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第三幕 火蓋

 間牛は草の中から姿を現す。

 彼はナニガシたちが身を隠す茂みの前に立ち、船上の男たちへと向かい合う。

 その手には、樫の櫂が力強く握られている。


 間牛のその大きな体により、茂みは男たちの視界から遮られた。

 そこに隠れているナニガシたちが男共に見つからない様、己の体を壁にして、覆い隠したのである。


 その間牛に対し、船上からニラネギ頭の男たちの視線が一斉に、ギロリと睨みつけてくる。

 その内の1人が問いかけてきた。


「おめえ1人かあ?」

「そうだ」


 間牛は短く答えた。

 ……どうやら、ナニガシたち4人の存在は、男たちには感づかれていないらしい。


 男は口元を歪ませ、笑む。


「おめえも運が無えなあ?俺ら海賊様に見つかっちまうとはよ。……見たところ漁師みてえだが、とりあえずてめえの船と持ってるモンを全部頂くからよ。ま、観念してそこでじっとしてな。ヒャッハッハッハ!」


 その下種じみた笑い声に、茂みの中で身を伏せているナニガシは、苛立った様に歯を噛んだ。


 ……

 この連中はやはり、間牛の睨んだ通り、海賊であったのだ。

 この『鯨の口』を航行する船は何であれ、見つけ次第手当たり次第に襲う、貪欲ケチな賊共である様だった。

 どうやら、ちっぽけな漁師の船であろうが、見逃してくれるつもりは無いらしい。


 島を囲むその他の船の仲間へと、男は手で合図を送る。

 すると3艘の小船から同じくニラネギ頭の男たちが次々降り立ってくると、ぞろぞろと波打ち際から、小島へと上陸してきたのだった。


 ……その数はざっと見積もって、15人以上は居る。

 ニラネギの様な緑色の髪型をした男たちが集団で向かってくる様は、なかなかに威圧感がある。

 まるでネギ畑が迫って来るかの様だった。


 その内の1人が太い荒縄を持って、間牛へと近づいてきた。

 船や持ち物を奪い取るだけでなく、どうやら、縄を掛けて彼も捕らえるつもりであろう。


 だが間牛は手にしている櫂を砂浜に突き、立ったまま、それをじっと眺めている。

 見つめたまま身動きしないその様子から、彼は抵抗するつもりは無いらしい。


 その様を危うしと見て、咄嗟にナニガシは腰の刀を握り締めた。


 ……おそらく、間牛はわざと捕らえられるつもりなのだろう。

 賊は大人数である。

 武装した軍船も相手である以上、真っ向から戦っても勝ち目は無い。

 もしもここで歯向かえば、背後に隠れているナニガシたち4人までもが見つかり、そして彼女らを危険に晒す恐れがある。

 ならば賊の目をナニガシたちから離し、そして彼女らをこの場から逃す為、あえてここは1人で生け捕りになるつもりなのかもしれない。


 自らを危険に晒してまで、ナニガシたちを逃そうとしている。

 ナニガシは、間牛のそんな腹積もりを察したが……

 だが、それを黙って見ている訳にはいかなかった。


 ――


 『あの日』から、ナニガシは心に決めた事が有る。


 誰かの危機を前に見て見ぬ振りなど、彼女には出来なかった。

 誰かを盾にしてまで助かるつもりなど、彼女には毛頭無かった。


 ……誰かが、犠牲にならなければいけない時。

 ならば、「自らがその盾になる」。


 そう誓った。

 ……腰に差す、この『愛刀』へ。


 この刀を初めて手にした『あの日』、そう信念に決めた。

 己の道は、その時に定めたのだ。


 ……もう二度と、後悔はしたくないから。


 だから、困っている人が居たら、手を差し伸べたい。

 窮地にある人を、助けたい。


 ――


 眼を瞑ったナニガシは震える手で、ぐっと、その反りの無い刀の柄を握り締める。


(……勇気を。……臆病な『私』に、どうか……)


