第16話 蒼き盾の覚醒
轟音と共に建物が崩れ落ち、赤黒い巨影が姿を現した。
マガツ――人間の街に決して現れてはならない災厄。
瓦礫に押し潰された白いフードの影が、動かぬまま散らばっている。
それを踏み越えて、住民たちが悲鳴を上げ、四方に逃げ惑った。
「……ほんとに……いるなんて……!」
ミカが顔を引きつらせ、腰にかけていた小銃を握りしめる。
「でも、これじゃ……! 小銃しかないわよ!」
「――しずく様!」
アヤメの声が鋭く響いた。
「避難誘導を! 私たちで住民を逃がします!」
しずくは震える息を吐き、ユイを背に庇いながら叫んだ。
「……私が時間を稼ぐ! みんなは避難誘導をお願い!」
アヤメが短く頷きユイを抱えて走り出す。
ミカも「了解っ!」と声を張り上げた。
二人はすぐさま走り出し、群衆の中に飛び込む。
「こっちへ! 走れ!」
「子供を抱えて! 早く!」
混乱の渦を切り裂くように、彼女たちの声が響き渡る。
残されたしずくは、瓦礫の中に一歩踏み出した。
目の前で触手を振り上げる災厄へ、震える腕を突き出す。
「――来い……!」
白光の盾が展開し、夕闇の街に眩い輝きを放った。
その時、瓦礫の山の隙間から、白いフードに身を包んだ男が這い出してきた。
血に濡れ、片目は潰れながらも、なお狂気に満ちた瞳を燃やしている。
「やめろ……! その御身に逆らうな……!」
声を振り絞り、男は震える手を天へ伸ばす。
「我らが祈り、供物を捧げ続けた……! あれは神の御業……! この地で我らが育て上げた、選ばれし神なのだ!」
「……育てた……? はぁ!?」
ミカが顔をしかめ、苛立ち混じりに怒鳴った。
「何わけわかんないこと言ってんのよ!」
だが、男は嗤うように続けた。
「最初は小さな“神”であった……。だが、我らが支え続けた。血と肉を捧げ続けた。そうしてここまでお育てしたのだ……!
あれはもう、ただのマガツではない……!」
「――っ!」
アヤメの表情が蒼白に変わる。
「しずく様! そいつは……!」
警告の声よりも早く、巨影が蠢いた。
触手が閃光のように振り下ろされる。
「――来させない!」
しずくは駆け出し、盾を展開して受け止める。
轟音。
瞬間、盾が砕けるような衝撃が全身を貫いた。
「――っぐぅ!!!」
凄まじい力に弾き飛ばされ、しずくの体は瓦礫の上を転がり、石壁に叩きつけられる。
「しずく様!!」
「しずくちゃん!!」
アヤメとミカの悲鳴が重なる。
マガツの触手は血のように赤く燃え、口腔から腐臭混じりの蒸気を吐き出した。
その禍々しい気配に、アヤメが歯を食いしばって叫ぶ。
「……間違いありません! そいつは人間を何人も喰らっています!
いままでのマガツとは格が違う……!!」
しずくは震える腕で地を押さえつけながら、必死に立ち上がった。
「……そ、そんな……」
――“供物によって歪められた災厄”。
その存在が、彼女たちの常識を一瞬で崩していった。
赤い瞳がぎらつき、触手が群衆へとうねった。
「――まずい!」
アヤメが絶叫し、両腕を広げて叫ぶ。
「みんな逃げろ!!」
その瞬間、しずくの体が先に動いた。
「……行かせないっ!」
盾を突き出すと、白光が瞬時に広がり――《白盾ホワイト・バスティオン》が展開される。
触手の直撃を受け止める。
轟音。
石畳が砕け、火花が散る。
歯を食いしばりながら必死に耐え――わずかに押し返した。
マガツの巨体が後退する。
「はぁ……はぁ……」
「しずくちゃん!」
呆然とした声を漏らすミカ。
「ミカ! ぼさっとするな!」
アヤメが鋭く叱咤する。
「避難を続けろ!」
「わ、わかってるって!」
ミカは舌を出し、住民の避難を促しながら後退する。
その視界の奥――。
装備を整えたエクリプス部隊と数人の魔法少女が駆けつけ、砂煙の中で素早く布陣を整えた。
「き、きた!」
ミカが息を呑む。
その直後――。
「しずくさん! みんな!」
駆けてくる声。ソラだった。
頬に汗を伝わせながら合流し、肩で息をしている。
「ソラちゃん!」
「対象を補足! 広域展開、住民避難を最優先!」
鋭い指揮の声が飛ぶ。
隊列の中央に立つのは、濃紺の外套を羽織った魔法少女。
短く刈られた黒髪が揺れ、冷静な眼差しで戦況を見据えている。
「……すまない!」
その部隊を率いる隊長が叫んだ。
「いますぐ出撃できる十星がいない! あとから応援は来る……だが、現状はこの戦力で対応するしかない!」
息を整える間もなく、隊長は腕を振り下ろした。
「射撃用意!」
魔素銃が一斉に構えられる。
緊張が一気に高まり、夜気が震えた。
しかし次の瞬間、隊長の表情が強張る。
耳元に触れ、通信を受けると、苦い声で叫んだ。
「……っ、射撃中止!」
「はぁっ!?」
ミカが大声を上げた。
「住民がまだ近くにいる! 市街地では発砲許可が下りない!」
隊長の声が怒気を孕み、部隊全体に伝わる。
「ふざけんじゃないわよ!」
ミカは地面を蹴り、怒りをあらわにした。
「私たちに死ねって言うの!? あんな化け物、撃てるの今しかないのに!」
ミカの怒声が夜気を裂いた。
「……防御体系に移行!」
隊長が叫ぶ。
