第五幕 劣勢の中の策
「くそっ、数が多すぎる……。彩花!間牛さん!一旦下がれ!囲まれるぞ!!」
ナニガシが叫ぶ。
島は狭い。
この小さく限られた戦場の中、波の如く次々と押し寄せる海賊らの前に、彼女たちは苦戦を強いられていた。
打ち倒しても殴り倒しても続々と、島を遠巻きに悠然と構え眺めている敵大型船から、後続の敵が浜へと上陸してきているのだ。
今やその数、40人余は居るだろう。
必死に防戦していたが、たちどころに島の小さな浜辺はそれら無数のニラネギ頭で埋め尽くされ、ナニガシたちは後退せざるを得なくなってしまった。
こう狭い島で浜を占領された以上、それら上陸してきた敵たちに背後へと回り込まれ易くなり、油断すればたちまちの内に、四方を囲まれ窮地に陥ってしまう。
そうなれば完全に逃げ場を失い、もはや海を背にした「背水の陣」どころの話ではなくなってしまうのだ。
出来れば水際にて敵の上陸を防ぎたかったが、ここに至っては止む無く、後ろへ下がるしかなかったのだった。
切っ先を向けつつ、睨み合ったままナニガシたちはやがてじりじりと後退し、彼女ら3人は大勢のニラネギたちに圧迫されてゆく。
美月と氷鶴が身を潜める、島中央の茂みにまで下がり、ナニガシたちは敵を待ち構えた。
一方、数に任せてにじり寄って来るニラネギ共はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ、余裕げな顔をしていた。
その表情は、ナニガシたちを捕らえた後に彼女らを「如何にする」か、その腹積もりをしているかの様に見える。
彼ら1人ひとりは確かに虚勢を張る事しか能の無いチンピラの類いであり、それ故、戦いに不慣れなナニガシであっても、倒す事は造作も無かった。
……しかし、数が多すぎる。
その数を頼りに敵が一挙に押し迫ってくるこの数的不利な状況は、いかに彩花や間牛といった強者であろうと、覆す事は難しかった。
劣勢の中、刀の柄を握り締めるナニガシの手の内に、汗がじわりと滲む。
恐怖に負けまいと、歯を噛み締める。
目前にゆっくりと迫ってくる敵が刀の間合いに踏み入るその時を、ただじっと、睨みつけていた。
彼女がその掌にぐっと力を込めた瞬間、眼前のニラネギが叫んだ。
「ヒャハハハハァ!今だ!一斉にかかれぇ!!」
愉悦じみた笑い声混じりの怒号と共に、とうとうその多勢のニラネギ共がナニガシたちへと、一気に押し寄せてきた。
一丸となって襲い来る、それはまさに、ニラネギの大波。
ツンツンと高く突き立つ緑色の髪が一斉に迫ってくるその様は、異様に迫力があった。
「うわっ!来るな、腐れネギども!!」
両者はぶつかる。
『ガキイィン!』
『キイン!』
だがその波に飲み込まれまいと、ナニガシたちは迎え撃つ。
左の脇差でニラネギの太刀を防ぎつつ、右の刀でニラネギの頭を打ち、倒す。
間牛も同じく大きな櫂を盾とし、敵の刃を防いだところを、岩の様な拳を相手の顔面に叩き付けていく。
彩花は敵の刃を、さながら舞の如くひらりひらりと身体を回転させて躱しつつ、その勢いを乗せた回し蹴りを相手の後頭部へと叩き込んでゆく。
そうして3人は次々と敵を捌いてゆくが、しかし未だに、その数が減っていく気配が無い。
島中央まで後退してから更に12人のニラネギを倒したが、だがまだまだ、迫り来るその人数に限りが無いかの様に思えた。
「……くッ……」
ナニガシと彩花、間牛は次第に体力を消耗していき、肩で大きく息をし始める。
疲弊していく中、徐々に3人は更に、圧され始めた。
だが、ここが土俵際。
かろうじてこの場で踏み止まり、何としてでも、敵の圧迫を防がなければならない。
……
しかし、体力が尽きた時が、往生際だった。
一旦崩れればそのまま、瞬く間に敵の波に、飲み込まれるであろう。
……そしてその瞬間は最早、すぐ目前にまで、差し迫っていたのであった。
……
……剣戟交える音が鳴り響き、ナニガシたちが必死に防戦する一方、その背後の草むらの中。
身を伏せている美月は島近く浮かぶ海賊の大型船を、じっと、見つめていた。
……あの船から敵の後続がやって来るのであれば、最早その根源たるそれを叩く他は、この不利な状況を覆す術が無い。
敵の親玉が乗っているであろう、かの船に痛打を与えて退ける以外、この難局を打開する方法が無い。
……
そう考え、彼女は、大型船を観察していたのだ。
だが……相手は船体の舷側一面を鉄で覆っている、いかにも強固な装甲船である。
その上に、大筒を複数備えた強力な軍船でもある。
それを相手に、幼く非力な美月には言うまでも無く当然、手の出しようが無い。
……
島から見ると、その黒い鉄の舷側は見上げる程に、高い。
そのため、その上部の甲板上の様子は美月からでは全く見えず、ただ、木造の船矢倉の頭が突き出ているのが覗き見えているのみである。
それ故に大型船はそそり立つ鉄の壁の様に水平線を隠し、同時に、さながら巨大な黒い鉄鉢が海の上に浮かんでいるかの様にも見えた。
そして堅牢なこの船は、どの様な攻撃すらも通さないかに思える。
……美月は、思考する。
如何にすれば、あの軍船を退ける事が出来るのか……?
