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第1話 終わりのはじまり

世界が終わったのは、ほんの数年前のことだった。


誰もがマスクを外し、


スマートフォンを握りしめ、


少しずつ平穏を取り戻したと感じていた頃――


人類は、それまでにない“災厄”に直面した。


災厄体マガツ


そう名付けられたそれは、


あらゆる物理攻撃を無効化し、


周囲の生命エネルギーを喰らいながら成長する、


怪物だった。


赤い瞳

骨のような外殻。

膿み爛れた皮膚。

腕とも足ともつかぬ触手。



崩れたビルの谷間から這い出すそれは、

まるで悪夢の集合体だった。



たった一体で都市を壊滅させる力を持ち――

それが、世界中に複数体、同時に出現した。



最初の48時間で、数億人が死亡。


7日後には、全世界の人口のおよそ半分が死んだとされる。




武器は通じず、言語も感情も共有できない。

マガツは、ただ「破壊するために存在している」かのようだった。




だが、その絶望の中に、一筋の光明が差し込んだ。


マガツが発する未知のエネルギー――魔素まそ


それを解析・応用することで、


人類はまったく新しい技術体系、


“魔素工学”を手に入れた。


魔素を用いた通信、治療、エネルギー変換―


わずか数年で、文明は数十年分の進化を遂げた。



そして、その力に“適応”した者たちが現れた。



一部の少女たちが、マガツの放つ魔素に適応し、


常識ではありえない力を発現させたのだ。



災厄体を素手で破壊する少女。

空間を引き裂く少女。

仲間の傷を癒す少女。




彼女たちは、“魔法少女”と呼ばれた。




生き残った国家群は、混乱の中で新たな統治機構を設立した。


それが――国家連合ユナイトアーク


さらに、マガツの侵攻を防ぐため、「結界」と「壁」を併せ持つ巨大な防衛線が大陸を横断するように築かれた。


漆黒の壁に組み込まれた魔素装置が、常に青白い光を放ち、世界を二分する結界を展開している。



それは都市を守る城壁ではなく、大陸そのものを隔てる障壁。


人類最後の砦――ユナイトアーク障壁。


この内側が「人の世界」、外側が「マガツの領域」と定められた。


ユナイトアークは、その中で魔法少女制度を中核に据えた軍事体制を整え、


選抜・訓練・戦闘運用・魔素管理のすべてを一元化した。



魔法少女の適応率は、一万人にひとり以下。



それでも、その力は――人類を救う唯一の希望だった。




少女たちは、まだ制服を脱いだばかりの年齢で、


魔法という名の呪いを背負い、戦場に立つ。



命の保証などない。


それでも、誰かの“明日”のために命を燃やす。




守るために。

名誉のために。

金のために。

あるいは――ただ、憧れのために。



そして――真壁しずくも、そのひとりだった。


しずくが初めて魔法少女という存在を知ったのは、八歳のとき。


小さなテレビの中で、鮮やかな光が踊っていた。



爆風の中、一人の少女が右手の槍を構え、黒い怪物へ突撃する。


救われたのは、避難できなかった市民二百人。



防壁を突破したマガツを、たった一人で討ち取ったと報じられていた。



――その画面に映っていたのは、真壁瑠璃まかべるり


しずくの、姉だった。


瑠璃るりは、誰よりも優しい姉だった。


家では穏やかで、笑顔がよく似合う人だった。

撫でてくれる手は、いつもあたたかかった。


幼いしずくの髪を三つ編みにしてくれるのが、日常のしあわせだった。


「ねえ、お姉ちゃん……こわくないの?」

「うん、怖いよ。でもね、それより守りたいの」

「なにを?」

「しずくの未来とか、青空とか、お父さんのカレーとか…あとは、みんなの明日かな。」


――あの日、姉は笑って、そう言った。



だが、戦場の彼女はまるで別人だった。


「一人で二百人を救出し、《マガツ》を撃破した少女――真壁瑠璃まかべるり


その名は翌日、世界中のニュースで繰り返し報じられた。


SNSでは「#希望の槍」「#未来を守った少女」といったハッシュタグが飛び交い、


