第四幕 孤島上の戦い
「おめえらやっちまえ!俺たちに逆らったらどうなるか、思い知らせてやれ!!」
波打ち際に立ち並んでいた賊の男たちは一斉に、太刀を鞘からずらりと抜き放つ。
鞘を投げ捨てるや、そしていよいよ、雄叫びと共にナニガシたちへと斬り込んできたのだった。
『ザザザザッ!』
この狭い小島の上で、とうとう、戦いが始まったのだ。
(うっ……。き、来た……!)
……戦いを嫌うナニガシ。
敵は15人余、大きく寄せる波の如く迫り来るその様を前にし、彼女は手が震え、足が竦むかと思えた。
間牛を救う為に刀を手に取ったが、だがやはり、多勢の敵を相手取る事への恐怖は、拭いきれない。
元来臆病な彼女であれば尚更、まさに身が固まって動かなくなるかと思える程に、その瞬時に恐怖が圧し掛かってきたのである。
……
その中、ちらりと後方の茂みに眼をやった。
草むらの中のそこには、美月と氷鶴の姿が垣間見えた。
2人とも怯えきった様子で草と草の隙間から窺い見ており、震え、青ざめた表情の視線をナニガシへと送ってきていたのだ。
……無防備で、無力な子供である、美月と氷鶴。
小さなその身体を縮め、姿を隠すには心許ない雑草の茂みを頼りに、庇い合うかに互いの身を寄せ合っていたのだった。
(美月……氷鶴……!)
そんな2人の姿を見たナニガシは、刀の柄に置いていた掌を、握り締めた。
それまでの恐怖はいずこかへと消え失せたかの様に、その代わりに闘志が湧いてくる。
手の震えは止まり、足は砂を強く踏み締める。
そして刀を鞘ごと腰帯からすらりと引き抜くと、怯え無く眼前の賊共を見据え、その切っ先を構えた。
……
そんな彼女の心の裡を知ってか知らずか、隣に立つ彩花もナニガシに寄り添い呼応するかの様に、静かに拳を構えたのだった。
賊たちが、叫び声と共に押し寄せる。
3人はそれぞれ身構え、それをじっと、待ち受ける。
……ナニガシたちの少し前方には、間牛が立っている。
彼は彼女らを守る様に、泰然とまるで壁の如くその大きな体を真っ向にどしりと据え、襲い来る賊たちの前に立ち塞がっていた。
そして。
その斬り込んできた賊共が、あと一歩で間牛ら3人に太刀の刃を届かせんとした、その時。
間牛は目前の彼らをぎらりと睨みつけるや、櫂を握り締めた腕にぐっと、力を込めた。
そして分厚い筋肉で盛り上がった、その肩に担いでいた巨大な櫂を片手で宙にぶんと振るうや、その遠心力を利用し、敵目掛けて力任せに、横真一文字へと薙いだのである。
「ぬうぅうんッ!!」
間牛の低く野太い気合いの声と共に振るわれた、櫂のその先端。
潮風を激しく切り裂き、ぶうんと獣の如く唸りながら、眼前の敵へと伸びいった。
『ゴギィインッ!!』
次の瞬間。
鈍く大きな音が響くと同時に、そして間牛の掌に、重い手ごたえが伝わった。
櫂は迫り来ていた賊の集団の先頭に居た男3人の顔面を、纏めて一遍に、殴り払った。
間牛の一撃は彼らのその下顎を、それぞれ強打したのである。
顎を打たれたその賊の男らは、そのまま横へと薙ぎ払われ、吹き飛んでゆく。
そして呻きを上げる間も無く、まるで人形の様に力無く、砂の上にどさりと倒れ伏したのだった。
……
圧倒的な間牛のその腕力に、その場の一同は唖然とする。
……たったの一息で仲間3人が同時に打ち倒されたその様を眼前に見て、後続の賊の男たちは恐れをなす。
たじろぎ、思わずその場に立ち止まってしまったのであった。
間牛の殴打。
怪力の彼の、強烈な一撃。
大の男たちがまるでゴミの様に一掃されるが如く、纏めて吹き飛びなぎ倒されたその光景は、まさに圧巻そのものであった。
……
腕力の有る者は何も考えず、力任せに筋肉の思うがまま殴るのが、一番手っ取り早いのだ。
脳ミソを筋肉に変え、そして筋肉で考え筋肉の本能で眼前の敵を、ただ薙ぎ払うのみである。
