第103話 紡がれた光
「そ、その槍は……」
セラフィナの声が震えていた。
目の前の少女が握りしめている、
巨大な騎士槍。 内側から溢れ出す聖なる光。
見間違えるはずがない。
かつて、自分が唯一勝てなかった「天才」が愛用していた、最強の神具。
「ありえない……。 あの時、私が心臓を貫いたはず……!
あの武器も、持ち主と共に消滅したはずよッ!!」
セラフィナが後ずさる。 神を自称する彼女が、恐怖で足を引いた。
それはただの武器ではない。彼女の劣等感の象徴そのものだからだ。
しずくは静かに槍を構えた。 重さを感じない。
まるで体の一部のように馴染む。 姉の温もりが、指先から伝わってくる。
「セラフィナ」
しずくが、冷徹な瞳で元凶を見据える。
「私は……貴方を……絶対に許さない!!」
その言葉が放たれた瞬間。
ドクンッ。
セラフィナの心臓が早鐘を打った。 視界が歪む。
目の前のしずくの姿が、昔の記憶――あの日対峙した、
あの日の瑠璃の姿と完全に重なったのだ。
『私は……貴方を……絶対に許さない!!』
過去の声と、現在の声。
二つの糾弾が、完璧にシンクロしてセラフィナの脳髄を揺さぶる。
「ひッ……!?」
セラフィナは頭を抱えた。 耳鳴りが止まらない。
死んだはずの女の声が、鼓膜にへばりついて離れない。
「くそっ……くそくそくそッ!! 瑠璃……瑠璃ィッ!!
死んでまで……死んでまで、お前はどこまで私の邪魔をするのォォォッ!!!!」
セラフィナが絶叫した。
恐怖を怒りで塗りつぶし、全身からどす黒い闇を爆発させる。
「消えろ!亡霊め!
妹ごと、その忌々しい記憶ごと、今度こそ無に還してやるわッ!!」
セラフィナが両手を突き出す。
空間が裂け、無数の重力球が機銃掃射のように放たれる。
「――無限・重力弾ッ!!」
豪雨のような弾幕。 一発一発が戦車を粉砕する威力の塊が、しずくへ殺到する。
「ハァッ!!」
しずくは一歩も引かず、槍を振るった。
碧い閃光が走り、迫りくる重力弾を次々と爆散させる。
「なッ……相殺した!?」
しずくが地を蹴る。 盾を構えて突進。 爆風を突き破り、セラフィナへと肉薄する。
「寄るなァァァッ!!」
セラフィナが右腕を振るい、空間ごと薙ぎ払う重力波を放つ。
しずくはそれを盾で受け止める。
ガガガガガガッ!!
凄まじい衝撃。 しずくの足が床を削り、後退する。 だが、倒れない。
「くっ……!」
「死ね! 潰れろ!」
セラフィナが追撃の闇を放つ。
しずくは歯を食いしばり、盾で耐えながら、隙を見て槍を突き出す。
ヒュンッ!!
「くっ……!」
セラフィナが紙一重で回避する。 頬を風圧が切り裂く。
「バカな……。速い……!」
拮抗していた。 神の力を得たセラフィナと、姉の力を継いだしずく。
互いの魔力がぶつかり合い、玉座の間が光と闇で明滅する。
だが。 数十合打ち合ううちに、変化が訪れる。
「ハァァァァッ!!」
しずくの槍捌きが加速する。
打ち合うごとに姉の魂とリンクし、その動きが研ぎ澄まされていく。
「くっ……うぅ……ッ!?」
セラフィナが押され始める。
重力魔法を撃っても、槍で斬り裂かれる。
障壁を展開しても、盾で叩き割られる。
「なんで……なんでよッ! 私は神よ!?
魔力を吸われているとはいえ、人間ごときに負けるはずがないッ!!」
セラフィナが焦燥を露わにする。
一歩、また一歩と後退させられる。 玉座まで追い詰められていく。
「見える……!」
しずくの右目、魔眼が輝く。
セラフィナの動きが手に取るように分かる。
焦りからくる攻撃の乱れ。 魔力の淀み。
「そこッ!!」
ズバァッ!!
「きゃあぁぁッ!?」
しずくの槍が、セラフィナの脇腹を浅く切り裂いた。 鮮血が舞う。
「き、傷が……! この私の体に……傷がついただと……!?」
セラフィナが傷口を押さえ、愕然とする。 信じられない。
こんな小娘に。 あの日殺したはずの姉妹に、ここまで追い詰められるなんて。
「お姉ちゃんは……もっと強かった!」
しずくが叫ぶ。 盾を構え、さらに踏み込む。
「貴方が恐れて、
卑怯な手を使わなきゃ勝てなかったくらい……強かったんだッ!!」
「だ、黙れェェェッ!!」
「その力を……私は受け継いだ! 今の私は、お姉ちゃんと二人だ!