彼女の名は、一時的に“世界の希望”と称えられた。


しずくにとっては、ただ「お姉ちゃんがすごい人になった」という、誇らしさだった。




――それは、“彼女が生きていた頃”の話だった。




それから、まもなく。





瑠璃るりは――戦死した。


公式記録には「任務中行方不明」とだけ記されていた。



帰ってきたのは、焼け焦げた部隊章のエンブレムだけ。



数日後、メディアは新たな“英雄”の話題で埋め尽くされた。



姉の死は、世界にとって「ただの数字」に過ぎなかった。




葬儀は驚くほど静かだった。

参列者は、家族と数名の軍関係者だけ。



花も、祈りも、報道もなかった。



世界が“希望の象徴”と呼んだ少女――

なぜ、その希望を誰も守ろうとしなかったのか。



少女がひとり死んでも、世界は何も変わらなかった。



なぜ、魔法は姉を救ってくれなかったのか。



――その答えを知るために。




真壁しずくは、魔法少女を目指した。




そして――十五歳になった。



魔法少女選抜試験を受けられる、最低年齢。




彼女は、迷うことなく志願した。



試験は、想像よりずっと静かだった。



血も叫びもない。



無機質なブースに通され、椅子に座り、魔素スキャナーを見つめる。



脳波、神経反応、精神応答、魔素親和性――



すべてが、冷たい数値に置き換えられていく。



隣の少女は、拳をぎゅっと握りしめていた。



前の少女は、目を閉じて祈るように座っていた。



教室より静かで、戦場のような張り詰めた空気がそこにあった。




結果は、たった一通の封筒で届く。




金色の封筒――魔法少女に選ばれた証。



白い封筒――「あなたにはその資格がない」という、無言の宣告。






しずくの手元に届いたのは――白い封筒だった。





“目の前が真っ白になる”という表現は、嘘じゃなかった。



膝から力が抜け、視界が滲んだ。

喉が詰まり、歓声も嗚咽も、すべてが遠く霞んでいく。



まるで、水の底に沈んでいくようだった。



金色の封筒を抱いて泣き崩れる少女。



白い封筒を握りしめ、声も出せず、ただ立ち尽くしていた、しずく。




――その日、彼女の“夢”は音もなく砕け散った。





姉と同じ場所にすら、立てなかった。




だが、それだけでは終われなかった。



封筒の中には、もう一枚の紙が入っていた。


それは補助戦闘兵《バックアップ部隊》への志願届。


魔法少女を支える者たち。



戦場の補給、通信、遮蔽物の構築、


時には、命がけで囮になる――非魔法戦闘部隊。


それが、対災厄戦闘支援集団エクリプス




“魔素適応者ではない者でも戦える”という建前のもとに創設されたが、


表向きは“魔法少女を支える精鋭部隊”。



実際は――ただの時間稼ぎ。




《マガツ》の前に立ち、砕け散る壁に過ぎなかった。



魔法少女が来るまで、《マガツ》の前に立ち、命を削る部隊。



ほとんどの隊員は、帰還することなく“消える”。




影の守護者――そう呼ばれながら、

その命は、ただの“使い捨て”だった。



それでも。



しずくの手は、迷いなく署名していた。



「……だったら、私は……そこへ行く。」




たとえ魔法が使えなくても。



姉がいた場所に、少しでも近づけるのなら。



姉が守りたかった未来を、自分も守れるのなら



それで、いい。



その日から、真壁しずくはエクリプスとなった。





ここまで読んでいただきありがとうございます。

流瑠々と申します。


新作でございます。

初長編なので、途中でやめないようにのんびりやりたいと思います。


もし少しでも「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ブックマークや評価で応援していただけると、調子に乗り、更新が早くなります。


それではまた次回。

流瑠々でした。

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