第六幕 火事場のなんとやら
敵大型船の甲板の上。
氷鶴の焙烙玉は、そこで大爆発をした。
炸裂したその瞬間。
轟音と共に高々と紅い火柱が立ち上がったかと思えば、火炎が激しくその周囲に撒き散らされる。
そしてそれと同時に、甲板に居た船員らしき賊の男たちの、絶叫にも似た悲鳴が木霊したのだった。
「なっ!何だあ!?」
島の上で、互いに刃を交えていたナニガシや彩花、間牛、そして……賊のニラネギたち。
敵味方区別無く、双方とも、何が起きたのか分からず、ただ唖然とする。
そして硬直した様にただその場で、大型船上で巻き起こった光景……いや、惨事を見上げていた。
そして美月や氷鶴も、甲板上のその様を、じっと見守っていた。
……「その時」を、緊張の面持ちで見つめつつ、待っていたのだ。
みな、沈黙し。
ただその一点に、視線が集中する。
……そして。
その後の間を置かぬ、数秒ののちだった。
焙烙玉が投げ込まれた甲板の上から、一筋の細く、黒い煙が立ち昇り始める。
やがてそれはみるみると太くなりだし、そして次第に、大きくなってゆく。
……それは、炎上による黒い煙だった。
焙烙玉の炎によって、甲板が燃えだしているのである。
「よっしゃあっ!!」
それを見て、氷鶴が大きく歓声を上げる。
「やった!」
そして美月も同じく、茂みの中で手の平を握り締め、小さく歓喜の声を上げたのだった。
……
敵の大型船は船体全周を鉄板で防御されているために、確かに氷鶴の言う通り、一見したところ焙烙玉では歯が立たないかに思われる。
炎は弾かれ、ただ煤を付けるのみであると。
……しかし、甲板までは装甲で覆われてはいないのではないか?
木造の船矢倉を見た時。
美月はふとそう思いつき、ひょっとすれば甲板であれば、焙烙玉で燃やす事が出来るのではないかと考えたのだ。
舷側の高い巨大な船であるため、島からはその甲板上の様子が見えない。
故に大きな賭けであったが……しかし、彼女の考えは正解だった。
今こうして見ている通り、炎を点ける事が出来たのである。
彼女の意図した通り、焙烙玉での攻撃により、無防備の甲板から引火する事に成功したのだ。
いかに装甲で外周を堅く防御されていようが、船体から高く突き出たその船矢倉を見る通り、中身は木造船だ。
火を点ける事が出来れば、簡単に燃える。
……そして氷鶴の焙烙玉は、ただ炸裂するだけの爆弾ではない。
火炎を激しく撒き散らし、周囲を一気に炎上せしめる事が出来る、特別製のものである。
まさに、この敵船を攻撃するにおいて、うってつけの「秘密兵器」なのであった。
……
甲板上では船員のニラネギたちが、おろおろと右往左往している。
彼らは突然起こったこの惨状に狼狽し、どうする事も出来ず、ただ喚いているのみだった。
彼らが手をこまねくうち黒い煙はいつの間にか紅い炎となっており、そして徐々に、その火炎の勢いを増しつつある様子であった。
船の上で立ち昇る炎の中から、黒煙は快晴の空へともくもくと立ち込め、その青い色をくすませ始める。
潮風に乗り、焦げた臭いが小島に流れ充満し、その場の者たちの鼻腔へと届いてゆく。
……そしてやがて、大型船の甲板から半鐘(火災を知らせる警報の鐘)の音が、鳴り響きだした。
『カンカンカンカンカン!』
……
そうしてその時になりようやく、ナニガシたちや対峙するニラネギらは、状況を飲み込んだ。
そして両者は、それぞれ異なる反応を表すのだった。
「おお!……あれが氷鶴の開発した、例の『ドカーン』ってヤツか!良いぞ、氷鶴先生!よくやった!!」
ナニガシや彩花、間牛は歓声を上げる。