「海の幽霊(笑)」は退治出来なかったが、しかし襲い掛かってくるこのニラネギ共は、ブン殴る事が出来るのだ。
構えたまま呆然と見つめる、後ろのナニガシと彩花。
そして面前で立ち竦む、賊の男たち。
足元に突っ伏す賊共を見下ろし、同時に自若として、大勢の悪党を前に構え立つ間牛の、その姿は……
まさに霊長……いやもとい、「漢の中の漢」と呼ぶべき、堂々たるものであった。
……そんな彼らの後方で、草の茂みに隠れつつ見守る、美月と氷鶴。
目の前で繰り広げられたその光景に、美月は驚嘆し開いた口が塞がらず、ただぽかんとするのみ。
一方、隣の氷鶴は羨望の眼差しの様にキラキラと瞳を輝かせ、高揚しながら、間牛のその戦いぶりを観戦していたのであった。
まるで英雄に憧れる少年の様である。
「……う……く、くそお!このデカブツが!おい皆、ビビらず一斉にかかれッ!!」
しばし怖気づいていた賊たちだったが。
しかし彼らは負けじと気合いの叫びを上げるや、再び太刀を振りかざし、間牛らへと突進して来たのである。
「来るか!」
ナニガシは右手に刀を持ち直すと、帯に差している脇差を、左手で抜く。
そしてその左の脇差の切っ先を前方へ突き出し、右の刀を、頭上上段へと高く構えた。
……
相手が多数の乱戦となった際、1本の刀のみでは、防御と攻撃を同時に行い、複数の敵を捌く事は難しい。
正面の敵の攻撃を捌いた時、どうしても、横合いの隙ががら空きとなってしまうからだ。
故に左の脇差を防御の盾とし、そして右の刀は攻撃の矛とした方が、理に適う。
そのため、彼女はいわば、二刀流の構えをとったのだ。
片手でそれぞれ刀を振るうため腕力が必要だが、しかし敵が多い今のこの状況では、防御を重視した方が安全であろうと考えたのである。
……だがナニガシはこれまでの例に漏れず、その刀の鞘を、抜いてはいなかった。
彼女の頭上に高々と掲げられた、刀身を覆ったままの、反りの無い黒金の鞘。
それは青い空から降り注ぐ真昼の海の陽光を受け、燦然と、黒い輝きを放っていたのであった。
……
中央に間牛、彼のその両脇をナニガシと彩花が固め、多勢の賊を迎え撃つ。
そして、いよいよそれらは面前にまでやって来た。
とうとう両者はぶつかり合い、刃を交えたのである。
「うおりゃあああッ!!」
間牛は堅い樫の櫂で賊の太刀を受け止め、そして相手の顔面へ強烈な殴打を喰らわせ、力任せに殴り倒す。
「はああっ!」
格闘の手練である彩花は、賊の太刀筋を拳の甲で脇へと受け流しつつ、そして鳩尾や脇腹など急所を的確に狙い、一撃で相手を次々と打ち倒していく。
「おらあああッ!!」
ナニガシは賊の刃を脇差で防ぎ、その太刀を払い除けつつ、相手の鎖骨を狙って刀を打ち下ろす。
鉄拵えの重い鞘で鎖骨を強打された敵は、武器を振るう力を奪われる。
そして頭部への次の一撃で、倒されていったのだった。
……
そうして奮戦するうち、ナニガシら3人は、合わせて9人の敵を倒していた。
だがなおも乱戦となる中、見るや、大型船から大勢の賊が続々と海へと降り、そして島へと向かって来ているではないか。
どうやら賊の指揮者は彩花たちが手強いと見たのか、とうとう旗艦の方から、増援を送り込み始めた様であった。
遠浅の波打ち際から次々と、多数の後続の敵が上陸してくる。
その様を見て、間牛が叫んだ。
「ちッ!こりゃあキリが無いぜ。連中、どんどん送り込んできてやがる!」
たったの3人で善戦しているが、やはり、多勢に無勢である。
やがて、大勢の賊たちでこの小さく狭隘な砂浜を覆いつくさんばかりとなり、ナニガシたちはその数に圧され、徐々に詰められていく。
数に任せる賊共は、彼女たちをじりじりと後方へと後退させ、島の中央へと押していったのだった。




