第102話 光聖槍(ロンギヌス)
「消えろォッ!!」
セラフィナが腕を振り下ろす。
天井を覆い尽くすほどの巨大な闇の球体――重力崩壊が、断末魔のような音を立てて落下を開始した。
逃げ場はない。 防御する力もない。
しずくの体は、ただ地面に張り付けられたまま、
迫りくる死の影を見つめることしかできなかった。
思考が冷えていく。 恐怖すら通り越し、無に近い諦観が心を支配する。
その時。 瓦礫の山から、血を吐くような絶叫が轟いた。
「しずくうううううううううううッ!!!!」
リサだった。
全身の骨が砕け、ピクリとも動けないはずの彼女が、
喉が裂けんばかりに叫んでいた。
諦めるな。立つんだ。死ぬな。 言葉にならない魂の咆哮。
「……リサ、さん……」
しずくの瞳がわずかに揺れる。
「お姉、ちゃん……ッ」
闇が、しずくを飲み込んだ。
ドオォォォォォォォォォォン……。
世界が、暗転した。
……はずだった。
「……?」
痛みが、ない。
押し潰されるはずの重圧も、焼き尽くされるはずの熱も。 何も感じない。
しずくはおそるおそる目を開けた。
「ここは……」
そこは、白かった。
見渡す限りの白。
上下左右の感覚もなく、ただ温かい光に満たされた、穏やかな空間。
「私……死んだの?」
自分の手を見る。傷一つない。 戦闘服の汚れも消えている。
「まだよ」
鈴を転がすような、懐かしい声がした。
「――ッ!?」
しずくが弾かれたように振り向く。
光の向こうから、一人の少女が歩いてくる。
白銀の鎧を纏い、髪を揺らし、聖母のような微笑みをたたえて。
「お姉……ちゃん……?」
瑠璃だった。 マガツに汚染された姿ではない。
しずくが憧れ、大好きだった、あの頃のままの美しい姉。
「どうして……。やっぱり、ここは天国なの?」
「ううん。ここはあなたの心の中。……そして、私たちが繋がっている場所」
瑠璃がしずくの目の前まで歩み寄り、優しくその頬を包み込んだ。
「しずく。どうして泣いているの?」
「だって……だって……!」
しずくの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「勝てないよ……。私、何もできなかった……。
リサさんも、カレンさんも守れなくて……無様に負けたんだよ……!」
しずくはその場に崩れ落ちた。 悔しさと情けなさで、心が押し潰されそうだった。
「ごめんなさい……。 私なんかじゃ……。
お姉ちゃんの代わりになんて、なれなかった……」
「代わり?」
瑠璃が不思議そうに首を傾げ、しずくの視線に合わせるようにしゃがみ込んだ。
「しずく。あなたは私の代わりなんかじゃないわ」
「え……?」
「あなたは私を超えた。
あの時、私の呪いを解いてくれたのは、あなたの想いだった」
瑠璃が、しずくの手を取る。
「あなたは優しい。誰かのために泣いて、誰かのために怒れる。
それがあなたの強さよ。」
「大丈夫。あなたは一人じゃないわ」
瑠璃が立ち上がり、光の彼方を指差した。
「感じて。 私の魂も、カレンの技も、セレスの祈りも。
みんな、あなたの中にいる」
しずくの胸元で、銀のネックレスが熱く脈打つ。
そして、しずくの右手に宿った緋色の紋章が、輝きを増していく。
「信じて、しずく。 自分の力を。そして、私たち姉妹の絆を」
瑠璃が、虚空から一本の「光」を取り出した。
それは、 純粋な魔力と魂で構成された、神々しい輝きを放つ光。
「これを持って行って」
「お姉ちゃん、これは……」
「私の全て。そして、これからのあなたの矛」
瑠璃がその光を差し出す。
しずくは涙を拭い、ゆっくりと立ち上がった。 もう、迷いはなかった。
「……うん。行くよ、お姉ちゃん」
しずくが、その光を力強く握りしめた。
世界が、白光に染まる。
現実世界。 玉座の間。
「な、なに!?」
セラフィナが悲鳴に近い声を上げた。
落下させたはずの闇の球体が、地面に届く寸前で静止していた。
いや、止められていた。
球体の直下から噴き上がった、目も眩むような「光」によって。
「この光は……何よッ!?」
セラフィナがさらに魔力を注ぎ込む。
だが、闇は光に触れた端から浄化され、ジュッという音を立てて消滅していく。
「うっとうしいッ!! 消えなさい!!」
セラフィナが両手から重力波を乱射する。
空間ごとねじ切る攻撃。 しかし、その全てが光の柱に弾かれ、霧散した。
「馬鹿な……。私の重力が……通じない!?」
「……しずく……?」
瓦礫の中で、リサが薄れゆく意識の中、その光景を見ていた。
光の柱が、天を衝くように伸びている。 その中心に、揺らめく影が見える。
パリンッ……!!
ガラスが割れるような音がして、光が弾けた。
まばゆい粒子がキラキラと舞い散る中、一人の少女が立っていた。
「…………」
ボロボロだった戦闘服は、光の魔力によって修復され、白銀の輝きを帯びている。
傷ついていた肌は癒え、乱れていた髪は風もないのにふわりと揺れている。
そして何より、その瞳。
弱気で泣き虫だった少女の瞳は、今は深く澄んだ碧色に染まり、
神すら射抜くような鋭い光を宿していた。
「し、しずく……なのか……?」
リサが唖然と呟く。
雰囲気が違う。 先ほどまでの、守ることに必死だった少女ではない。
そこに立っているのは、歴戦の英雄のような、圧倒的な風格を纏った戦士。
そして、リサの視線は、しずくの右手に釘付けになった。
「そ、その武器は……」
しずくの右手には、身の丈を超える巨大な槍が握られていた。
その切っ先は透き通り、内側から脈打つような光を放っている。
その形状を、リサは知っていた。
かつて人類の希望と呼ばれ、
若くして散った伝説の魔法少女が愛用していた、最強の矛。
「まさか……光聖槍……!?」
紛れもない。 それは姉・瑠璃の魂が具現化した、人類を守る聖なる槍。
「……待たせたわね、セラフィナ」
しずくが槍をドンッ、と床に打ち鳴らす。
その音だけで、玉座の間に漂っていたセラフィナの邪気が払われた。
「ここからは……私の番よ」
しずくが切っ先を突きつける。
その姿は、最強の盾を持ち、最強の矛を手にした、真の№10の継承者だった。
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流瑠々と申します。
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次回 紡がれた光 お願いします