 ……


 眼を開け、前を見据える。

 そこに映るのは、大勢の賊たち。


 ……意を決し、そして彼女は恐怖を吐き出すかの様に、ふっと、一呼吸した。

 そして、傍らの美月たちに言う。


「……皆はここで隠れて、じっとしていろ。いいな」


 ……声を潜めて言い残すと、ナニガシは茂みの中から出ていこうとした。


 その時。

 傍らの彩花が言う。


「私も、参ります」


 そして彼女も、立ち上がろうとする。


 だがそんな彩花を押し止めながら、ナニガシは小声で、そして口早に言った。


「彩花、危ないぞ。相手が多すぎる。君はここで隠れて、美月たちを守っているんだ」


 ……しかしそれに、彩花は優しく微笑んだ。


「何を仰るのですか。間牛さんを助けるつもりならば、人数は多い方がよいでしょう。相手が多勢ならば尚更、共に力を合わせて立ち向かい、必勝を期するべきです。それが、美月ちゃんや氷鶴さんを守る事にも繋がりましょう」

「そうだが、しかしな……」


 言葉に詰まり、口ごもるナニガシに、彩花は続ける。


「今は、問答しているいとまはありませんよ。とにかく、間牛さんに一刻も早く助勢いたしましょう」


 ……

 そう言った彩花の眼は、いつもの様に優しげなものである。


 ……だがその眼差しの奥底には、激しい意志が秘められていた。

 

 篤い義侠心と、そして、悪党に対する闘志。

 それらが隠れきれずにキラリと輝きを放ち、そしてその瞳は、射抜くかの様にナニガシを真っ直ぐに、じっと見据えていたのだった。


 ……そんな眼で見つめられ、ナニガシは最早何も、言えなくなってしまった。 

 

 彼女はクスリと笑った後、仕方なく、頷く。


「……分かったよ。……でも、油断するんじゃないぞ。チンピラだろうが、相手は大勢居るからな」


 それに、笑顔と共に彩花も、頷いた。


「はい!」


 ナニガシは美月と氷鶴に言う。


「美月、氷鶴。もし万一アタシたちに何かあったら、迷わずに船でこの島から脱出するんだ。いいね?」

「お、お姉ちゃ……」


 言い残し、美月が返事をするより先に、ナニガシと彩花は茂みの中から出ていった。


 ……

 背後の草の中から、彼女たちが賊共の前に姿を現す。

 すると間牛を取り囲む賊の男たちは一斉に、そのナニガシと彩花に視線を向けた。


 その不意の出現に、彼らは一瞬驚いた様であったが……

 だが次にはその顔を、ニタリと歪ませたのだった。


「……ああん?何だぁ?女も居たのかよ?……こりゃあいいや!いい『お土産』が出来たじゃねェか!ヒャーハハハハハァ!」


 今まさに間牛の首に縄を掛けようとしていた男が、ナニガシと彩花の姿を見て取ると、高笑いした。


 女と見るや彼らのその視線がまるで、彼女たちを値踏みするかの様に、そして足から顔まで舐めるかの様な眼差しとなる。


 ナニガシは男たちのその目に嫌悪感を覚え、思わず、ぞくっと身震いした。


 ……今、この男共が彼女たちへ何を考えているかは、その言動と目つき……そしてニヤニヤとした下卑た歪んだ笑みを見れば、一目瞭然であったからだ。


 ……

 だが。


 その、次の瞬間だった。


『ゴッッ!!』


 ……


 突如、周囲に鳴り響いた、重く鈍い音。

 

 そしてそれと共に、高笑いした賊の男が、吹き飛んだ。


 男は後方へ3メートル程、まるで何かに弾かれたかの様に飛び、そしてそのまま波打ち際へと、叩きつけられたのであった。


 ……

 

