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第八幕 男の勘

 彩花を攫っていった、海賊たち。

 現在ナニガシたちの乗る小船は、彼ら船団のその後ろを追っている最中さなかである。


 陽はいつしか、今や西の水平線にまで近づきつつあり、それにつれて空の朱も濃くなってきていた。

 その夕陽を左手に見ながら、間牛の操舵する船は、大型軍船の「黒い尾」を追っている。


 つまりここ『鯨の口』の北へ向けて、その舳先を進めているという事になる。

 おそらくこの行く先に、かの海賊共が本拠にしている「ねぐら」が在るのであろう。


 先刻まで前方遥か先に、点の様に微細に見えていた船団の姿はもはや水平線の彼方に消え失せ、今は影も形も見えてはいない。

 風に乗った帆船と人力の手漕ぎ船とでは、船足の速さがやはり、違い過ぎる。

 とうにその距離を遥かに離され、そして今や、逃げ切られたかに見えるだろう。


 しかし「黒い尾」は依然変わらず、間牛の船が進むその前方ただ一点から、高く空へと伸び立っていた。

 つまりそれは、彩花を乗せた大型船は、その位置になおも存在している事を指し示しているのである。

 まさに、敵の「尻尾を掴んでいる」のだ。


 ……しかし。


 考えてみれば、賊共の乗った巨大な軍船を相手取り、漁師のちっぽけなたかが手漕ぎ船で追跡するなど、何と無茶な事であろうか。

 危険極まりない行いだが……しかし、大事な仲間を奪い取られたナニガシたちにしてみれば、その様な事は些末な事であった。


 『ニラネギどもから、何としても、彩花を取り戻す』


 ただ、その一心であるのだ。


 ……そして船頭の漁師、間牛も同様であった。

 大勢の男で囲い込み、そして力づくで少女を攫うなどというそのろくでなしな所業を許せず、その燃え滾る正義感と漢気で以って今、敵の船を追っている。

 何としても彼ら賊共をブチのめさんが為、力一杯に猛然と、櫂を漕ぎ続けていたのだった。


 ……そして櫂をへし折らんばかりの勢いで漕ぐその様を見て、心配になる乗客のナニガシ。


「あの、大丈夫?櫂が折れたりしないよね?」


 それに対し間牛は頼もしげに、その日焼けしたぶ厚い胸板を、どすんと叩いた。


「……安心しな。そん時ゃ俺が、泳いででも船を引っ張っていってやらあ!!」


 それが、「漢の中の漢」の返答であった。

 無駄に頼もしい。 

 

「流石だ……。ヤツなら、きっとやってのけてくれる筈……」


 うんうんと頷くナニガシ。


「まーたそんな事言って……」


 呆れる美月。


 ……

 一方、その横で。


「……うーん……」

「……ん?どうした氷鶴?腹でも痛いのか?」

 

 氷鶴が、首を傾げていた。


「違うよ。……なんで、あの連中は彩花さんを連れていったんだろ?って、さっきから考えてたんだよ」


 ……

 氷鶴の、その言葉。

 それにナニガシたちは、顔を見合わせる。


 ……確かに、その疑問はもっともであった。

 一体何故、戦いの最中さなかに海賊たちはわざわざ、彩花を連れ去っていったのであろうか。


「……あ。そういや確かにな……。必死になり過ぎてて、考えもしなかったが……」

「うん。……しかもあの直後、まるで彩花さんを捕まえたのを見計らったかの様に、一斉に引き上げていった感じにも見えたから……」


 言うと、氷鶴はまたも、首を傾げた。


「……んま、大方苦し紛れにだったんじゃない?船大爆発して燃えちゃったし、大慌てで取る物もとりあえず的なノリで、一番持ち運びし易そうな彩花を持ってったとか……」

「そんな火事場的なノリで攫われちゃったら、彩花さんもたまんないでしょ」


 美月は、答えたナニガシの尻をバシッと叩く。


「……あ!分かったぞ!」


 腕を組んで考え込んでいた氷鶴が、ふと閃いたかの様にポンと手を叩き、声を上げた。


「はい。氷鶴さん、なんでしょう」


 美月が答えを促す。


「彩花さんは、実は海賊のお姫様だったんだよ!で、海賊はボクたちから取り戻す為に、彩花さんを攫っていったんだと思います!」


 いつもの自信ありげな、したり顔得意顔で答える氷鶴。

 