一人ぼっちの貴方に……負けるわけがないッ!!」
しずくの猛攻。 突き、払い、盾殴打。 怒涛の連撃がセラフィナを襲う。
「ぐ、あ……ッ! やめ……ッ!」
セラフィナの障壁が砕け散る。
ドレスが切り裂かれ、無数の傷が刻まれていく。
圧倒的だった神の威厳は地に堕ち、今はただ防戦一方の敗走者。
(負ける……? 私が……負ける……?)
恐怖が、セラフィナの心を支配する。
このままでは殺される。 神になる夢が、ここで潰える。
「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だァァァッ!!!」
セラフィナが狂乱する。
彼女は自身の生命力を燃料にし、玉座の間の全魔力を吸収し始めた。
「私は神だ!世界の支配者だ! こんなところで終わってたまるかァァァッ!!!」
セラフィナが宙に浮き上がり、両手を天に掲げる。
背後の空間が大きく裂け、巨大な黒い太陽が出現する。
「――終焉星ッ!!!」
全てを飲み込む、ブラックホール。 先ほどの比ではない。
玉座の間どころか、ユナイトアークごと消滅させる規模の超大技。
「死ねェ! 飲み込まれろ! 光も希望も、跡形もなく消え失せろォォォッ!!!」
黒い太陽が膨張し、しずくを飲み込もうと落下する。
回避不可能。 触れたら最後、原子レベルまで分解される究極の破壊魔法。
「しずく! 逃げろォッ!!」
瓦礫の陰で、リサが絶叫する。 あれは防げない。 受ければ確実に死ぬ。
だが。
しずくは一歩も動かなかった。
逃げるどころか、足を大きく開き、盾を構えて腰を落とした。
「逃げない」
しずくの瞳に、不退転の決意が宿る。
「私が逃げたら……ユナイトアーク全部が消える。 仲間たちが死ぬ」
しずくの盾が、眩い光を放ち始める。
そして、右手の聖槍に、ありったけの魔力を注ぎ込む。
心臓の鼓動が重なった。 一人の肉体に、二つの魂が完全に共鳴する。
しずくが口を開く。 その唇から紡がれたのは、
彼女自身の声と、もう一人――最愛の姉の声が重なった、
美しくも力強い二重の旋律。
『私は盾。みんなを守る希望の壁』
『私は矛。絶望を貫く勇気の刃』
しずくが、迫りくる黒い太陽に向かって、真正面から突っ込んだ。
ズドオォォォォォォォォォォォォン!!!!!
光と闇が激突する。 世界が震えるような衝撃音。
「ハハハハハ! 馬鹿な子! 飲み込まれて死になさ――」
セラフィナの嘲笑が、凍りついた。
黒い太陽が、止まっていた。
しずくが、巨大な破壊エネルギーを受け止めていたのだ
しずくの足元の床が砕ける。
全身の骨が軋む。 皮膚が裂け、血が噴き出す。
それでも、彼女は退かない。
「ぐ、ゥゥゥゥゥゥッ!!!」
しずくの足元の床が砕ける。 膝が震え、ミシミシと骨が悲鳴を上げる。
頭上の黒い太陽は、惑星一つを押し潰すほどの質量を持って、
しずくという小さな星を圧殺しようとしていた。
「――ッハハハハハ! 潰れろ! 塵になれ!!」
セラフィナの高笑いが遠くに聞こえる。 意識が飛びそうだ。
皮膚が裂け、目、鼻、口、あらゆる穴から血が噴き出す。
限界なんてとっくに超えている。 肉体はすでに崩壊寸前だ。
視界が暗く染まっていく。 重力という絶対的な死が、すぐそこまで迫っている。
その時だった。
『しずく!!負けるなっ!!』
不意に、暗闇の中に光が灯った。
「え……?」
しずくが顔を上げると、そこには懐かしい笑顔があった。
『頑張れ、しずくちゃん!』『あなたしかいないの!!』
「ナギちゃん……? アオイちゃん……?」
かつて訓練生時代、共に汗を流し、散っていった仲間たち。
彼女たちが、光の中で手を振っている。
『しずくちゃん! 苦しい時こそ笑え!!』
凛とした、太陽のような声。№7ライラ。
彼女がニカッと笑って、しずくの背中をバンと叩く。
『笑えば力が湧いてくる……最強の魔法だよ!』
『……まだ、膝をつくな』
重厚な響きと共に、沈みかけた左腕がグッと持ち上げられる。
巨大な斧を構えた、№3ガレス。
『お前のその盾は……私たちが託した希望そのものだ。そう簡単に折れやしない』
その力強い手が、しずくの沈みかけた盾をガシッと支えてくれる。
『……信じているよ、しずく』
『君の描く未来が見たいんだ。……貫いてごらん。君の正義を』
