さよなら地球〝議〟
「食べ物の好き嫌いする奴って味覚がおかしいんだと思うわ」
気の強そうなツインテ少女の唐突な発言に、六人の少女達はしばらく呆気に取られていた。
狭く息苦しい、非常用電灯に彩られた円形の室内。
立ち込めるのは少女達の微かな吐息と、暗雲の様に立ちこめた重たい空気だった。
すし詰め、とまではいかないが、肩が触れそうな距離で六人。向かい合う様にして担架のような椅子に鎮座している。
そして——彼女らは一様に、ゴワゴワとした宇宙服を着ていた。
暫く間を置いて、一人のボブカット少女が恐る恐るといった風に口を開いた。
「あの、それが……人類滅亡間際に言うこと?」
それに対し、最初に発言した少女はツインテールを揺らしながら、ギラついた目で熱弁を始める。
「だから、よ! 私は自分の感じた疑問にはちゃんとケリをつけたいの。人類史が決めきれなかった事を今日、この時、決めてやろうじゃない!」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟でもないでしょう、だって私たち——」
ツインテ少女が持ちあげ、対面の少女たちに向けられたタブレットには、凄惨な映像が流れていた。
そこに映し出されていたのは、太陽のように、灼熱地獄と化した地球表面。
海面は煮えたぎり、およそ生命の存続を拒む様に熱を発していた。
それは衛星から撮影された映像のようで、時折りノイズが走っている。
それを見た少女達は、極端に影を落としていた。ツインテ少女だけが決意を秘めた瞳を浮かべていた。
「私たちは、最後の人類なんだから」
そう、彼女らは最後に残された人類なのである。
宇宙をあても無くただ漂流し、最後には息も食事もできず、静かに死んでいく運命を背負っていた。
✴
「まあ、一理あるかな」
ベリーショートの少女が飄々と答えた。
全員の視線が集まる中、軽薄そうにヘラヘラと笑いながら言葉をつなげる。
「人類の決め事って言う定義なら、生き残りである私たちの決定が人類の決定であると言っても差し支えないだろう」
「そんな勝手な——誰が認知するわけでもないし」
「神様ってのはどうかな?」
ベリーショート少女の言葉に、端を切ったように少女たちが会話を開始した。
「神様がいたらこんな事になってないでしょ?」
「愚かなる人類に鉄槌を——なんてことかもしれないよ?」
「もしかしたら他に生き残りが居て、この部屋を発見するとか?」
話題が変遷していくサマを見て、ベリーショート少女はコホンと咳を鳴らす。
彼女は全員の注目を集めたところで、その会話の発案者であるツインテール少女に意見を促していた。
「さあ、キミが始めたことだ。議題は何かな?」
「……私は決めたいの。今、ここで疑問に思ってたこととか、モヤモヤしてたけど言えなかった事とか全てに終止符を打ちたいの!」
「いいじゃないか、反対するヤツなんて居ないよね?」
ベリーショート少女がそう促すと、ロングヘア少女の一人を除き、他全員が戸惑いつつ頷いた。
そして、ボブカット少女が一言。
「何の話だっけ?」
ツインテ少女は不機嫌そうに口を開いた。
「好き嫌いする奴は、味覚がおかしいって話よ」
「そ、それは横暴じゃ……?」
お団子少女が俯き加減でボソッとつぶやいた。
それをしっかりと聞いていたツインテ少女は今にも地団駄を踏みそうな勢いで喋り始める。
「いや、絶対に味覚がおかしいのよ、だってーー」
「ちょいとまった」
言ったのはベリーショート少女だ。
視線が集まる中、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、不機嫌そうなツインテ少女を気にせず話し始める。
「いやぁ、よくよく考えるとかなり面白い議題だと思ってね……ちょっとその根拠を述べる前に、皆んなの嫌いな食べ物でも述べていこうじゃないか」
「はあ? 何の為に?」
「議論ってのはね、順序があるんだよ。せっかく残された時間と面白い議題があるんだ。人類代表らしく、気品のある議会としようじゃないか」
「言っとくけど、私は〝イギリス議会〟並に荒くれるわよ」
「好きにしたまえ、ならば私は〝バーコウ議長〟だ。白熱する議会を制し、結論に向かう手助けをしよう」
「何よ、アンタは参加しないの? 反対派に貴方が居たなら歯ごたえありそうな議論になったのに……」
「大事なのは内容ではなく、白熱した議論に静粛に、と諌める役さ」
続けてベリーショート少女は、この場においての司会の重要性を強調した。
「私はこの崇高な人類会議において、公正公平なジャッジをしようじゃないか。そういう役回りは必要だよ」
その時だった。
「もう良い加減にしてよ!!」
ロングヘア少女の絶叫がこだまする。
「酸素が減るでしょ!」
その言葉に、全員が一瞬にして現実に引き戻された。
現在も船内の酸素供給量は減り続けている。会話をするならば、猶更だ。
