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第五幕 白む空に見えるもの

 ……そして翌早朝。

 未だ日の昇らぬ、薄暗い時分。

 鶏すらも寝ぼけている頃の、刻限である。


「おはようさん!!朝メシの時間だぜ!がはは!!」


 無駄に威勢良く響き渡るその大声と共に、ナニガシたちが寝静まる部屋の襖が、突如「パシーン!」と思い切り良く、開け放たれた。


 宿の主人の漁師が、彼女たちを起こしに来たのだ。


「うひっ!」


 未だ夢の中に居たナニガシであったが、唐突に木霊したその声に仰天し、悲鳴と共に跳ね起きる。

 驚きのあまり、布団から10センチぐらい飛び上がったかもしれない。


「……おあようございまーす……」


 眼の開ききらない氷鶴ももぞもぞと、布団の中から芋虫の如く這い出てくる。

 寝癖が酷く、その白い髪は爆発したかの様に、ボサボサになっている。


 その横で美月は、未だに寝ていた。


 ……

 暫くすると、彩花が宿の外から帰ってくる。


 朝早いにも関わらず、例の如く彼女はすでに着物をピシッと着ており、すでに身支度は整え終えている。

 ……いかにも育ちの良いご令嬢たる彩花は、決して、寝ぼけ顔など見せはしないのだ。


 そんな彼女が、草鞋を解いて、部屋に入ってきた。


「……あら、皆さんお目覚めでしたか。おはようございます」

「あれ、彩花さん。どこに行ってたの?」


 爆発した寝癖を櫛で梳きながら、氷鶴が彩花に尋ねた。


「海を眺めに出ていたのです。波を見ていると、何だか心が落ち着くので」

「ふーん……。記憶が無くても、無意識の内に、海に何かを感じてるんだろうね」


 ……

 そして、その暫く後。

 氷鶴の寝癖が直らないまま、ナニガシら4人は朝食のちゃぶ台を囲んだ。


 献立は、ブリの照り焼きが中心の食事だった。

 昨晩に続き、シジミの味噌汁も付いている。


 白い湯気、食卓の良い匂い。

 寒い冬の、朝の眠気。

 出汁の効いたシジミ汁を一口啜ると、その暖かさがじんわりと胃に沁みこんでいき、そして身体中に行き渡る。

 それが何とも心地良く、徐々に目が覚めていく様だった。


 4人は満足げに平らげると、そして食後に火鉢の傍らに座って、茶を啜る。

 身体が十分に温まり、ぽかぽかとしてくる。


 ……

 そうしてのんびりと寛いでいると、いよいよ出航の刻限となった。

 

 美月たちは、女将に挨拶をする。


「女将さん。お世話になりました。お元気で!」

「あいよ。またおいでね。待ってるからさ!」


 ……美味い食事、暖かい茶。

 そして、女将の朗らかな笑顔。


 それらにナニガシたちは十分にもてなされ、そして、ここまでの旅の疲れを癒す事が出来た。

 ……良き宿であった。


 英気を養われ、彼女たちは褪せた暖簾をくぐり、敷居を跨ぐと、外に出る。

 

 払暁の微かな光が照らすその看板に別れを告げ、そして、女将の元気な声に見送られたのであった。


 ……

 漁村を出て、砂浜に出てきた4人。

 朝の波打ち際、波止場へやって来た。


 「東部地方」行きの船に乗る為、ここで船頭たる宿の主人、漁師が来るのを待つのだ。

 彼は今、客渡し用の船を用意している最中だ。

 あとからこの波止場へと、船に乗ってやって来る筈である。


 ……ナニガシたちは、海を見る。

 