如何にすれば、あの巨大で強固な船を叩く事が出来るのか……?
……
……頭の中を巡らせる、そのうち。
ふと、船の上部を見上げた。
……
視界に入ったのは、こちらを見下ろすかに高く建つ、船矢倉だった。
(……上に見えてる、あの矢倉……。木で造られてる……?)
……
その時。
閃く。
(……まさか。ここからは見えないけど……船の横側が鉄で覆われてて固くても……でも、もしかして……!)
はっと思い立つや、すぐに隣の氷鶴に口早に、小さく耳打ちした。
「ねえねえ氷鶴さん。『ドカーン』を、あのおっきい船の甲板を狙って、投げてもらえるかな?」
それに氷鶴が驚き、聞き返す。
「えっ?でもボクの『ドカーン』じゃ、あの鉄の船は燃やせないよ?」
美月はその言葉に頷く。
「うん、そうかもしれない。……でも一か八かになるけど、もしかすれば、お姉ちゃんたちを助けられるかもしれない。……氷鶴さん、お願い!」
……
彼女の、その力の入った言葉。
……美月は、普段は遠慮がちで控えめであるが、と同時にその幼い年齢以上に、思慮深さを持っている。
確かに小さな少女らしく、無邪気な面はあるのだが……
だがその言動はいつも落ち着いており、その言葉の端々はまるで、大人びていると感じる事もある。
氷鶴は、そう思っていた。
それ故に、この様な状況に於いて、意味の無い事を思いつく訳が無い。
……不思議と、美月の言葉には、そんな信頼感がある。
何より、ナニガシや彩花、そして美月。
氷鶴は、彼女たちの事が好きだった。
……
大勢の敵が居る今、他に手段は無い。
美月を信じて、今は一か八か、やるしかない。
氷鶴は、頷いた。
「……分かった、やってみよう!じゃあ、火打ち石で火種を熾して!」
「うん!」
美月は大急ぎで荷袋から火打ち石を取り出すと、カチカチと擦り合わせ、そして乾燥した枯れ草の上に火種を落とす。
その火はごく小さなものである。
氷鶴はそれを、「商売道具」の入った袋から取り出した「ドカーン」、お手製焙烙玉の火縄に着火したのだった。
火が点くと同時に茂みの中に、火縄が燃える白い煙が立ち込める。
氷鶴はその点火した焙烙玉を手に、そして、草の中からばっと飛び出した。
「「……え?」」
その氷鶴に、その場のニラネギたちの視線が一斉に集まる。
突然茂みから現れた者の姿に、皆、気が取られた。
それは彼らと刃を交えていたナニガシたち3人も、同じであった。
だがそれに構わず、氷鶴は火が点いた焙烙玉を大型船の甲板上へ目掛け、思い切り投げつけたのだった。
「やああっ!!」
『ブンッ』
島から大型船までは少し距離があるが、しかし投げて届かない程ではない。
氷鶴の手を離れ、飛んでいく焙烙玉。
青い空の中、大型船へ向かい、放物線を描いていく白い煙。
その場の者は敵もナニガシらも皆、突然の氷鶴の登場に驚き静まり返り、そして高々と投げられたその茶色く丸く、白煙を吐く物体を眼で追った。
……
その場で硬直した皆が見守る中。
焙烙玉は白い煙と共に、見事、大型船の甲板の上へと吸い込まれていった。
……
次の瞬間。
『ドカーーーーン!!』
つんざくばかりの大音響。
それと共にその甲板の上で、高く、大きな火柱が立ち昇った。
「ドカーン」が、『ドカーン』したのである。




