第四幕 侍のメシがまずい
……のたうち回る様な世界……視界……
まるで地べたに這い蹲る様な……息苦しさと重苦しさと……
まるで自分が虫になったかの様な、不快で不浄な……
自分が何処に居るのか分からず、身悶えする。
そしてその暗い視界の眼の前に、巨大な『何か』が次々と現れ始めた。
沢山の足を持つ『ゲジゲジ虫』……
全身毛だらけの『毛虫』……
そして最後に……
赤いカサに白い斑点模様の、何だか良く分からない『キノコ』まで……
次第に眼が回り続け、回り続け、回り続け……
とうとう耐え切れなくなり、少女は叫ぶ。
「「もういや~!誰か助けて~!ナニガシさーん!!」」
虚空へと、声が響いた。
……
ふと気が付く。
……眼の前の視界には、雨漏りのシミと所々開いた穴のある、ボロい天井。
そして呼吸をすると、清浄な空気が喉を通った。
眩しさで目が覚めた。
古い木枠の窓の外からは朝の陽の光が差し込む。
起きぬけのぼんやりとした感覚の中で、雀のせわしない鳴き声が聞こえてくる。
「あれ……?ここはどこ……?朝……?」
美月は、自分が寝床で寝ていた事に気付く。
眠い眼をこすりながら、所々縫い直した跡のある掛け布団を捲り、身体を起こした。
「おはよう美月。よく眠れたかい?」
間仕切り戸の向こうの土間から顔をひょっこり出し、ナニガシが声をかけてきた。
「あ……ナニガシさん……おはようございます……」
彼女の顔を見て安堵する美月。
そして気付いた。
自分は今まで悪夢の中に居たのだと。
何故あんな夢を見たのか……
理由は語らずとも分かるであろう。
美月が寝床の上で青い顔をしゲッソリとしていると、ナニガシは前掛けを外し手拭いを手に取る。
「昨晩は驚いたぞ。晩メシの最中に突然寝てしまうんだからな。よっぽど疲れていたんだろうな、わはは」
そういう訳ではない。
「あ、あはは……そうみたいですね……」
だが笑って誤魔化す美月。
もはやその晩メシについて何も言うまい。
ナニガシは続ける。
「今日、アタシはふもとの町に出かけてくるよ。君は家でゆっくりしてると良いさ」
「ふもとの町?」
「ああ、この村の下の谷底に町があるのさ。そこで、食い扶持探しさ。職探しだよ。……昨日の件もあったからな。早く稼ぎを得なければならん」
それを聞き、美月は憔悴した表情から一転、パッと明るい顔となる。
「ナニガシさん。もしお邪魔でなければ、私も連れて行ってくれませんか?」
「え、別に構わないが、何か町に用でもあるのか?」
「えーと……用という訳では無いんですが、ちょっと町の様子を見てみたくて」
「そうか?でも町と言っても、それ程大きい町ではないし、特段珍しいものなんて無いけどな。それでも良いのかい?」
「はい、それでも良いんです。……ああ、町ってどんな所なんだろう、楽しみだなあ」
そう言う美月の顔には、興味や好奇心の色が見て取れた。
只の小さな町を見るのに、何がそんなに楽しみなんだろう?
ナニガシは首を捻る。
「変わったヤツだな君は。町なんてどこにでもあるだろうに」
「えへへ…………ん?」
その時、美月はふと不審を感じ、土間を覗いた。
「……あの、ナニガシさん……隣の土間で何をしていたんですか……?」
ナニガシは笑って答えた。
「え?わはは、決まってるじゃないか。朝メシを作ってたんだよ」
【第二話 了】