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第十八幕 大角の家紋、黒鞘の刀

 「……『東の国』が、滅んだだと……!?おい大友!それは本当か!?」


 間牛のその驚嘆は、叫びにも似ていた。


 ……

 『東の国』は、ここ『中原の国』の東に接する国である。

 既述した通り『中原の国』とは敵対関係にある国で、過去に海上交易路を巡り、この『鯨の口』において争いを繰り広げた事もある。


 海路による周辺国との貿易を海賊たちが妨げ阻害し、その結果『中原の国』の物資流通を停滞させ、国力を低下せしめた原因ともなった、この事件。

 ……この争いは、『東の国』が裏で手を引き、海賊たちを操っていた事が主因となっていたのだ。


 いわば『東の国』は、『中原の国』の目下の敵であり、頭を痛めていた「目の上の瘤」であったのだが…… 


 しかし……

 『その隣国が、すでに滅亡していた』。


 ……突如として大友の口から出た、その驚くべき話。

 その場で耳を傾けていたナニガシたちは、間牛と同じく吃驚し眼を見開き……


 そしてただ……

 各々、言葉が出なかった。


 間牛を始め、ナニガシや彩花、そして氷鶴は、『東の国』が滅んでいた事を知らなかった。

 最近になりここ、『中原の国』へとやって来た美月は元より、この地に元来住まうナニガシらにとっても……

 この衝撃的な事実は今、初めて聞かされ、そして知るところとなったのであった。


 間牛の問いに大友は頷き応え、そして、話を続ける。


「……ああ。『南の国』は……彼奴あやつらは、突如として大軍を率いて国境くにざかいを越え、我が国に攻め寄せてきたのさ」


 間牛は黙り込み、再び耳を傾ける。

 ナニガシたちも同じく、大友の言葉に聞き入る。


「……俺は、侵攻してきた彼奴らの軍を相手に、水軍を率いていくさをした。奴らの海からの兵站……その物資輸送に用いられている海上航路を寸断する為、その敵船団へ攻撃を掛けたのだ。……だがしかし……奴らのその戦力は予想以上に甚だしく、大きなものだった。……俺の指揮する軍勢は太刀打ち出来ず、たちまちの内に劣勢となった戦局を覆せないまま、返り討ちに遭い……そして、敗走せざるを得なくなってしまったのだ」


 大友はひとつ、息をつく。


「……その後、圧倒的な戦力で侵攻する奴らのその勢いは、止まらなかった。半月の内に国中の大半の支城は陥落し占拠され……そしてとうとう最後に残るは、我が主君の御座おわす、本城ほんじょうのみとなってしまったのだ。……敵方の軍勢に包囲される中、殿はその城にって、最後の抵抗をなされた」


 彼の目は……

 淋しげに、虚空を見つめる。


「……だが、その必死の防戦も虚しいかな。援軍の後詰ごづめも無い孤立する中で、敵の猛攻を支えられぬまま……城は、2日ともたぬ内に、落城した。……籠城していた殿は討たれ……そしてついに、国は滅んだのだ……」


 間牛が問う。


「……それが何故、お前は生き延びられたのだ?」


 大友は答える。


 その時……

 彼は先程と同じく、口元に苦い笑みをこぼしていた。


「俺はその時、奴らに再び船軍ふないくさを仕掛けるべく、生き残っていた雑兵どもをかき集めたのち、海上に在ったのだ。……遠く、城が燃え落ちるその様を、海の上から見ていたのさ。……為す術無く、何も出来ないまま……な……」


