いけにえ
その鳥人の少女は、教会の温室で飼われていた。少女が十八の成鳥になった時、儀式で屠られ、食されて、信徒たちの糧となるため……その血肉となるために。
少女の世話係の少年は「そんなのおかしい」と思っていた。日に三度、温室にオートミールとミルクを運び、静かにしずかにそれを食べる少女を見るたび、その虹色に照り輝いてかすかに羽ばたく翼を見るたび、「いつか自分が」と希っていた。
いつか、自分が。この少女を救けて、温室を脱け出し、ふたりでどこか、どこか遠くへ――、
それから先は、胸の内でもとても言葉に出来なかった。奴隷あがりで教会に『小間使い』として拾われて育った少年に、何の力も財もなかった。「いつか自分が」という願いは、夢物語に過ぎなかった。
……そうしていつか、少年は青年に成長した。少女も成鳥になってしまった。鳥人は温室から引きずり出され、儀式用の凶悪な刀でさんざんに斬りつけられ、祭壇の上に倒れ伏した。青年はついに堪えられなくなり、手にした短刀で信徒たちに斬りつけながら祭壇に駆け寄り、鳥人の血まみれの足を夢中で抱いた。
「――リトス! ぼくのリトス、死なないで!!」
怒り狂った信徒たちに押さえられ、腕を折れるほどひしがれながら青年は叫ぶ。彼の目の前にゆっくりと歩を進めた大司教が、三日月のような刃の武器をすらりと掲げ、暗い光を帯びた瞳に青年の泣き顔がありあり映る。
「神の御為……邪魔だては許さぬ」
思わず目を閉じた青年の意識は、いつまでも暗転しなかった。死なない自分を不思議に思って目を開く――その眼前には、虹色の翼を広げて舞い狂う乙女の姿。声もなく血を噴いて倒れる信徒、床には目を剥いた大司教の死体、長いながいかぎ爪で人間たちののどを掻き切る鳥乙女。
――リトスは、やはり人外だった。獣だった。そうしてどうしようもなく、赤い血を浴びて美しかった。信徒たちを残らず手にかけ、リトスは赤く血塗られた虹色の翼を広げて微笑んだ。『虹色の翼持つ天使』のような姿だったが、明らかに天から遣わされた者ではない……それじゃあ、何? 何者なんだ、目の前の美しい生き物は……、
「わらわは、神だ」
内心の疑問に応えるように、鳥乙女は赤いくちびるでこう告げた。
「わらわは鳥人たちの神……永いあいだ、人間どもの邪教、忌まわしい『生け贄』の邪習に目をつぶってやっていたが、とうとう腹に据えかねてな……幼い鳥の少女の姿もて、こやつらを戒めに来たのだよ」
鳥人の神は血に濡れた翼をふるって小さく笑う。血がしぶきになって羽根から飛んだ。青年のほおを小雨のように叩いて濡らした。
「まあ、猶予はやったつもりだが……わらわのあまりの愛らしさに、いかに愚かな人間どもでも、自分らの酷い所業に気がつくのではないかとな。だが見ての通り、こやつらはしまいまで気づかなんだ。やはり儀式をしようとした――そこでわらわが、こやつらを裁いてやったのだ」
見開いた青年の目に『鳥人の神』の姿が映る。後光のさすような虹色の翼、白銀の長いながい髪、縞瑪瑙のような色とりどりのその瞳に、自分の姿が映っている。
「安心せい、わらわはお前には手をかけん……お前は人間にしては珍しく心がけが良いからな、特別にわらわの小間使いにしてやろう」
女神リトスの美しい縞瑪瑙の瞳に、目を見開いた自分が映る。人外の瞳は妖しく美しく……その奥の奥の方に、大司教の瞳と同じ暗い光が見える。
「さて、お前に初めての命令を与える……鳥人の神リトスのために、『生け贄』を探して連れて来い。――手ごろな人間の子どもをな!」
(完)