 ……しかし、美月はそれに、訝しげに言う。


「……うーん。ありえなくも無いけど……。でもそれだと、何で海賊さんたちは彩花さんにまで攻撃してきたんだろ?自分たちのお姫様なら、顔を見間違えようも無い筈じゃない?それに、彩花さんは『風待ちの海』が故郷っぽいし、あそこはここから遠く離れ過ぎてる気がするし……」

「アタシは、彩花が海賊の仲間だったなんて考えたくも無いなあ。わはは!」


 ナニガシも、笑いながら続く。

 

 それらを聞くと氷鶴は「それもそうか」と納得したかに、むむと唸り、そしてまた腕組みをして考え込んでしまったのだった。


「……ふふん。俺にゃあ分かっちまったぜ、美月お嬢ちゃんよ」


 ……後ろから、今度は間牛が得意げに、口を開いた。


「はい。間牛さん、どうぞ」


 美月が促す。


「あいつら、彩花お嬢ちゃんがあんまり美人な上に強ええもんだから、きっと惚れて、嫁にしようと攫ってったに違えねえ。あんだけ器量良しな娘は他に、見た事無えからよ。……いや、俺自身がもうちょい若けりゃよ、誰よりも先に、彩花お嬢ちゃんを口説いてたかもしれねえぜ!がーっはっはっはっは!!」


 言うと、間牛は大口を開け、馬鹿笑いしたのだった。


 ……

 

 だが、一方。


「「「……」」」


 それを聞き、美月たち3人は、沈黙していた。


 ……

 その、冷えた雰囲気。


「……あっ……」


 自分の失言に気付き、間牛は「しまった」という顔で、青ざめた。 


「……あーあ。今の言葉、女将さんに言いつけちゃおっかなー……」


 美月がじとっと、彼を見る。


「うわあ……間牛さん……」


 ……そしてその横では、ナニガシと氷鶴もまた、間牛へと軽蔑の眼差しを向けていた。


「……いやあの、冗談です……すまねえ……許して……あ、あの……」


 針のむしろ

 彼女たちのその刺す様な白い視線に、間牛は声が小さくなり、肩身も狭くなってしまったのだった。


 ……


 ……一方、その頃。


 彩花を攫い、彼女を乗せた、大型軍船。

 追ってくる間牛たちの船から距離を離し、海の彼方へとその姿を消した、暫く後。

 彼ら船団は、とある島に接岸していた。


 その島は、広さ165間(約300メートル)四方の、岩だらけの小島だった。

 岸と言っても瓦礫の様な岩場ばかりで砂浜の無い、いわば、岩礁で出来た島であった。


 ……

 焙烙玉による攻撃で起きた火災は、今や鎮火している様子である。

 だがなおも僅かに燻り続けているのか、余韻の様に細く黒い煙を甲板の上から、空高く噴き上げていた。


 静かに寄せる波が、岸の低く平らな岩を洗い、濡らしている。

 優しげな水音と潮風が、苔だらけの殺風景な岩岸の、ごつごつとした中に響いていた。 


 その岸辺に帆を降ろす中。

 俄かに、大型船の舷側扉が、内からばたりと開かれた。


 ……


 ……現れたのは、鎧直垂よろいひたたれ姿の、1人の若い男。

 開いたその扉から船の外へと出てくると、濡れた岩の上に、降り立った。


 そして。

 その男の後ろに続き、船から出てきたのは。

 

 ……

 全身簀巻きの縄目姿となった、彩花であった。


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