 それを聞いて、合点した様に、氷鶴がポンと手を打った。


「……あ、そうか!だからあんなに大きな軍船を持ってるんだね。あの船は、大友さんの自前のものだったのか!」


 大友は苦く笑んだまま、頷いた。


「そうだ。……そしてその時、一緒に船に乗っていた雑兵どもが、今の俺に残された手下という訳だ」

「あー……あのヘンなニラネギ頭の人たち、か……」


 美月も、納得した様に呟いた。


 大友は続ける。


「……俺も手下どもも、守るべき……帰るべき国を、失った。『南の国』の軍勢が残党狩りをするその目を掻い潜りながら、唯一残された『家』とも言える船と共に、行くアテも無く海を彷徨っていた。……そうする内に、生き延びる為に手当たり次第、目に付いた他の船を襲うようになった。……次第にそんな生活が板に付き、いつの間にか……俺たちは、賊になっちまってたのさ」


 ……


 ……皆、彼の話に耳を傾けている。

 

 その時ぽつりと、大友が呟いた。


「……目に焼き付いて、忘れもせん。……敵方のはたに描かれた、あの、『大角おおづのの家紋』を……」


 ……

 それを聞いた瞬間だった。

 ナニガシの表情が、固く強張る。


 そして、彼女は叫んだ。


「……何!?『大角おおづのの家紋』だって!?」


 その顔は青ざめていた。


 血の気が引いた様に蒼白となり、そして愕然としたそのまま声を発さず……

 その唇は、震えていた。


 傍らの彩花がその様子に、心配げに彼女へ声をかける。


「……ナニガシさん?どうかなされましたか?……お顔の色が悪い様ですが……」


 ……しかし。

 それにナニガシは応えるともせず……


 だがその代わりに。

 誰に対してとも無く、険しい表情のまま、呟いた。


「……『南の国』の……『角の家紋』、だと……?そんな、まさか……!」 


 握り締めた拳を震わせ、彼女はそのまま俯き……

 そして、黙り込んでしまったのだった。


 そんなナニガシの様子を見て、大友はさも呆れた顔で言う。


「なんだ。お前らは、隣国の情勢すら知らなかったのか?……まあ所詮、便りも無い様なこんな辺地に住むお前ら俗人が、世の動きなど知ろう筈も無いか?」


 ナニガシは、彼を睨む。


「……違う。……アタシが気になっているのは、『南の国』……。お前が今言った、『家紋』の事だ」

「え?『家紋』?ナニガシさん、それって何の事なの?」


 氷鶴が、彼女の俯いた顔を覗き込んだ。


 それに対し、ナニガシは氷鶴と彩花に眼を向け、言う。


「……そういえば、2人にはまだ、言ってなかったな……。……アタシは4年前に、『南の国』からこの『中原の国』へとやって来た人間なのさ」


 美月に眼をやる。


「美月には、以前に話した事があったな。……アタシは、『南の国』の軍に居た事があるんだ。……4年前、この国への侵攻を目的にした『南の国』の軍勢と一緒に、やって来たんだよ。その軍勢の中には、密かに忍びも加わっていたから……もしかしたら、威力偵察だったのかもしれんが……でもアタシは、実情までは良く知らなかった」


 そこまで聞くと、彩花が頷いた。


「成程。……軍というのは、『南の国』の偵察部隊……という訳ですね?」


 ナニガシは小さく頷き、続ける。


「そう。……当時その軍勢は、『中原の国の難民の救済へ向かう』などと言って、荷運びの為の人足にんそく人夫にんぷを集めていた。食い扶持を求めていたアタシはその話に乗って、彼らに加わったんだ」


 ……

 

 脳裏に焼き付く、当時の記憶。


「……でも、すぐにそこから抜け出した。……軍勢……連中の本当の目的は、その真逆。敵国に住む住民たちを虐げる為だけの……ただの残虐な、侵略の為の破壊だったんだ。……そんな事なんかに、加担したくなくてね」


 ……目の当たりにした、凄惨な光景。


「……アタシは、人助けをしたかっただけなのに……」


 思い出し……

 心が、重く沈み込む。

 

 ……

 

 ……その記憶は、ナニガシの中にしかない。

 