魔法少女たちは顔を歪めながらも、即座に両腕を掲げた。
「くっ……!」
青白い障壁が幾重にも展開され、前線に厚みを作る。
――その瞬間。
マガツが低く咆哮し、巨体をひねって突進してきた。
触手がうなりを上げ、光の壁へと叩きつけられる。
「だめ! 受け止めちゃ……!」
しずくが叫んだ。だが、遅かった。
轟音。
障壁が一瞬で粉砕され、破片のように弾け飛ぶ。
防御陣形を組んでいた魔法少女たちの体は、次々に宙へ投げ出された。
「――っ!」
建物に叩きつけられる。
石畳に転がり、血を吐いて動かなくなる。
「なっ……!」
しずくが絶句する。
「嘘……魔法少女が……!」
逃げ惑う住民が声を失い、絶望のざわめきが広がる。
隊長は顔を引きつらせ、奥歯を噛みしめた。
「……っ、早く住民の避難を急がせろ!」
怒声が響くが、その瞳には明らかな動揺が宿っていた。
「……くそっ! このままじゃ抑えきれん!」
隊長が額を流れる汗を拭い、咆哮するマガツを睨む。
「――音波装置を起動! マガツを誘導する!」
命令と同時に、数人のエクリプスが腰の装置を叩いた。
甲高い音が響き渡り、空気を震わせる。
「ギィィィィッ……!」
マガツが反応した。
触手をうねらせ、住民の群れではなく、音の発生源――エクリプスたちへと向きを変える。
「今だ! 住民を逆方向へ誘導しろ!」
隊長の声が飛ぶ。
エクリプスたちは一斉に駆け出し、必死に走る住民の背を押しながら避難を急がせる。
同時に、音波装置を鳴らしながら、逆方向へと走った。
「こっちだ! 来い……ッ!」
「止まるな! 全員走れ!」
だが――。
「ギャアアアアアッ!」
咆哮と共に振り下ろされた触手が地面をえぐり、音波装置を持つ一人を直撃した。
血が飛び散り、体が瓦礫に叩きつけられる。
「ひっ……! やめろぉぉっ!」
次の瞬間、二人目も吹き飛ばされ、地に転がった。
――その先。
マガツの赤い瞳が、避難しきれずに残った群衆を射抜いた。
巨体が低く身を沈め、触手を地を這わせながら突進を始める。
「きゃあああああっ!」
悲鳴が夜空を裂いた。
瓦礫を飛び越え、マガツが群衆に向かって疾走する。
足音が地面を揺らし、崩れかけた建物の窓が次々と砕け散った。
「やばい、やばい……!」
ミカが青ざめ、声を震わせた。
「……しずく様!」
アヤメが叫ぶ。その声の奥には焦燥と絶望が入り混じっていた。
しずくは歯を食いしばり、駆け出す。
――訓練場。
炎のような夕日が差し込む中、リサの大剣が唸りを上げて振り下ろされた。
必死に盾を構えるが、直撃を受けて膝をつく。
衝撃が骨を軋ませ、肺の奥から苦鳴が漏れた。
「くっ……! ま、まだ……!」
崩れた膝を押さえながら立ち上がろうとするが、再び叩きつけられ、土煙の中へ沈む。
盾を抱えてうずくまるしずくに、リサの低い声が降りかかる。
「……なぁ、しずく」
大剣を肩に担ぎ、汗も拭わずに睨む。
その炎のような瞳と、僅かな笑み。
「お前の武器は盾だ。守ることはできる。だが――守るだけじゃ、勝てないぞ」
「……でも、わたしは……みんなを守るために……!」
「それでいい。だがな――守るためには、“攻め”も必要なんだ。
相手の力を受け止めるだけじゃ駄目なんだよ。」
「攻め……?」
「ああ。お前の盾は、ただの壁じゃねぇ。
お前の心次第で、力は変わる。……いつかその瞬間が来る。お前が“変わる”ときがな」
――リサの言葉が鋭く胸に刻まれる。
「……リサさん……」
その呟きの直後、現実に引き戻す轟音。
マガツが地を割る勢いで突進してきた。
しずくは盾を握り直し、歯を食いしばる。
白光が揺らめき、蒼と白が混じり合い奔流となる。
「――守る力を……返す!!」
衝撃が盾に吸い込まれ、次の瞬間――爆ぜるように逆流した。
轟音。
圧縮された力がマガツを叩き返し、巨体が弾かれるように吹き飛ぶ。
石壁を砕きながら倒れ込むと、咆哮が夜の街を震わせた。
轟音と砂塵の中。
マガツの巨体が吹き飛び、石壁を砕きながら崩れ落ちる。
盾を握りしめたしずくの周囲には、まだ蒼白の光が残滓のように漂っていた。
肩で荒い息をしながら、彼女はその輝きを見つめる。
(……守る力を、返す……なら……)
胸の奥から、自然に言葉が零れ落ちた。
「――《蒼ノ盾》」
その瞬間、盾の光が脈打つように明滅した。
まるで新しい力を肯定するかのように。
ミカが呆然と息を呑む。
「す、すげぇ……今の……!」
アヤメは瞳を揺らしながらも、震える声で頷いた。
「しずく様……それが、あなたの……新しい力……」
しずくは唇を引き結び、盾を握り直した。
その瞳には、もう迷いはなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
いつもリアクション、評価 本当にありがとうございます。
支えになっております。
流瑠々と申します。
現れてしまった災厄
しずく達はどう立ち向かうのか
次回 №8ミラ・ヴェイル お楽しみに
もし少しでも「続きが気になる」と思っていただけましたら、
ブックマークや評価で応援していただけるとありがたいです。
以上、流瑠々でした。




