表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

いけにえ

 そのちょうじんの少女は、教会の温室で飼われていた。少女が十八の成鳥おとなになった時、儀式でほふられ、食されて、信徒たちの糧となるため……その血肉となるために。


 少女の世話係の少年は「そんなのおかしい」と思っていた。日に三度、温室にオートミールとミルクを運び、静かにしずかにそれを食べる少女を見るたび、その虹色に照り輝いてかすかに羽ばたく翼を見るたび、「いつか自分が」とねがっていた。


 いつか、自分が。この少女を救けて、温室を脱け出し、ふたりでどこか、どこか遠くへ――、


 それから先は、胸の内でもとても言葉に出来なかった。奴隷あがりで教会に『小間使い』として拾われて育った少年に、何の力も財もなかった。「いつか自分が」という願いは、夢物語に過ぎなかった。


 ……そうしていつか、少年は青年に成長した。少女も成鳥おとなになってしまった。鳥人は温室から引きずり出され、儀式用の凶悪な刀でさんざんに斬りつけられ、祭壇の上に倒れ伏した。青年はついに堪えられなくなり、手にした短刀で信徒たちに斬りつけながら祭壇に駆け寄り、鳥人の血まみれの足を夢中で抱いた。


「――リトス! ぼくのリトス、死なないで!!」

 怒り狂った信徒たちに押さえられ、腕を折れるほどひしがれながら青年は叫ぶ。彼の目の前にゆっくりと歩を進めた大司教が、三日月のような刃の武器をすらりと掲げ、暗い光を帯びた瞳に青年の泣き顔がありあり映る。


「神のおんため……邪魔だては許さぬ」

 思わず目を閉じた青年の意識は、いつまでも暗転しなかった。死なない自分を不思議に思って目を開く――その眼前には、虹色の翼を広げて舞い狂う乙女の姿。声もなく血を噴いて倒れる信徒、床には目を剥いた大司教の死体、長いながいかぎ爪で人間たちののどを掻き切る鳥乙女。


 ――リトスは、やはり人外だった。獣だった。そうしてどうしようもなく、赤い血を浴びて美しかった。信徒たちを残らず手にかけ、リトスは赤く血塗られた虹色の翼を広げて微笑んだ。『虹色の翼持つ天使』のような姿だったが、明らかに天から遣わされた者ではない……それじゃあ、何? 何者なんだ、目の前の美しい生き物は……、


「わらわは、神だ」

 内心の疑問に応えるように、鳥乙女は赤いくちびるでこう告げた。


「わらわは鳥人たちの神……永いあいだ、人間どもの邪教、忌まわしい『にえ』の邪習に目をつぶってやっていたが、とうとう腹に据えかねてな……幼い鳥の少女の姿もて、こやつらをいましめに来たのだよ」


 鳥人の神は血に濡れた翼をふるって小さく笑う。血がしぶきになって羽根から飛んだ。青年のほおを小雨のように叩いて濡らした。


「まあ、猶予はやったつもりだが……わらわのあまりの愛らしさに、いかに愚かな人間どもでも、自分らのむごい所業に気がつくのではないかとな。だが見ての通り、こやつらはしまいまで気づかなんだ。やはり儀式をしようとした――そこでわらわが、こやつらを裁いてやったのだ」


 見開いた青年の目に『鳥人の神』の姿が映る。後光のさすような虹色の翼、白銀の長いながい髪、しまのうのような色とりどりのその瞳に、自分の姿が映っている。


「安心せい、わらわはお前には手をかけん……お前は人間にしては珍しく心がけが良いからな、特別にわらわの小間使いにしてやろう」


 女神リトスの美しい縞瑪瑙の瞳に、目を見開いた自分が映る。人外の瞳は妖しく美しく……その奥の奥の方に、大司教の瞳と同じ暗い光が見える。


「さて、お前に初めてのを与える……鳥人の神リトスのために、『生け贄』を探して連れて来い。――手ごろな人間の子どもをな!」


(完)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