ナニガシは特に燥ぐかの様な、満面の笑みを見せていた。
彼女は氷鶴の焙烙玉の威力を、美月からの話で聞いていたのみであるので、それを今まさに直に目の当たりにし、大喜びなのであった。
「……ぐ……ぐうぅ……。な、なんてこった……。船が……も、燃えてやがる……」
……
その一方で、ニラネギたちは、青ざめていた。
……頭は緑で、顔は青である。
彼らは一斉に、がくりと力無く肩を落とすかの様に、身を竦めたのだった。
……
船上の混乱を表すかの如く、半鐘が激しく叩かれる。
その音が、けたたましく島へと響く中。
脱力するかのそんなニラネギらは、ナニガシたち3人に俄かに向き直ると、そして、ぎろりと睨みつけてきた。
「……ちっ、ちくしょおおおぉ!よくもやりやがったな!」
そして叫ぶや太刀を握り直すと。
「おい!こいつらを捕まえて、ふん縛れ!!」
再び、襲い来たのである。
「こいつら、まだやろうってのか!?」
ナニガシたちもそれに刀を構え、そして、応戦した。
母艦の炎上する様を見てへこたれたかに見えたが、だがしかし、ニラネギたちはそれに逆上した様に、またも一気に押し寄せてきたのだ。
怒りのその勢いに乗ったかに、再び多勢のその数に任せ、次々と圧してくる。
殴り倒せば、その後ろのニラネギが迫ってくる。
それを蹴り倒せば、更にその後ろのニラネギが掴みかかってくる。
……倒しても倒しても後ろから同じニラネギ頭の男が襲いかかってくる、そんな「組み飴」の如き、キリの無い始末となった。
倒れた仲間の体を踏み越えて、その後から次々に打ち掛かってくるのだ。
……
そうする内にとうとう双方接近するあまり、終いにはもはや敵も味方も、押し合いへし合いの状態となる。
お互い、武器での斬り合いどころではなくなってしまう。
互いに直にぶつかり合い、殆ど、密接しての殴り合いとなってしまったのだった。
それはさながら喧嘩祭りの如き様相となり、自分の周囲四方にニラネギ共が入り乱れ、行く手と視界を塞がれる。
……辺りは混乱し、自分や味方がどこに居るのかさえ、良く分からなくなる。
敵中に揉まれる、押しつ押されつの、そんな錯乱とした状況の中。
それまで背中を預け合って防戦していたナニガシと彩花、間牛は次第に、離れ離れとなり始める。
そうしてやがて、互いの姿を、完全に見失ってしまったのだった。
「うわああ!アタシに触るな、このニラネギども!なんか臭いんだよお前ら!」
ナニガシは必死に、掴みかかってくる男共の手を振り払う。
彩花も同じく、四方から寄ってたかる男たちを、回し蹴りで薙ぎ払っていく。
……間牛に至ってはもはや霊長類力全開となっており、ニラネギの頭に生えているニラネギを引っ掴んでぐんぐんブン回す有様。
ニラネギを武器にして、ニラネギ共を薙ぎ倒しているのだ。
まるで人がニラネギの様である。
猛る霊長類の前では、ニラネギはニラネギも同然なのだ。
……
美月は茂みの中で、眼前のその乱闘を、震えながら見守る。
……ちなみに氷鶴はいつの間にか、島の隅に逃げ込み、小さく縮こまっていた。
逃げ足は速いのだ。
……
そんな乱戦の最中、ナニガシと間牛が必死に防戦している時であった。
「ああっ!!」
少女の悲鳴が聞こえた。
彩花の声だ。
何事かと、その瞬間、ナニガシはその声の方へと眼をやる。
……そして視界に入ってきたのは、驚きの光景だった。
……
なんと、彩花がニラネギたちの頭上に、担がれているではないか。
手練の彩花も、流石にこの敵の数に圧されては防ぎきれず、とうとう、彼らに捕まってしまったのである。