 ……海の朝焼けがすがすが々しい。

 遥か正面の水平線から朝日が徐々に昇ってきており、その輝きを増す日光が次第に、穏やかな波間をキラキラと煌かせ始めていた。


 静かな風がその水面みなもを滑るかの様に、陽の光と共に海の向こうから届き、吹いてきている。

 その潮の香りが強く鼻腔に入り、思わず4人は深呼吸してしまう。


 その風は冷たい。

 しかし照らす暖かな陽光が顔に当たり、ぞくりとした寒気は感じない。

 むしろその冷気が心地良く、そしてまるで呼吸をする度にその清い空気が自身の中へと満ちていき、身体の奥に蓄積した「毒」が出ていくかの様な……そんな気持ちになる。


 氷鶴が大きく息を吐く。


「わあ……。キレイだなあ……。海に来たのはいつぶりだろう。もう、覚えてないぐらい昔だったなあ……」


 それに、隣のナニガシが言う。


「そうか。氷鶴は山育ちだから、海は珍しいんだな」

「うん。海って、こんなに広いんだったね。今まで盆地の里しか見てなかったから、不思議な感覚だよ」


 頷いた氷鶴に、ナニガシは笑う。


「わはは、彩花とまるっきり正反対だな。彩花は海育ちだから、あのデカく聳える『雲呑みの山』を見た時に、大層えらく感動してたんだぜ」


 彩花がくすくすと笑いながら、言う。


「ふふ、そうですね。……故郷が違うと、心動かされるものも、全く違うものなのでしょうね」


 ……

 傍らの美月は、黙って、その言葉を聞いていた。


 ……彼女はふっと、何かを想うかの様に、波打ち際に視線を落とすその眼を細める。

 そして、心の中で呟く。


(……故郷が違うと心動かされるものも違う……か。……確かに、そうだね……)


 美月は空を見上げた。


 ……朝の空。


 ……そこはもうすでに、夜空ではなかった。

 夜の黒さや、その中に賑わしく瞬く星々の煌きはもう、そこには無い。

 昇り来る太陽によって白い朝焼けにとって変わり、そして次第に、青い色に染まりつつあった。


 だが、月は未だ、微かにその姿を見せていた。

 消えんばかりのか細い三日月が、まるで夜を名残り惜しむかの様にその朝空に残ったまま、そして地上から見上げる美月を青白い空の向こうから、じっと、見下みおろしていたのだった。


 その月を見て、想う。


(……故郷。……人間の故郷って、『どっち』なんだろう……?)


 ……

 ナニガシと彩花、氷鶴の3人が海を見つめ、その静かな心地良い波の音に耳を傾ける中。

 美月は陽光に薄れゆく朝の月を、ただじっと、見つめていた。


「いよう!皆、お待ちどうさん!!」


 ……唐突に、耳をつんざくばかりの大声が、彼女たちの背後から響いてきた。


 不意に轟いたその声に仰天してナニガシたちが振り返ると、なんと霊長類ゴリラ……もとい、宿の主人の漁師が木の船を一艘、砂浜の向こうからグイグイと押しながらやって来たではないか。


 ……その船は、5人が十分に乗る事が出来る大きさがあり、船上には屋根付きの小さな客室が設えてある。

 それはまるで屋形船の様相であるが、しかしよくよく見れば、船体はしっかりと漁船である。

 おそらく彼が客の渡しの為に、漁船を客船として改造したのであろう。


 ナニガシたちはてっきり、漁師は「船に乗って」やって来るものだとばかり思っていたのだが、まさか「船を押して」やって来たというその光景に度肝を抜かれる。


 その船体は長さ5けん(約10メートル)程ある。

 重さは、上に建てられた客室込みで見積もって260かん(約1トン)以上はあろう。

 ……砂浜の上を、それを押してやって来たのである。

 恐ろしい程の怪力であった。


 その大きく立派な船を見て、ナニガシが呆れ半分、驚いて尋ねる。


「……なあ、あんた。こんなにデカい船を、わざわざ押してやって来たのかい?随分と重そうなんだが……」


 漁師が大口を開けて笑う。


「そうよ!こんなん朝メシ前よ!……いや、もう朝メシ食っちまった後だったな。がははははは!!」


 彼のその無駄に大きな笑い声に驚いたのか、近くの水面で魚が飛び跳ねた。


 ……

 さて、彼の小粋な冗談ジョークで和んだ後、いよいよナニガシたちはその船に乗り込んだ。

 それを見て、漁師が叫ぶ。


「ぃよっしゃあ!皆乗ったな!……んじゃ、東部に向けて、出航だ!!」


 威勢の良い掛け声と共に、彼は4人の乗った船を砂浜からぐいと押し出す。

 波打ち際から舳先が水面を掻き分け、そしてザブンと飛沫を上げて海へと入り、浮かぶ。


 漁師はがばっと船に飛び乗るや、太く堅い樫で出来たかい(オール)をむんずと引っ掴む。

 そしてとも(船尾)に陣取ると、グイグイと勢い良く、力いっぱい船を漕ぎだしたのだった。


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