恐慌状態に陥りそうな船内、そこでベリーショート少女は口を開いていた。
「ほう。君は何も喋らず、ただただ死を待つことが得策だと?」
「策も何も——そんなことは無意味よ」
断言したロングヘア少女に、ベリーショート少女は真剣な表情を浮かべていた。
「いや違う。断言しよう、神に——いや、私の全てに誓っていい。今日、ここで、私たちが採決を下した結論を導き出す。これは——我々の生まれてきた使命、役割。そう〝定め〟なんだよ」
「何よ、今から宗教でも始めるつもり?」
「それよりも有意義なことさ」
「有意義……ですって?」
「人類が残した宿題を片付けよう。その使命を最後に担い、我々は死んでいくのだ」
ベリーショート少女がそう締めくくると、ロングヘア少女は嗚咽を始めた。
「言っとくけど……私がその発案者よ」
不満げな口調でツインテ少女がそう口にすると、ベリーショート少女は苦笑した。
「もちろん、君は偉大だ。私が大統領なら栄誉ある勲章を授けたいところだが、残念ながら我々にはあまり時間が残されていない」
「まあね」
「や、やるなら早くやりましょう……」
「この議論のタイトルは?」
口々に喋り出した彼女らに対し、ベリーショート少女は口元に指を当て、静かにするように促した。
「地球人、最後の議論……略して〝地球議〟はどうかな?」
ツインテ少女はそれを聞き、呆れたように息を吐いた。
「単なるシャレじゃない。回す地球〝儀〟と、議論の〝議〟を入れ替えただけでしょう?」
「でも、いいかも……」
「そうだね」
割と好意的な周囲に対し、ツインテ少女は若干不満げにしながら——
「もう、それでいいわよ」
それを聞いたベリーショート少女は、笑みを浮かべた。
「さあ、皆。この身尽きて、滅びゆくその時まで、〝地球議〟堪能しようか」
✴
「ねえ、そもそも……好き嫌いがある人間が味覚がおかしいって、どういうこと?」
ボブカット少女が、ツインテ少女に質問した。
ツインテ少女は待ってましたと言わんばかりに、口を開く。
「だって考えてごらんなさいよ。仮に、仮によ? アナタがミシュランの審査員だったとするわ」
「う、うん」
「それで嫌いな食べ物が出てきて、審査できるの?」
そんな問いに、ボブカット少女が首を傾げた。
「それと味覚がどう関係するの?」
「だから——」
「ちょっと補足させてもらっていいかな?」
ベリーショート少女が割って入る。彼女は愉快そうに補足を始めた。
「つまり、ツインテの彼女が言いたいことはこうだ。仮に自分が審査員だとして、好き嫌いがあるモノは特定の食べ物に対して、審査が出来ない。故に、好き嫌いがあるモノは味覚に障害があるのだと……そういうことだね?」
ベリーショート少女がそう促すと、ツインテ少女は不機嫌そうな顔のまま頷いた。
「……まあ、概ね正解よ」
「でもおかしくない?」
そこで、初めて口を開いた存在がいた。
それは、髪をハーフアップにした、呑気そうな少女だった。
「好き嫌いが無い人なんて、あまり見たことないよ?」
その言葉に、その場にいたほとんどの人間が頷いていた。対照的に、ツインテ少女は顔をしかめていた。
「ここらで司会から提案だ」
ベリーショート少女が手をあげる。全員の視線を集めたところで、ベリーショート少女が切り出した。
「好き嫌いがある人、無い人。それぞれ手をあげてみようか。ではまず好き嫌いがある人」
ベリーショート少女がそう口にすると、司会の彼女、ツインテ少女を除いて、全員が手を上げていた。
「つまりは、この空間の過半数が好き嫌いがある人間ということだ。逆に、好き嫌いが無い人間が少数派ということになる」
それを聞いたハーフアップ少女がアハハッと笑った。
「決まりだね! これで好き嫌いがある派が勝ちだね」
その言葉に対し、青筋を立てたツインテ少女を、ベリーショート少女が手で制する。
「それは違うよ」
「え? どうして? 議会は多数決で決まるモノでしょ?」
「うん。最終的にはね。だけど、今は議論の時間だ」
「議論の時間?」
「多数決で何もかも決まるなら、初めから話し合いなんていらないだろう? もしかしたら話し合いをしている最中に考えが変わるかもしれない」
その言葉に、ハーフアップ少女は掌をポンと合わせていた。
「なんで議論があるのか分かった!」
ベリーショート少女は苦笑しながらも、進行を継続する。
「さて、それでは……今、この場にいる過半数に好き嫌いがあることが判明した。これに対して、キミはどう思う?」
ベリーショート少女がツインテ少女に促すと、ツインテ少女は鼻をならした。
「そもそも、勝ち負けなんて言ってる時点でナンセンスよ」
「え? なんでー?」
「これは好き嫌いがある人間の、味覚がおかしいかの論証よ? アナタたち好き嫌いがある人間から、『自分は味覚がおかしくない』という証拠を提示してもらってないわ」
「で、でもさ……」