静かな、けれど透き通るような声。 イザベラ。
彼女は優しく、どこか誇らしげに目を細めていた。
『しずくさん。あなたならできる。貴女は……私たちの希望なのだから』
気高い声と優雅な声。 しずくを命を懸け未来へ光をつないだセレス。
彼女が祈るように手を組むと、温かい魔力がしずくの傷を癒やしていく。
そして。 一番近くで、背中を預け合った声が聞こえた。
『前を向け。 しずくの背中は、私たちが支えている』
「カレン……さん……」
カレンが、いつものように涼しい顔で、けれど深い愛情を込めて微笑んでいた。
彼女の手が、しずくの手の上に重ねられる。
『一人じゃない。 ……私たちは、いつだって君の中で生きている』
そして。
最後に、光の中心から、瑠璃が歩み寄ってきた。
『行こう、しずく。 みんなの光を……未来へ繋ごう』
瑠璃が、しずくの右手に握られた聖槍に手を添える。
「……うん」
しずくの瞳から、涙が溢れる。でもそれは、恐怖の涙ではない。 勇気の涙だ。
「うん……ッ! 聞こえるよ、みんな……!」
ドクン。
しずくの心臓が、力強く鼓動した。
それと同時に、彼女の盾から、そして槍から、爆発的な輝きが溢れ出した。
それは、赤でも青でもない。 七色の光。
死んでいった仲間たちの魂の色が混ざり合い、
決して折れない虹色の光となって顕現する。
「な、なによ……その光は!?」
セラフィナの表情が凍りつく。 黒い太陽が、下から押し上げられている。
たった一人の少女の魔力に、神の力が押されている。
「ありえない……!ゴミどもの力が、私に届くはずがないッ!!」
セラフィナが絶叫し、さらに魔力を注ぎ込む。
「消えろォォォォッ!!」
しずくが吼えた。 血の涙を流しながら、
彼女は一歩、また一歩と、重力に逆らって立ち上がる。
「これが……みんなが繋いでくれた想いだッ!
これが……光を繋ぐ魔法少女の力だァァァッ!!」
しずくの背中に、巨大な光の翼が出現する。
それは瑠璃の翼であり、全ての仲間の希望の翼。
「貫けぇぇぇぇぇぇッ!!!」
しずくが右手の聖槍を突き出した。
盾で重力を受け流し、その一点突破の隙間に、全身全霊の一撃を叩き込む。
「――聖天一閃ッ!!!!」
ヒュオォォォォォォォォォォン!!!!!
聖槍が、七色の流星となって黒い太陽へと突っ込む。
光と闇が激突する。
キィィィィィィィィン……!!
空間が軋むような高周波音。 拮抗。 いや、光が闇を食い破っていく。
「ば、馬鹿な……! 私の最強魔法が……押し負けている……!?」
セラフィナが顔を引きつらせる。 黒い太陽に亀裂が走る。
その隙間から、まばゆい光が溢れ出し、闇を浄化していく。
「ブッ飛ばせぇぇぇぇしずく!!」
リサの魂の咆哮が聞こえた。 それに呼応するように、全員の声が重なった。
『いっけぇぇぇぇぇッ! しずく!!』
全員の声が重なった気がした。
パリィィィィィン!!
黒い太陽が砕け散った。 闇が霧散し、まばゆい光の粒子となって降り注ぐ。
「そん、な……」
セラフィナが無防備な姿を晒す。 その目に、死の光が迫る。
煙の中から、しずくが飛び出してくる。
傷だらけで、ボロボロで。 それでも、その瞳は勝利への確信に輝いている。
「終わりよ、セラフィナァッ!!」
しずくの槍が、セラフィナの心臓――魔核を捉える。
「嘘よ……。 私が……神になる私が……」
セラフィナの手が、力なく虚空を掴む。
「こんな……」
ズドォォォォォォォォォォォン!!!!!
聖槍が、セラフィナの胸を貫通した。
「ガ、ハッ……! あ、が……」
セラフィナが血を吐き、手足を痙攣させる。
体から、黒い魔力が煙のように抜けていく。
聖槍による浄化の力が、彼女の「神の力」を根こそぎ奪い取っていく。
静寂が戻る。
玉座の間には、堕ちた神と、
肩で息をする一人の少女が残されていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます
流瑠々と申します。
もし「続きが気になる」と思っていただけましたら、
ブックマークや評価で応援していただけると、がんばれます。
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