 当時に、『南の国』の軍勢がその場で、住民たちへ対しどの様な行いをし……

 そして彼女が、その場で何を見たのか。

 それは、周囲に居る美月たち仲間には、殆ど想像のみででしか知る由も無かった。


 知らずとはいえ、非道な行いの片棒を担いでしまった罪悪感も、その苦しみも。

 全て……ナニガシのものでしかなかった。

 

 ……


 ふと。

 

 傍らの美月が、そんなナニガシの裾を、そっと握った。

 

 それに、ナニガシは苦く笑い……

 ……そして口を閉ざすと、眼を、伏せたのだった。


 その隣で。

 氷鶴がしきりに頷き、相槌を打っていた。


「……ふんふん、なるほどなるほどー……。ナニガシさんに、そんな事があったんだねー……」


 氷鶴もいつに無く、神妙な面持ちで耳を傾けている。

 普段はまるで緊張感の無い氷鶴だが、しかしこの時ばかりは真剣に、ナニガシのその言葉に聞き入っていた。


「……へへ。でも、ナニガシさんらしいや。ボクだって、争い事なんかイヤだもん。誰だって、そんな酷い人たちから逃げ出しちゃうのが当たり前だよ。皆仲良くしなきゃ。ね?」


 ……だがすぐに、いつもの様に緊張感の無い調子へと戻る氷鶴。

 ニンマリと邪気無く笑みながらそう言うと、彩花へと眼を向けた。


 彩花はそんな氷鶴につられてか、くすりと微笑んだ。 


「……ふふ。そうですね氷鶴さん。私も、ナニガシさんの行動は正しいと思います。……人が他者を踏み付け、侵す権利など……何処にも、誰にも在りはしませんから。……ね」


 言ったのち、足元に転がる大友を見下ろした。


 彼女のその眼は、いつもの優しげなものである。


 ……しかしその視線は、突き刺すかに、鋭い。

 まるで、眼下の賊を、罰するかの様であった。


「……うっ……」


 思わず、堪らなくなった大友はその視線から逃れる様に、顔を背ける。


「……」


 ナニガシは、氷鶴や彩花の言葉を受けて。

 ……小さく、笑むのだった。


 ……だがその時。

 訝しげに首を捻りながら、傍らの美月が言う。 


「んー?……でもお姉ちゃん。さっき言ってた、気になる『家紋』って、なあに?」 


 彼女に問いかけられたナニガシは、大友に尋ねた。


「……大友。お前の見た『角の家紋』はもしかして、『捻じ曲がる様に伸びた、デカい牛の角みたいな紋様』だったか……?」


 それに、大友は畳の上で頷く。


「ああ。……あの様な奇怪で禍々しい紋様は、他には見た事が無い。おそらく、お前の想像するものと同じであろう」


 その言葉を聞いたナニガシ。


「……そう、か……」


 ……ぎりりと拳を強く、固める。


「……お姉、ちゃん……?」


 美月は、はっと息を呑んだ。


 ……その時ナニガシの顔は、まるで心の底から噴き上がる激しい怒りを抑えるかの様に、険しくなっていたのである。


 ……彼女のそんな顔は、これまで一度たりと、見た事も無かった。

 故に恐ろしく感じ、覗き込んだ美月は思わずびくりと、肩を小さく震わせた。


 だが……それを、察してか。

 ナニガシはその美月の頭に、優しく、手を乗せた。


 そして静かに、口を開く。


「……『東の国』を滅ぼした、その家紋……」


 怒気を吐き出すかに、呟く。 


「……間違いない。……『あいつら』だ。……『あの時』の『あの連中』が……『南の国』を今、支配してるんだ……!」

 

 ナニガシは、手にしている刀を握り締め……


 ……そして眼を瞑り、想った。

 

(……かあさん……)


 ……

 その手の中で。

 反りの無い黒金の鞘に納まる愛刀は冷たく、そして行灯の仄かな灯火を受け、鈍く輝いていたのであった。


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