 一体、何が起きたのか。


 呆気に取られたまま、周囲の者たちは、間牛を見る。

 

 ……

 すると、彼は拳を振り抜いた姿勢のままで、立っていた。


 ……間牛が、男を殴り飛ばしたのだ。


 間牛のその、岩の如きごつごつとした固く重い大きな拳が男の顔面鼻先を殴り抜け、それによって数メートル離れた波打ち際まで吹き飛ばしたのである。


 殴り飛ばされた男はそのままピクリとも動かず、寄せては返す波の中に、ただ突っ伏すのみとなった。 


 何事かと目を向ける周囲の賊たちが、状況を飲み込めずに呆然とする中。

 間牛は息を大きく吸い込むや、くわっと目を見開き、そして、叫んだ。


「「てめえらあぁ!!お客さんに手ェ出しやがったら許さんぞおッ!!」」


 ……

 

 周囲は静まり返る。


 ……それは、大音声だいおんじょうだった。

 びりびりと、辺りの空気が振動するのが感じられた程の、大喝一声であった。

 声が発せられたその一瞬、周囲の波の音すら掻き消えたかとも思われた。


 その声に囲む賊たちは竦み上がり、ピクリとも、微塵も動かなくなってしまったのだった。


 ……

 自身の首に縄を掛けられようとも微動だにしなかった、間牛だったが。

 だが賊の男共のその下劣な言動と、イヤらしくニヤけたツラにとうとう怒り心頭に発し、我慢出来ずに、ブッ飛ばしてしまったのである。


 間牛は普段から声がやたらと大きいが、怒鳴ると更に大きくなる。

 鼓膜が痛い。

 声に驚いたのか、周囲の水面で魚たちがしきりに飛び跳ねている。

 ……ついでにナニガシもびっくりして飛び跳ねた様だ。

 その隣の彩花も痛そうな顔で、耳を手で塞いでいる。

 とんだとばっちりである。


 間牛のその怒声に怖気づき、身動きが取れずにいるニラネギ頭の賊の男たち。

 怒鳴られた恐怖で、その髪も若干、へたれている様に見える。

 

 ……

 彼らは暫くして我に返ったかの様に動き出すと、それぞれ手にしていた太刀の柄に、手をかけだした。


「うっ……く、こ、この野郎!やりやがったなあ!!『大友御行おおともみゆき』様に逆らったらどうなるか、分かってんのか!?」


 虚勢の様に息巻きながら、賊たちがそう言うと。

 途端、間牛の表情がぴくりと強張った。


「……何!?『大友御行』だと!?」 


 驚嘆するかの如く、声を上げる。 

 彼のその様子を、ナニガシが訝しんだ。


「ん?……どうした、間牛さん?」


 間牛はしばし、呆気に取られたかの様であったが……

 だが再び、目の前の賊たちを睨みつけた。


「……いや……何でもねえ。……今はともかく、だ」


 間牛はそれまで握り締めていた樫の櫂を、どすんと肩に担いだ。

 その櫂は彼の大柄な体に見合う程の、大きく太く、そして重量感のあるものである。


 間牛が言う。


「お客さんらは下がっててくれ。このろくでなしのチンピラどもは、俺が相手をする」


 ……だがそれにナニガシは、首を横に振って応える。


「いや、この数はあんただけに任せられない。アタシらも助太刀するよ」


 言うと、彼女は腰に差した刀の柄に、手を置く。

 それに続き、隣の彩花も腰を落とすと、拳を構えた。


 ……

 それを見るや、間牛は大口を開け、愉快そうに大笑いした。


「がはははは!!勇ましいお嬢さんらだな!……なら、いっちょこのアホンダラどもを、ブッ飛ばしてやろうじゃねえか!!」


 ……


 昼の太陽が照る、狭い孤島。 

 周囲には、波の音が木霊する。


 とうとう、四方を海で囲まれたこの小さな島は、戦いの舞台となるのであった。


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