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第二幕 新たな土地

 「あ、ねえ皆。『雲呑みの山』がもうあんなに遠くに見えるよ」


 盆地の集落を発って4日ばかりが経つ。

 一行は『車座連峰』の南部を越え、とうとう山岳地帯を抜けた。


 外界から盆地を隔てる壁の様に、その横に南北に長く伸びて構えていた連峰。

 僅かに雪の積もる峠を越えた後、その山裾まで下ると、次第に低くなだらかな丘陵地帯へと入った。

 そしてそのまま進むと平野部へと続き、平坦な道が東へと長く伸びている。

 現在、彼女たちはその道の上にある。


 道中、氷鶴が「ご馳走」を毎食用意してくれるお陰か、それに英気を養われ、足取り軽く道程を歩いている最中であった。


 美月が後ろを振り返ると、その遠くに望む景色を指差した。


 山嶺のその頭に雪を戴く連峰の白い稜線や、その頭越しに覗く『雲呑みの山』の頂が、遥か後ろに見えている。


 ナニガシら3人もその山々を眺める。


 それを見た時ふいに、その雪化粧にどこか懐かしさを感じた。

 ひと月程過ごしたのみの土地であったが、その日々が去来した。


 山中で世話になった『クマ』。

 集落の住人たちや村長。

 彼らとの出会いは、良き思い出である。


 晴れ渡る中、『雲呑みの山』の山頂が手前の連峰の白い頭を越え、空高く伸びている。

 それは己のその存在を遠目からでも主張している様にも見え、そして変わらず、笠の様な雲をその頂に被っていた。


 独立峰である『雲呑みの山』。

 周囲の山々とは異質の雰囲気を放ち、そしてまるで王であるかの如く、堂々と大地に構えている。

 遠景から望むその姿は秀麗であり、青い空の中にその三角形の山影が映えていた。


 近くからでは分からなかった、その山形さんけいの美しさ。

 しばし4人は見とれる様に、その景色から視線を外す事が出来なかったのだった。


 東へと歩を進め「北部地方」から遠ざかるにつれ、それらは次第に次第に、視界の中から小さくなっていった。


 ……

 それから数日、更に道程を歩む。


 ……進むにつれ前方から、柔らかな湿った風が吹き始めてきた。

 つまり東の方角からの、向かい風である。


 それはこれまでの、清涼な澄んだ山の空気とは明らかに違う。

 その風に微かに乗っているのは、潮の香りだった。

 海が近いのかもしれない。


 ナニガシたち一行以外にこの道を歩く者はそう多くはないが、しかし、多くの荷を背負った旅人とすれ違ったり、道端の小屋で地元の住民らしき漁師が網を編む姿を見かけるにつれ、ナニガシたち4人は安心感を得る。


 ……これまでの旅路の中で見てきた様に、賊の多い、乱れたこの世情である。

 道中いつ彼らに襲撃され、寝首を掻かれるか知れたものではないのだ。

 野営の際は常に周囲の物音に耳をそばだて、近づく何者かの気配を素早く察知しようと、敏感になる。


 旅をするうち、自然にその様に、感覚が研ぎ澄まされてしまうかの日々。

 神経が磨り減らされ殺伐としてくる……という訳ではないが、それでもやはり気疲れしてしまうものだ。

 旅路を無事に渡り、ようやく人里に辿り着く度、彼女たちはほっと胸を撫で下ろすのである。


 人の姿が多くなりつつある中、新たな新天地の気配を感じ取り、一行の足取りも更に軽くなる。

 

 ……そんな中。

 歩く道の遥か先、前方に村らしきその入り口が小さく、視界に入った。


 一番最初に見つけたのは、ナニガシである。

 小さな虫も見逃さない程、鳥の様に眼が良い彼女。

 前方を指差し、はしゃぎ始めた。


「お、村だ!皆、見てみろ」

「え?どこ?」


 他の3人は道の先をじっと見つめる。


「この先だよ。一直線、見えるだろ?」

「……うん?」

 

 ……ナニガシ以外、誰も見えていない。

 それは距離にして3キロメートル程はあろう。


 さておき、その一直線の道を揚々と行進の如く、ずんずん進んでいく。

 次第に潮の香りも濃くなりつつある。

 同時にその風音に混じり、僅かに波の音も耳に入りだしてきた。


 茶色い土に覆われていた足元の地面は、徐々に白い砂地へと変化していく。

 歩む草鞋の足音とその踏み締める感触が、段々と柔らかいものとなっていく。


 ……

 そして、白い砂浜へと行き着いた。


 陸地が終わり、その先には視界いっぱい、前方に広がる水平線が現れた。

 その青い水面を背景に、小さな村の入り口が立つ。


 集落の村長の話にあった通り、ようやく、海辺のその漁村に辿り着いたのである。

 

 ナニガシたちは、白い流木で作られたその簡素な門をくぐり抜け、村内に入る。


 ……建ち並ぶ木造のこじんまりとした家々は、絶えない潮風と強い日光に晒され続け、ややボロボロのくたびれた風体ではある。

 だがそれとは対照的に、村内の住人たちは男女問わず皆、健康的に日焼けし、そしてその顔に快闊かいかつな笑顔を見せていた。


 木の船の船底にこびり付いたフジツボをのみと槌で削り取る、漁師の男たち。

 漁で使用する網を繕う、女性たち。

 村の中で彼らはそれぞれ、自身の仕事に精を出している。


 ……見るに、漁師の多い土地柄なのだろう。

 そのせいか、開放的で開けっぴろげな気質なのか、そんな海の男たちは道行くナニガシたちと目を合わせる度、


「よう!」

「おっす!」


 ……など、見慣れぬ旅人であっても、気さくに挨拶をしてくれる。


「うーむ。……良い所だな!」


 ナニガシが頷く。

 それに、横を歩く美月が顔を向けた。


「え?どうしたの?」

「いや、住人たちが人懐っこいところが、なんだか居心地が良いと思ってな。初めて来たにも関わらず、まるで古巣の様に思えてさ」

「ああ。……まあ、お姉ちゃんもそんな感じだから、似た者同士なのかもね。ここで仕事を見つけて、住み着けば良いんじゃない?」


 言って、美月は笑う。


「……そういえばこの旅って、ナニガシさんの住処探しが目的で始まったんだっけ?」


 氷鶴がそう尋ねると、ナニガシは大きく、重い溜め息をついた。


「それと、職探しだよ……。……はあ、世知辛い世の中だぜ。……貧乏は辛いよ」


 ……全くもって、その通りである。

 草と虫が主食の彼女が言うと、その言葉の重みが違う。


 だがしかし、彼女の場合……


「お姉ちゃん、『ぶきっちょさん』だからね……」


 美月が、ぽつりと呟いた。


「アタシ、不器用ですから……って、そんな事無いもん!」


 ……ムキになるナニガシは一先ず置いておき、歩き疲れた一行はとりあえず、今夜の宿を探し始める事とした。


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