の力強い声。
はっとした。
(そうだ……私が、守らなきゃ――)
しずくは大地を踏みしめ、叫んだ。
「―《白盾》!!」
白光が弾け、盾が輝く。
その光は一瞬で拡張し、巨大な白い防壁となってリサの前に展開された。
直後、マガツの一撃が炸裂する。
「ぐっ……!」
盾に衝突した拳が、空気を割り裂き、しずくの身体を強かに揺さぶった。
地面が砕け、足元が滑る。
だが――崩れない。
盾は、リサを守った。
(私を信じてるんだ……リサさんは……!)
「まだまだぁッ!!」
しずくが叫ぶ。
「―《蒼ノ盾》!!」
今度は蒼白の光が走る。
展開された盾に魔力が集中し、
マガツの拳が再び衝突――
その力を、跳ね返した。
「っく――!?」
衝撃波が逆流し、マガツの身体が押し返される。
同時に、しずくもその反動で吹き飛ばされた。
「きゃ――っ!」
地面を転がり、砂煙の中で膝をつく。
マガツは腕を振り、じっと見つめる。
まるで――“確認する”かのように。
しずくは歯を食いしばり、立ち上がろうとする。
だが――脚に力が入らない。
そのとき、静かに声が響いた。
「もう十分だ、しずく」
リサの目が、開かれた。
その瞳は、燃えていた。
剣に宿した大炎が風を巻き起こし、
服がはためく。
彼女の気配が――変わっていた。
堂々と、威風と、覚悟をまとい。
しずくが呟いた。
「リ、リサさん……」
リサが、剣を構えた。
地面に突き立てていた大剣を、
両手で持ち上げる。
その刃に――赤い炎が灯る。
深紅の魔力が、
剣の輪郭を溶かすように燃え上がり、
空気を焦がした。
それは怒りでもなく、憎しみでもない。
ただ「決意」が凝縮された、静かな炎だった。
「――行くぞ……ッ!」
魔力が震え、大地が応えるように微かに唸る。
マガツが、静かに首を傾げる。
腕をだらりと下げたまま、動かない。
観察している。
目の前の“異常”を。
だが、リサは動じなかった。
「――《紅嶺絶葬》!!」
咆哮が、空を裂いた。
大剣から放たれた深紅の斬撃が、直線状に地を走る。
熱が、風が、怒濤のように押し寄せる。
焼けた瓦礫が砕け、赤い閃光がマガツを正面から貫いた。
その異形の体が、光の奔流に呑まれた。
直後――爆発。
真紅の爆風が戦場を吹き飛ばす。
廃墟の壁が崩れ、遠くの地平線まで赤が染まった。
マガツの身体が、巨大な岩を砕きながら、視界の彼方へと投げ出される。
その動きすらも、もはや“人”ではなかった。
重い沈黙。
風だけが、あたりを舞う。
リサの体が、ぐらりと揺れた。
「う……ぁ……。」
「リサさん!!」
しずくが駆け寄り、彼女の身体を支える。
リサは限界まで消耗していた。
全身の力が抜け、膝が崩れ落ちる。
「……やった……少しは、効いただろ……?」
かすれた声で、
そう笑うリサの口元には血が滲んでいた。
「リサさん……もう、喋らないでください!」
しずくはその肩を抱きしめ、必死に声を張る。
リサはそれでも、口を動かした。
「……全軍……撤退……!」
その一言が、再び戦場に号令を刻んだ。
しずくはすぐに通信装置を操作する。
「こちらしずく! リサさんの命により、
全軍撤退を開始します!」
逃げるのではない――撤退だった。
秩序を崩さず、誇りを捨てず、
仲間を見捨てない。
誰かが、倒れた仲間を背負って走る。
別の少女が、魔法で宙に浮かせた遺体を運ぶ。
「ここに遺体! 誰か、お願い!」
「了解!」
そのやり取りが、何度も繰り返される。
血に染まったマントも、失われた杖も、誰一人、誰一つ、置いていかなかった。
部隊長の指揮が飛び、皆がそれに応える。
ミカは片腕を負傷した仲間を抱えて乗り込み、
ソラはその背後を警戒してついていく。
しずくとアヤメもリサを支えながら、
最後尾の車両へと向かっていた。
装甲車の中では、誰もが荒い息を吐き、
汗と血に濡れていた。
それでも――目は前を向いていた。
瓦礫の影から、誰かが叫ぶ。
「遺体は? 回収は終わったか!?」
「確認した! 全員、乗ってる!」
「よし、発進!!」
エンジンが咆哮し、装甲車が一斉に動き出す。
金属の車輪が砂利を噛み、
爆音と共に戦場を離脱する。
崩れた廃墟の奥。
血と炎に包まれた静寂の中。
赤く染まった瓦礫の影から、
“それ”が、ゆっくりと――上半身を起こした。
ガラスのような外殻に、赤い光が走る。
無表情のまま、首がぎくりと回転する。
そして――
ただ、ゆっくりと
視線を装甲車の去った方向へ向けた。
まるで、
遠くに燃え上がる炎の先に――
これから始まる地獄を、
確かに見据えているかのように――。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
流瑠々と申します。
最近ハイカカオチョコレートにはまっています。
もし「続きが気になる」と思っていただけましたら、
ブックマークや評価で応援していただけると、がんばれます。
次回 眼前の絶望 お願いします。
流瑠々でした。