団子ヘアの、気弱そうな少女がそこで参戦してきた。
「こ、ここには測定器も無いし……そもそも科学的に地球にもそんな装置ないし……好き嫌いがある人間の味覚がおかしいかどうかんて、判断できないよ?」
「だから、さっきも言ったでしょ。好き嫌いがあれば、食べ物の審査員は出来ないの。特定の料理に対し、客観視することが出来ないからね」
ツインテ少女の言葉に、ボブカット少女が異議を唱えた。
「ちょっと良い?」
「なによ?」
「逆にあるんじゃない?」
「だから何が?」
「好き嫌いが無い人間が……味覚音痴の説」
船内に衝撃が走った。それは今まで議論に出てきていない、新たな価値観の到来を予感させたからだ。
ベリーショート少女が嬉しそうに下唇を舐め、湿らせてから司会に復帰する。
「なぜそう思ったの? 聞かせてくれるかな?」
「だってさ……なんでも食べられるって、逆におかしいよ。それが出来るのは〝味覚が鈍感だから〟だと思うんだ。好き嫌いが逆に多い人は味覚が鋭いんだよ」
たまらず、ツインテ少女が反撃に出た。
「なんでそうなるの? 味覚が鈍感なのはアンタたちの方だよ。だって——」
「そ、その説はあるかも」
お団子少女がツインテ少女の言葉を遮った。お団子少女はツインテ少女ににらまれ、慌てて司会のベリーショート少女の背後に隠れようとする。
ベリーショート少女は苦笑しながらお団子少女を落ち着かせた。
「どうしてその説があるかもと思ったの?」
ベリーショート少女の質問に、お団子少女はもじもじとしながら口を開いた。
「そもそも——人間は所詮動物で……雑食だけど、美味しいものを、あらゆるモノを食べる為に進化したわけじゃないし——」
ツインテ少女は雷に当てられたかのような表情を浮かべていた。
それは鋭い、科学的な視点だったからだ。
ツインテ少女にとっても、お団子少女の言った言葉は納得のいくものだった。
人間はそもそも、味覚発達するように進化したわけでは無い。それは確かにその通りだったのだ。
「さて、ここまで聞いたところで、他に何か言いたい人はいるかな?」
そこで、ロングヘア少女がゴホンッと咳をならしていた。
全員は意外そうに彼女を見つめた。何故なら彼女は、そもそもこの地球議については否定的な立場だったからだ。
「おや、何かあるかい?」
「現実問題として——科学論証云々を抜きにして、好き嫌いがあるなら確かに食事への審査は出来ない」
それに対し、皮肉というわけでなく。ツインテ少女は驚いた表情を浮かべていた。
「……意外ね。アンタは好き嫌いがあるんでしょう?」
「母が折角作った料理を、父親がぶちまけているのを見たことがある」
その言葉に、絶句した彼女ら。ロングヘア少女は続けた。
「理由は『嫌いなものを出されたから』その時、私は思ったわ。『アンタの問題でしょ』って……以上よ」
暫く静寂が支配する船内。
ベリーショート少女はゴホンと咳を鳴らし、場を仕切り直した。
「今まで出た意見を精査しよう」
ツインテ少女の発した議論。
『食事への好き嫌いがある人間は味覚がおかしいのではないか?』
肯定意見。
『食事への客観的な審査が出来ない』
『イコール、それは味覚の異常が伴ったものである』
それに対しての反論。
『好き嫌いが無いほうが味覚が鈍感ではないか?』
『科学的に人間は味覚が発達して進化したわけではない』
ロングヘアの少女はそれに対し、衝撃的な過去を交えながら、
『好き嫌いがあるのは、自己責任。それに正当性を付加させるのは不快に感じた』
という、感情論を含めた、新機軸の価値観を示した。
「これらの要素を踏まえたうえで、もう一度決をとらしてもらう。今度は好き嫌い、有る無しを聞くような単純な決ではない。議論全体を取り決める決だ」
ベリーショート少女がそう口にすると、船内の少女たちはゴクリと唾を飲み込んだ。
それは彼女らが地球議に対し、並みならぬ感情を抱き、緊張感を持っているという論証にも思えた。
「それでは——」
ベリーショート少女は少女らに手をあげさせ、議論の終結を確認した。
彼女はその結果を受け、ニコリ満足そうに微笑んでいた。
「……君らと出会てよかったよ」
運命の悪戯か、で表現を濁したくない。
酸素計は、その時点でようやく振り切れていた。
彼女らは最後の時を迎えた時。
必死に手繰り寄せるように隣に座るモノの手を握っていた。
※キャスト
ツインテ少女 強気
ベリーショート少女 飄々
ボブカット少女 普通
ハーフアップ少女 呑気
お団子 弱気
ロング少女 クール
お読み頂きありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、幸いでございます。
——因みに、他に小説を書いていたりします。
興味がありましたらチェックして頂けたら
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